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第38話 冒険者ギルド・フェニクシア

 

「ここが......冒険者ギルド・フェニクシア」


 海に近い通りの脇、熱を放つ石畳の上で軍服の半袖を海風に揺らすわたしは【冒険者ギルド・フェニクシア】の前で息を呑んでいた。


「立派な建物ですね、ここでフィオーレさんはいつも依頼を受けてるんですか?」


 隣に立つのは、今回わたしを研修に誘ってくれた冒険者フィオーレ。

 とても清廉せいそな雰囲気と、腰まで伸びた薄めの金髪。たおやかな印象を感じさせる彼女は生粋の冒険者だ。


「そうよ、他にも仲間がいて大抵は一緒にこなしてるの。種類は色々あってね、普段は討伐ばっかりなんだけど、こないだは久しぶりに採取クエストが貼られてるのも見たわ」


 フィオーレがわたしの横で楽しげに答えた。


『冒険者』。簡単に言えば、民間から依頼されるクエストをこなして報酬を得るいわば何でも屋。

 その活動は幅広く、大陸各地の探索から商人護衛まで様々で、最近は魔物の討伐依頼が多いらしい。


「前一緒にいた2人は都合で来られないんだっけ?」

「はい、ちょっと予定が入ってたらしくて......、すみません、せっかくお誘いいただいたのに」

「ううん、気にしないで! 急に誘っちゃったのはわたしの方だし。それとさん付けとか別に大丈夫だから、気軽に呼び捨てでいいわよ」


 これが大手ギルドの冒険者......。

 かつてわたしが求め、憧れていた世界の人間。

 騎士と冒険者が仲良くなるキッカケを作れればと思ってたけど、存外、わたしが提案を快諾したのはこの世界を見てみたかったからなのかもしれない。


 フィオーレはギルドの扉へと近寄った。

 木製の扉は使い古されていて、所々にボロが発生しているけどそれもまた味を出している。


「ギルドマスターにはもう言ってあるけど、他の人たちはまだ知らないからちょっと驚かれるかもしれないわね。でも皆気さくな人ばかりだから安心して......あいつを除けば」

「あいつ?」

「なっ、なんでもないわ! さっ、入って」


 どこか引っ掛かるような会話の後、フィオーレがギルドの中へと招き入れた。一応魔導具が効いているのか、軽い冷気が頬を撫でた次の瞬間だった。

 騒々しく賑やかな騒ぎ声が、ぶつかるようにわたしを出迎えたのだ。


 食事をしながら楽しそうに談笑する者、依頼書が無数に貼られたボードを見つめて動かない者、昼間から酒を浴びるような勢いで飲む者。

 実に多くの冒険者が集まり、各々がそれぞれの時間を過ごしていた。


 わたしの想像する、冒険者ギルドそのままの姿だ。


「ようフィオーレ! 久しぶりだな、元気にしてたか?」

「もちろんじゃない、そっちこそ暑さでバテないでよ。マスターはいる?」

「ああ、向こうでお前を待ってたぞ」


 奥へ進む度に冒険者から声を掛けられるフィオーレは、ギルド内では顔がとても広いようだった。

 しばらく歩くと、1人本を読みふける女性の前でフィオーレが立ち止まった。


「久しぶりですマスター、研修の王国軍騎士を連れて来ました」


 フィオーレが声を掛けた初老の女性は、本を置いてウンと伸びをしてから口を開いた。


「なるほどあんたか。来て早々騒がしくてすまないね、まあそれが楽しくもあるんだけど......」


 女性は席を立ちながら続けた。


「私はここフェニクシアのギルドマスターをやっている、フィオーレから『騎士を連れてくる』と聞いた時は驚いたけど、こうして見ると随分かわいいじゃないか」


 厳格な雰囲気を持つマスターに一瞬物怖じしたが、優しい口調にホッと安堵する。


「初めまして、今日からここで研修させていただきます。ティナ・クロムウェル3等騎曹です」

「ほお、その歳で3等騎曹。おまけにレンジャー徽章まで持ってるなんて驚いた。じゃあ、早速あいつらにも自己紹介してもらおうか」


 マスターは思い切り息を吸い込むと。いまだ陽気な声で満ちたギルド内に生々たる声を響かせた。


「全員注目ッ!! あんた達に紹介したいヤツがいる! 取り乱さずに聞きな!!」


 冒険者達は、それこそ訓練された騎士のようにパッと静まり返り、わたしの方へ視線を向けた。

 マスターというだけあって、その威厳は確かなものなのだと、わたしは実感した。


 フィオーレに促されて前に出ると、何十人もの冒険者達を前に、わたしは幼なくも覇気を乗せて声を発した。


「初めまして! 王国軍即応遊撃連隊から来ましたティナ・クロムウェルです! 本日より【フェニクシア】で研修をさせていただくことになりました、よろしくお願いします!」


 フィオーレの言った通り、冒険者達はどよめき、ギルド内は先程に比べ騒然とした空気に包まれた。


「軍の騎士って......、どういうことだ?」


 当然の反応かもしれない。あまり関係芳しくない軍の人間が、いきなり研修に来たというのだから。


「――――確かに冒険者と騎士は仲が良いと言えないわ。でもだからこそ、友好に向けた最初の1歩としてこのような形を取った訳よ」


 フィオーレがにこやかな笑顔で説明する。

 冒険者ギルドと騎士の融和。これこそが、今回わたしを研修に誘ったフィオーレの大本命とも言える目的だったのだろう。


 こちらとしても、冒険者との関係改善は望むべきもの。

 それが自然な形でここから始まるのなら、フィオーレに十分賛同できる。


 しかし、その融和的な空気は次の瞬間に打ち砕かれた。


「よう"フィオ"! 久しぶりに顔出したと思ったら面白いことやってるじゃないか。騎士をここに研修させるなんて前代未聞だな、もうちょっと保守的にはなれねーのか?」


 そう言いながら人垣から出て来たのは、黒髪の見た目16歳程の男だ。

 背中には両手持ちの剣を背負い、さながら剣士といったところだろう。

 でも、この人どこかで――――


「やっぱり来たわね"イチガヤ"、あんたが一番の不安要素だったけどやっぱりその通りだったわ。これはマスターの取り決めた決定事項! わたしたちはそろそろ互いを見直す時期に入ったのよ」

「――――それは別に良いけどよ、その前にテストしてみたいんだ」

「テスト?」


 黒髪の剣士はわたしの方を向くと、その黒目で捉えた。

 なんだろう......大抵こういうのに良い予感はしない。


「ティナ・クロムウェルとか言ったな。俺と一度勝負してみてくれ、お前の実力が【フェニクシア】に相応しいか見極めたい」

「ッ!?」


 思い出した、この人こないだ路上で小競り合いをしてた冒険者だ。

 しかも、小さなナイフ1本でフル装備の上級冒険者を圧倒していた方......!


 どうりで強かったわけだ、まさかフェニクシアの冒険者だったなんて。


「ちょっとイチガヤ!」

「軽い試験だよフィオ、それに、こいつが王国軍騎士なら尚更だ」


 なるほど、実に冒険者らしい実力至上主義ね。

 であるならば......騎士として、わたしもそれに答えよう!


「わかりました、その勝負――――受けて立ちます!!」


 イチガヤと呼ばれた黒髪の剣士は、口角を吊り上げた。


「――――そうこなくちゃな!」



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