第19話 攻勢準備
――――ストラトスフィア王国海軍・アルテマ泊地。
カレー食堂で名高いこの基地は、現在数多の軍艦で埋め尽くされていた。
その威容は、巨大要塞を一列に並べたかのような情景を彷彿とさせる圧倒的なもの。
《我が王国は魔王襲来に続く大きな国難に遭遇しました。闇ギルドによる攻撃を受け、現在アクエリアスは占拠されつつあります》
王国第1王女による演説が流れ続ける中、宵闇を裂く太陽が東の空から登った瞬間、それは始まった。
「出港ッ――――!!!!」
艦同士を結ぶもやいが切られ、続々と艦隊が湾外目指して航行を開始。
水上都市アクエリアス奪還を目的とした大規模攻勢・オーバーロード作戦。
その火蓋が切って落とされたのだ。
《攻撃は今も続いています。ですが――――王国は決して屈しません! 魔王討伐から30年、かつて蹂躙されるだけだった我々は変わりました》
大洋へ抜けた艦隊は、整然とした動きで陣形を編成。
白波を裂いて先頭を進むのは、2連想主砲が特徴的な海軍の誇る巡洋戦艦だ。
《我々は先の大戦の反省から、粛々と軍を強化してきました。王国の主権、国民の生命と財産を守るための盾と剣を!》
作戦参加艦艇は総数40隻以上。まさしく、そうそうたる大艦隊であった。
「艦長、アクエリアス周辺では海賊船も確認されているそうです。強襲揚陸の障害になるかと」
艦橋要員の士官が報告を行うのは、巡洋戦艦ダイヤモンドの艦長。
同型艦で構成される打撃群の司令でもあった。
「ネロスフィアの動きに呼応したものか、いずれにせよ周到に計画されていたようだな」
「はい、いかがされますか?」
この質問は半ば既定路線、上陸掩護の任に着く巡洋戦艦の艦長として、答えなど考える前から決まっている。
「我らが王女殿下、ひいては王国国民がアクエリアスの奪還を望んでいる。進路そのまま第4戦速! 第1打撃群に伝達、"我に続け"」
「ヨーソロー!」
4隻の巡洋戦艦は陣形を離れ、単横陣で増速。
アクエリアス近辺に潜むという海賊目指し、海原を切った。
◇◇
――――王都郊外・陸軍アルテマ航空基地 装甲飛行船の兵員室。
空挺部隊、それは敵地へ飛び込み、浸透することを目的とした精鋭騎士からなる部隊。
今回フォルティシア中佐の遊撃連隊が共同するにあたり、レンジャー資格を持つわたしはそこに入っていた。
飛行船団が離陸しようと出力を上げる中、緊張を破るようにフォルティシア中佐が部隊の前へ出た。
「さーて諸君、なんとここにいる者は全てレンジャー騎士らしいではないか。大きいのから小さいのまで、その活躍を期待しておるでの」
小さいのって絶対わたしのことだ......。
フォルティシア中佐の振る舞いがおどけているように見えたのか、空挺部隊側の隊長さんがため息をついている。
「ったく、相変わらず場の空気が読めねえヤツだ。少しは覇気ってもんを出せねえのか?」
「人間緊張だけではすぐ壊れてしまうぞ? 堅物の代わりにわしが和ますことで調和を保ってるんじゃよ〜」
どうやら中佐は向こうと知り合いらしい。
掛け合いを見ていると、付き合いが短い感じじゃなさそうだ。
「ところで今回お前が連れ込んだ金髪のチビ、使えるのか? もし役に立たないなら蹴り落とすぞ」
金髪のチビってわたし!? しかも蹴り落とすって空中からよねそれ!?
「構わんよ、ああ見えて王国レンジャー騎士。飛行船からの降下にビビるようなら部下になぞせんわい」
「......お前がそこまでひいきにしてるんなら、間違いないんだろう。期待している」
短いやり取りでわたしの扱いが決まると、次は空挺隊長が前へ出た。
「さて、これより概要を説明する。我々の目的はコロシアムで持ち堪えている友軍と市民の救出だ、地図を開け」
事前に渡されていた地図を広げると、北にあるコロシアム前の広場に赤丸が描かれている。
「赤丸は降下予定地点だ、そしてその周辺にある赤点が、予想される対空魔導砲を示している」
兵員室がざわめいた。
無理もない、なぜならわたしたちへ牙を向くであろう対空魔導砲は、アクエリアス中に置かれていたのだから。
「駐屯地の物が鹵獲されたか......、これはまた厄介じゃのう」
このまま降下なんてすれば間違いなくハチの巣だ。
けど空挺隊長は、そんな動揺を打ち消すように声を通す。
「心配は無い、降下時には王国軍魔導士による掩護がある」
「なるほどのー、魔導士が我々を障壁で守り、ついでに対空砲も潰すと――――それなら安心じゃわい」
「そうだ、我々と共に降下した魔導士が障壁を展開。強襲揚陸艦から飛翔魔法で発艦した部隊が対空砲を潰す」
上陸は海からも行われるらしい。
前にクロエと食べに行った海軍カレー、その食堂がある基地の艦隊が直掩するとのこと。
また2人で一緒に食べに行く、その想いを何度も繰り返しながら、わたしは自分の認識票ともう一つ、ペアであるクロエの物をグッと握りしめた。