第75話 始まりの黒炎
――――王国西方 要塞都市ロンドニア。
巨大な時計塔の見下ろすこの街は、現在非常事態宣言下にあった。
「急げ急げ!! 旧式でもなんでもいい! とにかく使える対空砲は全て引っ張り出すんだ!!!」
避難サイレンが鳴り渡り、民間人が城壁から列を作って抜け出すこの街では、現在大急ぎで戦闘準備が行われていた。
「旅団長! 総員配置に付きました、対空警戒を厳とします」
「よし、住民の避難状況は?」
高台に造られた年季のある古城、風情のあるこの建物に司令部を置いているのは王国陸軍の旅団。
その地下室で、士官たちは集っていた。
「若干の遅延はありますが、大きな荷は捨て置かせているので問題ありません。使える魔導輸送車や列車、馬車なども全て動員しています」
「そうか......、全く"ここ"が戦場になるとは遺憾だな。要塞都市など飾り名にすぎんというのに」
ロンドニアには古くから、それこそ火砲が生まれる以前より城壁が立ち並んでいる。
元々は押し寄せる軍勢から街を守るためだったが、現在では役割などたかが知れていた。
「ドラゴン相手では、城壁など対空砲を置いてやっと威嚇になるかどうか......。それが旧式というのだから上も無茶を言う」
「そもそもここは前線用の支援拠点です、最新の対空砲は全て運び出した後で、兵站を繋ぎ止めるだけが当分の目的でした」
国境線に圧力を掛けてくるベルセルク連邦。
彼らへの対応で防空能力は前線へ出してしまっており、現在この街を守るのは旧式の対空砲と、ついさっき入場したばかりの装甲列車のみ。
もはや未来は見えていた。
「東部方面からの増援は?」
「現在、準備中とのこと......」
嘆息を隠せないのは、この場の全員が同じ。
ようするにもう間に合わないのだ、決死で耐え、少しでも敵に損害を与え、国民を安全圏へ逃がす。
それがロンドニア駐屯軍の役割なのだ。
「我々が悲観してしまえば、その瞬間に敗北する。ならば今できる最善を行おうじゃないか。高射大隊長――――」
「はっ! 部隊の士気は問題ありません。全員最初から覚悟はできています!」
「うむ、だがいざとなったら迷わず地下壕へ潜らせろ。目的はこの地の占領を阻止し、友軍の到来を待つことにある。長い戦いになりそうだからな......」
ランプの灯りが揺らぐ、瞬間――――魔導通信機より叫び声が響いた。
「北西方向より飛行物体! 数30!! まっすぐ突っ込んでくる!!!」
魔王軍との戦争以来初となる空襲警報が、ロンドニアに響き渡った。