第57話 社会復帰とご招待
服は買ったその後、わたしははてさてと"暑さを楽しむ場所"というワードを思考していた。
こないだ誰か言ってた気がするのよねー......と、デジャヴにも似た既視感に苛まれていると、大通りの一角で答えは示された。
「......マジ?」
わたしの質問に、速攻で「マジ!」と返してくる辺り間違いないのだろう。
見上げれば『激辛料理専門店』の文字。
きびすを返そうとしたが、時すでに遅し......。
わたしは肩をガッシリと掴まれ、まあまあとクロエに店内へと引きずり込まれてしまった。
帰してくれと心中で叫ぶも届かなし、46センチ主砲という悪魔の大艦巨砲主義。
胃を絨毯砲撃する激辛料理の香りが鼻をついた。
「いらっしゃいませ......って、なんだアンタたちね。席は適当に座って良いわよ、まだラッシュの時間帯じゃないし」
エプロンを付けたミーシャが、伝票片手に出迎えてくれた。
「こらこらミーシャ、それではお客様に失礼だろう? 等しく平等に接客をがうちのモットーだ」
奥から顔を出したのは金髪眼鏡の男。
「わっ、わかってますよ店長! ――――お客様、1番テーブルはこちらになります。ご注文がお決まりしだい、お声掛けください」
「おお、だいぶ様になってるじゃん」
赤面するミーシャに、クロエが見違えたと言わんばかりに拍手する。
「お客様、当店では現在お冷を店員が投げつけるキャンペーンを実地しておりますが、ご利用になられるということでよろしいでしょうか?」
トクトクと笑顔でコップに水を入れるミーシャを前に、おどけていたクロエがピタリと止まった。
ってか絶対今始まったでしょそのサービスもどき。
メニュー表を開きつつ、あまり辛くなさそうなものを選定する。
「中佐から今日も出勤してるとは聞いてたけど、怪我とか大丈夫なの?」
「そんなこと聞くためにここへ来たの? 心配いらないわ、あんなへなちょこ魔法痒くもないわ」
連れてきたのはクロエなんだけど、言う前に彼女の動きが気になった。
確かに見かけこそいつも通りだが、作業を見ていると息切れしているし、細かい動作も鈍い......。
ダメージがまだ残っている証左だ。
横腹に炸裂魔法を撃ち込まれ、激しく吐血していたのだから当然だろう。
しかし、それでも仕事自体に支障はでていないようだった。
「あーもうあの銀髪魔導士め......! 今度見つけたらひっ捕らえてここのカレーを10杯は食わせて味覚おかしくしてやるんだから」
「エグいわね......」
拷問の粋だ、いっそ殴り倒された方が幸せなんじゃないだろうかと思える報復案を聞いていると、ミーシャが続けた。
「"勇者の剣"だっけ、あの後どうなったの?」
「技術研究本部に送られたわ、これから解析とかもするみたいよ」
「ティナは行く先々で状況を引き起こすねー、勇者の剣だって"黒い悪魔"みたいなのと戦って手に入れてたじゃん」
フィリアという銀髪の魔導士、勇者の剣を狙ってダンジョンに来た黒い魔物。
中佐いわくドラゴンも出たとかで、この国は凄まじすぎる。
平和な環境を手に入れるためにも、一軍人として頑張らなきゃ。
「おまたせしました、"プチ辛"海軍カレーです。冷めないうちにどうぞ」
「あれ、今日は激辛じゃないんだ」
わたしはスコップの形をしたスプーンを取る。
「ダメージ負ってるのはアンタも同じでしょ、あんま消化に負担かけちゃダメなことくらい知ってるっての」
猫耳が照れ隠しするようにピコピコと動いた。
自分自身、命をかけるのは冒険者時代から変わらないけど、やはりこうして互いを心配しあう仲間というのは最高だ。
一緒に戦う価値が明確に存在している。
「これ食べたらどこ行こっか」
他愛もない雑談。
このまま帰ってもいいのだけど、せっかく外に出たのだからもう少し時間を潰したいというもの。
「そう、じゃあ――――――」
だからこそ、クロエ次の一言はお冷を吹き出すに十分な威力を誇っていた。
「――――――わたしの実家においでよ!」
「ぶはっ!?」
吹いた水はミーシャに直撃した。
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