Make a dream
道端に座り込む女性の肩を叩く。
見返りを期待してお節介焼くのは、最早“公然の秘密”でしょう。
広場には、私たちの他に、一人の男性と一人の少女。コンビニから帰ってくると、少年が一人増えていた。
歩く気力もないらしい。ベンチに横たわる女性の手に、温かいミルクティを握らせ、端末を取り出した。
タクシーが来るまでの数分間。
彼女の傍に居座る私は、迷惑だろうか。
「私、なんで女になんか生まれちゃったんだろう」
ずっと自分は強いと思っていた。
ずっと密かに見下してきた弱い人に、気付けば自分がなっていた。
性に合っていると思っていた仕事が、どんどん辛くなっていく。
強かった彼女は、他人の私に打ち明けた。
傾く陽射しに目を細める。顔を逸らすと、ベンチに仲良く腰掛ける二人の姿があった。
(兄妹なのかな)
我に返る時がある。
自身の努力が正しいと、間違っていないのだと、自力で肯定できない時がある。
きっと私は、いつもあとほんの少しの一押しで、過去一杯の努力や涙を無駄にして、“大勢”に帰ることが出来た。
今の私は、沢山の我儘と一匙の偶然の果てに成り立っている。
「綺麗な手」
片手で顔を覆う彼女の爪は、トップコートの艶と、小指はエメラルドグリーンの小さなビーズが花の姿を象っていた。
強かった彼女は、弱い私によく似ている。
「頑張ってるのね」
途端に両手を隠し露わになった女性の顔は、酷く傷ついた色をしていた。
「アナタに、アナタに言われたって、アナタに言われたくて頑張ってきたんじゃありません」
「そうね」
ときどき、なんでもない言葉が刺さるときがある。
なんでもないのに深く抉られるときがある。
自分でもどうしてこんなことでって思うのに、涙が溢れることがある。
「いいんです、もうどうでも良い。仕事なんて、探せばいくらでもあるし、べつに、今の場所にしがみつくほどの価値なんかないし、もっと楽して稼げるとこ探します」
語気を強めて捲し立てる女性の向こう。
広場の前に、タクシーが止まるのが見えた。
「その通りだ嬢ちゃん!!!!」
突然、低く大きな声が轟く。
いつの間にか、ベンチに座っていたはずの男性が私たちの前に立っていた。
「俺は会社をつくる!!会社をつくって、俺みたいな奴らが自由に働ける職場をつくる!そんで、今ンとこよりデッカくなって、アイツら全員見返してやる!」
怒鳴り声と勘違いするほど威勢の良過ぎる声。
全く脈絡のわからない宣誓。
男は、びっくりするくらい無邪気な笑みを浮かべて言った。
「有難う嬢ちゃん!あんたも負けるなよ!!」
そうして、男は清々しいくらいに高らかな笑い声と共に広場を去っていった
「・・・・・・・・・・・・なにあれ」
暫くの硬直を解き、ようやく声にする。
突然叫んだかと思えば、言いたいことだけ押し付け満足したとたん立ち去っていく男に、呆れを通り越して関心すら抱いた。
「・・・・・・・・・アレ、マジだよね」
「マジ?」
私と同じく呆然と男の背中を見送った女性は、その姿が消えてからも視線を外すことが出来ないようだった。
「ありがとうって、マジのやつと違うのがあるじゃん。アレ、あのオッサン、マジだったよね。マジでアタシに、ありがとうって、いったよね」
陽が傾いている。空に滲んだ橙色が、女性の頬を紅く染めた。
(オッサン、か・・・・・・)
男性は見たところ三十代前後と思われた。
(絶対に秘密にしよう。絶対に)
「バカじゃないの。アナタもオッサンも。私、ずっと自分のために頑張って、褒められたいんじゃなくて、救いたかったわけじゃ、バカじゃないの」
「あら、どうして私がわざわざ他人のアナタを褒めなきゃならないの?私は思ったことを言っただけよ」
顔を両手ですっかり覆ってしまった女性に、こっそり笑みを零す。
ふと顔を上げると、止まっていたはずのタクシーがない。
(・・・・・・まさか、あの男)
浮かんだ予想に溜息を飲み込んで、再び端末を取り出した。
ミルクティはすっかり冷めてしまっている。
冷めたのは私がもらって、彼女にはまた温かいのをあげよう。
タクシーが来るまでの数分間。
お節介焼きの私は、アナタと友達になれるだろうか。