第82話 二人の魔導士
「ままならないものですね、予定ではとっくに占領していたはずなのですが......」
ロンドニアを象徴する時計塔。
エンシェント・ドラゴンの一撃を免れたそこで、フィリアは銀髪を風に揺らしながらぼやく。
「まさか、王国軍が地下に籠もってゲリラ化するとは思いませんでした」
ウンザリとした表情の彼女に、スキンヘッドの魔導士――――ヒューモラスが視線を向けた。
「古びた城塞都市を、連中は最大限に活用している。ワイバーン群での掃討は難しい、"アイツ"はまだ動けないので?」
彼は時計塔の根本、そこに横たわっていた巨体に期待を薄く込める。
そこには、砲弾さえも弾く鱗に覆われたエンシェント・ドラゴンが休眠していた。
「街を焼き払うのにずいぶんと消耗させてしまいました、あの子にこれ以上の無茶はさせられません。その上――――左足を失った反動も無視できないです」
「伝説のドラゴンを追い詰めた者がどこかにいる――――気になりますなぁ」
壊滅状態のロンドニアを見下ろすヒューモラスへ、フィリアは金属製の魔法杖を突きつけた。
「自作自演もいいところですね、元を辿れば貴方方の仕業でしょうに」
「言い掛かりはおよしを、同志クリスタルハート」
「言い掛かり? とぼけないでください、ベルセルク連邦は以前より"異世界"へアクセスしようとしているのでしょう? 蒼国を併合した後、さらなる領土拡張のため――――」
爆発寸前の魔法が、ヒューモラスの喉元へ迫る。
「その一環でドラゴンが"接続先の世界"へ行ってしまった。そして、なんとか戻せたけど50年の月日とドラゴンは左足を失ってしまった......でしょう?」
「......バレていましたか」
「あの子を追い詰めることができる存在なんて、"異世界の軍勢"くらいでしょう。全くもって遺憾な話です」
杖を戻したフィリアは再び街を一瞥する。
勇者の光に隠れし恨み、無念に散った元勇者パーティーの子孫である彼女は、なんとしてもこの復讐をやり遂げると誓っていた。
首を取った1人の人間が讃美され、命をかけて支えた者は迫害され消えゆく。
勇者によって守られた平和を、壊すことこそ亡き祖母への救いになると信じて――――――
「たしかにドラゴンは強い。ですが、貴女は1つ勘違いをしておられる」
「わたしが? いったい何をです?」
「ドラゴンを追い詰めることができるのは、なにも異世界人だけではないということです」
不気味に笑うヒューモラスに、フィリアはどこか薄ら寒い感覚を覚えた。
しかし、それは突如入った偵察のワイバーンからの思念伝達によって遮られる。
『"鉄の像"が地を揺らし接近中、強力な魔導反応も複数確認......か』
「来ましたか?」
見透かしたように歩み寄ってくるヒューモラス。
「ええ、機甲部隊が複数――――そして精鋭級と思しき歩兵も接近中とのことです。準備を!」
「迎撃はお任せします、私は装置の起動を急ぎますので」
「......わかりました、ではそちらはお願いします」
杖を掲げると、フィリアはロンドニア中に声を響かせた。
「聴け同胞!! 我らはこれより"国家"との総力戦へ移行する! その身をもって務めを果たし、各騎一層奮励努力せよッ!!!」
彼女の気迫に答えるように、休息していたワイバーン群がいたるところから高空へ飛び上がる。
雲間へ消える群勢は、はからずも幻想的な光景となってロンドニアを飛び立った。