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帰宅道中  作者: 解体屋
6/10

Make a dream




道端に座り込む女性の肩を叩く。

見返りを期待してお節介焼くのは、最早“公然の秘密”でしょう。



広場には、私たちの他に、一人の男性と一人の少女。コンビニから帰ってくると、少年が一人増えていた。


歩く気力もないらしい。ベンチに横たわる女性の手に、温かいミルクティを握らせ、端末を取り出した。



タクシーが来るまでの数分間。

彼女の傍に居座る私は、迷惑だろうか。



「私、なんで女になんか生まれちゃったんだろう」


ずっと自分は強いと思っていた。

ずっと密かに見下してきた弱い人に、気付けば自分がなっていた。

性に合っていると思っていた仕事が、どんどん辛くなっていく。

強かった彼女は、他人の私に打ち明けた。



傾く陽射しに目を細める。顔を逸らすと、ベンチに仲良く腰掛ける二人の姿があった。


(兄妹なのかな)


我に返る時がある。

自身の努力が正しいと、間違っていないのだと、自力で肯定できない時がある。

きっと私は、いつもあとほんの少しの一押しで、過去一杯の努力や涙を無駄にして、“大勢”に帰ることが出来た。

今の私は、沢山の我儘と一匙の偶然の果てに成り立っている。


「綺麗な手」


片手で顔を覆う彼女の爪は、トップコートの艶と、小指はエメラルドグリーンの小さなビーズが花の姿を象っていた。


強かった彼女は、弱い私によく似ている。


「頑張ってるのね」


途端に両手を隠し露わになった女性の顔は、酷く傷ついた色をしていた。


「アナタに、アナタに言われたって、アナタに言われたくて頑張ってきたんじゃありません」


「そうね」


ときどき、なんでもない言葉が刺さるときがある。

なんでもないのに深く抉られるときがある。

自分でもどうしてこんなことでって思うのに、涙が溢れることがある。



「いいんです、もうどうでも良い。仕事なんて、探せばいくらでもあるし、べつに、今の場所にしがみつくほどの価値なんかないし、もっと楽して稼げるとこ探します」


語気を強めて捲し立てる女性の向こう。

広場の前に、タクシーが止まるのが見えた。



「その通りだ嬢ちゃん!!!!」


突然、低く大きな声が轟く。

いつの間にか、ベンチに座っていたはずの男性が私たちの前に立っていた。


「俺は会社をつくる!!会社をつくって、俺みたいな奴らが自由に働ける職場をつくる!そんで、今ンとこよりデッカくなって、アイツら全員見返してやる!」


怒鳴り声と勘違いするほど威勢の良過ぎる声。

全く脈絡のわからない宣誓。

男は、びっくりするくらい無邪気な笑みを浮かべて言った。


「有難う嬢ちゃん!あんたも負けるなよ!!」



そうして、男は清々しいくらいに高らかな笑い声と共に広場を去っていった


「・・・・・・・・・・・・なにあれ」


暫くの硬直を解き、ようやく声にする。

突然叫んだかと思えば、言いたいことだけ押し付け満足したとたん立ち去っていく男に、呆れを通り越して関心すら抱いた。


「・・・・・・・・・アレ、マジだよね」


「マジ?」


私と同じく呆然と男の背中を見送った女性は、その姿が消えてからも視線を外すことが出来ないようだった。


「ありがとうって、マジのやつと違うのがあるじゃん。アレ、あのオッサン、マジだったよね。マジでアタシに、ありがとうって、いったよね」


陽が傾いている。空に滲んだ橙色が、女性の頬を紅く染めた。



(オッサン、か・・・・・・)


男性は見たところ三十代前後と思われた。


(絶対に秘密にしよう。絶対に)


「バカじゃないの。アナタもオッサンも。私、ずっと自分のために頑張って、褒められたいんじゃなくて、救いたかったわけじゃ、バカじゃないの」


「あら、どうして私がわざわざ他人のアナタを褒めなきゃならないの?私は思ったことを言っただけよ」



顔を両手ですっかり覆ってしまった女性に、こっそり笑みを零す。

ふと顔を上げると、止まっていたはずのタクシーがない。


(・・・・・・まさか、あの男)



浮かんだ予想に溜息を飲み込んで、再び端末を取り出した。

ミルクティはすっかり冷めてしまっている。

冷めたのは私がもらって、彼女にはまた温かいのをあげよう。


タクシーが来るまでの数分間。

お節介焼きの私は、アナタと友達になれるだろうか。

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