生徒会
やばいマズイ、ヤバイまずい!
朝からグルグルと、二つの言葉が私の頭の中で駆け巡る。
ケータイから調べてみたら、確かに柊からだろうと思われる感想が書かれていた。
とにかく感動したと訴えかけるような熱い感想を読んで、逆に私は血の気が下がった。
柊は真面目な生徒として、教師や生徒会から信頼が厚い。
きっと柊の提案も受け入れてしまうだろう。
昼休みに入ると、私は決心した。
「アレ? 里桜、お昼は?」
「買いに行くの?」
「ううん、ちょっと用事があるから。先に食べてて」
友人達にそう言って、私は生徒会室に向かった。
ウチの学校は、進学校として有名だ。
スポーツや芸術方面でも強く、県内では1・2を争う。
そんな学校の生徒会は、言わばウチの学校の顔。
成績面で優秀なのは当たり前で、カリスマ的で美形であればなお良しという、厳しい条件付だ。
生徒会室は五階の一番広い部屋が割り当てられている。
私はズカズカと歩き、生徒会室の前に来た。
ノックをし、
「2年G組の里桜です」
と声をかける。
間も無く扉が開いて、一人の少年が私に頭を下げる。
「いらっしゃいませ、里桜さん。本日はどのようなご用件ですか?」
「会長と話がしたい。今は大丈夫か?」
「はい、里桜さんでしたら。どうぞ、中へ」
少年は快く通してくれる。
彼は生徒会役員の一人。
彼もまた、選ばれし生徒の一人だ。
私は奥へ通され、再び扉の前に来た。
「会長、里桜さんがお越しです」
「ああ、通してくれ」
「はい」
少年は扉を開けてくれた。
私は軽く頭を下げ、中へ入る。
「久し振り。桂木」
「やあ、里桜。珍しいね、キミの方から僕を訪ねてくるなんて」
桂木こと、我が生徒会長は物腰が柔らかい。
成績も私や柊に匹敵するが、彼は何と言ってもカリスマ性が高い。
甘いマスクだが、否定することを許さない気迫を持つ。
そんなヤツと私が親しく声を掛け合うのは、小学校時代からの知り合いだからだろう。
何故か同じクラスになることが多く、一年の時も同じクラスだった。
そのせいかおかげで、タメ口で話し合える。
「桂木、柊が来たでしょ?」
そう言いつつ、とっととソファーに座る。
「柊? ああ、今朝来たね。何でも薦めたいケータイ小説があるとかで」
思わずソファーからズリ落ちるところだった。
…早速かよ。
桂木はケータイを閉じ、私の方に向き直った。
因みにこの部屋は生徒会長専門の部屋で、中には会長専用の机とイスのセットの他、来客対応の為の長いソファー二組とテーブルのセットがある。
話し出そうとしたが、ノックの音で口を閉じた。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
先程の少年が、ティーセットを持ってきた。
「里桜さんはダージリンがお好きでしたよね?」
「ああ。ミルクだけ入れて」
「僕はレモン」
「かしこまりました」
少年は言われた通りにしてくれた。
そしてカップを置くと、そのまま退出。
「相変わらずしつけが行き届いているわね」
「それはどうも」
桂木は立ち上がり、私の向かいに腰をかけた。
「それで? 柊がどうかした?」
「あっああ。そのケータイ小説のことだけど、生徒会はどうするつもり?」
「どうするつもりとは?」
「全校生徒に薦める気かと聞いている」
「うん…」
桂木には珍しく、言葉を濁した。
そしてカップを手に取ったので、私も紅茶を飲む。
…うん、美味い。
「里桜は読んでみた? 例の小説」
思わずふき出すところだったが、寸前で堪えた。
「…まっまあ少しぐらいは。今、スゴイ人気みたいだし」
「うん。僕も柊に言われて、今まで読んで見たんだ」
さっきのケータイはその為か!
「いやはや…。僕は文章力では柊や里桜の上の人物はいないだろうと思っていたけど、アレで中々だね。さすが人気があることはある」
「買い被り過ぎ! それよりどうなの? 生徒会長としては。ケータイ小説を推奨するなんて、普段の生徒会ならやらないことでしょう?」
「でも何事にもはじまりはある」
「…その先駆けになろうと?」
「迷いどころだね」
桂木には本当に珍しく、苦笑を浮かべる。
「確かに面白いと思うけど…でも生徒会が薦めるほどではないと、僕は思うね」
ぐさっ、と言葉の矢が胸に刺さった。
…いや、ベタ褒めよりは良いが。
「あくまでも恋愛物が好きな人なら、受けが良いと言える段階の作品だ。コレを全校生徒に薦めても、本当に良いと言ってくれる生徒がどれだけいるか」
ざくっ、と言葉の斧が頭に刺さった。
……いや、コイツの意見は手厳しいが、正しい。
確かに『REN』の作品は、恋愛物が好きな人には受けやすい。
その反面、恋愛物がキライな人にも好かれるかと言うと、正直難しいだろう。
しょせんはその程度の文章力か…。
いや、分かってはいたんだがな……。
「流行り廃りが激しい業界でもあるからね。『REN』の人気もいつまで持つことか…」
ザバッ、と言葉の刃で切られた。
………ここまでダメージを受けるなんて、もしかして私、結構自信過剰になっていた?
「まああくまで薦めるとしても、せいぜい学内新聞でだね。流行り者好きなら、喜ぶだろうから」
そう言った桂木の笑顔が、異様に眩しく感じられた。
いや…、桂木の判断と見解は非常に正しい。まっとうだ。
柊のように盲目的になるのが、おかしいんだ。
しかし……私はこれから小説を書き続けていけるんだろうか?
もういっそのこと、連載中のをとっとと終わらせて、『REN』も終わらせる方が良いのではないのか?
だんだん暗い気持ちになっていく。
「それにさ」
まだ言うか!
「『REN』って、恋愛経験無いだろうね」
ザバーッ、と頭から冷水をかけられたような幻覚が…。
「読んでみると、マンガとか小説の良いとこ取りってカンジだね。内容が薄いと言うか」
ドッカーン!、と雷が直撃した幻覚がっ!
…てーかコイツっ! 『REN』が私だって気付いているんじゃないのか!
「だから書いているのは学生だろうね。低くて小学生か…高ければ高校生だろうね」
そう言った桂木は楽しそうで、でも含んだところは無さそうだった。
「まっ、今は世間が騒いでいるだけだろうから、しばらくすれば落ち着くと思うよ。聞きたいことは、それだけ?」
「あっああ…」




