第31話 休日の始まりです!
――――王都中央通り。
照りつける太陽が石畳を叩き、空は夏だと言わんばかりにどこまでも蒼く澄み切っていた。
噴水広場のベンチに座りながら行き交う人々を眺めていたわたしは、ふと時計を見る。
「10:55(ヒトマルゴーゴー)......そろそろかな」
今日は久しぶりの私服で、薄手のシャツにショートパンツという完全夏仕様。
海側から吹く風が半袖を揺らし、噴水の音が涼しさを助長してくれる。
「あっ! ティナさん発見ッス!」
人垣から現れたのは、茶髪をショートヘアにした快活な少女。
アラル村で共に戦った王国軍戦車乗りの砲手に、わたしも駆け寄る。
「おはようセリカ、今日は付き合ってもらっちゃってゴメンね」
「問題ありません! わたし"辛いの"大好きなんでむしろ大感謝ッスよ。今日は絶対食べ切りましょう」
今日は休日、とあるお店に行くということでわたしたちは集まった。
「おまたせティナー! じゃあ行こっか!」
これまたクロエとセリカも、本日は涼しげな格好をしている。
今日はまだ風があって涼しく、上着の一枚を着てちょうど良いくらいなんだけど、これから行く場所には不要だった。
『雪国を楽しみたいなら、本気で寒い冬に行けと偉い人は言ったのじゃ。なら、この日照りの強い夏を最大限楽しむにあたって、とっておきのプレゼントをおぬしらにくれてやろう!』
そう言ってフォルティシア中佐に渡されたのが、今回行く『激辛料理店』の半額チケットだ。
なんでも、中佐の知り合いが最近始めたお店らしく、辛いものが苦手な中佐は休暇に入ったわたしたちへ貰った券を譲渡てきた。
さすがに2人だと心もとないので、仲良くなった戦車乗りのセリカにも声を掛けて、3人で食べに行くこととなった。
「そういえばティナさん、なんか新聞に載ってましたよね!? 噂は聞いてましたけどすごいッス!」
大通りを3人で歩いていると、さっそくセリカが徹甲弾ばりの一言を撃ち込んできた。
「あ〜......、いやあほら! 新聞って大げさじゃない。わたしは任務をこなしただけで、そういう大それたことは――――」
「おーティナ照れてる照れてる、せっかく有名人になったのに謙虚だねぇ」
必死でごまかそうとするわたしに、クロエがニマニマと八重歯を覗かせながらからかってくる。
「謙虚っていうか......、そういうのに慣れてないだけよ。お味噌汁が1杯無料になるとかならいくらでも名乗るんだけど」
「お味噌汁で決まるんッスか......?」
どこか呆れ顔のセリカ。
「そんなにお味噌汁好きだったらさ、今度ウチにおいでよ。わたしのお母さんが作るやつはすっごく美味しいんだー」
「ホント!? じゃあまた今度お邪魔させてもらっていい?」
「もちろん! お母さんにはティナのこともう話してるし、母国の料理を好きになってもらえて喜ぶと思う」
クロエのお母さんの母国......。
そういえばお味噌汁ってどこの国発祥だっけ、なんかいつの間にか根付いてたような気がするけど。
「不肖ながら、わたしも飲んでみたいッス!」
会話を聞いていたセリカも手を挙げる。
「じゃあこの3人で、お味噌汁同盟を結成しよう!!」
「......お味噌汁同盟?」
「ネーミングはちょーっとアレですけど、まあ異存はありません」
こうして、お味噌汁同盟なる変な集まりが誕生してしまった。
「いやー、ティナには海軍カレーも食べてもらったことだし、お母さんのお味噌汁の次は、わたしが作った手料理を食べさせてあげるよー!」
「やっ、ちょ......! 人前で抱きつくなーッ!」
「あだっ!?」
人目をはばからず密着してくるクロエに、久しく本気のチョップを叩き込む。
悶絶したクロエが、歩みを止めてしゃがみ込んだ。
「ティナ......今レベルいくつ......?」
「えっ?」
やたらオーバーに痛がるクロエが、声を震わせながら言った。
クラスレベル......思えば全然確認してなかったけど、訓練で溜まってた潜在地に加え、アクエリアス事件で50レベル以上の上級職と戦っていたので、多少は上がったのかなと自分の認識票を見る。
名前や生年月日、職などが記される魔法金属でできたそれには、明らかに間違いを疑う数字が記されていた。
「クラスレベル――――『62』......」
真っ先に声を上げたのはセリカ。
「クラスレベル62って! ティナさんそれだけあれば"フェニクシア"でも通用するッスよ!!」
「フェニクシア?」
よく聞かない単語に首をかしげると、セリカが息を荒くして喋った。
「【冒険者ギルド・フェニクシア】は、王国トップのギルドと謳われていて、人気、強さ共にナンバーワン! 平均レベルも60以上という超大手ギルドです」
去年からギルド関連の情報に触れたくない時期が多かったので、全然知らなかった......。
「ティナ〜、痛かったよぉ」
見れば、頭を押さえながらしゃがむクロエが、若干涙目でわたしを見上げていた。
「ごっ、ゴメンねクロエ! 部屋にあるプリン1個あげるからこの通り!」
「うん、良いよ」
いつもの笑顔を見せる。
なんて立ち直りの早い......、ケロッと立ち上がったクロエについていくと、大通りの脇に建つ1軒のお店の前で止まった。
「ここッスか?」
「うんそう、じゃあ入ろっか!」
ガラガラと戸を開けると、1人の店員さんらしき少女が出てきた。
「いらっしゃいませ、何名様でしょ......」
お互いに固まる。
汗を垂らす店員と思しき少女は、立派なネコミミと尻尾を備えた亜人。
「あんたッ――――こないだの騎士......!?」
そこには数日前に剣を交えた猫獣人、ミーシャの姿があった。