第27話 開放戦
「届けえぇぇぇ――――――――ッ!!!!」
手を伸ばし、ベルクートの左手に収められたルナクリスタルの奪還を試みる。
殴られたお腹が痛い、決してダメージは小さくない体の発する警告を強行突破し、わたしは肉薄した。
「離れ――――ろぉッ!!!」
放たれた蹴りはわたしを数メートルふっ飛ばし、階段で横たわるミーシャの傍まで転がった。
「ティナッ!!」
屋根上で掩護していたクロエが飛び降り、わたしに駆け寄る。
でも、わたしは痛みより別の感情がこみ上げたことにより思わず笑みを浮かべてしまった。
ベルクートの油断、クロエの掩護という要因が重なったからこその成果。
自らの手中に"あったはず"の物の消滅に気がついたベルクートへ、起き上がったわたしは疑問に答えるように右手の物を見せた。
「......残念だったわねベルクート、ルナクリスタルはここよ!」
手の中で光るのは、エーテルスフィアをコントロールするための魔力結晶であるルナクリスタル。
これで制御は完全に奪った。
「ふん! 取られたならまた取り返せばいい、魔力の尽きたお前の最後っ屁はここまでだ。王都の人間より一足先に逝けッ!!」
確かに魔力はもう無い。けれどベルクートは一つだけ間違いを言っている。
わたしの最後っ屁はまだやっていない!
「はむっ!!」
月の魔力を溜め込んでいるというルナクリスタル。
その強大なアイテムを、わたしはベルクートの眼前で口の中へ放り込み――――噛み砕いた。
「なッ!?」
初めてあいつの驚いた顔が見れた気がする。
一か八かの賭け、それは魔力結晶をまるごと食べてしまうというものだ。
しかし味こそしなかったものの、直後に異変は訪れた。
「あッ......!! がはっ!?」
全身がマグマをかぶせられたように熱い、汗が吹き出し、矛盾するように強烈な寒気が襲ってくる。
予想外の苦痛に膝を着いた。
「魔力の補充でルナクリスタルを食うなど自殺もいいところだな、貴様の器程度では収め切れまい!」
ヤバいッ......、息ができない。
魔力が体中を走り回ってる、このままじゃ――――――――
「ティナ!」
「えッ? ......むぐっ!?」
いつの間にか背中に手を回していたクロエが、いきなり口づけをしてきたのだ。
突然の行動に思考がこんがらがるが、その行動には意味があったらしい。
「ん......ぐっ......」
クロエの口からわたしの肺へ直に空気が送り込まれ、窒息の苦しみが和らぐ。
彼女は人工呼吸を何度も繰り返し、わたしの呼吸は段々と安定していった。
「ぷはっ......、大丈夫ティナ!?」
「......」
心配そうに見つめてくるクロエ。
ホント考えてよ......、なんでそんな抵抗無いのよ。
でも――――
「なにを訳のわからんことをッ!!」
ダガーを拾ったベルクートが、矢のような速度で突っ込んでくる。
クロエの剣を借り取ったわたしは、片手で彼のダガーを受け止めた。
「なっ!!?」
「ありがとうクロエ、おかげで助かった」
『レイドスパーク』を得た時よりも、さらに激しい魔力が全身を巡っている。
やがてそれはわたしを体の包み、月の魔力を纏うに至った――――
「そんなッ......、ありえない!! なぜ一兵卒の......最弱冒険者が使えるんだ!?」
数歩下がったベルクートが、化物でも見たかのような表情をする。
月の魔力を食べたわたしには、あたかもドラゴンのような角が2本生え、全身に雷を纏っていた。
「ミーシャ、これ借りるね?」
「......ええ!」
ミーシャの大柄な剣を持ち上げ、わたしは両手に剣を握った。
賭けは成功したようで、溢れんばかりの電撃魔法を武器に走らせる。
「終わりよ、リーダー」
二刀の剣を構え、ルナクリスタルの魔力を余すことなく行き渡らせた。
――――滅軍スキル『血界魔装・ドラゴニア』!!
雷じみた速度で距離を詰め、一心不乱の大連撃を叩きつけた。
「はああああああぁぁぁぁぁッ――――――――!!!!」
上位剣士職の堅固なガードを崩すべく、一切の妥協なき剣舞を浴びせる。
もっとだ!! もっと速くッ! 1年の訓練と想い、この武器を持つクロエとミーシャの分まで全部をぶつけるんだ!!
猛烈な乱打の応酬。
待避したベルクートは、天へ伸びる古代兵器エーテルスフィアの上に立つと、直接魔力を流し込み始めた。
「遠隔操作できないなら、手動で行うまでだ!! 王都もろとも消し飛べッ!!!!」
「そんなこと、絶対にさせないッ!!!」
上空高くへ飛び上がったわたしは、2本の剣にありったけの魔力を込める。
だけど間に合わない!
「照準を王都に固定! 超高出力魔導砲発射用意完了!! これでチェックメイ――――」
「――――『フレイム・ストラトスアロー』!!!」
市街から空を裂く一撃が放たれ、猛炎の矢がベルクートを貫いたのだ。
「ぐぼあッ......!?」
炎属性魔法、ミーシャの遠距離攻撃が彼の最後のチャンス穿つ。
そして、わたしも急降下の勢いそのままにエーテルスフィアへてっぺんから雷が如き攻撃を叩き落とした。
「――――『滅軍戦技・サンダーノヴァ』!!!」
雷撃がエーテルスフィアをかち割り、閃光がアクエリアスを照らす。
大きく傾いたエーテルスフィアは、その傾斜をドンドンと強め、海の方にまで巨体を横たわらせた。
周辺の海が荒れ、寸前で待避した海軍の艦隊も波に揺られる。
着地したわたしは気絶するベルクートの傍に倒れ込むと、大の字で真上を見上げた。
戦闘の音は消え去っており、海風の吹き抜ける音だけが蒼天の下にそよいでいた。
最後に残った力で、魔導通信機の送信ボタンを押す。
「こちらドラケン01、敵の大量破壊兵器の撃破に成功! 繰り返す、我ら、敵魔導砲を無力化せり! 送れ」
《よくやってくれたドラケン隊、先程コロシアムの友軍と民間人も救出が完了した。すぐに医療班を送る》
「了解、感謝します、終わり」
戦闘が終わり、街には風の音だけが響いている。
テロリストの撃滅と街の開放、医療班が来るという安心からか急に眠気が襲ってきた......。
「ちょっと......、休もうかな」
蒼空へ吸い込まれるように、わたしはゆっくりと目を閉じた。
今日やっと――――レベル0から本気で見返したんだ。