第83話 参謀官
「"ゲオルグの槍作戦"発動。『ドラゴンスレイヤー戦闘団』攻勢を開始しました」
ここ、王国国防省の地下オペレーションルームには、軍の頭脳たる参謀官たちが詰めていた。
ドラゴンに占拠されたロンドニアの奪還、並びに敵の撃滅を目的とした大規模攻勢作戦が始まったのだ。
「これだけの戦力を、よくもまあ短期間の内に揃えたものだ」
参謀次長がヒゲをなぞりながら地図を見た。
曲がりくねった矢印が行き着く先は、城壁都市ロンドニア。
100両以上の機甲部隊、おまけに遊撃連隊や近衛連隊という精鋭中の精鋭まで展開していた。
「以前より即応軍は待機させておりました、ロンドニア占拠も想定していた展開の1つです」
「ずいぶんと手際が良いな、補給線の目処はついたのかね?」
「我が国のドクトリンは鉄道を使った内線戦略です、元々はベルセルク連邦に対してのものですが、ここに来てうまく作用しています」
もしベルセルク連邦が進攻してきた場合、ストラトスフィア王国はこの強力な鉄道輸送網によって本軍を集結。
総動員体制に移行した後、包囲殲滅を仕掛けるという戦略を取っていた。
今回、この鉄道網によって機甲部隊を迅速に集結させることができたのだ。
「鉄道課の連中は連日徹夜だろうな、平時のダイヤでよくもまあここまでできたものだ」
参謀次長は関心する。
当初こそ不可能と言われていた平時での大量輸送、それをこなして見せた軍の鉄道課には最大限の敬意を払う。
「では作戦担当官、概要の説明をもう一度頼む」
地図に視線を落とすと、作戦担当官は矢印をなぞった。
「第1段階、"ゲオルグの槍作戦"は機甲部隊による突破進攻戦がメインです。自走対空砲と魔導士がワイバーンを撃墜し、ロンドニア近郊まで接近します」
ロンドニア手前で別れた矢印は、3方向に分離。
都市を包囲する図を見せる。
「偵察によれば、ドラゴンは先の攻撃で休眠状態になっています。そこを魔導戦車の徹甲弾で集中攻撃、可能であれば突入部隊の設置型爆薬による爆破を試みます」
今回随伴歩兵に精鋭が選ばれた理由は、数よりも質が求められた他にない。
誰よりも危険が伴うからだ。
「ふむ、だがそこまでうまくいくかな?」
参謀次長の振りに、作戦担当官は表情を引き締める。
「はい、今説明したのは万事が全てうまくいった際のプランです」
「では、前述のプランが失敗した場合の対応を聞きたい」
「はっ! その際は第2段階、"ミカエラの花作戦"へ移行します」
作戦担当官が指した場所は、王国軍の誇る要塞クロスロード。
その意味するところを、この場の者たち全員が察した。
「作戦担当官、まさか"アレ"を使うのかね?」
「はい、アクエリアス事件以来、どうにか一発撃てるだけの復元は完了しています」
参謀官の1人が机を叩いた。
「担当官殿! アレは......『超高出力魔導砲』は最悪の破壊兵器ですぞ! それではドラゴンスレイヤー戦闘団にも被害が出かねん!」
『超高出力魔導砲』。
それはかつて、ミーシャたち闇ギルド"ネロスフィア"が水上都市を占領した際に王都へ撃とうとした古代兵器だった。
動乱直後に回収され、軍が極秘に発射可能な状態にまで戻していたのだ。
「落ち着いてください。"ミカエラの花作戦"は最後の手段、突入部隊の全滅または撤退が行われた時点で発動されます。ですので、私はこれが発動しないと確信しています」
「なんだと?」
息を呑む参謀官。
それを見ていた作戦担当官は、思い出したように語り出す。
「この間、近衛連隊長と1人の小さな少女騎士が戦いました。少女はボロボロになりながらも、あの無敵と謳われた近衛連隊長に勝利しました」
「どういうことだ?」
まだ理解できない同僚へ、作戦担当官は答えを提示する。
「"ゲオルグの槍作戦"、その本命は砲撃でも爆破でもない――――――怪物と言われた男すら倒す、未来を切り開く力によるドラゴン撃滅プランです!」
彼はあの日、あの闘技場にいた。
そして見惚れたのだ、彼女――――ティナ・クロムウェルという1人の騎士が持つ底力に。