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帰宅道中  作者: 解体屋
7/10

ゆっくりいこうね

 




 先日、半年に一度の棚卸しを行いましたところ、約五十万円のロスが発生しました。


 平たく言うと、


「半年で五十万円分の商品万引きされてんべ?」


 どうやらその手の常連様がいらっしゃるようです。


 バックヤードにも不穏な空気が漂います。

 万引きを疑われるのは、何もお客様だけではないのです。

 店長は「あはーダイジョブダイジョブーわははー」などと仰られておりますが

 店舗で発生したロスは、お店の店長の全額負担となります。

 毎度季節商品のノルマを自費で賄っているためか、店長は感覚が麻痺しているようです。


 私はしがないパートではありますが、長年彼と二人三脚で歩んできた身としては、看過できない事態です。



「絶対怪しいっすよ」


 現役大学生の新人くんは、他のアルバイトさん達よりも事態を重く受け止めてくれています。


「明らかホームレスなのにほぼ毎日ウチで食パン買うんすよ。絶対なんかありますって」


 正義感の強い良い子なのですが、少々先走る傾向がございます。

 常連のおじいちゃんは、人畜無害な物静かな方です。店員の間では『がんじぃ』の名で親しまれています。


「アイツ来たときめっちゃ見張るんで。めっちゃ見るんで俺」


 万引きされていた商品は、主に息の長い漬物商品と単価の高い化粧品類です。

 がんじぃさん、お化粧するんでしょうか。


「売ってんじゃないすか?それか女装」


 近頃の若者は発想が斬新です。



 昨日、ガンじぃさんは御来店なさりませんでした。

 バックヤードのオペノートにも『がんじぃ来ねえ!』と記録されています。


 オペノートは業務上の連絡事項なんかをやりとりするものですが、何もないときは店員達の交換日記としても活用しています。



「アナタ、いつ休んでるの?」


 常連様の中には店員の勤務状況を把握なさっている方もおり、時には勤務態度を報告して下さったりします。


「あの子、チャラくて無愛想よ。接客がまるでなっちゃいないわ。だけどイケメンよねー多少態度悪くても許しちゃうー」


 個人の采配によるところが過分にあります。

 尚、現在勤務中の新人くんは、件のがんじぃさんの監視に忙しいご様子。


(良い子なんですけどねぇ・・・)


 私は彼の将来が心配です。



「ありがとうございましたー」


 常連の老婦人様をカウンターからお見送りします。

 老婦人様が退店なされた後、突然がんじぃさんが走り出しました。自由でない足を引き摺って、お店を飛び出してしまいます。




「だれかっ、たすけてぇっ!」


 少しして、女性の悲鳴が届きました。先の老婦人様です。私が走り出すよりも先に、新人くんは店を飛び出していました。



「何してんだジジイ!!」



(ああぁ、適切かしら、注意すべきかしら)


 私も気が動転しております。


 暫くして、新人くんは老婦人様とがんじぃさんを両手に引き連れて帰って参りました。

 がんじぃさんよりも抵抗の激しい老婦人様を何故か無理に引き摺ってきた新人くんに、詳細を求めたい次第です。


「ど、どうなされたんですか?大丈夫ですか?」


「助けてちょうだいっ、この二人に乱暴されたのよっ、暴行罪よ!」



 新人くんは無愛想ですが、傍から見ても将来が心配になるくらい正義感が強い良い子なのです。


「な、・・・なにがあったの?」


 彼はとてつもなく渋い顔をして、無言のまま顎をしゃくって自身の後ろを示しました。


 水色のスカートを履いた可愛らしいお嬢ちゃんが、ちょんと裾をつまんでカーテシーの真似事をします。


「い、いらっしゃいませ?」


 お嬢ちゃんは大変愛くるしい笑みを浮かべております。保養です。


「おばあさんがオカネをはらわなかったのです」


(あら声までとっても可愛い)


「言いがかりよ!見てもいないくせに分かるもんですか!」


 お人形のように愛くるしいお嬢ちゃんは、たった今来店されたばかりです。

 老婦人様に手首を引っ掻かれながらも、どうしてか両手を離さない新人くんを見上げると、彼もまた、助けを求めるような顔をして私を見下ろしていました。


「・・・カメラ、確認してきて良いっすか?」





 警察に引き渡すことは、あんまりありません。

 私は問答無用で差し出すべきだと言うのですが、店長は「はっはっは、まあまあ、はっはっは」と笑うばかり。

 長年の付き合いですが、私よりも歳下の店長は、まだまだ甘いのです。麻痺している可能性も否めませんが。



 《警察なり何なり呼んで、そっちで対応してもらってください》


 老婦人様の御家族に連絡したところ、引き取りを拒否されてしまいました。


 《こっちもいい加減相手しきれないんです》



 どうやら、他のお店でも“常連”だったようです。



「疑って、すいません」


 功労者のがんじぃさんに、新人くんが頭を下げます。わけもわからず慌てている彼には気付いていない様子。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


 いつもの食パンに、お礼の非売品やコーヒーをつけると、がんじぃさんはますます困った顔をして首を振っていましたが、ここは無理にも押し通しました。


「お嬢ちゃんも、ありがとうね」


「・・・・・・ありがとな」


 私の趣味で店のレイアウトにしていたぬいぐるみを綺麗に拭いて贈ります。


「本当にこれで良いの?」


「うんっ、ありがとおっ」


 嬉しそうに綻ぶ顔で、ぬいぐるみの愛くるしさが霞みます。


「お菓子とジュース、何が良い?」


 大変にぎこちなく訪ねる新人くんに、ぬいぐるみをかき抱いたお嬢ちゃんが宣言します。


「こーらっ」



 手を繋いで信号待ちをする二人は、お孫さんとおじいちゃんのよう。


「そういえば、なんでお嬢ちゃんはわかったのかしら」


 それとも、がんじぃさんは声が出せないと思っていたのは、只の勘違いだったのでしょうか。


「・・・・・・さあ」


 いつもよりも大変に足を引き摺るおじいちゃんに、となりを歩く嬢ちゃんはなんて言っているのでしょう。

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