第62話 パワーアップ作戦
「さーて、1週間後どうするかの〜」
「いや、そんなのこっちが聞きたいんですが......」
近衛の去った執務室。
いつも通り呑気を貫くフォルティシア中佐が、わたしとクロエに紅茶を注いでくれた。
「礼儀作法はわしが教えるゆえ構わぬが、問題は――――」
紅茶の香りでほどよく弛緩しかけた心は、次の瞬間に締め付けられる。
「近衛連隊長との手合わせじゃな〜、言っとくがあやつはなかなかにヤバい」
「お知り合いですか?」
「まぁ......の、実につまらん男じゃよ。人の舌や胃を焦がすのが趣味のクソッタレとでも呼ぼうか」
「なかなかに個性的な方で......」
苦笑いがこぼれる。
人物像こそ掴めないが、中佐がこう言うのだから間違いないのだろう。
「正直に言えば、おぬし1人じゃと余興にすらならずボッコボコにされるじゃろうなー......。なんせ相手は近衛連隊のトップであるし」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「なーんか1発逆転できる方法は無いもんかのー」
腕を組んで悩む中佐。
剣や体術のみではまず歯が立たない、少なくとも、王女殿下の余興になるくらいには粘らないと......。
「新しい魔法でもあれば、また別なんですがねー......」
ため息混じりにつぶやく。
それが引き金にでもなったのか、フォルティシア中佐前のめりで聞いてきた。
「おぬし、前に言ってた『上位電撃魔法』を使えるようになったキッカケ。被弾したら魔法を覚えたというのは覚えとるな?」
「そういえばそんな話もしましたね、でも確定ってわけじゃないですよ」
「物は試しと言うじゃろー」
なんだろう......、すっごく嫌な予感が肌を撫でてくる......。
「お言葉ですが中佐、被弾したら覚えるなんていう事例は聞いたことが......」
「だから試すんじゃろ〜?」
――――マズいマズいマズいマズい! 止めないと! ここで止めないともう引き返せない。
「いっ、痛いのは嫌なんですが......」
「王女の前でブチのめされるよりかマシではないか? それに、おぬしが惨敗するとワシの面子も無事死亡なんじゃわ」
ニッコリと笑う中佐。
あぁ......神様。
「クロエ・フィアレス騎士長、頼みがある」
「――――――ん? なに中佐?」
本を読んでくつろいでいたクロエに、中佐が声をかけた。
「魔導士大隊に"訓練相手ができた"と伝えてくれ、おぬしのペアのパワーアップ作戦の始まりじゃ」
「はい、了解しました」
ドアへ向かう途中、すれ違ったクロエが軽く手を合わせた。
「てぃ、ティナ......。ゴメンね!」
神はわたしを見捨てたらしい。
このすぐ後、演習場にやる気満々の魔導士連中が現れたのは言うまでもない。