Case.03 今どきガールとモブ男
「たねしまくぅーんっ」
特に何かすることもなくだらだらとしていた昼休み、突然僕の名前が呼ばれる。
田中 勉。
失礼な言い方をすればモブっぽいと表現できるその男子は、何を隠そう僕の友達だ。
それも、一番親しい友達と言っても過言ではないだろう。
今年から違うクラスになってしまったものの、その関係がなくなることはない。
「田中くん、どうしたの?」
僕がそう聞くと、田中くんは人差し指を立て、チッチと音を鳴らす。
去年からの親しい付き合いで、これが「まぁ慌てるな」という意味であることは簡単に分かる。
「実はね、ものすっごく面白い漫画を見つけたんだっ!」
大きな声でそう言い放つ田中くんは満面の笑みを浮かべている。
そしてその両手に持つ袋の中には、恐らく件のものすっごく面白い漫画が入っているのだろう。
「おぉー!」
田中くんの言葉に、僕は興奮を隠せない。
僕自身、別にオタクというわけではないと思うのだが、田中くんのオススメしてくる漫画はいつも本当に面白いのだ。
時にはバトルアクションもの、時には学園恋愛もの、時にはSFものまでその種類は多岐に渡る。
あ、因みにだが田中くんは生粋のオタクだ。
そんな田中くんだが僕でも楽しめるような漫画をよくチョイスしてきてくれるので、その漫画に対する眼力は恐ろしいとしか言いようがない。
もしその眼力を漫画に対してではなく女の子に対して使えるのであれば、きっと今頃とんでもないモテ男になっていたことだろう。
「僕はもう全部読んだから、読み終わってから返してくれればいいよ!」
きっとその漫画の興奮を誰かと分かち合いたいのだろう。
言わずとも、早く読めと目が語っている。
「あれ、田中さん?」
「そ、そそそそそっそ園田さんっっっ」
そんな田中くんだが、実は好きな人がいる。
直接聞いたわけではないが、近くで反応を見ていれば嫌でも察せる。
その相手とは、ちょうど今田中くんに話しかけてきた僕のクラスメイトだ。
園田 舞子。
僕と田中くんの去年のクラスメイトであり、僕とは今年も同じクラスでもある。
そして現田中くんの想い人だ。
友達として田中くんの恋を応援したいとは思ってはいるが、また相手が手強い。
園田さんは普通に可愛く、一度だけ見たことのある私服もかなり今風だった。
対して田中くんは……察してほしい。
田中くんもそれを理解しているのだろう。
僕に恋愛相談をしてくる気配もなければ、自分で告白する様子もない。
まぁ僕でもその立場だったらそんな勇気は無いだろうが……。
「田中さんおもしろすぎですっ」
田中くんの変な反応に、園田さんは口を押えて笑っている。
恥ずかしさか嬉しさか、田中くんの顔はもう真っ赤だ。
因みにだが、僕は二人のお互いに対する好感度は見たことが無い。
そりゃあ恋愛相談をされれば確認はするだろうが、ただの興味本意で仮にも人の心を見るわけにはいかない。
きっと、この田中くんの恋は片思いのまま終わってしまうんだろうなぁ。
そう思うと少し寂しいけど、そこはぐっと堪えるしかない。
「じじじじじっじゃあ種島くんとそそ園田さっん、またねええええええ!!!!」
異様なテンションのまま、田中くんは教室から出ていく。
漫画の入ったビニール袋が机にぽつんと置かれている。
「…………あの、種島さん」
すると、園田さんがおずおずと言った風に僕に声をかけてくる。
これは珍しいこともあったものだ。
園田さんは田中くんがいる時こそ、僕とも話したりはするが、田中くんがいない時に話しかけられたのは初めてかもしれない。
「どうしたの、園田さん?」
教室とは言え、二人きりで話している状況に変わりはない。
僕は出来るだけ平静を装いながら返事する。
「実は、ご相談がありまして……」
「……?」
はて、何か相談を受けるようなことがあっただろうか。
もしかして、田中くんと僕を密かにカップリングしていましたとかそういう類のことだろうか……!?
「恋愛相談、を」
しかし恐ろしい予想とは裏腹に園田さんは緊張した面持ちでそう告げる。
「受けて、いただけませんか……?」
腕を胸のあたりでぎゅっと握りしめるその仕草は、男なら一度はぐっときてしまうものではあるが、個人的な理由で僕はあまり今回の恋愛相談を受けたくなかった。
それは、言うまでもなく田中くんがいるからだ。
自分の友達の想い人のそんな相談を受けたくはない。
もちろん園田さんのことは全然嫌いではないし、むしろ田中くんや僕なんかに話しかけてくれるだけで好感が持てる。
ただそれとこれとは、話が別なのだ。
「どうしても――」
申し訳ないけど今回は手伝えないよと言おうとした瞬間、園田さんが口を開く。
「――――田中さんと、付き合いたいんです」
それは、僕のこれからの言葉を全て帳消しにしてしまう、夢のような言葉だった。
「いつから田中くんのことが好きだったの?」
僕と園田さんは今、二人で駅に向かっていた。
別に僕は電車を使うような通学路ではないのだが、これも田中くんと恋愛相談のためだ。
「い、一年の時からです」
園田さんは頬を少しだけ紅潮させ、おずおずと教えてくれる。
それにしても一年前、か。
つまり田中くんと園田さんが別のクラスになった時はもう既に好意を持っていたということだ。
僕が記憶している限りでは、田中くんの方も去年から園田さんに好意を向けていたはず。
時期まで一緒なんて凄い偶然もあったものだ。
「どうして好きになったのかは聞いてもいい?」
「そ、それはちょっと恥ずかしいんですけど、言わなきゃダメ、ですか……?」
うわぁ、これが今時ガールの力か。
きっとこの上目遣いも意図せずしてやっているんだろう。
こんな子に好かれるなんて田中くん、親友として嬉しいよ……っ!
「ま、まぁ恋愛相談を受けていく側としては、教えておいてくれたら嬉しいかな」
それでも僕は園田さんの上目遣いに揺らぐことはない、うん。
好きになった理由を話そうとする園田さんは、さっき以上に頬を紅く染め、手でぱたぱたと顔を仰いでいる。
「そ、その、田中さんには何度か助けていただいていて……」
「田中くんが?」
好かれるようになるほどのことなんて、一体どんなことをしたんだろう。
僕は首を傾げる。
「えっと、変な人に声をかけられてた時とかに、連れのフリをしてくださったり、手を引いて遠ざけてくれたり、してくださいました」
そう言う園田さんの顔はもう林檎のように真っ赤だ。
これ以上はさすがにやめてあげよう。
それにしても田中くんがそんなことをするなんて……。
僕は普段の田中くんを思い浮かべる。
『たっねしっまくぅぅぅぅぅぅん!!』
…………ちょっと想像が出来ない。
それだけ愛の力というものが凄いということだろうか。
僕は思わず感慨深くなる。
「田中くんは、凄い良い人なんです」
園田さんは顔を赤くしたまま、好きな人のことを僕に教えてくれる。
「電車で困ってるお年寄りの方や妊婦の方を見つけたらすぐに席を譲ったりしてますし、迷子の男の子をお母さんが見つかるまで一緒にいてあげてそのまま学校に遅刻しちゃったり、他にも一杯あるんです」
「うん」
僕は頷く。
これでも田中くんの親友を自負している僕だ。
田中くんの良いところを知らないはずがない。
本当に田中 勉って男は良い奴なんだ。
だからこそ幸せになってほしいっていうのもある。
こんなに田中くんの良いところを理解してくれている人と、幸せになってほしい。
恋愛相談、頑張らなきゃ。
僕は心の中で密かに鉢巻を頭に巻いていた。
でも今回の恋愛相談で僕は何が出来るだろう。
お互いに理解はしていないけれど今二人は両想いなのだ。
どうやって二人をくっ付ければいいだろうか。
家に帰ったらじっくり考えるのが良いかもしれない。
僕たちはそれから田中くんの良いところを交代で一つずつ挙げていって、どちらが先に言えなくなるかというゲームをしている。
余裕で勝てると思っていたこのゲームだったけど、園田さんは中々に手強い。
さすがに好きな人だというのは良いところが沢山見えるのか。
ただ僕だって親友の田中くんの良いところなら一杯言える。
でも結局そのゲームは終わることなく、最終目的地である駅が見えてくる。
園田さんと田中くんの良いところの言い合いをしていたらあっという間だった。
「あれって田中くんじゃない?」
「え、ほ、本当です」
僕たちの視線の先ではちょうど田中くんがコンビニから出てきているところだった。
大方、毎週発売されている漫画雑誌でも見ていたのだろう。
田中くんの顔はとても満足げだ。
「私の方が先に見つけたかったです……!」
僕が田中くんを初めに見つけたからか、園田さんは悔しそうに拳を握っている。
普段では見れない園田さんに僕は思わず吹き出してしまいそうになるのを堪える。
「ほら、ここからは田中くんと一緒に帰ったら?」
「はいっ、そうします!」
僕の提案に嬉しそうに頷く園田さん。
確か二人の帰りの電車は同じだったはず。
一度だけ僕を振り返り小さく手を振ると、園田さんは面白い顔をしている田中くんの下へ向かっていく。
「ふふ、びっくりしてる」
案の定と言うべきか、園田さんに声をかけられた田中くんはあたふたとしていて、見ていて面白い。
そんな二人は少しだけ立ち話しているかと思うと、改札へと向かっていく。
「……両想い、か」
僕は改札の奥へと消えていく二人の背中を見ながら、目の前で指で輪っかを作る。
「うわ、どっちもどっちだなぁ」
二人の好感度を見て、僕は思わず笑ってしまう。
『74』田中→園田
『74』園田→田中
二人は好感度まで仲良く両想いだった。
「これからどうしたら良いんでしょうか」
「うーん、どうだろう」
翌日、僕と園田さんは屋上でこれからについて話し合っていた。
これまでに聞いた話によると、園田さんと田中くんの関係はそんなに進んでおらず、僕に会いにクラスにやってきた時や帰りの電車の中では話すものの、それ以外では話す機会自体がないらしい。
「じゃあやっぱり連絡先を聞くことからかなぁ」
話す機会がないなら、新しく作ればいいのだ。
幸い田中くんはいつでもアニメを見れるようにタブレット型の携帯だし、確か園田さんもタブレット型の携帯だったはずだ。
電話やメールでは会話の回数もそんなにないかもしれないが、今流行のSNSであれば会話に困ることもないだろう。
「えっ」
しかし園田さんの反応は少しだけおかしい。
特に変なことを言ったつもりはないのだが、何かまずかっただろうか。
「い、いきなりですか?」
「えっ」
園田さんは「連絡先を聞く」ということがとても難しいことでもあるかのような反応をする。
恋愛において「連絡先」はかなり重要な部類で、普通に考えてもそこまで難しいことではないはずだ。
「い、いやちょっと難易度が高いような気がしたので……」
「そ、園田さん……」
もしかして園田さんって、案外ヘタレだったりするのだろうか。
確かに好きな人の連絡先を聞くのは勇気がいることなのかもしれないけど、そこは頑張ってもらうしかない。
「まぁ僕もちゃんとフォローするから」
「わ、分かりました。頑張ります……! 田中さんと付き合うためですから……!」
本当は両想いなのだがそんなこと露知らない園田さんはそう意気込む。
ほんと、僕の親友のためにも頑張ってほしいところだ。
◆ ◆
「それであの漫画雑誌、今週もおもしろかったんだよ!!」
僕と田中くんは帰り道を歩きながら漫画の話をしている。
どうやら昨日読んでいたやつが相当気に入ったようで単行本を買おうか迷っている途中らしい。
「面白かったら僕にも貸してよ」
話題の一環として何気ない言葉。
しかしここでいつもとは違う言葉が飛んでくる。
「わ、私も読んでみたいです!」
そう。
今日は帰り道なので園田さんがいるのだ。
園田さんは今まで黙っていたかと思うと突然話題に入ってくる。
もしかしたら会話に入るタイミングを窺っていたのかもしれない。
「そそそ園田さんもっ!?」
相変わらずというべきか田中くんは面白い反応をする。
「だめ、でしょうか?」
「いいいいいいいやまさかっ、全然いいけどっ!?」
もはや何を言っているのか僕にもよく分からない。
「……ん?」
園田さんの言葉も会話にはいるための何気ない一言だったのかもしれない。
でもこれなら使えるんじゃないだろうか。
「それなら二人とも連絡先交換しておいた方がいいんじゃない?」
「っ」
僕のその言葉に園田さんがばっと振り向く。
そしてまるで「天才か……!?」みたいな顔を浮かべている。
「そ、それがいいかもしれませんね!」
若干上擦っているが園田さんは凄い乗り気な様子で同調してくる。
まぁこの場合園田さんが連絡先交換を受け入れてくれれば田中くんもすぐに食いつくはずだ。
何せ好きな人の連絡先を知れるのだから。
「べ、べべ別に交換しなくてもいいんじゃない!?」
しかし田中くんは何を血迷ったのか、予想外の反応をする。
折角好きな女の子の連絡先を知れるチャンスというのに、一体どうしたのだろうか。
「たたたた種島くんに渡しておけば、そっちで受け取れるじゃんっっ!」
僕の苗字はそんな可笑しくないと突っ込みたいが今は放っておこう。
確かに田中くんの言うことは尤もかもしれない。
でもここでそんなことに気付くなんて、なんて間の悪いやつなんだ……。
園田さんは園田さんで落ち込んでいるし、恐らく田中くんに嫌われているなんて勘違いしているのだろう。
もっとぐいぐい行ってくれれば僕も安心できるんだけど。
「ほら、帰り道とかも近いんだし交換しておいて損はないんじゃない? ほら僕もクラスの女子とは連絡とかで交換しておきたいから田中くんのもついでに連絡交換してくるよ」
そんな二人を見かねた僕は助け船を出す。
田中くんから半ば強引に携帯を受け取ると園田さんに連絡先を交換するように急かす。
携帯のパスワードは田中くんのお気に入りキャラの誕生日。
それはずっと昔から同じなので、どんどん連絡先交換を進めていく。
「はい、出来たよ」
連絡先の交換も終わり、田中くんに携帯を返す。
田中くんは少しだけ慌てているようだがやっぱり好きな人の連絡先が手に入ったからか、にやけ顔が上手く隠せていない。
そして園田さんも同じような感じだ。
全くこの二人は……。
僕はこれまでの恋愛相談とは違う二人のヘタレすぎる雰囲気に思わずため息を吐きそうになる。
そして一応念のため僕も園田さんと連絡先を交換しておいた。
これでいつでも恋愛相談に乗ることがことが出来るだろう。
「……」
気づけば僕たちの間には会話がなくなっている。
しかし決して険悪なムードなんかじゃない。
田中くんと園田さん、二人とも何やら携帯をいじっている。
大方SNS上で初めての会話に華を咲かせているのだろう。
『ブブブ……』
するとその時ポケットに入れておいた携帯がバイブ音をあげる。
見るとSNSに新着メッセージがあったらしい。
『園田:連絡先の件、ありがとうございます……!!』
ちらりと園田さんに視線を向けると、嬉しそうな顔で小さくピースを向けてきた。
次の日、僕は放課後にファミレスに呼び出されていた。
「それで、昨日の今日でどうしたの?」
目の前にいる園田さんに声をかける。
今日帰る前にファミレスで落ち合おうと突然言われたのだ。
「……それが」
園田さんは静かに喋りだす。
「田中さんの反応が、なんだか微妙で……」
「SNSの?」
「……はい」
園田さんは僕に自分の携帯を渡してきた。
画面には田中くんとのSNSが表示されている。
「うーん?」
僕はその画面を見て首を傾げる。
確かに園田さんの連絡に対する田中くんの反応が少しだけそっけないような気がする。
『園田:おはようございます! 今日は何時の電車に乗る予定ですかー?』
『田中:7:20』
『園田;じゃあ私もその電車に乗りますねー!』
『田中:了解』
こんな感じだ。
好きな人からのラインだったらもっと嬉しそうな反応をしてもいいと思うのだけど、一体どうしたんだろう。
これでは逆に嫌われていると勘違いされても仕方ない。
実際園田さんもこうやって相談してきたわけだし……。
田中くんは何をしているんだ?
「今も連絡送ってるんですけど、それに対しても反応全然なくて」
「え、今?」
見てみると確かに三十分前の園田さんに田中くんがまだ反応していない。
しかしそれはおかしい。
今は放課後できっと田中くんも電車を待っている時間帯だろう。
これまでの経験上、この時間帯は田中くんの返信速度は尋常じゃないはずだ。
送ればすぐ返信が返ってくるみたいな感じだったと思う。
「ちょっと待っててね?」
僕は園田さんに一言告げるとトイレに向かう。
園田さんから見えない位置までやってくると携帯を取り出す。
『種島;たなかくーん』
そしてSNSを送る。
これで返信がないようなら、何か用事があるのだろう。
『田中:どうしたのー?』
「返信早っ!?」
僕は思わず叫ぶ。
返信まで本当に一瞬だったぞ、今。
ちゃんと暇しているんじゃないか。
「じゃあどうして園田さんに返信していないんだろう」
ますます分からなくなる田中くんの行動に僕は首を傾げる。
『種島:いや、今クラスの女の子からSNSが来てたんだけど、どうしようか迷ってて』
その真意を探るために聞いてみる。
少しというかかなり際どいかもしれないが、これ以上だと聞きたいことも聞けなくなってしまう。
『田中:うーん、僕ならしばらく待ってから返信するかなぁ』
相変わらず返信の早い田中くん。
どうやら僕の意図には気づいていないようだ。
このまま聞いてみよう。
『種島:どうして??』
『田中:だってすぐに返信なんかしたら、まるでその人のことが好きですって言ってるみたいじゃん』
「…………」
僕は携帯の画面を見つめながら絶句していた。
まさかこれが田中くんが園田さんにすぐに返信しない理由だったなんて。
目の前に居たら思わずビンタしていたかもしれない。
『種島:でもそれだと相手からは嫌われてるんじゃないかって思われない?』
『田中:え、そうかな!?』
『種島:そんなもんじゃない?』
僕は馬鹿な田中くんに忠告する。
『田中:あ、ありがとう!!』
すると田中くんは何に対してかは分からないが、お礼を言ってくる。
恐らく放置していた園田さんにはすぐに返信していることだろう。
これで園田さんの悩みも解消されたはずだ。
僕は田中くんに適当に返事をしながら、園田さんの下へ戻った。
「ただいま」
「あ、種島さんおかえりなさい!」
僕がトイレに向かった時よりも心なし嬉しそうな園田さん。
もしかしなくても田中くんからの返信があったのだろう。
「田中くんから返信あった?」
「はい!」
分かり切っている答えを聞くと、分かり切った答えが返ってくる。
「しかもそれからなんだか返信が早くなったんですよ!」
嬉しそうに携帯の画面を見せてくる園田さん。
確かに僕がトイレから戻ってくるまでに何回も会話のやり取りをしている。
これではいつ終わるかタイミングが分からなくなるのではないかと心配になるけど、そこあたりは今時ガールの園田さんがしっかりと心得てくれていることだろう。
「もしかして種島さんが何かしてくださったんですか?」
僕に視線を向けてきながらそう聞いてくる園田さんはどうにも勘が鋭い。
ここで誤魔化したところできっと園田さんにはばれているはずだ。
それなら、
「まぁ、恋愛先生って呼ばれてるみたいだからね」
少しだけでも格好つけさせてもらおうかな。
「そ、そういえばこの前貸した漫画は面白かった?」
「あ、はい! すごく面白かったですよ!」
昼休み仲良さそうに話している二人。
もちろんその間には僕がいるけど、主に話しているのは田中くんと園田さんの二人だ。
どうやらこの前SNSの交換をしてから数日、ぎこちなさは残るものの徐々に仲良くなっている。
僕はそんな二人を見ながら、少し安心する。
昼休みも終わりかけになり、田中くんは一人自分のクラスへと戻っていった。
僕は少しだけ残念そうな顔を浮かべる園田さんに声をかける。
「かなりいい感じになって来たね」
「そ、そうですか……?」
僕の言葉に顔を紅く染める園田さん。
しかし自分でも少しは自覚しているのかその言葉に否定はしない。
「僕を他所に二人きりの世界を築いているくらいだからね」
「え、えぇ!? ご、ごめんなさいぃぃ……!!」
「冗談だからっ! 別に気にしてないよ!」
申し訳なさそうに頭を下げてくる園田さんに、他のクラスメイトが何事かと視線を向けてくる。
僕は慌てて園田さんの頭をあげさせるが、少しだけ注目が集まってしまったかもしれない。
「れ、恋愛相談してきた園田さんと、親友の田中くんが幸せそうにしてくれているのは僕も嬉しいからね」
園田さんにだけ聞こえるような小声でそう言う。
「あ、ありがとうございます」
するとまた同じように頭を下げようとしてくるが、なんとか止める。
「思い切って遊びに誘ってみるのもいいんじゃない?」
未だに頭を下げようとしてくる園田さんの気を他に向けるために提案する。
咄嗟に出た考えにしては、案外いいんじゃないだろうか。
「あ、遊びですか……!?」
すると園田さんはぎょっとした目をこちらに向けてくる。
なんだか少し前もこんなことがあった気がする。
「な、難易度高すぎます……!!」
「高くない高くない」
首をぶんぶんと横にふる園田さんはやはりヘタレだ。
思わずため息を吐きたくなるが、何とか堪える。
「園田さんが遊びに誘って断る男子なんてそうそういないよ」
こんなに可愛い女の子から誘われたら喜んでついていくだろう。
それも「この子、俺のこと好きなんじゃね?」なんて勘違いする輩も少なくないはずだ。
「た、田中さんも、ですか……?」
心配そうに聞いてくる園田さん。
こんなかわいい子に思われるなんて、田中くんは本当に羨ましい。
「もちろん」
僕はそう答える。
そもそも田中くんが園田さんの遊びの誘いを断るなんてあり得ない。
というか好きな女の子の誘いを断る男なんているだろうか、いやいない。
「そ、そうですか……」
僕の言葉を聞いて、ゆっくりとそう呟く園田さん。
その顔はどこか少し嬉しそう。
「そう、ですか……」
そしてもう一度確かめるようにして呟く。
その視線はさっき田中くんが出ていった教室の扉に向けられていた。
◆ ◆
「種島さああああああああああああん!!」
「うわっ、な、なに!?」
次の日の朝、HRが始まる前。
僕は突然の大声に身体を震わす。
何事かと思い振り返るとそこには園田さんが大きく息を吐きながら肩で息をしている。
「ど、どうしたの……?」
これまでの園田さんからでは考えられないその姿に僕は戸惑う。
一体どうしたのだろうか。
「た、田中さんに…………」
「た、田中くんに………?」
「遊びの誘いを、断られてしまいました……」
「えっ」
園田さんの言葉に僕は思わず聞き返す。
いやまさか、そんなことあるはずないじゃないか。
「な、何かの間違いじゃなくて?」
じゃないと田中くんが園田さんからの遊びの誘いを断る理由が思いつかない。
僕は園田さんの差し出してくる携帯を受け取り、田中くんとのSNS画面を見せてもらう。
『園田:今週末、どこか遊びに行きませんか……?』
『田中:こ、今週末? うーん』
確かに園田さんは頑張って田中くんを遊びに誘っている。
対して田中くんは何か少し考えているようだ。
もう少しSNSの画面を見てみる。
『田中:えっと、誘ってくれたのは凄く嬉しいんだけど、実は今週末は別の人との用事があって……』
『園田:そ、そうなんですね』
『田中:せっかく誘ってくれたのにごめんね……』
「な、なるほど……」
僕は思わず唸る。
確かに用事であるならば仕方ない。
普段田中くんは家で漫画を読んでいるので、その可能性を考慮していなかった。
「田中くん、誰か他の人と遊びに行くって言ってます」
園田さんは落ち込みながらそう言う。
「もしかして、女の人かもしれません」
どうやら遊びを断られたことではなく、そのことに落ち込んでいるらしい。
しかしそんなこと田中くんに限ってあるだろうか。
いやぁ、ないな。
「さすがにそれはないんじゃない?」
「……分からないじゃないですか」
しかし園田さんは納得してくれない。
確かに僕は田中くんが園田さんを好きという事実を知っているからこそ、そう言えるのだが、園田さんはそのことを知らないのだ。
当然、心配してしまうのも頷ける。
「うーん、田中くん誰と遊びに行くんだろう」
僕は首を捻る。
「………………あ」
そこで思い出してしまった。
今週末の予定を。
「ごめん、園田さん」
僕は園田さんに謝る。
「田中くんと今週末遊びに行くの――――僕だった」
本当、ごめん。
「佐々木さーん、こっちだよー」
「あ、田中さんもこっちですよー!」
僕と園田さんはそれぞれ一人ずつ待ち人に声をかけた。
こちらに気付いた二人は手を振りながら走ってくる。
「なんだ、ここだったんだね」
「そそそそそそ園田さんお待たせっ!」
待ち合わせ場所に集合する四人。
僕、園田さん、田中くん、そして佐々木さん。
佐々木さんはこの前、クラスメイトでもある今西くんとの恋愛相談を成功させた以来だろうか。
僕の服装はいたって普通。
さすがに女子と出かけるので少しは気にしている程度、だろうか。
田中くんは、さすが田中くん。
好きな人との遊びでも普通の服装だ。
園田さんは今時風なワンピースに身を包み、華やかさがにじみ出ている。
ふわりと風に揺れるスカートは僕たち男子の目を惹きつける。
佐々木さんは、膝辺りまでのジーンズとボーイッシュな服装。
少し意外だったけどかなり似合ってて良いと思う。
そして今僕たちのいる集合場所とは、遊園地の入り口の前。
一体どうしてこうなったかというと、それはもちろん今回の恋愛相談に関係している。
園田さんが勇気を出して田中くんを遊びに誘ったのはいいが、田中くんに先約がいて、しかもその先約というのがまさかの僕だったのだ。
一度勇気を出して誘っただけに次はいつ勇気を出せるか分からなそうな園田さんを見て、僕は今回の案を思いついた。
それも『皆で遊びに行っちゃおうぜ』企画。
僕と田中くんで遊びに行く中に、園田さんを入れようという作戦だ。
しかし普段の帰り道と遊びに行くというのは違うだろうし、男二人の仲に女の子一人というのは心細いかもしれない。
だがここで問題が発生した。
僕にも田中くんにも女の子の友達というのがほぼほぼ存在しない。
そして園田さんも出来れば自分の好きな人に女の子を近づけたくない。
そこで抜擢されたのが佐々木さんだった。
友達、という関係なのかは微妙なところだが、少なくとも知り合いではある。
そして佐々木さんにはこの前付き合い始めたばかりの彼氏がいるので、園田さんの心配も不要という訳だ。
もともと街をぶらつこう程度にしか予定を立てていなかった僕たちに代わって、遊びの予定は女性陣二人に立ててもらっている。
事前に教えてもらった通り、僕たちは遊園地の入り口前に集まっているのだ。
「じゃあ早速入りましょうか」
どうやら親にもらっていたという遊園地のチケットを園田さんから受け取り、僕たちは入場ゲートをくぐる。
「いやぁ、遊園地なんていつぶりだろう。楽しかったら亮くんとも来ようかな」
なんてリア充発言をするのは佐々木さん。
そんな佐々木さんを羨ましそうに見つめる園田さん。
本当は二人きりで来たかったのかもしれないが、ヘタレな二人にとっては今は無理な話であるのは間違いない。
因みに、佐々木さんはこの遊びの目的を知っている。
つまり今回僕が田中くんと園田さんをくっ付けたがっているということを知っているのだ。
女子というものはゴシップ的話題が好きなのか、その話をした時、佐々木さんは興味津々と言った風に僕に詰め寄ってきた。
普段は絶対に恋愛相談のことは話さないけれど、遊びの中で潤滑に事を進めるため一応前情報を渡している。
園田さんから恋愛相談を受けていること。
その相手が田中くんであるということ。
そしてその田中くんは実は園田さんのことが好きだということも、伝えてある。
だから今回、佐々木さんには恋愛相談を手伝ってもらうつもりだ。
実はもう既にその第一段階は終えている。
「それにしても佐々木さんみたいな子が隣の男の子を好きなんて、意外かも」
「まぁ確かにそれは僕も思ったよ」
「まぁそれだけ園田さんにとって、田中くんが魅力的だったんだろうね」
「田中くんは良い奴だよ」
「そりゃあ種島くんの親友だもん、分かってるよ」
僕と佐々木さんは二人でこそこそと前の二人について話している。
そう、今僕たちの並び方はと言うと、前二人が田中くんと園田さん。
後ろ二人が僕と佐々木さんという組み合わせになっているのだ。
これなら自然の形で場を楽しむことが出来る。
実際前の二人も若干緊張しているようだけど、いつものように楽しそうに話している。
後ろから見ている限りでは結構いい雰囲気だと思う。
「……二人、案外いい感じじゃない?」
「やっぱそう思う?」
どうやら佐々木さんも同じことを思っていたらしく、僕に耳打ちしてくる。
やはり女の子から見てもそうなんだと、自分の感じ方に少しだけ安心した。
「そう言えば、今日のこと今西くんは知ってるの?」
「うん、もちろん。男女二人ずつとは言ってもやっぱり彼氏以外の男の子と遊びに行くわけだからね」
「今西くんは?」
「種島がいるなら全然オッケーだって」
「信用され過ぎじゃない!?」
僕は思わず聞き返す。
しかしこういったことは何も佐々木さんたちに限ってのことじゃない。
これまで僕が成功させてきた恋愛相談の人たちは大抵、どういうわけか僕に全幅並みの信用を寄せてくれているのだ。
嬉しくないと言えば嘘になるが、彼氏や彼女としてそういうのは大丈夫なのだろうかと聞きたくなる。
「まぁ、恋愛先生だし?」
少しだけ楽しそうに佐々木さんはそう呟く。
「恋愛先生言うなっ」
自分で言う分には冗談だと知ってるので気にならない。
でも他人から言われると妙に恥ずかしいんだ、ほんと。
「あれ、あの二人は?」
「ん? あの二人なら、あそこだよ」
飲み物を買いに行ってから戻ってきた佐々木さんに、今の二人の居場所を教える。
二人は今、観覧車に乗っている。
もちろん、二人きりで。
遊園地での時間ももうすぐ終わる。
色々あったけれど、結局最後に乗るのはこれだろう。
「あの二人、大丈夫かなぁ?」
佐々木さんが心配するのも仕方ない。
今日一日を通しても結構失敗続きだったのは本当のことだ。
「心配?」
「うん、凄く」
「じゃあ、聞いてみようか」
僕は持っていた携帯の《《通話画面》》のスピーカー部分を押す。
すると途端に大きく流れ出す、二人の会話。
「こ、これって?」
「あぁ、観覧車の中の二人の会話。通話を繋げてもらってたんだ」
本当はこんな盗み聞きみたいなことはしたくないのだが、何が起こるか分からない以上その後のことを円滑に進めるためにはこうするのが一番だと思った。
もちろんちゃんとこちらの声があちらに届かないようにミュート設定にはしている。
そして僕と佐々木さんは二人の会話に耳を澄ませる。
『景色、綺麗ですね』
『そ、そそそそうですねっ!』
園田さんの緊張した声と、田中くんの緊張しすぎた声。
「ふふっ、田中くんは緊張しすぎだね」
「いっつもこんな感じなんだよね」
佐々木さんも思わず苦笑いを浮かべている。
釣られて僕も普段からのことを思い出し笑う。
『今日は一日色々とありがとうございました、凄く楽しかったです』
『ぼ、僕の方こそすごく楽しかった!』
『そ、そうですか? 楽しんでいただけましたか……?』
心配そうな声で田中くんに今日のことを尋ねる園田さん。
しかし問題ないだろう。
傍から見てても、今日の田中くんはいつもよりかなり楽しんでいた。
それこそ僕と一緒に漫画の話をしている時なんかよりもずっと。
『楽しんだよ! ほんとに楽しめた!!』
案の定そう答える田中くん。
その答えを聞いた園田さんがどんな顔をしているのかも、簡単に想像できる。
『……あの!』
『は、はいっ』
その時、園田さんが声を張る。
沈黙の長さから、かなり緊張しているのだろう。
もしかしたら告白しようとしているのかもしれない。
『……えっと、その』
『…………?』
「ね、ねぇねぇ種島くんこれって」
佐々木さんも同じことを感じたのか僕の服の裾を引っ張る。
やっぱりそう感じたのは僕だけじゃなかった。
僕は人差し指を口の前で立てると、二人の会話に耳を澄ませる。
『……じ、実は私』
長い沈黙を破って、園田さんが口を開き始める。
『ずっと、ずっと前から……』
僕たちはごくりと唾をのみ、その時に備える。
『田中さんのことが――』
『あっ、あれ綺麗じゃない!? ほ、ほらあそこ!!』
『――――え』
告白の最後の瞬間、その告白は止められた。
他の誰でもない、田中くんによって。
僕は二人の声を発する携帯を凝視する。
『ほ、ほらあれだよ! ちょうど夕陽も重なっていい感じじゃない!!??』
鬼気迫ったようにそう言いくるめる田中くんは、少しおかしい。
普段の慌て方とはどこか違う。
『…………そ、そうですね』
園田さんの声は当然のように落ち込んでいる。
無理もない。
今のタイミング。
あれで園田さんの気持ちを察しなかったとしたら田中くんはもはやどうかしている。
田中くんは、園田さんの気持ちに気付いて告白を遮ったんだ。
そして園田さんもそれを理解している。
園田さんからしてみれば、自分の告白を聞いても貰えなかったと思うほかない。
「ね、ねぇ」
心配したように声をかけてくる佐々木さん。
僕はそんな佐々木さんの声に答えるようにして、携帯の通話終了ボタンを押した。
告白していた時はちょうど一番上にやってきていた観覧車も、次第に終わりを迎える。
一番下までやって来た二人は、扉が開くのを待つ。
「…………っ」
しかし二人を引き留めていた観覧車の扉が開かれた瞬間、園田さんがどこかへ駆けだす。
驚く田中くんと佐々木さん。
でも田中くんは一度だけ佐々木さんの向かった先へ手を伸ばすと、ゆっくりとおろしていく。
そこにどれだけの想いが混ざっているのかなんて知らない。
「……っ」
そんな田中くんを見て、慌てて園田さんを追いかけようとする佐々木さん。
でも僕は行かせない。
彼女の手を引っ張る。
佐々木さんは起こった顔で僕を振り返るが、僕の顔を見て、落ち着いてくれた。
僕は落ち着いた佐々木さんの手を離すと、呆然と立つ田中くんの方に向かう。
田中くんはぼうっと園田さんの消えていった先を見つめているだけで、何もしようとしない。
僕は声をかける。
「どうして園田さんが走っていったのか、分かるよね」
「……うん」
「どうして園田さんが君の前からいなくなったのか、分かるよね」
「……分かる」
僕の問いに答えていく田中くん。
そりゃあもし分かっていなかったら一発ぶん殴ってやろうかと思っていたくらいだ。
親友を殴らなくて済んで良かった。
「じゃあ――
――――どうして園田さんが泣いていたか、分かるよね」
僕は最後の質問をした。
田中くんはしばらく黙っていたけれど、ゆっくり頷いた。
「追いかけて。今それを出来るのは君だけだよ」
依然として視線が動かない田中くんに伝える。
「あの人は、君の、たった一人のヒロインだよ」
だから、追いかけて。
「園田さん……っ!」
田中くんは園田さんの名前を呼ぶ。
何とか彼女に追いついた田中くんの息は荒い。
「田中、さん……」
振りかえる園田さんの目は腫れていて、その頬には涙が伝っている。
田中くんもそれを見て、拳を握りしめている。
園田さんの声は弱弱しく、風に流されてすぐに消えてしまいそうだ。
僕は今、草むらに隠れながらそんな二人を窺っている。
隣では佐々木さんが心配そうに二人を見ていて、今にも飛び出してしまいそう。
「どうして、追いかけてきてくれたんですか……?」
「それ、は」
園田さんの蚊の鳴くような声で紡がれる質問に、田中くんは声を詰まらせる。
僕に言われたから、なんてことは言えないのは田中くん自身も分かっているはずだ。
だから何て言えばいいのか分からず、迷っているんだろう。
「……ごめん」
沈黙の末に、田中くんから出た言葉はそれだった。
「ほんと、ごめん」
もう一度、それを呟く。
顔を伏せながら、拳を握りしめながら。
田中くんは呟く。
それは何に対しての「ごめん」なのか。
まだ誰にも分からない。
今は田中くんだけが知っている。
「僕は、園田さんと話したりするのが、楽しくて好きです」
「…………」
「僕は、園田さんの隣を歩いたり、一緒に電車に乗るのが、大好きです」
「……だったら、どうして。どうして、私の気持ちを受け取ってくれないんですか……っ」
田中くんの言葉に、園田さんが答える。
観覧車で起こった事実を、田中くんに突きつける。
どうして、と。
なんで、と。
「『だから』だよ……!」
その園田さんの言葉を田中くんは迎え撃つ。
真正面から、正々堂々と。
もう背を向けない、目を逸らさない。
もう逃げない。
「その時間が、園田さんとの時間が、 僕にとってかけがえのない時間だったから……っ!」
――――壊れるのが嫌だったんだ。
「この時間があるのは、僕と園田さんが友達だからこそで……っ」
もし何かあった時に、僕は、僕は――
「――――友達以下になっちゃうのがごわぐて……っ!」
だから観覧車の時、園田さんの気持ちを受け取らなかったんだ。
田中くんには田中くんなりの考えがあって。
でもそれはきっと園田さんを傷つけるもので。
一人でぐちゃぐちゃになっていたんだろう。
「ぼぐは……! ぞのだざんのごどがずぎだがら……っ!」
「……っ」
「自分が、ぞのださんとづりあってないごとなんかわがってだし……!」
「そんな……こと……っ!」
「ぞれでもっ!!!」
「……っ」
「ぞれでも、ほんどうに、ゆるざれるのならっ――
――――ぼぐだげのメインヒロインになっでぐだざい……っ!!!」
震えながら差し出す手。
園田さんは口を押えながら、その手を見つめている。
そして、
「それなら、田中さんも、私の、私だけの王子様になってくださいね……?」
クラスメイトと親友の恋愛相談が終わった。
◆ ◆
「はいこれ! すごく面白かったから貸そうと思って」
今は昼休み。
田中くんがうちのクラスに漫画を持ってきている。
「ありがとうございます! 読むの楽しみにしてますねっ」
それを受け取るのは僕じゃない。
田中くんの彼女、園田 舞子さんだ。
「あ、これって今度実写映画化するってやつですよね!」
「そうそう、恋愛ものだから園田さんも楽しめると思うよ」
この頃、田中くんの本の好みが変わってきたらしい。
前までは爽快なバトルアクションものや、シリアスな展開のミステリーものなどが趣味だったはずなのに、最近ではすっかり恋愛ものになってしまった。
「種島くんも園田さんが読み終わったら、次に読んでみるといいよ!」
変わったと言えばもう一つ。
本を貸す順番が変わった。
べ、別に気にしてるとかそういうわけじゃないんだけれど、前までは田中くん、僕、園田さんの順番で読みまわされていた漫画が、今では田中くん、園田さん、僕という順番になっている。
「わー楽しみ楽しみ」
まぁそうなってしまうのも無理はないのだろう。
なんせ人生で初めて出来た彼女だ。
しかも相手がこんな可愛い女の子と来た。
はぁ、ほんと羨ましい。
まさか親友に先を越されるとは思わなかった。
自分で恋愛相談を手伝っておいてなんだが、本当もう何というか、リア充爆発しろ。
「……ん?」
そんなことを考えながら、僕は園田さんが持っている漫画の表紙をチラ見する。
どこかで見覚えがあるそれは、この前CMかなんかで見た気がする……。
どんな内容だったかな。
そうあれは確か『今時な女の子と、冴えない男の子の恋物語』だった気がする。
ほんともう、何というか。
思わず僕まで笑ってしまいそうだ。