第16話 始まりの闇
「妹さんが失踪......ですか?」
わたしの問いに、ナーシャさんは静かに頷いた。
「もう2年も前ですが、あの娘は村の現状を憂いて飛び出しました。ちょうど、この間のように魔王軍から攻撃を受けた後のことです」
ナーシャさんいわく、アラル村は昔からモンスターを受け止める緩衝地帯のような扱いを受けていて、自警団や住民の犠牲者が絶えなかった。
そんな現状を放っておく自治政府や人間、襲ってくる魔王軍に怒りを覚えたナーシャさんの妹は、置き手紙を残して失踪。
以来ずっと行方不明らしい。
「王国中から人が集まるここならと思ったのですが。亜人を見たという情報はまだありません......」
ナーシャさんの吐くため息は深く、苦労がこちらにも伝わってくる。
「ナーシャさんのようにフードをかぶっているかもしれませんし、わたしたちの方でも探してみますね」
「ありがとうございます! 本当に......どこへ行ったのやら」
そういえば森でオーガに追われてた時、ナーシャさん「あの娘がいれば」って言ってたっけ。
もしそうなら相当な実力者かもしれないし、ひょっとするとコロシアムに参加してる可能性も......。
瞬間、ワッと大きな歓声が高台のコロシアムから響いた。
どうやら、そろそろショーが始まるらしい
「うひゃー、すごい熱気。一体何人くらいあそこにいるんだろ?」
「コロシアムの人気は絶大と聞いてます、街のほとんどの人が観戦しに行っているとかで、市街エリアの人気は一気に減るんだとか」
なるほど、じゃあしばらくは人がコロシアムエリアに密集するんだ。
《ザッ――――こちら本部。ドラケン01、感明送れ》
「マーキュリー、こちらドラケン01。感度良好、送れ」
魔導通信機から、わたしのコールサイン(ドラケン01)が呼ばれた。
どうせならドラゴンを意味するこっちより、妖精とかの方が可愛くていいのに。
《警務隊から要請があった、囚人輸送用列車の護衛を貴隊に任せたい。頼めるか?》
「囚人?」
《ああ、こないだ王都で検挙された連中だ。貴官はレンジャー持ちだろう? 囚人には魔導士も混じっているので、元アンチマジック大隊の02(クロエ)も加えたい》
これはもしかしなくても、わたしが王都へやって来た初日に捕まえた古巣の連中だろう。
もう関わらずに済むと思っていたけど、これも仕事なら割り切るしかないか......。
「ドラケン了解、引き受けます。送れ」
《助かる、では指定の駅で乗り込んでくれ》
仕事の時間か。
とりあえずナーシャさんと別れ、わたしとクロエは指定された駅へと向かう。
◇◇
「王国軍の騎士......ですか、いくらコロシアムの警備で人員が不足してるとはいえ、上も厄介な連中を送ってくる」
囚人輸送用の列車内。
見た目には普通の列車と変わらない客室で、わたしたちは警務隊の人から熱烈な歓迎?を受けていた。
「一応命令ですので、ご理解いただきたく思います」
我慢、我慢よティナ・クロムウェル! ここで切れたら迷惑が掛かるのはフォルティシア中佐なんだから。
「はいはい、わかってますよ。ですが治安維持や囚人護送はあくまで警務隊の仕事です。余計な手は出さんでくださいね」
誰が出すか! 叫びたい気持ちを殺し「わきまえています」と声色を変えずに言うのはすっごく胃に悪い。
自分の仕事に熱心なのは良いけど、まさか邪魔者扱いされるとは......。
国防省と警務庁じゃ馬が合わないのかな。
「まっ、もし何かあったらその時は出すけどね」
クロエはクロエで挑発するようなことを......。でも、なんで腰の剣を触って。
「言うじゃねえか、まあそんな事態無いだろうがな」
クロエに迫る警務官。
しかし彼女は怯むどころか、剣のグリップをさらに強く握った。
「ティナ――――、来たよ」
「へっ?」
何がと言おうとした口は、大きく揺れる車内と爆発音。
そして、目の前の警務官を足払いしたクロエによってすぐさま遮られた。
「ちょっとクロエ!?」
警務官に剣を突きつけるクロエ、思わず動揺の波に飲まれる。
窓を見れば、街中から次々に爆発が発生していたのだ。
元アンチマジック大隊のクロエだからこそ、真っ先に気づいていたのかもしれない――――
《展開中の全部隊へ!! 市街エリアにて攻撃魔法によるテロが発生した! 各部隊は対応に移れ!! 繰り返す――――》
大規模テロ......、じゃあもしかしてこれって。
「ティナ! こいつら警務隊じゃない!! 偽装した魔導士だ!」
尻もちをつく警務官は、クロエの『マジックブレイカー』によってその姿を変える。
同時に他の警務官も一転、ローブを纏った容姿に変貌したのだ。
【コールサイン】
軍内で通信する時に使う名前。
(ティナ=ドラケン01、クロエ=ドラケン02)。
情報秘匿や便利性、同姓同名の対策に有効。