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Case.02 マネージャーと部員


 四月も終わり、新しいクラスにもようやく馴染んできたころ。

 今西くんたちの恋愛相談の一件以来、僕の周りはいたって平凡な日々が続いていた。


 教室を見渡せば、それぞれの仲良し同士でグループが出来上がっていて、楽しそうに話している。

 因みに僕はどのグループでもなく一人きりだ。

 もちろん、恋愛相談を経て知り合った人たちはよく話しかけてはくれるが、それでもやはり根本的なところで住む世界が違うのは仕方ない。

 残念なことに、このクラスには僕の親友はいないのだ。


「種島くん」


「は、はい」


 唐突にかけられた声に驚く。

 振り返った先にいるのは僕も知っている顔だった。


 冴島さえじま 灯里あかり


 肩らへんで綺麗に切りそろえられた髪は、いわゆるボブカットというやつだろうか。

 どこか優雅さを感じ取ってしまう彼女を知らない人は、このクラスだけじゃなく学年でもそういないはずだ。


 クラス内だけでも相当な人気を誇り、今まで告白された人数は軽く二桁に届いている。

 実際、彼女の容姿は見ているだけでも思わずため息が出そうなほど整っていて、男子がこぞって告白してしまうのも分からないでもない。


「えっと、どうしたの?」


 そんな冴島さんだが、実は僕は彼女のことが少し苦手だ。

 色々と事情があって、僕は今、冴島さんに嫌われている。

 だから話すときはどうもいつも以上に緊張してしまう。


「あの子が種島くんを呼んでほしいって」


 そう教えてくれる冴島さんの表情はやはり、少し不機嫌そうに見える。

 少しでも僕なんかとは話したくないのだろう。


「あ、ありがとう」


 僕は冴島さんと出来るだけ早く距離を取るために、教えてくれた方へと急いだ。


「えっと、何か用、かな?」


 わざわざ僕を呼ぶなんて一体誰だろうと思い見てみると、顔も知らない女子だった。

 髪を二つに結んだその姿はどこか小動物を思い出させる。


「ちょっと、先輩に用があるんですけど、だめですか……?」


 どうやらこの女子は下級生のようだ。

 上目遣いでそうお願いしてくる。


「う、うん。別にいいよ」


 もちろん僕なんかがそんな女子の魔法道具を使った攻撃に耐えられるわけもなく、あっさり頷いてしまった。

 まぁでも、特に何か用事とかあったわけでもないし、構わないだろう。

 冴島さんも不機嫌そうだし、少し教室を離れてみるのも良さそうだ。

 僕は、視線の先で揺れる二つ結びを急ぎ足で追いかけた。




 呼び出されて連れていかれた先は、体育館の裏。

 昼休みとはいえ、そこに誰か先客がいるわけもなく、場は木の葉のざわめきしか聞こえない。


 生い茂る木々は、陽の光を遮り、陰を作り出している。

 たまに落ちてくる木の葉が、風にあおられ、頬をかすめる。


「私、華村はなむら かえでって言います」


「僕は知ってるかもしれないけど種島 このむ。それで話っていうのは?」


 わざわざこんなところまで連れてきたんだ。

 何か大事な理由があるに違いない。


「…………」


 女の子は言いにくそうな顔を浮かべながら、顔を背ける。

 その時一瞬見えた頬は赤く染まり切っている。

 おいおい、そんな仕草をされたら思わず勘違いしてしまうじゃないか。

 しかし、いつまで経っても女の子はなかなか切り出そうとせず、ちらちらとこちらの顔を窺ってきては、視線が合うとまた背ける。

 まるでこれから告白をするかのようだ。


 ごくり。

 思わず唾をのむ。

 初めは恋愛相談だろうと思っていたのだが、よく考えれば相手は下級生。

 普通に考えて、一年にまで僕のことが知られている可能性なんてほぼ皆無だろう。

 つまりこれは、もしや本当に……。


 これまで色々な恋愛相談を受けてきたけど、自分自身で恋愛をしたことも告白されたこともなかった。

 それがついに恋愛相談を受ける身として一つレベルアップできるのか……!?


「…………じ、実は私」


 長い沈黙の末、華村さんが切り出してくる。

 その言葉の後に続くのは、どんな言葉なのだろうか。

 ご、ごくり。


「す、す……」


「す?」


「好きな人がいるんです!」


「…………」


 思わず黙る。


「そ、それで、恋愛相談を受けてもらえないかと!」


「あ、はい」


 やっぱり、世界はそんなに甘くない。


 まぁ、そうだよね……。

 僕なんかに告白とか、天と地がひっくり返ってもないんじゃなかろうか。

 一瞬期待してしまったのが恥ずかしい。


「恋愛相談、受けてもらえるんですか?」


 華村さんが髪を揺らしながら尋ねてくる。

 とくに断る理由もなかった僕は頷く。

 ちょうどしばらく恋愛相談も受けていなかったので、十分に休むことは出来ている。


「あ、でも誰が好きなのかとかは教えてもらえる?」


 恋愛相談を受けてもらえるのがそんなに嬉しかったのか、にこにこと微笑んでいる華村さんに言う。

 前回もそうだったけどやっぱりこれは欠かせない。


「お、教えないとダメなんですか……!?」


「そ、そりゃあ、ね?」


 僕の言葉にとんでもないみたいな表情を浮かべる華村さん。

 確かに知り合って間もない人に自分の好きな人を教えるのは恥ずかしいかもしれないが、それはどうしようもないとしか言いようがない。


「う、うぅ……、だ、誰にも言いませんか……?」


「そりゃあ、もちろん」


 僕もさすがにそこまで外道じゃない。

 僕の言葉に、諦めたように息を吐く華村さん。


「鈴木 健太先輩、です。二年の」


「鈴木くん?」


 僕はその名前を思い出す。

 確か去年くらいに同じクラスで、何度か話したこともあったはずだ。

 恐らくその鈴木くんだろう。


「私、サッカー部のマネージャーをしてるんですけど、鈴木先輩はサッカー部のレギュラーなんです。もうすっごい恰好いいんですから!」


 鈴木くん、言われてみればサッカーをしてそうな名前だ。

 ってこんなことを言ったら全国の鈴木さんに失礼か。

 まぁでも、鈴木くんと言えば、確か去年のクラスの女子たちの間でも人気だったような気がする。


「鈴木くんは今彼女とかはいないの?」


「はい! それは確認済みです!」


 どう確認したの!? と思わず突っ込みそうになる。

 まさか自分で聞いたりするのだろうかと恐ろしくなるが、友達か誰かを通して確認したのだろう、多分。


「鈴木先輩はいっつも優しくて、マネージャーの私に気を遣ってくれたりするんですよ!」


「へ、へぇそうなんだ」


 思わず引いてしまうほどの力説をしてくる佐々木さん。

 それくらい鈴木くんのことが好きなのだろう。

 まぁそれは依頼を受ける側としては色々と安心できるので、良いことだ。


「種島先輩」


「ん、はい」


 すると突然、今までの明るい雰囲気とは一転して、真剣そのものといった表情の華村さんが僕を呼ぶ。


「私、本当に鈴木先輩と付き合いたいんです」


「うん」


 それは言われなくても今までの華村さんの様子を見ていたら分かる。

 どれくらい好きで、鈴木くんという存在が華村さんの中でどれくらい大きく場所を占めているのかも。


「種島先輩は、私と鈴木先輩を付き合わせてくれるんですか?」


 目を離さないで、そう聞いてくる。

 これは、僕もちゃんと応えなくちゃならない。


「僕に恋愛相談をしたからって、絶対に上手くいくなんて軽いことは言えない」


 僕の言葉に若干顔を暗くする華村さん。

 でも、嘘はつけない。

 仮にも人の心が関係することだ。

 そう簡単に思うようにいくわけでもないし、もちろん失敗することもある。


「でも、二人が付き合えるように努力はするよ。これだけは絶対」


 上手くいきそうか、そうじゃないか。

 そんなことは関係ない。

 恋愛相談を受けたのは僕だ。

 努力もしないなんて、そんなの嘘でしかない。

 だからそれだけは約束できる。


「ふふっ、期待しておきますね」


 握りこぶしを作り意気込む僕に、華村さんはくすっと笑っている。

 そんな彼女を見て僕も少しだけ笑みを浮かべてしまう。

 これは失敗なんてしたら、後が怖そうだ。

 まぁひとまずは鈴木くんたちのお互いの好感度を見るところから始めればいいだろう。


「あ、一つだけ聞きたいことがあったんだ」


「なんですか?」


 嬉しそうにくるっと回っている後輩を見ていて思い出した。

 結構重要なことだったのに、危ない危ない。


「華村さんはどうして僕が恋愛相談を受けてることを知ったの?」


 僕の恋愛相談が広がるとしてもせいぜい学年どまりだろう。

 どこかの冴島さんとかはもっと凄いのだろうけど、僕の噂をどうして一年の華村さんが知っているのか聞かなくてはならない。


「私は部活の先輩たちに教えてもらったんですよ」


「部活の先輩……?」


「はい、二年のマネージャーの先輩で、種島先輩のことを知っている人がいて、恋愛相談をするならこの人だ! って一年のマネージャーに教えてくれたんですよ」


「……ストップ」


 今とんでもないことが聞こえた気がする。

 二年のマネージャーが一年のマネージャーに……?


「は、華村さんが個人的に教えてもらったわけとかではなく?」


「はい、十人くらいで教えてもらいました」


「ま、まじですか……」


 まさかそんなことになっているとは思わなかった。

 おのれサッカー部のマネージャーめ……!

 恋愛相談であふれかえったらどうするつもりなんだ……!

 いやでも、別に十人くらいだったら、まだそんなに気にしなくても――。


「そのことを昼休みとかに他の人とかにも広めちゃったんですけどね」


 てへぺろ、と言った風に小さく舌を出す華村さん。

 恋愛相談受けるの、やめようかな……。





 僕がどうして恋愛相談をしていることがあまり知られたくないのかというと、一つは純粋に恥ずかしいからである。

 恋愛経験のない平凡男が偉そうに他人にアドバイスしてやがるなんて言われた日には不登校になってしまいそうだ。


 もう一つは、恋愛相談を進めていく上で支障になる可能性があるからだ。

 今はまだ僕の噂のことを知る人がそこまで多くないので、特に隠れて動いたりしているわけではないが、これ以上噂が広がってしまったら、今まで通りに恋愛相談を受けられるか正直分からない。

 前回だって、結果的にいい方向へと転んだから良かったものの、結構ギリギリだった。


 だから僕は、恋愛相談の噂はあまり広がってほしくない。

 それで僕のモテ度が上がるのなら、まぁ広がってもいいかな。

 ただ現状でそこには全くの変化が見られないのだから、それならば現状維持が一番いいに決まっている。


 まぁ広がってしまった噂を今更あれこれ言っても仕方がない。

 それにそんな噂を信じる人なんて、そうそういないだろう。

 現に恋愛相談をしにきたのは華村さん一人だけ。

 そんなことを考える暇があるなら、今受けている恋愛相談について考えた方が良さそうだ。


「確か、サッカー部って言ってたけど……」


 放課後、僕は華村さんと鈴木くんの二人が所属しているサッカー部のグラウンドの近くにまでやってきていた。

 目的はもちろん件の二人だ。


「えっと、どこにいるかな?」


 さすがサッカー部というべきか、人数が他の部活動に比べてもかなり多い。

 鈴木くんが全く見つからない。

 去年同じクラスだったので顔は分かるのだが、何しろこの人数だ。

 もっと近づければ話は違うかもしれないが、この距離からじゃ正直厳しい。


「ん、あれ?」


 サッカー部の練習を見ていると、ふとその中でも頭一つ抜きんでている部員がいた。

 何人ものディフェンスを一人で抜いてしまったかと思うとそのままシュート。

 蹴られたボールは弧を描くようにして綺麗にゴールに吸い込まれていく。


 素人の僕でも思わず見入ってしまうようなプレイをするのは、なんと去年までのクラスメイトだった鈴木くんだった。

 シュートを決めた鈴木くんは、まるで子供みたいにガッツポーズをとっている。


 これは、モテますわ。

 プレイしている時の格好良さと、喜ぶ時の子供らしさ。

 華村さんが力説するほど惚れてしまうのも分かってしまう気がする。


「まぁでもこれで鈴木くんは確認できた、と」


 あとは華村さんだけだ。

 しかしサッカー部のマネージャーは部員よりかはその数が少なく、華村さんを見つけ出すのにそんな時間がかかることはなかった。


 そんな華村さんだが、遠目で見ていても鈴木くんばかり見ているのがよく分かる。

 無意識のうちにやってしまっているのだろうけど、あれでは別に僕じゃなくてもバレバレではないだろうか。


 鈴木くんにボールが渡ると目を輝かせ、一人を抜くと花の咲いたような笑顔を浮かべている。

 ああいうのを見ていると、好きな人が出来ると可愛くなるという言葉も頷けてしまう。


「よし、じゃあ早速」


 僕は他の人に気付かれないように、グラウンドの隅っこまでやってくると、いつもみたく指で輪っかを作り目の前へ持ってくる。

 二人の好感度は、と……。


『72』華村→鈴木

 これはまぁ、依頼人なのだから高いのは当たり前だろう。


『64』鈴木→華村

 こっちも、普通にしてみれば全然高い方だ。

 ただ、決め手に欠ける、といったところだろうか。

 もう少し頑張れば、告白すればオッケーをもらえるはず。


「ん、終わったっぽい……?」


 ちょうどその時、部活が終わったのかボールを蹴っていた部員たちが戻っていく。

 マネージャーからタオルと飲み物を受け取り、疲れのため息を零している。


「えっと、鈴木くんと華村さんはーっと」


 あれか。

 どうやら鈴木くんの分のタオルと飲み物は、今日が偶然かもしれないが、華村さんが用意している。

 二人で会話をしている様子は他の部員とマネージャーに比べても確かに親しそうだ。


『63』鈴木→華村


「……あれ?」


 その時ふと違和感を感じる。

 なんだか鈴木くんから華村さんへの好感度が少しだけ下がったような気がしたのだけれど……気のせいだろうか。


 僕は目の前で輪っかを作ったまま、二人の仲睦まじそうな様子を見ている。

 他の部員たちやマネージャーが同性と話しているにも関わらず、二人で話しているくらいだ。

 それなのに、好感度が下がったりするようなことがあるのだろうか。

 僕は注意深く二人を見つめている。


 結局その後、二人の好感度は変わることなく部活は終わった。

 恐らく初めに見たときに見間違いをしてしまったのだろう。

 僕はさっきまでの二人の親しそうな様子を思い浮かべながら、その隠れた心配事を頭から追いやった。




「種島せんぱーい、遅いですよー!」


「ごめんごめん」


 僕は今、華村さんに屋上まで呼び出されていた。

 昨日と同じで昼休み。

 ご飯を食べていたら少しだけ遅れてしまった。

 因みに連絡先は昨日の部活が終わったあとこっそり教えておいたのだ。


「それで話って?」


 電話越しに聞いた華村さんの声はどこか切羽詰まったような感じがして、少しだけ心配していた。

 今も元気を装っているが、どこかぎこちない感じがする。


「えっとですね、鈴木先輩のことでちょっと相談があって」


「うん」


 まぁ華村さんが僕を呼び出す理由なんて、恋愛相談についてのことくらいしかないだろう。

 それ以外には思いつかない。


「昨日、部活で鈴木先輩とちょっと話したんですよ」


「うん、こっそり見てたから知ってるよ」


「そ、そうなんですか?」


 僕の言葉に、戸惑ったような声をあげる華村さん。

 あれ、これは言わないほうがよかった?


「でも、それなら話は早いです」


 無意識にだろうが、少しだけ下がっていた視線が僕へと向けれらる。


「鈴木先輩に――――嫌われちゃったかもしれません」


「え?」


 真剣な視線でそう伝えられた言葉はあまりにも突拍子すぎて、思わず間抜けな声を上げてしまう。

 華村さんが嫌われた?

 誰に?

 鈴木くんに?


「いやいや、それはないでしょう」


「そう、ですか……?」


「昨日とか練習見てたけど凄く仲良さそうだったし、嫌われてるなんてことはないでしょ」


 実際、他の男子女子に比べても圧倒的に距離感が近かったと思う。

 汗を拭くタオルを渡す華村さんと、受け取る鈴木くん。

 どちらも笑顔で、幸せそうだったと思うのだけど……。


「それは先輩が普段を見ていないからですよ」


「……」


「私は、ほぼ毎日鈴木先輩と接してるんです。その中で、そう感じちゃったんです」


 自分の言葉に再び視線を下げてしまう華村さん。

 僕は言われたことを、もう一度頭の中で考える。

 そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 僕は華村さんから恋愛相談を受けている。

 ただそれだけの関係だ。

 鈴木くんとも去年のクラスメイトという接点があるだけで、それ以上でもなければそれ以下でもない。


 言ってしまえばただの外野だ。

 中で起きていることは、外野には分からない。

 それが分かるのは内野にいる人だけだ。

 華村さんが、鈴木くんから嫌われてしまったかもしれないというのなら、その可能性だって十分にある。


「…………あ」


 そこまで考えて思い出した。

 昨日の違和感。

 好感度が下がったような気がしたのは、気のせいじゃなかったのかもしれない。


「ん、どうかしたんですか?」


「い、いやなんでもない」


 僕は慌てて首を振る。

 間違っても華村さんに好感度なんかの話は出来るわけない。


「と、とりあえずどうするか、だよね」


「はい……どうしたらいいんですかね……」


 華村さんは再び落ち込んだような声を出す。

 その様子から、本当に落ち込んでいるのだろうことが分かる。

 すぐにどうにかしてあげたいのだが、そんな急に何か出来るわけでもない。


「因みにどんなとこが嫌われたのかもって思ったの?」


「えっと、なんかいつもより目を合わせてくれないっていうか、なんかこう、何時もより距離が遠かったっていうか……」


「なるほど……」


 距離感なんかに関しては僕はそんなこと全く感じなかったけど、やっぱり華村さんからしてみればそう感じてしまったのだろう。

 僕もそれを信じなくちゃならない。


「どう、したらいいんですかね、ほんと」


 華村さんは、どうしたら良いのか分からないといった風に、その場にしゃがみ込む。

 そしてそのままスカートに顔を押し当てて、動かなくなってしまう。


「ひとまずは、今日もいつも通りに部活にいかなくちゃ、いけないね」


 僕は、そんな彼女に手を差し出すことが出来ない。

 そんな簡単にどうこう出来ることじゃないのは、一番わかってるつもりだ。


「そう、ですね。ひとまずは、そうします」


 僕の言葉に、ゆっくりと顔をあげる華村さんは、一言だけお礼を残すとそのまま屋上を後にする。

 一人残された屋上で、ひときわ冷たい風が僕の頬を掠めた。





「まずい、なぁ」


 その日の放課後、僕は昨日と同じくグラウンドの隅っこの方へとやってきていた。

 そこでそう呟く。

 今僕は目の前で輪っかを作って、サッカー部を覗いている。


『59』鈴木→華村


 彼から彼女への好感度が、確実に下がり始めていた。




 鈴木くんから華村さんへの好感度が下がっている。

 それ自体は実はそこまで問題じゃない。

 どうして下がっているのか、それが問題なんだ。


 日を追うごとに少しずつ好感度が下がる鈴木くんの変化に、華村さんは鋭く察してしまう。

 どうして好感度が下がり始めているのか分からない今、僕は華村さんに何をさせたらいいのか分からず焦り始めていた。


 しかし、まだ希望はある。

 それは、華村さんが他の女子に比べても、圧倒的に鈴木くんの近くにいることだ。


『59』という好感度が低いのか高いのかは、人によって異なる。

 普段から他の人と仲が良ければ大抵好感度は高くなるし、逆に人とあまり関わらないのならば『40』程度でも高い方な時があるのだ。


 今回、鈴木くんの『59』という鈴木さんに対する好感度だが、実は鈴木くんにとってはそこまで低くない。

 むしろ高い方だ。


 僕は鈴木くんの華村さん以外のマネージャーに対する好感度を見た。

 あまり女子と接することがないのか、ほとんどどれも好感度を超えることはなく、40代前半がほとんどだった。


 そんな中で華村さんだけが異例の50台後半。

 初めは60以上あったことを考えると、恐らく鈴木くんにとって華村さんという存在がどれだけ大きかったのか想像するのは容易い。

 それなのに好感度が少しずつ下がってきているということは、鈴木くんの心情が変わるきっかけが何かあったはずなのだ。

 それが何か分からない。

 もし分かれば、対処を考えられるのだが……。


「…………」


 僕は今日もグラウンドの隅っこのほうで 好感度を確かめた。

 やはり少し下がっていて、好感度は『57』になっている。

 今日も下がったことを確かめた僕は、今回は珍しくサッカー部が練習しているところの近くにまでやってきた。


「あ、あれ種島先輩?」


 それをマネージャーの仕事が一段落したらしい華村さんに見つかる。

 まぁもともとそれを狙ってのタイミングだったのだけど。


「今日の調子はどう?」


 その言葉の中に、鈴木くんと、という隠れた意味が入っていることは、華村さんも察してくれることだろう。


「今日も、あんまりです」


 少し顔を俯けそう呟く華村さん。

 何かこの状況を切り抜ける打開策なんてものがあればいいのだが、生憎とまだ見つかっていない。


 僕は件の鈴木くんをちらりと見る。

 するとどうやらその時鈴木くんは珍しいことにシュートミスをしていて、周りの部員にからかわれているところだった。


 そんな鈴木くんを見る華村さんは、どこか寂しそう。

 結局、それ以上言葉を交わすことなく華村さんはマネージャーの仕事に戻っていった。




 どうするか。

 サッカー部の練習が終わるまで考えていたけど、全く良い案が浮かばない。

 そりゃあ原因が分からないのだから当たり前か。


「…………あ、もしもし」


 僕は華村さんに連絡をとる。


『どうしたんですか?」


 電話越しに聞こえる華村さんの声は、沈んでいる。

 きっと今一人なのだろう。

 華村さんに真剣に悩んでいたのかもしれない。


「えっと、明日昼休み話があるから――」


 僕が要件を手短に伝えようとしたその時――。




「あれ、種島くん?」




「す、鈴木くん……」


 ――――件の彼が声をかけてきた。

 僕は慌てて携帯をポケットに戻す。


「も、もしかして部活の帰り?」


「うん、俺もちょうどさっき終わってね」


 まさか帰り道が重なっていたなんて、気づかなかった。

 まぁ朝は起きる時間帯が違ったり、帰りは鈴木くんが部活があるのだから仕方ないのかもしれない。


「……」


 僕たちはそれから何を言うでもなく歩調を合わせる。

 帰り道が同じで、少し話も出来る。

 わざわざ一人早く帰る方が不自然だ。


 鈴木くんはサッカーが上手くてイケメンだ。

 しかも僕よりも結構身長が高い。

 決して僕が身長が低いというわけではないのに。


 そんな高スペックな彼は、華村さんのことをどう思っているんだろう。

 どうして好きじゃなくなり始めているんだろう。


「そういえばさ」


「ん、どうしたの?」


 しばらく無言で歩いていると、ふいに鈴木くんが思い出したように声をかけてくる。

 僕は歩みを止めることなく、隣を少しだけ見上げる。


「種島くんって、まだ恋愛相談してたりするの?」


「え、まぁ、うん。してるよ?」


 一体どういうわけか、鈴木くんは僕が恋愛相談をしていることを知っていたらしい。

 去年同じクラスだったから、もしかしたらその時に僕のことを聞いたのかもしれない。

 それにしてもどうして今そんなことを聞いてきたんだろう。


「そうなんだ、ふーん」


「どうしたの?」


「いや、ね。別に種島くんのしていることを馬鹿にしたり非難したりするわけじゃないんだけどさ」


 鈴木くんはどこか言い辛そうな表情を浮かべて頬をかく。

 そして合わせていた視線を前へ逸らす。


「なんていうか、人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかなぁって……」


 僕は思わず立ち止まる。

 鈴木くんはそんな僕に気付いていない。


「あ、俺はこっちだから、また明日」


「ま、また明日」


 何とか平静を装いつつ、僕は鈴木くんと別れる。

 鈴木くんの消えていった曲がり角をじっと見つめながら、僕は今の鈴木くんの言葉を思い出していた。


『人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかな』

 その言葉はそのままの意味なんだろうか。

 本当に、本当にそうか?

 僕はその時ようやく、好感度が下がっていく謎が解けた気がした。


「そ、そうだ。華村さんにも伝えなきゃ………………」


 僕は取り出した携帯の画面を見て固まる。

 通話終了と書かれたそれは、一体いつそうなったのだろうか。

 もし、今の会話を聞いていたとしたら――。


「華村さん――ッ」


 僕は今歩いてきた道を、全速力で戻り始めた。




「はぁっ……はぁ……っ」


 学校まで走って戻ってきた僕は大きく息を吐く。

 普段運動なんてしていない足はがくがく震えていて、悲鳴をあげている。

 やけに強い向かい風がこれ以上進ませまいと、僕の行く手を阻む。

 でもこんなところで止まるわけにはいかない。

 華村さんを見つけるまでは、止まれない。


 華村さんは一体どこにいるのだろうか。

 むやみやたらに探していいというわけじゃない。

 出来るだけ早く、限られた時間の中で見つけなくてはいけないのだ。


「華村さんが、行きそうな場所……」


 もし華村さんがさっきの話を聞いていたら、どうするだろう。

 どこへ行くだろう。

 考える、考える。

 逆の立場だったらどうだ。


「…………あそこか」


 僕なら、あそこに行く。

 嫌なこと、辛いことがあったらまず間違いない。

 僕は震える足に手を添えながら、また走り出した。




「やっぱり、ここにいた」


 僕は、屋上へ繋がる扉を開きながら、さらさらと風に揺れるツインテールにそう呟く。


「…………えへへ、見つかっちゃいましたか」


 悪戯が見つかった子供みたいな苦笑いを浮かべる華村さん。

 その手は、フェンスの網目を握って離さない。


「でも一回帰ってる途中だったのにわざわざ戻ってきてくれたんですか? 種島先輩も案外心配性なんですねーっ」


 表情を変えない華村さんは僕をからかうようにそうまくしたてる。

 でもそんなのどうだっていい。


「さっきの、どこまで聞いてた?」


「……全部、聞いてましたよ。聞いちゃい、ました」


 そう言う華村さんの表情はやっぱり変わらない。

 でもその表情の中には、どこか深い諦めの色が滲んでいて、今にも壊れてしまいそうで、僕の一番嫌いな表情だった。


「振られちゃいましたねっ」


 まるで何もなかったかのようにそう言う華村さんに、僕は少しだけ腹が立った。

 どうしてそんな簡単に受け入れられるんだって。


「まぁ、もともと分かってましたし……っ」


 もともと分かってたって、何が分かってたんだって。

 何が分かって、何を受け入れようとしているんだよって。

 受け入れたって言って、受け入れたふりして、それならなんで――――君は泣いてるんだって。


「仕方ないじゃないですか…っ……否定されちゃったんですよ…!?」


 初めて声を荒げる。

 その目の端には涙が浮かんでいて、表情がぐにゃりと歪んでいて、一度壊れてしまった涙腺は治ることをしらない。


「……私、どうしたらよかったんですか……鈴木先輩と付き合いたくて、恋愛相談して、でもそれが嫌だって言われて、もう、どうしようもないじゃないですか……」


 膝をついて、嗚咽をあげる。

 華村さんと僕だけの世界で、泣く君とそれを見ている僕。

 世界は風の音でいっぱいで、僕たちを包み込む。

 その世界を壊したのは、君だった。




「諦めよっかなぁ」




 君にとっては、何気ない一言だったのかもしれない。

 君にとっては、弱音のうちの一つだったのかもしれない。

 でもそれだけはだめだ。

 許せない、絶対に。


 依頼人に、君に、華村さんに、そんな思いに至らせてしまった僕が、許しきれない。


「華村さん」


 僕は彼女を呼びかける。


「華村さん」


 こっちを向いてくれないなら、向いてくれるまで呼ぶ。

 反応してくれないなら、反応してくれるまで待つ。


「なん、ですか」


 振り向いた彼女の目蓋は腫れて、その頬を今も涙が流れている。

 でも、今は聞いてくれるだけで構わない。


「もう一回、頑張ってみよう」


 華村さんの瞳を見つめながら、僕は視線をそらさない。


「でも、先輩は、人に頼るなんて、嫌だ、って」


 息も切れ切れで、そう伝えてくる華村さんに、僕はそれでも目を逸らさない。


「そんなの知ったことか」


 僕は華村さんの言葉を切り捨てる。

 もし本当に、鈴木くんが恋愛相談に頼るような人が嫌いだったとして、それが一体なんだというんだ。

 そんなの僕には関係ないし、華村さんにだって関係ない。

 少なくとも、これからはそうだ。



「僕が、君の恋を叶える」



 絶対に、確実に。

 君に一瞬でもあんな思いをさせてしまった僕の過ちを償うために。

 自己満足なのかもしれない、でも関係ない。

 今僕は、恋愛相談を受けている。


 依頼人は華村 楓。

 想い人は鈴木 健太。

 依頼内容は恋愛成就。

 担当は僕、種島 好。


 ここからが本当の恋愛相談の始まりだ。

 

 


「鈴木くん、ちょっといいかな」


「種島くん?」


 次の日、部活が終わって帰ろうとしている鈴木くんを呼び止める。

 重たそうな部活の荷物を肩にかける鈴木くんは、いかにも運動部って感じだ。


「ちょっと話があるんだけど、一緒に帰らない?」




「それで話っていうのは?」


 僕たちは昨日と同じ帰り道を歩いている。

 ただ昨日と違うのは、この会話を僕たち以外に誰も聞いていないということ。


「もしかして、今日部活を休んだ華村と何か関係があったりする?」


 鈴木くんは少しだけ語気を強くしながら僕にそう言ってくる。

 そんなに睨まなくても、僕は別に華村さんと何かあったわけじゃない。

 確かに今日部活を休むように言ったのは僕だが。


「実は僕、華村さんから恋愛相談を受けててさ」


「そう、なんだ」


 僕の言葉に喉をつまらせ、顔をしかめる鈴木くん。


「でも、失敗しちゃったんだよね」


「…………失敗?」


「うん、相手に振られちゃってさ」


「振られた? 華村が?」


 そう聞き返す鈴木くんは、まるで聞いたことが信じられないといった顔を浮かべる。

 僕の言葉が嘘であるかのように、疑いの目を向けてきている。


「ただその相手がひどい奴で、告白もさせてくれなかったんだよ」


「どういう、こと?」


「告白する前に、振られたの」


「…………?」


 鈴木くんはよく分からないといった風に首をかしげる。

 そりゃあ分からないだろう。

 そもそも相手だって、振ったなんて思っていないんだから。


「なんでも、人を頼って恋を成就させるのは違うんじゃないか、だって」


「――――ッ」


「あれ、どうしたの鈴木くん。そんな顔して」


 僕の視線にうつる鈴木くんは、目を見開いて固まっている。

 その歩みも、呼吸でさえも。

 ただ、固まり続けている。

 でも今はそんなことさせている暇なんてない。


「鈴木くん」


「な、なに?」


 突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、若干戸惑いながら返事をしてくる。

 その声を呟く唇は、渇いて、震えている。


「昨日君が言っていたやつって、あれ、本心?」


 未だ固まる鈴木くんにぐっと近づき、見上げる。

 昨日の『人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかな』っていう発言がどういうことだったのか、本当にその言葉そのものの意味だったのか。

 教えてもらわなくちゃならない。


「ち、ちが――」


「因みに華村さんは、その言葉をそっくり全部信じ切ってたよ? 君の言葉だったから、信じたくなくても信じなきゃいけないって」


「――――ぅ」


 僕はもう一度、鈴木くんを見上げる。


「ねぇ鈴木くん、《《あれ》》は本当に君の気持ちだった?」


 鈴木くんは辛そうにぎゅっと目を閉じる。

 握る拳は震え、それ以上やってしまえば、血が滲んでしまうかもしれない。

 でも僕にはそれを止められない。


「………………華村、は」


「屋上」


「ありがと……っ」


 鈴木くんは、まるで昨日の僕と同じように今来た道を戻りだす。

 僕もこれから起こることを見届けなくてはいけない。

 ただ昨日と違って、そこまで焦らなくていい。

 今日は僕の出番はないのだから。

 今からの世界の登場人物は、華村さんと鈴木くん。

 その二人だけで十分だ。


 華村さんは、ちゃんと待っていてくれるだろうか。

 いや、そんな心配はするだけ無駄か。

 待たないわけがない。

 僕は、学校への道をゆっくり歩きながら、昨日の放課後のことを思い出していた。




「種島先輩が、私の恋を……?」


「うん、叶えてみせる」


 泣きながら不思議そうに首を傾げる華村さんに手を差し出す。

 華村さんはその手をそっと取り、ゆっくり立ち上がる。


「でも、私はどうしたらいいんですか……?」


 僕より少しだけ低い位置から見上げてくる華村さんは、不安そうに聞いてくる。

 でも、それはまだ言えない。

 できればこれは、本人同士で気付いてほしいものだから。

 鈴木くんにも、ちょっと危ないところまで言ってしまうかもしれないけど、それでも決定打は言わないつもりだ。


「明日の放課後、ここで待ってて」


「明日の放課後、ですか……?」


「うん、出来れば部活も休んで」


「分かり、ました」


 部活を休むのは嫌そうだが、これも恋愛相談を成功させるためだ。

 我慢してほしい。

 もし華村さんが休んでいたことを鈴木くんが気づいていれば、僕の予想が正しい保障にもなってくれるはず。


「じゃあまた明日」


 会うかは分からないけれど、明日ここにいるのが僕ではないだろうけど、また明日。


「絶対、ここで待っててね」


 僕は屋上を出る前に最後にそう念押しする。

 握るドアノブの冷たさが妙に、彼女の手のぬくもりを思い出させた。





「…………」


 僕が屋上の入り口へ着いたとき、鈴木くんと華村さんの間には会話はなく、ただ沈黙に包まれていた。

 きっとお互いに何を話していいのか、話すべきなのか分からないのだろう。


「す、鈴木先輩」


 僕の予想に反して、その沈黙を壊したのは華村さんだった。

 華村さんは想い人の名前を呼ぶと、下げていた視線を元に戻す。

 その小さな手は服の裾をぎゅっと握りしめていて、遠目からでも緊張しているのが分かる。


「鈴木先輩は、どうしてここに来たんですか?」


 華村さんは、まさか屋上に鈴木くんがやってくるとは思わなかったのだろう。

 僕はただ屋上で待っていてと言っておいただけなので、それも仕方がない。

 そして、自分の想い人である鈴木くんがどうして自分のいるところに来てくれたのかも、分からないのだ。


「……華村が、ここにいるって聞いたから」


「種島先輩にですか……?」


「うん、そう」


「そう、ですか」


 淡々と会話を続ける二人の会話が再びそこで止まる。


「…………ってことは、もう私が恋愛相談してるの、知ってるんですよね」


 長い沈黙の末にぽつりと零す華村さん。

 まぁそれを察しないわけがない。


「なのに、どうして鈴木先輩が来てくれたんですか?」


 華村さんは、鈴木くんの言葉を聞いている。

 人に頼って恋を成就させるのは違うんじゃないかっていう言葉を。

 そして、それなのに自分の下へやってきてくれたのかが分からないのだ。


「…………」


 鈴木くんはそれに何も答えない。

 答えられない。

 本当の気持ちがどうにせよ、言ってしまった言葉はもう戻すことは出来ないから。

 それを鈴木くんも理解しているんだろう。


「私の気持ち、知ってるんですよね?」


 ほとんどの確信を持ったような語調で、華村さんが嘆く。

 その言葉の端が濡れていることに、僕は気づいた。

 鈴木くんも、気づいただろうか。

 気づいていないわけがない。

 鈴木くんが、一番、誰の事を見ているかなんて、とっくに知っている。


「同情のつもり、だったんですか……っ?」


 そう思ってしまうのも無理はない。

 だって、華村さん。

 まだ君は知らないのだから。


 鈴木くんにとって、誰が一番大切で。

 鈴木くんにとって、誰が一番可愛くて。

 鈴木くんにとって、誰が一番大好きなのか。


「鈴木先輩は、恋愛相談する女の子は、好きじゃないんですよね……?」


「――――違うッ」


 世界全部に広がるような声で、鈴木くんは華村さんの言葉を否定した。

 鈴木くんの突然の大声に驚く華村さんは、びくっと肩を揺らし、固まってしまう。

 それでも鈴木くんは、一度切ってしまったスタートラインをやり直すことはしない。


「俺は、俺が好きな人が、恋愛相談に行ってるのを見て、悔しかったんだ」


「……?」


 鈴木くんの言わんとしていることに、華村さんはまだ気づかない。




「俺は、華村が好きだったんだ」




 それは、気づかせるのには十分以上の言葉だった。

 華村さんは突然の告白に呆けた顔を浮かべて、鈴木くんを見ている。


「俺は、華村が、種島くんのとこに恋愛相談してるのを見て、華村に好きな人がいるって分かったんだ」


 そう。

 いつかは分からないけれど、恐らく一番最初の時。

 鈴木くんは華村さんが僕に恋愛相談をしているのを見てしまったんだ。


「自分が好かれる自信なんてこれっぽっちもなくて、きっと華村が、俺のほかの誰かを好きなんだろうなって」


 だから、勘違いした。

 それが噛み合わない歯車の理由だ。


「だから、恋愛相談が、嫌だった。華村が、その誰かと付き合うのが嫌でたまらなくて」


『人を頼って恋を成就させるって、なんか違う』というのは、そういう理由だったのだ。

 決してそれが鈴木くんの本心でも何でもなくて、ただの嫉妬。

 好きな女の子が、他の男に盗られることが許せなかった、一人の男の下手な照れ隠しでしかなかったんだ。


「勘違いさせたりして、辛い思いさせたりして、本当ごめん」


 鈴木くんは、深く頭を下げる。


「嫌われても仕方ないことをしたってくらい分かってる。それでも、それでも――」


 鈴木くんは、ばっと顔をあげる。

 その顔は緊張を隠せていなくて、下唇は強く噛みしめられている。


「――――俺と、付き合ってくれませんか」


 これが本心。

 鈴木くんが勘違いと嫉妬で言えなかった、本心。


「恋愛相談してた私に、そんな資格がありますか……?」


 そう言う華村さんの口の端は、今までで一番上がっている。

 それは、散々悩まされた女の子の、可愛らしい、ちょっとした反撃だった。





「種島先輩ーっ!」


 数日後、帰り道を歩いていると聞こえるその声。

 それは数日前まで何度も耳にしていた声だ。


「どうしたの? 華村さん」


 振り返ると、部活から少しだけ抜けてきたのだろう華村さんが立っていた。

 マネージャーの仕事が忙しいのか、少しだけ汗ばむ彼女は前よりも生き生きしている気がする。


「いや、恋愛相談のお礼をまだちゃんとしてなかったなぁ、と思って!」


「そっか」


「本当にお世話になりました!」


「いえいえ、とんでもない」


 僕は深く頭を下げる華村さんに、頭をあげるよう伝える。

 知らない人からしたら何事かと思われてしまうじゃないか。


「私の恋を叶えてくれる、って言ってくれた時の先輩、すっごく恰好よかったですよっ」


「そ、そう?」


 嬉しいことを言ってくれる後輩。

 そんなことを言われたら勘違いしちゃうでしょ。


「鈴木先輩がいなかったら、種島先輩に恋しちゃってたかもしれませんっ」


 それじゃ、と言い残して部活に戻っていく華村さん。

 僕はサッカー部の練習に顔を向ける。

 その中でもひと際上手い部員が、今もゴールを決めた。

 君がいなかったらもしかしたら……!

 リア充爆発しろ……!

 そう思わずにはいられない僕は、今日もいつも通りの帰り道を歩き始めた。

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