第52話 銀髪の魔導士
「あなた方がこの艦に乗せている『勇者の剣』、お渡しいただいてよろしいでしょうか? わたしも手荒な真似は好みませんので」
フィリアと呼ばれた銀髪魔導士の少女、それだけでも混乱するというのに、背後のワイバーンが吐く息吹は状況をさらに複雑化させていた。
「矛盾してるわよこのトカゲフェチ、対空砲火を突き抜けてきたくせにどの口が! 今すぐ海へ飛び降りたら見逃してあげるわ!」
やはり、元ネロスフィアのミーシャは彼女を知ってるのだろう。お世辞にも綺麗とは言えない罵詈雑言を並べ立てる。
それに対し、嫌な空気を放ちながら、フィリアはなお笑みを浮かべた。
「ミーシャさんが軍に懐柔されたという噂は本当だったのですね......、所詮は国無き弱小民族。人間の靴を舐めて生きるのが分相応というものですね」
「こいつッ......!!」
一層炎を巻き上げるミーシャをその場に留め、わたしが一歩前へ出る。
まだこちらの準備が整っていないだけに、ワイバーンを甲板上で暴れさせることはあまりにリスクが高いのだ。
「そのワイバーン......、あなたが従えてるの?」
積み荷の影で海兵が静かに動く。
「ええそうです。お分かりですか? このワイバーン、そしてドラゴンはとても優れた種なんです。それだけに、あのような魔導兵器に落とされるとは少々遺憾でした」
杖を持ち替えたフィリアは、魔力を込めているようでまだ気づかれてはいない。
「そうまでして奪いにきたってことは、よほど勇者の剣が重要なのね」
10、9――――。
「ダンジョンへ向かわせた『ファントム』が本来取ってくる予定だったのですが、あなた方が倒してしまわれましたので、最終手段として来たまでです」
5、4、3――――。
「そう、それは......」
2、1――――!
「ご愁傷様ね!」
積み荷の一角、掛けられていたシートが勢いよく外された。
むき出しの銃口、隠蔽されていた"魔導対空砲"が物々しい雰囲気と共に姿を現し、照準をワイバーンへ向ける。
「クロエ!! 思いっきりやっちゃってッ!!!」
「りょーかい!」
コッキングとほぼ同時、けたたましい動作音を響かせて魔弾が撃ち出された。
「ゴギャアアァァァァァッッッ!!!???」
城壁をも粉砕する魔弾の連続射撃に、ワイバーンの鱗が弾け飛ぶ。
血を撒き散らしながら断末魔を上げた敵は、そのまま海へと転落。
その後間髪入れず、ミーシャがフィリアの喉元へ剣を突きつけた。
ここまでくれば、もう無力化できたも同然。動けばミーシャに斬られるか、クロエに撃たれる未来だけが待つ。
言うなれば、完勝したと思いこんでしまったのだ......。
「降伏しなさい、フィリア・クリスタルハート」
ミーシャが促す。
だが、フィリアの不気味な笑みは健在だった......。
「素晴らしい火力と連携でした、ですが、それ故に焦りすぎましたね」
「......えっ!?」
フィリアの持つ杖が一瞬輝く。
なんなんだと思考する前に、クロエの操る魔導機関砲が爆発したのだ。
「ヴッ......ア"ア"ッ!?」
銃座から転がり落ちるクロエ。
何が起きたかわからない、しかし爆発は土台ごと甲板に穴が開くほどの威力で、艦が揺れ動く。
「優先目標を間違えましたね」
「っ......!! このッ!!!」
すかさず炎剣を振るうミーシャ。
でも、それはアッサリ金属製の魔法杖によって防がれ、空いた腹部へ球状になった杖の先端がカウンターとして叩きつけられた。
「くはっ......!?」
ミーシャの口元から唾液がこぼれる。
「『炸裂魔法付与』」
榴弾のように具現化したのは、炸裂魔法。
至近距離で爆発をまともに受けたミーシャは、背中から積み荷に叩きつけられた。
「ガッは......!!?」
砕けた箱にもたれ、散らばった破片やホットパンツを、吐き出した血で赤く染める。
「ミーシャさんが攻撃時によく取る癖、そしてあまり被弾しない想定で服選びしてることもわたしは知ってます。まあ、鎧をつけててもほとんど変わりませんが」
形成は完全に逆転した。
攻撃方法にも不明点が多すぎる......、これでは迂闊に動けない。
けど......このままじゃ!
「大人しくしていれば、仔猫みたいで可愛いですよミーシャさん。いっそわたしが飼い慣らして差し上げましょうか?」
「くッ......うぅっ」
座り込むミーシャに近づいたフィリアは、もてあそぶように彼女の口元に伝う血を指ですくい、糸を引かせた。
「やめて......ッ」
鞘をグッと掴む。
目の前で仲間が、友達が屈辱を味合わされ、動かないバカはいるだろうか。
「やめてッ......!」
魔法の正体などどうでもいい! 今はコイツを――――――
「『高速化魔法』!!!」
ぶっ倒す!!!
「なッ!?」
急接近したわたしを少なからず警戒していたのか、フィリアは即座に防御へと移る。
だけど関係ない! 数十の連撃を杖の上から叩き込み、力押しで積み荷目掛けてふっ飛ばした。
やはりというか数秒後、木箱に突っ込んだ彼女は平然と立ち上がってくる。
「『電撃魔法付与』に『高速化魔法』まで......、ただの置物かと思い油断しておりました......」
口元の血を拭い、杖を構え直すフィリア。
「では――――――相応にお相手いたしましょう、王国軍騎士!」
社会人になってから、ようやく執筆する時間が少し取れたので投稿。