一枚三百二十四円、一本百八円
広場には五基のベンチがある。
広いわりには五基しかない。訪れる人も少ないため、使われることは滅多にない。
東西南北にそれぞれ一基、噴水脇に一基。東側の入口に一番近いヤツが俺のベンチだ。
老人はいつも噴水の縁に腰掛けている。ベンチを使用しているところは見たことがない。
昨日は台風で休校だった。
今日、広場に来ると、俺のベンチがなくなっていた。
由々しき事態だ。
顔を上げた老人には無視を決めこみ、広場を注意深く見回す。
広場のベンチは、木と鋳物で出来ている。飛ばされるほど軽くはないはずだ。
案の定、それはすぐに見つかった。
北側の隅の植え込みに突っ込んでいるベンチを、一先ず引っ張ってみる。
動かないことはない。が、かなり重い。
ふと、気配を感じて振り返ると、老人が此方の様子を伺っていた。
かなり挙動不審な動きをしている老人を、眉間に皺を寄せて牽制する。
(邪魔すんな)
炭酸とブレザーを北側のベンチの上に置き、腕まくりをした。
引っかかった小枝なんかを無視して、無理やり全力で引っぱる。ばりばりがさがさ喧しい。跳ね返った枝が腕を引っ掻いて煩わしい。
ようやく植え込みから引っこ抜いた瞬間、ほんの少し浮いていたベンチの脚が降りて、危うく自分の足を挟みかける。
鳩に餌をやるのを忘れた老人が、噴水の前で忙しなくうろうろしている。止めるべきかと悩んでいるのだ。
大方、自治体にでも連絡して任せるべきだと言いたいのだろう。
(メンドクセエんだよ)
寂れた広場だ。大抵の人は通り過ぎる。
俺は言わない。だから誰も気付かない。
だから自分でやるしかない。
上等だ。誰かに頼むくらいなら、誰かに感謝するくらいなら、手にタコが出来ようが皮がめくれようが、自分ひとりでなんとかした方が千倍気分が良い。
「・・・アレ、ウチの制服だよね?」
気付けば、空は夕暮れだ。部活動を終えた学生らが奇異の眼差しで広場の前を通り過ぎていった。
「なにやってんだろ?放っといたら良いのに」
「自己満じゃね?それか頭足りてねえんだろ」
押したり引っ張ったりを延々続けて、やっとこ定位置に辿り着いた頃には、太陽は目線の高さにまで降りてきていた。
タオルなんか持ってない。
汗だくのままベンチに座り込んで、温くなった炭酸を一息に飲み干した。
(・・・まっず)
空はすっかり赤色だ。コオロギだか何だかわからん虫の鳴き声に、しばらくのあいだ目を瞑る。
目の前に、影が差した。
西陽を背負った老人が、俺に向かって手を突き出している。
目の前にぶら下がるビニール袋の中身は、予想がつく。
数十センチ先にいる老人の表情は、わからない。
日が落ちている。じきに沈む。
差し出される袋を避けて、広場を後にした。
冷たい風が体温を奪っていく。
こんなことで風邪を引くほどヤワではなかったが、明日は確実に筋肉痛だ。
(・・・・・・筋トレするか)
地面を踏むたび、足の裏がじくじくと痛みを訴えた。
爺ちゃんは麦茶派