増殖
凄まじい打撃音に思わず顔を背けるフィーナ。
タクミを肉塊に変えるに足る破壊力を持っていたであろうその腕は、橋の終端で止まっていた。
「リヴィア!!」
名を呼ばれた彼女が矢を放つ。同時にタクミは目の前で静止している左手首を薙ぐ。
「ーーーー!!!?」
眼と手首を同時に破壊されたヒュージドリルが声にならない息を吐きながら大きく仰け反る。
その隙にタクミは左大腿を突き、機動力を奪う。
「ぁ……ぁぅぁ……」
四肢の左側を失ったヒュージドリルからは闘争心は消え失せていたが、逃げる脚はすでにない。
膝をつき頭の下がったヒュージドリルの首はタクミの一太刀で刎ねられた。
同時に身体に力が漲る。レベルアップによる肉体強化の影響だ。確認したところレベルが3つも上がっていた。
「…本当に勝てたわね。」
「言っただろ?戦闘にならないって。」
「あれを戦闘じゃないと言い切るのはどうかと思うわ。一撃でも食らっていれば致命傷だったはずよ。」
「勇者様、最初の一撃はどうやって防いだんですか?恐ろしい程の打撃音だったから、私てっきり勇者様がやられたとばかり思ってしまったのに。」
「君達はまだ知らないだろうが、魔物にはそれぞれ存在できる領域がある。普段はあまり役にたたない知識だが、簡単に領域を判断できる場所がある。その一つが」
「橋と言うわけね。こんなこと初めて知ったわ。いえ、冒険者の誰もが知らないんじゃないかしら。」
「橋を渡れば魔物の強さが変わるんだ。そんな危険な場所でこんなこと検証しようとはしないだろうからね。」
「それにしても無謀な戦いには違いないわ。一撃も食らえないし、そもそもヒュージドリルの剛毛や皮が厚くてろくに攻撃が通らないのよ。眼などの弱点ならともかく、私の初撃も腕で易々と防がれたでしょう?」
「それも問題ないさ。ディザスターがあったからね。この剣はちょっと特殊でね、暴風で攻防力を大きく強化できるんだけど、そもそもの切れ味が物凄いんだ。この辺の魔物の防御じゃ話にならないよ。それに、君が眼を撃ち抜いてくれるのはわかってたしね。」
「。。。直前まで私は震えてたのだけど、」
「君がその程度で敵の硬直を見逃すはずがないだろう?」
「………」
「そういえばフィーナ、レベルアップで魔法を覚えなかったかい?」
「は、はい。確認しますね。。。えと、アンティって魔法が使えるみたいです!」
「よしよし、順調だ。それは毒と痺れを治す魔法だよ。これで次の狩りの不安が無くなるよ。リヴィア、次はアイツを射ってくれ。今回は鋼の矢じゃなくても大丈夫だ。」
「ん。。。」
前回と違い今回は反論もなく行動に移すリヴィア。自分の知らぬ知識を持つタクミに多少の信頼を抱いたようだ。
放たれた矢は赤いスライムを貫く。ヒュージドリル程の速度はないが、スライムは寄ってくるとこちらの体を包みこもうとするように粘性の身体を広げた。しかしやはり橋へと侵入できないようだ。
「うわぁ、本当に入ってこれないんですね。」
「あぁ。魔法は領域を越えてくるし、必ず無敵というわけではないがな。リヴィア、こいつの特徴はわかるか?」
「毒持ち。核を破壊しないと死なないわ。核以外に攻撃すると分裂するのが特徴ね。」
「その通りだ。付け加えるなら二撃で分裂するんだ。こんな風にな。」
タクミが軽く薙ぐと、レッドスライムの身体が二つに分かれた。
「もう一つ大事な特徴だが、分裂したスライムを倒しても経験値が入るんだ。」
そう言うとタクミはレッドスライムの核を突き刺す。ヒュージドリルの時ほどではないが力が漲る。見るとレベルが一つ上がっていた。
「10レベルを超えると急激にレベルが上がりにくくなるが、分裂を繰り返せば今日中に15レベルまでは上がるだろう。リヴィアはどんどん増殖させてくれ。フィーナは万一俺が毒にかかった際にアンティをかけてくれ。」
そうして日が陰るまでレッドスライムを退治し続けた。