【運営(神)は、椿が嫌いだっつーの!】
【運営(神)は、椿が嫌いだっつーの!】
十文字千歳は、むくりと会社の中で起き上がった。
この「レッドユートピア」という会社には、千歳専用の介護用ベッドが置かれている。
叔母が取締役社長であることや、自分が「レッドマレリイカ」の開発主任であることを利用して、毎日会社に居座り、寝て起きては開発ができるようにと、わざわざ介護用ベッドを置いてもらったのだ。
何故、介護用ベッドなのか?別に千歳は介護されるような身体ではない。
ただ単に、できるだけ開発に専念したかっただけだ。
いわゆる、千歳は開発廃人なのである。
「ふわっ···」
千歳はあくびをし、介護用ベッドをボタン1つで椅子のように起こし、ベッドを囲むようにして配置された4代のディスプレイを眺める。
彼女は、虹色の長い髪を持つ少女だった。無茶な染め方をしているせいか髪に艶はなく、結構な期間、美容院になど行っていないので生え際が黒くなっている。髪はとても奇抜だが、人形のように整った顔をしている。眠たそうに眉間にしわも寄っているが、それでも彼女の美貌が損なわれることはなかった。
千歳は、19歳。高校を卒業し、すぐにこのレッドユートピアに就職した。
―――元々、大手ゲーム開発会社ヒナタで「ギニー」と呼ばれていた自分は、子会社であるレッドユートピアにも直ぐに馴染め―――どころか、初めて自分が想像した世界「レッドマレリイカ」を運営する許可を貰え、日々開発に携わっている。
「···30分寝ているうちに、200人ユーザー増えてる···。もう2万人ユーザー···課金は···?」
電子で表示されているキーボードを軽やかに叩き、千歳は目を走らせる。
現在、時刻は午前1時。千歳以外の開発者はいなかった。大手ゲーム開発会社ヒナタの子会社なだけに、他の社員達は特別イベントがない限り、夜間になど仕事はしない。
仕事をしているのは、開発廃人であり自ら社畜となっている千歳くらいだ。
(······これなら百合子叔母さんに怒られない程度に、月間の目標売上は達成してる。―――ありがとう、ゲーム廃人の皆様···。おかげで、うちはご飯が食べれるわー)
とか思いつつ、千歳はゼリーを口にする。まともなご飯に千歳は執着しない。
(今月は期間限定クエストと、レッドマレリイカ2周年記念イベントもあるから、もっと売上伸ばせるだろうなー。···あ、あいつのグラフィックあがってたから、うちも準備進めなきゃなぁ)
あまり売上を伸ばし過ぎると、来月の目標をもっと高くされて困るが、このレッドマレリイカの伸び具合だと、余程のことがない限り落ちることはないだろう。
「···ん?」
―――千歳は、1つのディスプレイに表示された新たなユーザーの名前に、気が付いた。
それはとても、奇跡的な―――偶然だった。
「んんんんんん!?」
千歳は気が付かない訳にはいかなかった。
「―――椿!?」
藤堂椿。
決して忘れることなどできない名前だ。高速タイピングで千歳は、藤堂椿の『HINA』の情報を確認する。
本名、どこの県のユーザーなのか、何歳なのか―――細かな情報が『HINA』には登録されている。
それは、日本が都道府県によってゲームの条例が存在し、15歳以下だったら自動的に1時間でゲームをログアウトさせなければいけないなどの処理を行わなくてはならないからだ。
藤堂椿。18歳。東京都
千歳は、まさに職業を選んでいる椿の姿をモニターに映し、唖然とした。
(椿······)
間違いなく、千歳の知っている椿である。
何の職業を選択するか迷っている―――きっと、”あの”職業がないか探しているのだ。
残念ながら、椿が得意とする職業は、レッドマレリイカに存在しない。
―――このファンタジーRPGを好むユーザー層が、好まない職業だからだ。
(······どうして、どうしてだっつーの···)
千歳は自然と歯ぎしりをし、モニターを睨みつけた。可愛らしい黒目が、濁る。それはほぼ不眠不休をしていることが理由ではない。
『俺、やめる』
絶対に忘れられない言葉。
あまりに彼の言葉は軽すぎて、千歳は心底がっかりした。
(”あの椿”が、何でそんなこと言うんだっつーの···!!)
柔らかな顔をして、へらへらとした様子で言い放って―――今までの自分達は、何だったのだろうか?
『ギニー』だった自分達の絆は、何だったのか?
(······今更、今更、今更、今更······っ!!)
千歳の、黒い糸が絡まった感情は、自然と高速タイピングを荒々しく行ってしまった。本来ならば、ありえないことだ。元来なら、やってはいけないことだ。
(君は――――何もわかってないんだっつーのっ!!君は······絶対に、”WW”の時のように、同じことをさせないっ!!)
ギニーの自分達がやっていたヒナタのMMORPG、「Wonderland War」
もう15週年になるゲームで、日本で1番人気があるRPGMMOとして約1億5千万人のユーザーが登録している。
あのゲームで起こった出来事を、繰り返させてはならない。
自分の前からいなくなったのならば、もう姿を見せないで欲しい。
2つの、ある意味相反する考えが絡まり合い、千歳はつい椿のユーザーアカウントを弄ってしまった。
「通常ユーザーじゃなくしてやるっ!!いくらどんなクエストをやっても、称号もつかないし、スキルもつかない!!クエストのアイテムは勿論、ログインボーナスなんか、くれてやるかっつーのっ!!」
怨みか、嫉妬か、反抗心か。千歳の中の爆発した感情を抑えるものはいなかった。
「チュートリアルもなし!!レベル上げだって―――1億匹のモンスターを倒さないといけないようにする!レベル2から3からは、その倍!!その倍!!その倍ぃぃぃぃぃ!!」
かったーんっ!!と気持ちいい音が鳴るようなタイピングさばきで、千歳は電子で表示されたキーボードを打った。残念ながらタイピングしても、音は鳴らない。
「特別アカウントっ!!せいぜいうちのレッドマレリイカで―――困り果てるんだっつーのぉ!!」
千歳の動きが素早く、椿は本来ならチュートリアルに入るはずが、始まりの街に落下していた。くすりと笑った。
運営から嫌われた彼が、どうやって自分のレッドマレリイカをプレイするのか。
見せてもらおうじゃないか。
次の話は5月23日(土)の19時更新予定です('ω')ノ
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