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【椿の現実世界】 

【椿の現実世界】 


(大学進学ねぇ~、模試の結果も良かったし。まぁ普通に情報工学科に進学できるっしょ~)


 椿はレッドマレリイカにクレームメッセージを送った後、取り寄せた大学資料のデータを『HINA』のゴーグル内で見、閉じた。


 現実世界の椿は、来年の4月に大学入学を控えている。もしも、半年後に行われる試験に受かればの話だけれど、模試試験ではA判定が出ているのだ。仮に第一志望が落ちても、5つほどの大学のどこかに入れれば良い―――あまり心配していないのが正直なところだ。

 

『椿、ご飯よ』


 HINAのゴーグル内で、『藤堂優子』のメッセージが表示されていた。お、と椿は簡素な自分の部屋を2階に降りていった。


「椿、ちゃんと勉強しておったのか?」

「うん、勿論~」


 自分の祖父である内水武雄が、和室であぐらをかいた状態で言った言葉に、自分はへらりと受け答えする。


 ―――祖父の武雄と共に暮らし始め、はや1年になる。和室のちゃぶ台の上に、母の優子が買ってきた惣菜が並んでいる。母も働いており、手料理など久しく食べていない。

 

「スクーリングの授業は全部終わったし、大学受験の勉強もしてるし~」

「通信制という高校の仕組みは、勉強しているかしていないか、よくわからんな。あのゴーグルで勉強するとか、ゲームしていても判断がつかん」

 

 椿はへらへらと笑いながら、厳しく顔を顰めている武雄を見て、肩を竦めた。


(昭和生まれだよな~、全く。今は定時制の高校であっても、普通に『HINA』で勉強するご時世だっていうのに)


 ―――自分は月に1度だけ高校に通い、毎週1度行われる電子授業を受ければ良い通信制高校というものに所属している。

 元は通信制などという高校に通う気はなかったけれど―――父の意思ゆえに、そういう選択をさせられた。


 その方が、普通科の高校生よりも融通が効くからだ。


「お父さん、椿はちゃんと勉強してるわよ。ほら、ご飯が冷めるから早く食べましょう?」


 やせ細った母、優子は促した。この家は、1年前から椿と母の優子、そして武雄の3人で暮らしている。


「うむ。いただきます」

「はいはい、頂きま~す」


 武雄の言葉に相槌を打ってから、椿は目の前の食事を食べ始めた。武雄と優子はちらりと自分を見る。


「―――おじいちゃん、俺は勉強してるから大丈夫だよ~。普通科の高校生なんかより、よっぽど勉強できてるし~。だから模試でA判定出るんだよ?時間を有効活用、ちゃんとできてると思うよ~」

「―――なら、良い」


 武雄は静かな口調で納得し、インスタントの味噌汁をすする。自分のそんな受け答えを見て、優子は微苦笑を零していた。


「そういう所、本当、似て―――」


 椿は、言葉を言いかけて止まった優子をちらりと見た。彼女は思ったことをそのまま言ってしまったらしく、自身の失言に青ざめている。


(―――父さんは、効率中だったからな。まぁ、似てるっちゃ、似て―――)


 親子なのだから、仕方ない。自分だって効率中なのは自覚しているのだし。


(離婚協議中の母さんにとっては、俺が父さんと似ているなんて、あまり良くは思わないのかな)


 ―――母の優子と、父の大輔は、現在離婚協議中である。

 2人の離婚は、自分が原因だった。自分が、Wonderland War―――略称WWを辞めたことがきっかけである。母の優子は椿をずっとVRMMOに接続させていたことを後悔し、父の大輔は自分を何とかWWに留めたいと、優子を説得していた。


『君は、未来の子供の楽しみを奪うのか!?』


 大輔が必死になって、優子を説得していたのを覚えている。

 ―――自分のことではなく、父の大輔は”未来の子供”のことを考えてたのだ。


(Guinea pigsの、ギニーね―――-)


 モルモットと名付けられた自分のことを、内心で苦笑する。


「優子、反面教師という言葉がある」


 武雄は鼻息を鳴らした。


「あいつの近くにずっといたからこそ、椿は似ていない。地が賢いんだ。むしろ、このわしに似ているさ」

「そ、そうね―――椿はお父さんに、似ているものね」

 武雄の言葉に優子は喜々として乗っかった。自分は2人の顔を見比べ、へらりとした笑みを保ち続けた。


(そりゃ、俺は父さんと似ているよ。効率中だしさ)

 

 ぎりりと自分の心が音を立てるのがわかった。腹部が痛くなるようで、自分は笑みを保つのに必死になる。



(ほんっと――――嫌になる)



 WWでのことも、先程レッドマレリイカのことで起こったことも、全て。


 自分の期待など、全て失ってしまえば良いのに。



 椿は心から、切に願った。



次の更新は来週の5月30日(土)の19時予定です~。

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