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帰宅道中  作者: 解体屋
4/10

斜陽



中学時代、ずっと家庭科部に所属していたユウカは、高校に進学してからは美術部に入った。

高校にも家庭科部はあるのに、何故入らなかったの?と尋ねると、ユウコはほんの少しだけ頬を染めて、飽きちゃった。と笑った。


「ユウカーお待たせー」


「おつかれりっちゃん!」


剣道部に入った私とは活動時間が違うけど、ユウカはいつも待っていてくれる。

いつも通りの帰り道、コンビニで買ったジュースを分け合っていると、前を歩く同校生たちの笑い声が響いた。


「なにやってんのアレ?」


「ちょっと頭変なんだよ」


「やだなあ、せめて制服脱いでほしいよね。私たちまで変だと思われるよ」


不思議になって、後から覗いてみると、私たちと同じ制服を着た不良の男子生徒が、広場のベンチを相手に奮闘していた。


「・・・・・・なにあれ」


ワイシャツを汗でびしょ濡れにして、犬みたいに舌を突き出してぜえぜえ息を切らしている姿は、控えめに言ってダサい。

捲りあげた袖からは、青アザと生傷まみれの腕が覗いている。たかがベンチを押すだけでぶるぶると震えている腕は、そこらの木の枝のほうがなんぼかマシなんじゃないかと思うほどがりがりで、運動不足なのが一目で知れた。

ろくに部活もしないで、遊び呆けているからだ。


「あれでカッコ良いと思ってんのかな?」


振り向いたとき、ユウカの視線は既にその不良に囚われていた。


「・・・ユウカ?」


ユウカと私はいつも一緒。

だって、何があってもユウカは私のそばにいてくれた。

きっとこれからも、ずっと一緒にいられるんだと信じていた。

どうしてそんなバカなことを信じていられたんだろう。


「ここにいたんだ」


どうして気づかなかったんだろう。

ユウカがいつも描いていたのは、空想の人物じゃなかったことに。

ユウカがいつも待っていたのは、私なんかじゃなかったことに。




◆◇




昼と夕方の間の時間。ほんの少しの間だが、西の空が黄金色に浸って見える。

黄金色といったら聞こえは良いが、実際はどうも中途半端な気持ちにさせられる空だ。

中途半端で、見ている此方まで覚束なくなるような心許ない空を、今は眺めている余裕がない。


(難題だ・・・)


「はなせええええええ!!」


現在使用している俺のベンチ。

地面に固定するために各脚の下部に取り付けられている金具が、全て破損している。


「死んでやるぅぅううう!!俺は死ぬんだああああっ!!」


地面に縫いつけるためのアンカーボルトのほうが壊れていたなら良かったものを、破損しているのは金具のほうだ。

穴の部分が錆びて広がっていたり、L字の部分がへし折れていたり。おそらく経年劣化で脆くなっていたのが、先日の台風でトドメを刺されたのだ。


「死んで思い知らせてやるううぅううううっ」


金具自体は後付けらしく、ベンチ本体の足は幸い無傷だが、このままでは今後強風が吹くたびに全身筋肉痛になる必要がある。

かといって、新しい金具を取付けるにしても、まずは壊れた金具部分を除かなくてはならないだろう。


(錆びついててとれねえ・・・)



ひとしきり無駄に引っ掻いたところ、自分の手が無駄に汚れた。



(サビ・・・・・・サビ・・・・・・・)


「ゴボゴボ・・・・っ、げっほっ、げえっほっ!、ごほっごほっごぅえっ!」


そういえば、コーラをぶっかけると良いと聞いたことがある。気がする。

俺がいつも飲んでいるのはサイダーだ。


(・・・・・・一緒じゃね)


ベンチの上に放置していた炭酸を取ろうとして、その隣を陣取る存在に気がつく。

ビニール越しからでも分かる。白いタオルとペットボトル。


(あのジジイ・・・)


おそらく一昨日の時点から置き去りにされていたのだろう。昨日は全身筋肉痛で休んだ。

何故来たときに気づかなかったのか。

それほど事態が深刻を極めているということだ。


(つか、いまだに痛えんだよ)


平常を装っているが、一挙手一投足にぎしぎしと錆び付いたような鈍痛がともなう。

無意味に尋常な(つら)して老人を振り返ると、噴水で溺死を試みる男を懸命に取り押さえていた。


「はなせジジイ!おれは、げぇっほ、おれは死ぬんだああっ」


(なんだこれは)


噴水の受け皿の高さは、老人の膝頭に丁度届く程度だ。

酔っ払っているのなら、或いはワンチャン、あるのだろうか。


「なんで、なんでそんなにとめんだよ、あんたなんなんだよっ、なんで赤の他人に、そんなっ、う、うぇ」


(本当だよ・・・)


放っておけば良いものを。老人は男に巻き込まれてすっかりずぶ濡れだ。

老人のものであろう食パンも、噴水の淵に置き去りにするから袋が水を被ってしまっている。


「なんなんだよ・・・なんで・・・ちくしょう・・・ちくしょうっ、日本人なんて、日本人なんて大っ嫌いだああ!!」


(無駄に壮大な告白しやがった)


酔っ払いなんて夜風にでも任せておけば良い。

絡まれぬよう最大限に気配を殺して近づき、ゴミをずぶ濡れになった袋のとなりにひっそりと置いて即座に退却する。


「うおおおおおおぉんっ」


(今日は帰ろう)


丁度空も赤くなってきた。

時計がないからわからないが、陽が傾くのが昨日よりも早いように思う。

ぶちまけるのを止め、一息に飲み干した炭酸は、昨日よりは幾分マシな味をしていた。


広場を出ようとして、かさりと枯葉を踏んだことに気がついた。

よくよく見渡せば、広場の地面には点々と落葉が転がっている。いまだ木々は青くあるのに、地面と風が抜けがけをしていた。




◇◆




「・・・歓迎会の席でさ、『お前の国が嫌いだ』って言われたんだよ」


声だけ聞けば、事実を疑われるほどに自然で板についた発音だ。


「『だからお前のことも好きにはなれない』ってさ・・・社長だぞ?歓迎だぞ?なんで雇ったんだ?って思ったよ・・・もちろんすぐに辞めるつもりだった」


時おり鼻を啜っては、老人に渡された麦茶を煽る。

ペットボトルでなければ酒と勘違いしそうな雰囲気を、男は纏っていた。


「それでも、俺は辞めなかった・・・ハブられても、貶されても、身に覚えのねえ責任を押し付けられて、ボーナスを全面カットされても、それでも・・・っ、今日までやってきたんだ・・・・・・・・夢だったからさ」


老人は沈黙していた。

男の頭に乗った、綺麗に畳まれたままのタオルを、どこか憂いを含んだ眼差しで見守っていた。


「今年入った新人がさ、上司の身内らしくってよ・・・・・・わかるだろ?七光りだ。贔屓だよ贔屓。・・・・・・なにしたって持て囃されて・・・俺がさ、三年かかってやっと教えてもらった仕事をさ、三ヶ月で教えられてやんの・・・ははは、やってらんねえよなあ・・・・・・まったく」


冷たくて穏やかな風が、二人の間に流れていた。

時おり、広場の向こうから笑い声や囁き声が響いていた。


「六年間だ・・・・・・褒めてくれる奴なんか、一人もいねえ・・・まあ、当たり前だわな。当たり前だ・・・嫌われても、無視されても、それでも良いって、いつか見返してやれって、そう思って、ずっと頑張ってきたんだ・・・ずっとだ・・・・・・誰に頼まれたわけでもねえのにさ」


湯船のように噴水に浸かり淵にもたれかかる男は、赤くなった目蓋から一滴の涙を落とした。


「俺、なにがしたかったんだろうなあ・・・」


老人は西の空を眺めていた。

沈む太陽が空を赤々と燃やしていた。

陽の光は、男にも降り注いでいた。





◆◇





家に帰ると、甘いバターの匂いがした。


「はーろろーーん!!」


就職と同時に一人暮らしを始めた姉は、家にいた頃と変わらず異常にテンションが高い。


「元気元気ー?ちょっと身長伸びたー?やっだあ!私よりほっそーーーい!!」


顔を見るなり全力で抱き締められ、筋肉痛が後を引いている全身にばりばりと電流が走った。

以前よりも締めがキマっている。就職先で鍛えられたようだ。


(クソ姉貴・・・)


洋菓子屋に就職した姉は家に帰るたびに店の余り物や試作品の菓子なんかを持ってくる。

うっかりなのかわざとなのか、毎回父と俺二人では到底処理しきれない量を冷蔵庫やら食器棚やらに押し込んでいく。

感想が聞きたいとかで、持ってきたうちの一種類だけはみんなで食卓を囲って食べる。最早恒例になっている。


「今日はぁぁ・・・・・・パンプキィイーーーーン!」


(うるせぇ・・・)


家を出ていった姉は、いつの間にか甘いバターの匂いを纏うようになった。

虫とかくんじゃねえのかと、匂いがするたびに眉間に皺が寄りそうになる。


「てかアンタ知ってる?パンプキンって本当はパンプキンじゃなくスクワッシュって言うんだって!」


(スカッシュ?)


「だけどスクワッシュよりパンプキンのほうが圧倒的に可愛いよね!やっぱりカボチャはパンプキン!」


(スカッシュのがかっこいいだろ)


四人テーブルには既に切り分けられたパンプキンパイが二切れずつと、水の注がれたグラスが向かい合わせに置かれていた。


「・・・・・・親父の分は?」


テーブルに座る配置はいつも決まっている。

パイが置かれているのは俺の席と隣の席。

俺の席とは対角になる親父の席には何も置かれていない。

姉貴は首を振って笑った。


「それがさー私明日早出なんだよねーお父さん帰ってくるの遅いでしょ?待ってらんないから二人で食べちゃう!」


「・・・・・・・・・・・・わかった」


二人で食べるなら別に隣じゃなくても良いんじゃないのかと思ったが、面倒くさくなってやめた。


サクサクの生地に包まれたカボチャペーストは出来たてみたいに柔らかくて滑らかに甘くて、それでもってかなり胃にきた。



「それじゃあねーー!お父さんに『達者でな・・・っ』て言っといて!!」


(何奴(なにやつ)だよ・・・)


重たい腹を擦りながら姉を見送った。

去り際に頭をわし掴まれ、ぐらぐらと揺らされる。


「なんかあったら、すぐに電話してよね」


甘いバターの匂いが、気持ち悪くて吐きそうになる。

眉間に皺が寄らないように目蓋を閉じた。


「ソッッコーで飛んでいくから!速達で!」


(郵便じゃん・・・)


帰ってきた時と変わらず異常なテンションで出ていく姉は、先日の台風を思わせた。


姉を見送った後、試しに冷蔵庫を開けると、案の定、えげつない量のケーキやらタルトやらプリンやらがぎっしり詰め込まれている。

見ているだけで胃がやられた。


(当分菓子三昧か・・・)


考えるだけで胸焼けした。


甘い物は嫌いじゃない。寧ろ好きな部類に入る。

ただ、別に無くっても困らない。



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