【ぬるいギルド】
【ぬるいギルド】
(この子、ゲームしない子なんだなぁ~。チュートリアルの意味わかってないって、今時いないよなぁ~。西暦2000年前に生まれた世代かな~?)
椿は隣を歩くヒースを観察し、考えた。先程ブラックライオンなるモンスターを連れてきて、巻き込まれて死んでしまったが―――ある意味、良かった。
このゲームのプレイヤーと話せる機会を得ることができたのだから。
「では、うちのギルド本部まで行きましょう。モハーフォレストシティにあるのですが、モハーフォレストには―――あ、行かれてましたね。失礼いたしました。右スワイプで、ワープ機能を開いてください」
「ちょ、ちょっと待って~、どういうこと?」
「一度行ったエリアの街には、自動的にワープできるんですよ。これもその、チュート―――?――最初にご説明頂くものですね」
「―――うん、チュートリアルでか~。俺、何故かチュートリアルなくってさぁ」
「えっ?そういうことって、あるのでしょうか?」
「何故かね~?俺色んなゲームやってるけど、初めてだよ~」
本当、こんなゲームは初めてだ。どうしてこんなことがありえるのか、わからない。
このゲームのプログラマーは、どうかしている。
(しかも―――)
椿はログインしてから、色々と試してみた。
初期装備でどこまで戦えるのか。課金をして、何を買えるのか。
どこまで戦えるかについてだが、戦うことはできる。
しかし、モンスターと戦ってもアイテムは出ない。ドロップアイテムというものがないゲームもあることにはあるが、経験値を得ることで攻撃力や防御力を上げたりするゲームなど、普通は存在しない。
(戦っても、スキルも称号もつかないしさ~)
そして課金して物が買えるかどうか。
バグを出しているゲームであまり課金をしたくなかったが、最小限の120円程度で買える回復薬と、そして――――つい、”あるもの”を買ってしまった。
このようなRPGゲームでは珍しい、”それ”は8000円もしたが――――。
(運営側が潤うのってちょっとムカつくけど―――まぁバグ報告したら、ちゃんと機能するだろうし~)
――――ゲーム会社は、ちゃんとバグが出た場合、対処をする。
自分の父の姿を見てきた椿は、よく知っている。他の会社のゲームでバグが出た際にも、サポートに問い合わせた結果、大変申し訳なさそうに対処をしてくれるものだ。
プレイヤーの行動は、しっかりとログに残るのだから。
「それでは、モハーフォレストシティに行きましょう」
「うん~」
隣にいたヒースの姿が消えた。言われた通りに椿も左側に指をスワイプし、選択画面を選ぶ。今の自分の画面には、リアルトシティとモハーフォレストシティを選ぶことができる。
モハーフォレストシティを選択すると、自分の視界ががらりと切り替わる。
そこはまさに、森の都市だった。大木が一面に生い茂り、その大木の中でユーザー達が住んでいる―――エルフのようなNPCもおり、賑わいを見せていた。
「あそこが、わたくしが所属しているギルド、パンターの本部で―――」
「ん?」
少しワープ場所を歩いてから、前方の指をさしてヒースが言いかけ、口を止めた。何故止まったのかわからず、椿はある大木の下で話す2人の人物を見つめる。
「―――スプリングちゃん!」
大木の下で男性と話していた、少女がヒースの大きな声によって振り返った。
栗色の短い髪に、大きな瞳の少女だ。大きな目玉の形をした髪飾りを着けており、緑色の衣装は爽やかな印象を与える分、その目玉の髪飾りが異様に思える。
何か特殊なアイテムなのだろうか。
彼女は新緑の色をした剣を帯刀しており―――ヒースを見るや否や、顔を背けた。
「ヨシノ王さん、私はこれで」
「え?お、おい」
ヒースがスプリングと呼んだ少女は、ヨシノ王という男性の前から姿を消した。どこかにワープしたのだろう。
「ヨシノ王さん!スプリングちゃんと、何をしていらしたのですか?」
「ヒース―――スプリングとは、リア友なんだろう?何か、いつも避けられてるよね」
「リア友···ではないのですけれど······」
ヒースは顔を俯かせ、言いづらそうに口をもごさせた。ヨシノ王という男性も不思議に思っているようだが、椿も謎に思った。
(何だ~?現実世界のもめ事をMMOに持ち込むとか···うけんな~···)
―――椿は、ある2人のことを思い出し、内心で失笑した。
あの2人のもめ事は、現実世界のものなのか、それともVRMMOという仮想世界だけのものなのか―――微妙なところである。
「僕は、単にスプリングとパーティ組んで時間限定のクエストやってただけだよ。彼女は時間が合えばどこのギルドでも組むからな」
彼は優し気に言った。
ヨシノ王は、青いのとがり頭で、四角い顔の男だった。髪と同じく青い装備に身を包んでおり、2メートルはあるだろう。彼は背中に、自らの頭を超えるほど長く、そしてふとましい大剣を背負っている。あきらかに、初期装備ではない。
「そうですか···。―――あ、ヨシノ王さん、初心者さんを連れて来たんです。わたくしは全然ゲームに詳しくないので、もしお時間があるようでしたら少しお話しできませんか?えっと、チュートリアル?が彼はなかったのですって」
「え?チュートリアルがなかった?バグじゃないのかなそれ。運営に連絡した方が良いよ」
ヨシノ王は自分に目を向けた。椿は、軽く頭を下げる。
「はい、勿論そうします。···俺は、椿って言います。やっぱり、チュートリアルは本来なら存在するんですねぇ~」
「僕はヨシノ王。このパンターのギルドリーダーだ。チュートリアルがないとか、不便だろう?チュートリアル中にレベルは少しあがるはずなんだけど、それもなしってことかな?」
「···ないですねぇ~。っていうか、レベル1から2にあがるには、1億匹モンスターを倒すとかって条件なんすけど、このゲームってそうなんすか?」
「「―――え?」」
ヨシノ王と、ヒースの声が重なった。
(·········どんなバグだよ·········)
椿は、呆れ果てた。2人の反応から、そんなレベル上げではないことがもうわかった。どんなプログラムをしたら、そんなバグができるのだろうか。
ぶっちゃけ、開発コードを見せて欲しい。
「称号とか、スキルの取得方法は何なんですか?俺、この辺の森でモンスター何匹か狩ったんですけど、何もつかなくて···」
「何もつかない?まぁチュートリアルをこなせば、「冒険者」の称号は得るよ。それに、このエリアにいるクックドゥーっていうモンスターを狩れば、殺戮のスキルも貰えるはず···」
「あの鶏みたいなやつっすね~。何匹狩ればいいんすか?」
「1匹で大丈夫だよ」
「·····················」
椿は唇の片端を吊り上げたまま、頭を抱えた。もうクックドゥーと呼ばれる鶏なら、何匹か狩った。
(称号も、スキルも、レベル上げも、チュートリアルで得るはずのレベル上げもなし···!?)
運営様よ、自分にこのゲームをプレイさせる気がないのではなかろうか。
(まじでこの開発コード書いたやつ、死ねよ~···)
昨今、無料でも手軽に遊べるゲームが多い中、人気があるからと折角有料で勝ったゲームなのだ。
「あ!スキルって、フレンドを1人でも登録するだけでも得られるんですよ?折角だから、わたくし、椿さんにフレンド申請してもよろしいでしょうか?」
「え?う、うん~···それって、どんなスキル?」
「友情効果で、同じパーティで戦っていると防御力があがるんです。ですよね?」
彼女はヨシノ王に確認するようにちらりと視線を向け、彼は頷く。彼もまた、画面をいじっているのか、指でスワイプをしている。
「僕も、フレンド申請するよ。仕事柄、僕は平日にログインしているから、もしよければ遊んでね。―――あ、ギルドに加入すると、防御力が友情効果であがるというスキルもある。別にギルドの掛け持ちはOKだし、一度入らないかな?」
「······じゃあ、はい」
ーーーギルド、か。
(今、この人たちは俺のレベル知ってるよな~?それでも俺をギルドに入れるって···)
ーーーかつて自分がWonderland Warで入っていたギルドは、そんな易々とレベル1の初心者などいれるギルドではなかった。
初心者など、邪魔だ。
自分はそう思っていたし、自分と共にトップをはっていた2人も、きっと同じ考えだったろう。
(フレンド申請、承認。ヒール、レベル10。ヨシノ王、レベル35。パンターのギルド申請も、許可っと―――)
スレで見た、レッドマレリイカのレベル上限は60。そう考えると、2人は決して強いユーザーではない。むしろ弱い方と考えるのが妥当だろう。
「どうかな?スキル、出たかな?」
「······························駄目っすね」
「そっかぁ。じゃあやっぱり、運営に問い合わせた方が良い。完全に、バグだ」
椿は肩を竦め、力なくうなづいた。心配そうに2人は自分を見つめてくる。その視線に居心地の悪さを感じた。
「大丈夫ですよ、このレッドマレリイカはとても楽しいゲームです。きっとこのゲームをやっている会社さんも、直ぐに直してくれますよ。だから、またログインして下さいね」
「ああ、何かあれば僕達も力になるから。うちのパンターは、初心者大歓迎ギルドなんだ。困ったことがあれば、フレンド登録もしたことだし、メッセージ頂戴」
―――何だ、この2人は。
(ありえない)
椿は率直に、そう思った。何故、そんな風に言うのか?
MMORPGなんて、目指すべきものは決まっているではないか。
弱者に、他人に、構っている余裕などないはずだ。
「おっすー!なになに?新しいギルメン?」
「あ、モココさん!」
「あー!ヒース!ちょっと聞いてよ~!また相談したいことあるんだけどさぁ!!」
突然、椿の後ろから現れたのは、漆黒の服を着た忍だった。妙齢の女性なのだろう。丸みを帯びた、女性らしい身体のラインでわかる。目だけがひたすらキラキラして見えるのは、確か課金アイテムだったはずだ。
(そういえば、忍って職もこのゲームではあったな―――)
自分が職を選んだ時、確か項目の中にあった。西洋風ファンタジーRPGとしては珍しい。椿は彼女の姿を見て、内心は失笑しつつも、へらへらと笑った。
(ぬるいギルドだな~···)
自分がWonderland Warで所属していた「Break Parasite」というギルドとは、全く違う。
(仲良しごっこ~·········)
椿は、自然と彼等のやり取りを嫌悪した。
ついスキル取得できるか試してしまったが、このギルドに仮にでも入ったことを後悔する。先程のスプリングという少女とやらと同じように、自分も色んなギルドを渡り歩こうか。
「···運営に問い合わせるんで、ログアウトします。では」
「あ―――いつでもここギルド本部なので、来て下さいね!」
ヒールは柔らかな笑みを浮かべる。どこか人に親近感、そして好感度をあげさせるような笑みであった。
だが、椿の心には鬱陶しいとしか感じない心しか残さない。
「また、お待ちしておりますね」
――椿はログアウトする最中、静かな目でヒールを見つめた。
次回の話は、明日の19時予定です。
次は運営サイド(千歳視点)です。
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