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帰宅道中  作者: 解体屋
9/10

自己嫌悪

 


 只でさえ人気のない広場は、夜間になると人どころか鳩や鴉の一羽さえ寄りつかない。


 敷地面積はそれなりなのに街灯が一つきりしかないのも要因だろう。


 唯一街灯の光が届く噴水側のベンチに腰掛けると、広場の入口から黄色に明滅する信号機と、そのまた向こう側に二十四時間三百六十五日煌々と灯され続ける我らが生命線(生命線)が見える。


 その逞しい輝きに比べて、水鏡に浮かぶ月のなんと薄弱で役立たずなことか。ついでに切れ掛かった電灯も。



(・・・言えたクチじゃないな)


 文化祭準備。大会前だろうとコンクール前だろうとあらゆる自由を主張する帰宅部であろうと一度(ひとたび)指令が下れば出兵しなくてはならない。これが許されるのは風邪骨折慶弔割腹。最後のは最終手段だ。


 特に、俺のようなクラスで目立たず騒がず印象に残らない社会の底辺を彷徨う日陰者にとって、学校行事というのはその準備期間を含めて、いや準備期間こそが最前線。デッド・オア・アライブの戦争なのだ。しくじりは許されない。


 何故なら普段存在を認識されない分ここぞという時のヘマが通常の人の1.5倍印象に残りやすいからだ。


 さらに、平常日と違い、この期間の仮病はバレた時のリスクがやばい。頻繁に仮病を使う俺は間違いなくダウトされる。ゲームと違ってお手つきなんぞ存在しないから言ったもん勝ちだ。つまりこの期間、俺はたとえ骨折してもそれを証明するためだけに出席しなくてはならない。


 小坂(こさか)なら・・・赤阪(あかさか)だったかもしれない。


 男の名前なんかどうでも良い。


 喧嘩っ早くて声のデカいクラスメイトなら堂々と休んでも文句は言われなかっただろう。


 当の本人はむしろノリノリで参加しているが。


 つくづく反りが合わない。



 何が言いたいかって。この期間、ホントつらい。


 悪印象を与えず好印象も抱かれず極めてグレーで無色なポジションを常に維持する。なんなら俺の普段の営業時間を余裕で超えるから体力もたない。しんどい。


 男という理由だけで力仕事回されるし実行委員の女子には出鼻からピンポイントで嫌われてるし美術部の女子にまで目付けられてめんどい仕事ばっかり回されるし坂下(さかした)はテンション高くてウザいし。


「風邪・・・はダメだ・・・・骨折も痛いし・・・・割腹はナイし・・・・・親父か」


 夜のテンションで若干気が触れてるかもしれない。いい加減帰って寝るべきだ。


 だが帰って寝て起きたらまた学校だと思うと寝るのが怖い。永遠に夜にならないか。無理か。


 消沈して頭を垂れると、右脚と左脚の間から俺を見上げる二つの目玉があった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「こぉーんばぁーんわぁーあ」


 自称幽霊が足元から俺を見上げていた。チビるかと思った。


 何事もなかったように立ち上がった自称は、小洒落た挨拶もそこそこに唇を尖らせて説教をはじめた。


 いわく、最近全然遊びに来ないから非常に退屈である。来れない時は事前報告するのが義務である。子どもに夜道はきけんである。もう暗いので、道草食ってないでさっさと帰りなさい。


 その身を切れかかった電灯と朧な月の光に照らされながら、道理違いなことを歳上相手に臆することなく大真面目に堂々と懇々と説教垂れる自称に、呆れを振り切っていっそ素直に聞き入ってしまう。


「キいてますかっ?」


「はい」


(俺、変なこと口走ってなかったかな・・・)


「キいてませんね?」


「は、・・・・・・イイエ」



 自称の視線はとても痛いが、そもそも小さい彼女がこんな夜に一人で出歩く方が危険なのではないだろうか。


 つまりこの状況は、俺がこの子どもを家まで送り届けなくてはならないのではないか。


「ユーレイはユーレイなのでダイジョーブなのです」


 自称と目を合わせると、相変わらず察しが良いようで、すぐに俺よりも先回りして答えた。


「・・・・・・お、」


「オカーさんとオトーさんはダイジョーブなのです。オカーさんもオトーさんもヒトなのでユーレイのミカがみえないのです。だからダイジョーブなのです」


(その公式でいくと俺は死んでんな?)


「オニーさんはヒンシなのです」


(・・・一歩手前か)


 確かに俺は常時老若男女問わず一発KOされる自信があるほぼ戦闘不能状態ではあるが。


 こんな幼い子どもにまでそう見えるのだと思うとなんだか情けなさ過ぎていっそ悟りが開けた気分だ。底辺の悟りを。


(・・・アンタは生きてるよ・・・俺なんかよりよっぽど輝いてるよ・・・・・・ちゃんと人間やれてるよ・・・エラいよ・・・君は立派な人間だよ・・・・・・コンビニだよ・・・)


「ダイジョーブですか?」


(俺はハエだ・・・小さい光に飛びこんでサックりくたばるハエだ・・・光にもなれない虫けらだ・・・)


「アンニュイですねぇー」


 英語まで出来るのか今どきの子どもは。いよいよ底辺際立ってきた。

 いっそ腐って植物の養分になったほうが良いのかもしれない。


「もーしかたないですねーっ」


 自称に手を引かれてずるずる歩く。家まで送ってくれるらしい。なんて出来た子どもだろうか。俺は面倒だと思ったのに。


 不思議と彼女に差し出された手は気持ち悪いと思わなかった。まるで姉に触れられる時のようにその熱くて薄い皮膚を甘受できた。


 思い起こすたび胃液がせり上がってきそうで息を止めてしまうあの吐気が恐ろしく、すぐに解いてしまったが。


自称はちょっと振り返って、それからなんでもないようにスキップして先を行ってしまった。



(俺が幽霊になりてーよ・・・)


「ホントーにダイジョーブですか?ヒトリでカえれますか?」


 成人間際の男子の帰途が余程心配らしい幼い少女を彼女の家の前まで送り届ける。流石に女に送り届けられるのは、それも歳下にそれをさせるのは米粒程に残る自尊心と砂粒程度の良心が咎めたので。


握り返してやれないその手に、俺の装備品であるシルバーのバングルを乗せた。


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・イーのですか?」


 中央に埋められたブルーのターコイズを少女が不思議そうに見下ろし撫でている隙に、踵を返して夜道を駆け抜けた。戦略的撤退だ。


 ずっと後ろのほうから聞こえてくる声に、気が狂いそうになる。







 滅茶苦茶恥ずかしい。








最後まで名前思い出されへん坂口草。


劇はリア王です。

リア王役は坂口です。楽しそうです。

コーディリアは美術部の女子です。巨乳です。

フランス王は音無を嫌いな女子です。美脚です。

背景絵は運動部男子三人と文化部と称した運動部女子二人と班長もとい雑用および責任者の音無です。地獄です。


ターコイズ

旅のお守り、精神を安定させる、正しい判断に近づける、贈り主との友情を深める

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