Case.05 イケメン君と高嶺の花
今日も特に何か起こることもなく、平凡な一日が過ぎようとしていた。
今はHRまでの少しの待ち時間の最中で、クラスメイトはそれぞれ仲のいい友達と会話を楽しんでいる。
僕はと言えば田中くんが同じクラスだったらぼっちじゃなかったのかもしれないが、残念なことにこのクラスに僕の親友はいない。
その彼女である園田さんとはある程度話したりするが、今は田中くんとのSNSに夢中になっているようだ。
他にもこれまで恋愛相談を受けてきた人とは比較的仲が良いが、それでもこの時間は別の友達と話しているので、やっぱり僕はぼっちだった。
「種島」
「ん、沢田くん?」
ふと名前を呼ばれ、振り返った先に居たのは沢口 舜。
何を隠そう、こやつはイケメンである。
状況だけで言えば少し今西くんの時と似ているかもしれないけど、沢口くんに至っては本当にイケメンで女子が騒いでいるのを見たこともあった。
そんなイケメンくんが僕に何の用だろう。
「ちょっと話があるから、放課後、教室に残っててくんないか?」
「あー、うん。分かったよ」
学校が終わった後の予定を思い出すが、特に何かあるわけでもないので僕は頷く。
「ありがと、助かる」
そう言って僕から離れていく沢口くん。
そんな沢口くんの表情は少しだけ緊張しているようで、僕はあの顔を何度か見たことがある。
「……恋愛相談だな、これ」
恐らくだが沢口くんの話というのはそれだろう。
しかし今回僕が出る幕は無いかもしれないな。
なぜなら沢口くんはイケメンでモテモテだ。
大抵の女子なら告白すればオッケーを貰えることだろう、羨ましい。
「まぁ恋愛相談してくるんだから、ちゃんと話は聞かないとだね」
また一人になった僕は先生がやって来るまでの間、田中くんに借りておいた恋愛モノの漫画を一人寂しく読んでいた。
◆ ◆
「話っていうのは、実は恋愛相談をお願いしたいんだ」
案の定、沢口くんは開口一番そう告げてきた。
恐らく僕が恋愛相談を受けていることを誰かにでも聞いたのだろう。
「沢口くんの恋愛相談を受ける分には全然構わないよ」
「そ、そう? あ、それと俺のことは舜でいいよ」
沢田――舜くんは少しだけほっとしたように胸を撫でおろす。
別にそもそも僕に頼まなくても、自分の恋愛くらい成就出来るだろうに。
そうは思っても口には出さない。
「恋愛相談の内容は、好きな人に告白する、で大丈夫かな?」
「あ、うん。告白しようと思ってる」
どうやら僕の予想も当っていたようで、舜くんは少しだけ照れながら頷く。
それにしても舜くんの好きな人とは一体誰だろう。
「恋愛相談するにしても誰か分からないとさすがに厳しいから、教えてもらってもいい?」
今回は特に厳しいということもないだろうが、純粋に気になったので聞いてみる。
「……さ、冴島さん、かな」
恥ずかしそうに想い人の名前を教えてくれる舜くんとは裏腹に、僕は一気に血の気が引いていくのが分かった。
「冴島さん、ですか……」
冴島――冴島 灯里。
彼女の名前を知らない人は、恐らくクラスメイトだけでなく学年にもいないだろう。
それほど有名になるまでに、冴島さんは綺麗で美人だった。
確かに冴島さんだったら、舜くんでも恋愛相談しに来るのも分かる。
こんなイケメンくんでも恋慕してしまうような彼女だが、僕は冴島さんに良い思い出が何一つとしてない。
「……冴島さん、かぁ」
僕は昔何度か受けた恋愛相談について思い出していた。
以前、冴島さんが好きで付き合いたいという人から恋愛相談を受けたことがあった。
その時は僕も冴島さんについては「綺麗だなぁ」というくらいしか認識がなかったので二つ返事で恋愛相談を受けることにしたのだ。
しかし一つ蓋を開けてみれば、どれだけアドバイスして、アプローチしても全く好感度が上がらない。
結局我慢が出来なかった依頼人がそのまま告白してしまって、結果玉砕。
その後も何度か冴島さんに関係する恋愛相談を受けたが、全部だめだった。
そしてその過程で僕が恋愛相談したということが何故か冴島さんに知られてしまったようで、僕は冴島さんに嫌われてしまっている。
直接そう言われたわけではないが、恋愛相談を受けたりしていると睨まれることも少なくはないので、恐らくそういうことだろう。
それ以来、冴島さんに関する恋愛相談は受けないようにしていたのだが、まさか舜くんが冴島さんを好きだなんて思ってもみなかった。
いや、可能性自体は大いにあったはずなのに舜くんがイケメンで今回の恋愛相談は楽そうだなんて油断していたのだ。
しかし一度恋愛相談を受けてしまった手前、今更やっぱ無理だなんて言えるはずがない。
「…………」
今回は、上手くいってくれるだろうか。
恋愛相談が失敗してしまった時のあの依頼人の顔は、出来るだけ見たくない。
その後の依頼人との関係もほとんど無くなってしまったり、本当良いことなんて一つもない。
でも今回の恋愛相談を依頼してきたのは、舜くんだ。
イケメンでよくモテる舜くんならもしかしたら、成功してくれるかもしれないんじゃないか……?
僕はその可能性を望みながら、今回の恋愛相談で何が出来るか考えていた。
「…………だめだ」
放課後の教室で一人。
僕の呟きは誰に聞かせるでもなく落ちていく。
舜くんから恋愛相談を受けて何日が経っただろう。
あれから僕たちは頑張ったと思う。
冴島さんの手伝いをするための機会を窺ったり、出来るだけ良いところを見せようしていた。
しかし冴島さんがそんな隙を与えてくれない。
たまに手伝うことに成功したかと思っても、好感度は全く変わっていない。
ここまで来たら好感度を自分で操作しているんじゃないだろうかと疑ってしまうほどだ。
そして何の進展もないまま時間だけが過ぎ、ついさっき痺れを切らした舜くんが冴島さんに告白に行ってしまった。
もともと自分の容姿が整っていることを舜くんは自覚していないわけではなかったし、僕に頼って進展がないならいっそ自分で告ったほうが早いと判断したのかもしれない。
まぁそれも仕方ないが。
でも僕はその告白が失敗することを知っている。
だからこそ今、憂鬱で仕方がないのだ。
恋愛相談を失敗で終わらせてしまったことも。
ほぼ間違いなく、これ以降舜くんが僕と関わることがないことも。
全部、溜息と一緒に出て行ってくれはしないだろうか。
そんなこと出来るわけないと理解しつつも、僕の口からは大きな溜息が零れる。
「僕は、どうすれば良かったんだろう……」
恋愛相談を受けなければ良かったのか。
それとも冴島さんを諦めるよう説得でもすれば良かったのか。
はたまた玉砕覚悟で告白をするように言えば良かったのか。
どれも、全然だ。
きっと間違いしかなかったんだろう。
強いて正解だとするならば、恋愛相談を受けなければ良かった、のかもしれない。
ただもう今更そんなことを言っても遅いことも理解している。
だからこそ僕は放課後の教室で一人、《《今》》を吐き出していた。
◆ ◆
「こっちの道で帰るのは、初めてかな」
僕はいつもの帰り道とは違って、学校の裏門から帰ることにした。
今日はなんだか一人で静かに帰りたかったんだ。
誰とも喋らず、誰とも歩幅を合わせず。
誰を気にするわけでもなく、淡々と帰ることだけを考えたかった。
「…………」
でも僕の願いとは裏腹に、生徒が一人だけ裏門のところに体重をかけている。
出来れば今、一番か二番に会いたくなかった彼女は僕に気付いていないのか視線を下げている。
冴島さんはどうしてこんなところにいるんだろうか。
舜くんから告白されたんじゃなかったんだろうか。
気になることは沢山あったけど、話しかける勇気なんてあるわけない。
恐らく冴島さんは誰かを待っているのかもしれないが、さすがに僕ではないだろう。
ここは大人しく、静かに帰ろう。
そう思って裏門に差し掛かった時、
「種島くん」
僕は冴島さんに呼び止められた。
まさか呼び止められるなんて思わなかった僕は心臓を掴まれたような錯覚を覚えて、胸を押さえる。
「今日はこっちなんですね」
冴島さんの言葉に僕は喉が詰まる。
緊張して上手く声が出ないのだ。
僕は頷くだけで、何とか自分の意思を伝える。
「私も今日はこっちです」
そうなんだと思いながら、僕は一刻も早くこの場を離れることだけを考えていた。
「一緒に帰りましょうか」
なのに彼女はそんな僕を苦しめるためか、悪魔の囁きを零した。
「…………」
学校から二人きりの帰り道を歩いている。
他の人から見たら羨ましいことだと言われるかもしれないが、そんなこと決してない。
僕たちの間には会話なんて一つもない。
あるのはただ気まずさだけ。
どうして冴島さんは僕なんかを帰り道に誘ったんだろう。
話したことすらほとんどないし、嫌われているはずなのに。
「……今日は、舜――沢口くんに告白されたんだよね……?」
嫌われてるんだったら今更だろうと思い、僕は唾を飲んでから聞いてみる。
でも口の中は乾ききっていて、声を出すのでやっとだった。
「……やっぱり、また恋愛相談でも受けてたんですね」
僕は目を合わせないように顔を背けながら、頷く。
それを見たのか見ていないのかは僕の知ったことじゃない。
これ以上答えるなんて、今の僕には無理だ。
「告白はされましたよ。振りましたけど」
あまりにもあっさりと、僕の質問に答える冴島さん。
それが彼女にとってどれほど軽いことなのか、僕には分からない。
ただ予想が当たっていたことに、僕は俯く。
「……5人目ですね」
それは、僕が冴島さんに関する恋愛相談を受けた人数だ。
忘れもしない。
僕と依頼人の崩れた関係の数だから。
「種島くんが、《《私》》と《《同級生》》の関係を壊した回数です」
「……ごめん、なさい」
それも、そうだ。
関係が壊れたのは僕だけじゃないんだった。
それを勘違いしたらいけない。
それを忘れてはいけないんだ。
自分だけじゃなかったんだ。
冴島さんもそうだったんだ。
「……じゃあどうして、冴島さんは、誰も好きにならないんですか……?」
きっとこれ以上僕は何も話せない。
それは最後の最後に聞いてみたかったことだった。
ずっと前から聞きたかったことだった。
どうして何をやっても冴島さんの好感度が上がらないのか。
誰に対しても一定の好感度のままなのか。
それが、知りたくて堪らなかった。
どうやら冴島さんとはここで帰り道が別になるようだ。
僕は真っ直ぐ、冴島さんは右の道を行く。
案外家に近いところまで一緒に帰ってきたあたり、家が近いのかもしれない。
僕たちは互いに何も言わず、振り向かず、ただ静かに別々の道を歩き出した。
『――――好きとか嫌いとか、そう簡単に変わらない人だって、いるんですよ』
孤独に歩く僕の頭の中で、最後に聞いた冴島さんの言葉が、妙に反芻していた。