第72話 暗躍
ティナ達の住むストラトスフィア王国より西――――、大陸の半分以上を占める巨大国家の郊外に、2人の魔導士がいた。
「ここにいましたか、探しましたよ"ドラゴン使い"」
――――ベルセルク連邦領、とある丘。
それは、ティナと近衛連隊長イグニス・ハルバードが死闘を繰り広げていた時のこと。
ローブを纏ったスキンヘッドの魔導士は、東方の陽に銀髪を透かす少女の後ろに立った。
「なんのご用でしょう? ヒューモラスさん......いえ、闇ギルド『ネロスフィア』の頭首さんでよろしかったですか?」
「ヒューモラスで結構ですよ、フィリア・クリスタルハートさん。"隠れ蓑"などもう必要ないのですから」
いまだ振り返ろうともしないフィリアへ、ヒューモラスは微笑みかける。
「始祖竜は?」
「既に調教済みです。勇者から逃げたさきの場所で何者かと交戦し、痛手を負ったようですが支障ありません。作戦は実行可能です」
始祖竜ことエンシェント・ドラゴンは、生物の絶対王者と呼んで問題ない存在である。
かつて武装中立国家を3個滅ぼし、王国にも打撃を与えた伝説の存在。
それが痛手を負っていたというのは、これから一大作戦を目論むヒューモラスにとって心外だった。
「作戦に支障なければ問題ありませんが、いやはや厄介極まりない......」
「なんであれ、そちらでも警戒はしておいてください」
「我がベルセルク連邦の軍事力であれば、容易なことですよ。フィリアさん」
「――――そういえば、あなたの本当の所属は闇ギルドのトップなどではなく、そちらでしたね......連邦軍工作機関少佐?」
まだ昇りきっていない太陽の光が、ヒューモラスのローブに隠れていた勲章を照らした。
「アクエリアスでのテロはうまく誘導していましたよね、猫獣人の住むアラル村をモンスターに襲わせ、中央権力に反発する者を生み出し利用した......」
「いえいえ――――私など一介の人間、あなたはあの始祖竜すら手懐けていらっしゃる。さすがは伝説の勇者のパーティーが1人.....その一族といったところでしょうかね」
杖が地面に叩きつけられ、風が吹き荒れる。
ローブの全面に受けたそれからは、これ以上言うなというメッセージすら感じ取れた。
黙り込んだヒューモラスへ次は彼女が仕掛ける。
「"元ストラトスフィア王国軍"のあなたは、その国の軍人でありながら10年前、王城を襲撃しベルセルク連邦へ亡命した。彼らからすれば売国奴というやつでしょうか?」
丁寧口調がフィリアの発言をより不気味に仕立て上げる。
少なくとも、ヒューモラスにとっては思い出したくない過去だった。
「過去の失敗談は勘弁してほしいですよ......フィリアさん、我々はあの日、大きな過ちを犯しましたので」
「"王国第2王女の誘拐"ですよね、あれは結局どうなったのですか?」
「失敗も失敗ですよ、愚かな1人の近衛が第2王女を海へ逃したのを最後に行方知れず......。連邦への手土産はパーになりました」
過去を掘り返され少々不快な感情を抱くも、彼は落ち着き払った仕草で近寄る。
「さて、雑談はもういいですかな?」
東方より陽が完全に昇ると同時、フィリアはゆっくりとヒューモラスへ振り向く。
その手には長身の杖が飾られ、神々しさすらあった。
「竜は集いました。さぁヒューモラスさん――――あなた達の待ち望んだ光景をこれより創り上げて差し上げましょう! 蒼国は、今日をもって平穏を失います!」
「同志フィリア・クリスタルハート、ベルセルク連邦はあなたと100%共に――――――!! 共和国、引いては人民の敵へ裁きの鉄槌を!!」
雲を裂いて丘下より飛び上がってきた生物は、破壊の体現者であるエンシェント・ドラゴン。
彼女――――、ドラゴン使いのヴィザードであるフィリアによって従えられた最強の生物だった。
「これは復讐、あいつらが勇者によって得た平和は、今よりわたしが破壊し尽くします!」