【初心者プレイヤーさん】
【初心者プレイヤーさん】
「きゃああぁぁっ!!」
ヒースは、思わず地面に尻もちをついてしまった。
VRMMO「レッドマレリイカ」を初めて、2か月。もしこれが現実世界だったら、尻もちをついた勢いで骨折していたかもしれない。
やはり、VRMMOなど慣れない―――剣士という職業のヒースは、自分のすぐ前にいる黒いライオンに似たモンスターを前に、震える足で立ち上がった。
ヒースは、セミロングの赤い髪の少女だ。期間限定クエストで手に入れた赤い花のチョーカーを首につけ、同じクエストで手に入れた限定の赤いワンピースドレスに身を包む。全て赤で統一して装飾していることから情熱の花ガーネットのような印象を受ける。
だが、実際に今彼女が浮かべている表情は―――恐怖だった。
(こ、こわい···!!ライオンが目の前にいるって···何でしょうか!?こんなの···剣で倒せるんですか!?)
グリップ部分に赤い花が散りばめられた、こちらも期間限定クエストで手に入れたフラワーソードを握りしめる。
目の前にいるのは―――視界の右端に表示されている情報によると、ブラックライオンというモンスターだ。見た目は漆黒のライオンだが、たてがみや瞳が鮮血色である。ぐるると野獣のような声で唸り、ヒースがどう出るか構えているようだ。
「···レベル20って···!」
前にいるブラックライオンは、レベル20と表示されている。
一方、自分はレベル10。
よりによって、現在1人。
レベル上げをしようとレベル5から10までのモンスターがいる森林エリア、モハーフォレストを探索していたのだが、気づいたら奥にあるケイリン洞窟に来てしまっていたようだ。
(ヨシノ王さんも、まだケイリン洞窟には行くなって行ってましたのに、わたくしったら···っ!!)
所属するギルドのリーダーの言葉を思い出し―――ヒースは剣を握りしめ、ブラックライオンと向かい合う。
唸るブラックライオン。小柄なヒースからしたら···というか現実世界でも、人間がライオンと遭遇したらパニックになるだろう。
VRMMO歴が浅いヒースは、それに近い感覚で―――ブラックライオンとは真逆に、ダッシュで逃げ出した。
(戦線、りだ――――えっ!?)
ぐおおぉぉっとブラックライオンは唸り声を上げ、走るヒースを追っかけてくる。追っかけてくるブラックライオンを見て、ヒースは現実世界で若かりし頃、野良犬に追っかけられたのを思い出した。
(い、犬と一緒ですか!?昭和の時代では野良犬がいてよく追っかけられたものですが···。ああ!おじいさんも、野良犬がいてもダッシュで逃げるなって言っていました!追っかけられるからと―――おじいさん、こういうことだったのですね!!)
今更思い出しても、もう遅い。
ヒースは森林エリアモハーフォレストの中に入ったが、ブラックライオンは足を止めることなく、ヒースとの距離を詰めていた。
「あああああぁぁぁっ!!――――あっ!!」
恐怖で、叫び声をあげながら走る中―――前方に人を見つける。
青年だ。
追っかけられているヒースには、そのくらいしか認識できなかった。
「は!?」
「ご、ごめんなさあぁぁい!!」
彼は、自分の後ろにいるブラックライオンに驚いたのだろう。ヒースは近づいてきたライオンから逃れたい一心で、前方にいる彼に飛び込んだ。
ブラックライオンも同様に、自分と彼に向かって大きな口を開け、飛びかかる。
―――ヒースは背中から、かぶりつかれた。牙が背中に食い込み、ぶちりと自分の肉を突き破る。ゲーム内なので痛みはないが――――。
(あ、死にましたね)
自分の視界が、真っ暗になった。これは「ヒース」というユーザーが死んだことを意味する。真っ黒い画面の中で、【ゲームを再開しますか?】という画面が表示されたので、すぐさまに承諾画面をタップする。
自分の視界が開け、そこはいつも賑わうリアルトシティだった。軽やかにヒースは着地し、肩を落とす。
「はー···怖かったですぅ···」
ゲーム内で死ぬこと。ヒースは、まだ正直慣れない。
(VRMMOというものはリアル過ぎて···本当に、死にそうです。心臓がもちません···)
それでもヒースは、”ある目的”があって、このレッドマレリイカにログインしている。いくら怖くても、自分はやらなければならないことがあるからだ。
「―――っと!」
「あ」
自分の横に、青年が降り立った。
(さっきの···たしか···初心者プレイヤーさんというのでしたっけ?)
先程、つい飛び込んでしまった青年だ。明らかに初期装備である。
「あの、そこのあなた···!もしかして、わたくしのせいで死んでしまったのでしょうか?」
「え?」
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
丁寧にヒースは頭を深々と下げる。あまりに丁寧な物腰のヒースを見て、青年は目を瞬かせたが、すぐにへらりと笑う。
「大丈夫だよ~、別に。さっきから俺、死んでばっかだし~」
「そうなのですか?···あの、失礼ですが初心者さんでしょうか。もし何かおわかりにならないことがあれば仰って下さいね。わたくしは、ヒースと申します」
「ああ、俺は椿。···変なこと訊くようだけどさ、このゲームって、チュートリアルあった?」
「···チュート···?誠に申し訳ないのですが、チュートリアルとは何のことでございましょうか?」
ヒースは首を傾げる。そんなヒースの姿を見て、椿は不可思議な顔をした。
「え?やっぱ、ないのかなぁ?どうやって戦うとか、このゲームの説明をしてくれるような···」
「ああ!それなら本当にご親切に教えて下さいました。わたくし、最近のゲームなど初めてやるので不安だったのですが、最初ログインした時のご説明のおかげでモンスターと戦えました。ステータスなるものの確認も、おかげできるようになりました!」
「······?そ、そっかぁ~、あるんだ~···」
彼はへらへらとした顔をしているが、疑問を感じているようだった。
(わたくしの説明が良くなかったでしょうか?”あの子”ならもっと上手く説明できるのでしょうが···この方は何かお困りのご様子ですね)
脳裏に、彼女の姿が思い出される。
このゲームの中にいる彼女と、現実の彼女―――。
「あの、もしお時間があるようでしたら、わたくしが所属するギルドに来ませんか?わたくしはまだこのゲームを熟知しておりませんので、もっとこのゲームに詳しい方をご紹介できますよ」
「え」
「あ、変な勧誘ではありませんよ。わたくしが所属するギルド「パンター」は、初心者大歓迎のギルドです」
自分が言った言葉に彼は考え込むようであったが、暫くして「おねがいしてもいいかなぁ?」という返事がきた。
次回のお話しは、本日の21時更新予定です('ω')ノ
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