第73話 訪問者
――――アルテマ駐屯地 大食堂
昼食ラッパが軽快に鳴り渡る駐屯地は、現在カレーの香りに包まれていた。
衛生科の治癒魔法でとりあえず動けるくらいには回復したので、わたしはさっそくお昼ご飯をクロエと食べにきたのだ。
近衛連隊長との試合もなんとか終わり、緊張から開放されたわたしは今や無敵。
これまでの分を取り返すようにカレーをかき込む。
「ティナー、また太るよ?」
呆れた様子で言ってくるクロエに、わたしはナプキンで口元を拭きながら答える。
「医官から栄養不足って言われてるし、むしろ成長期なんだからこれくらい普通普通!」
5枚目のお皿を隣へ積み重ねる。
「......ホントに?」
彼女の黒い瞳は疑問に染まっていた。
「へ、平気へいき! カレーは汗かくから太らないって!」
「謎理論すぎるよティナ〜」
だってお腹は減るし、美味しいのだから仕方ない。
そうしていると、食堂のトビラから新たに1人入ってきた。
「お久しぶりッス2人とも! うちの戦車長からティナさんの奮闘ぶりをバッチリ聞いたら、居ても立ってもいられなくてつい来ちゃいました!」
これはまた珍しい来客。
茶髪のショートヘアを揺らし、食堂に入ってきたのは1人の戦車乗りだった。
「わぁー! 久しぶりセリカ! 元気してた?」
「もちろんッスよ! 頑丈さこそわたしの取り柄! どんな戦場もばっちこいです!!」
だが、意気軒昂でカレーを持ってくるそんな我らが砲手に、クロエが一言突き刺した。
「残業は?」
「あぁああやめるッス!! 戦車兵なのに人手不足で警衛任務に駆り出され、一晩中門前で立たされたのに公務員だから残業手当出ないし、翌日普通に仕事だわでホントブラックなんです!」
頭を抱えて机に突っ伏すセリカ。
最近見ないと思ってたら、なるほどこき使われてたのね......。
戦車兵も大変そうだ。
「あー! それにしてもめっちゃ見たかったッスよ!! ティナさんが華麗に近衛連隊長を倒すところをッ! 本当なら見に行けてたんスよ!? なのに戦車の履帯が外れてそのまま復旧作業!! 結局見れずじまいでした......!」
実際はセリカの想像するような試合とは正反対、泥臭いにも程がある殴り合いだったし、見れなかったのは逆に良かったのかもしれない。
っというか、恥ずかしいので見られたくない。
「それはもったいなかったですね、彼女の奮戦は素晴らしいものでしたのに」
「マジそうッスよ! ホントもったいないことしました。って、アンタ誰............」
どこからか掛けられた声に振り向いたセリカが、言葉を中断して固まってしまった。
「ちょ、どうしたのよセリカ?」
なんで青ざめてるんだろうと思い自分も振り向く。
「ここは楽しげな雰囲気ですね、とても軍施設とは思えません」
「「「ッ!!?」」」
食堂内の全ての騎士が引きつった表情で敬礼した。
わたしやセリカ、クロエまでも無言で起立し、渾身の敬礼を行う。
セリカが硬直するのも無理はない。
だってわたしの記憶が確かなら......彼女は――――
「折り入ってご祝辞申し上げます、ティナ・クロムウェル3等騎曹。突然のご訪問をお許しください」
王国第1王女――――――アイリ・エンデュア・ストラトスフィア様。
その人に間違いなかったからだ。
「よろしければご一緒に、お食事などいかがでしょう」
脇に近衛連隊長ハルバード中佐と、わたしの上官フォルティシア中佐を引き連れ、アイリ様はニコリと微笑んだ。
セリカの愚痴、実は以前知り合いの自衛官から聞いた話を参考にしたものなんです。
っというより、この社畜セリカを主役にしたお話も書きたいですね。
久しぶりに近況報告も更新しましたので、良ければそちらもどうぞ(2018年6月27時点)