換気扇のフィルターが黒い
換気扇のフィルターが黒い。
そろそろ替え時だ。
(明日100均で買ってこなくちゃなぁ……)
新居に移ってからはどちらともなく部屋でタバコを吸うことはなくなった。
吸うのは専ら台所の換気扇の下。
換気扇の掃除は大変なので、入居してすぐ100均で購入したフィルターを取り付けた。最初あまり黒くならなかった為、「換気扇本当に吸ってんの?」と疑問を投げたものの、半年後にはその威力を証明した。……フィルターは既に2回替えている。
台所の小さな窓から下校中の子供の甲高い声が聞こえてきた。
子供の声というのはなんでこう頭に響くのか。
子供なんか好きじゃない。
なのになんでかあの時タバコを止めることができた。
ここに来る一年程前、私は妊娠した。
作る筈のなかった子。
結婚が遅かったのと、互いに子供に興味がなかったことから「特にいなくていいよね」という話になっていた。
同棲が長すぎたのだ。
曖昧な関係を続けているうちに、恋は枯れてしまって、あるのはぬるま湯の様に心地いい愛情みたいななにか。
身体の関係はほぼ、ない。
たまたましたことで、たまたまできてしまった。
言い換えれば迂闊の権化である。
互いに戸惑った。
だが、なんか嬉しかった。
「……気持ち悪い」
タバコをきっちりフィルターまで吸って消す。
あの頃の自分の気持ち程、理解に苦しむものはない。
旦那はそれから部屋でタバコを吸うのを止め、寒い中ワザワザベランダで吸っていた。今の家と違い、部屋が狭かったから。
私もタバコを止めた。
生モノの摂取も止めた。
毎日3杯は飲んでいた、コーヒーを飲むことも。
3度目の検診の時だった。
『稽留流産 』
それが医師の見立。
突然現れた子供らしきものは、突然心臓を止めていた。
なんでか涙が止まらなかった。
望んでた訳でも無かったくせに。
実感とか、あったのかな?
なんでタバコとかやめられたんだろう。
全然わからない。
なんのために自分は泣いてるのかも。
一年経ってもわからないまま、たまにこうして涙が出てくる。
「……気持ち悪い」
台所の窓を閉める。
閉めても子供のギャーギャー騒ぐ声は聞こえてくるけれど。
換気扇のフィルターの予備があったことに気付いて、戸棚の扉を開ける。
取り替えたばかりの白いフィルターの下で、もう数本目のタバコに火を着けた。