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Case.01 幼馴染


 僕、種島たねしま このむには人の好感度が見える。


 好感度、それは人に対する好きの度合い。

 0から始まる好感度は最大100まである、はず。

 断定できないのは僕がそんな値を見たことが無いから。


 僕がこれまで送ってきた生活の中で好感度については自分なりに調べてきたつもりだ。

 因みに好感度の値がどのくらいかというと――


『0』 あー、君誰?

 存在を忘れられるレベル。


『10』 あの、消えてくんない? 不快だから。

 存在を否定されるレベル。


『20』 えっと、その、別に手繋がなくてもいい、よね……?

 フォークダンス一緒に踊ってもらえないレベル。


『30』 あ、これ落ちたよ……?

 落とした消しゴムを拾ってもらえるレベル。


『40』 好きか嫌いかで聞かれれば……好きかな?

 そんなレベル。


『50』 お!おはよー!

 すれ違ったら向こうから挨拶してくれるレベル。


『60』 お前マジでいい奴だな!

 親友と言っても過言ではないレベル。


『70』 お前のことは一生忘れねーぜ!!!!

 もはや永遠の友、みたいなレベル。


『80』 ねえねえっ、はいあーんっ!

 あつあつバカップル、新婚ほやほや。もはやうざいレベル。


『90』 ??

 宇宙くらいのレベル?


『100』 ??

 いやもう神だろ、くらいのレベル。


 ――――こんな感じだ。


 まぁ適当なところもあるが、実際こんな感じなのだから仕方ない。

 僕だってそこまで詳しいことは分からないのだ。

 好感度とはいえ仮にも人の心、そう簡単には知ることは出来ないということだろうか。


 しかし、こんな変な力を持っていたがために、恋愛相談(こんなこと)をしているのだから世の中どんな能力が役に立つか分からない。


「はぁ……」


 一体今日で何組目だろう。

 そもそも何時からだ。

 僕が恋愛相談を受けるようになったのは。


 うーん、思い出せない。

 確かずっと昔に何かあった気もするが、やっぱりよく分からない。


「あ! 恋愛先生、おはよー!」


「先生言うなっ」


 恋愛先生、俺をそう呼んでくるのは見知った顔のクラスメイト。

 以前僕が恋愛相談を受けていた女子だ。

 いろいろと恋愛についてアドバイスした結果、見事恋が成就したらしく、それ以来何かある度に僕をそう呼んでくる。


「でも皆も口にしないだけで、先生のことそうやって思ってるよ?」


「なっ!?」


 ここでまさかの爆弾発言。


「じ、冗談だよね……?」


「うーん、まぁ皆ってのは言い過ぎかもしれないけど、先生のことを恋愛先生って思ってる人、私以外にも少なからずいるはずだよ?」


「ま、まじかぁ」


 それは本当に初耳だった。

 まさか目の前の女子以外にもそんなことを思われていたなんて。


 それに僕が恋愛先生など呼ばれていいはずもない。

 何せ生まれてこの方、覚えている限りでの話だが僕は初恋というものを経験したことがない。

 そして当然、誰かとお付き合いの経験も皆無だ。


 その理由としては、好感度のことも少なからず関係している、と思う。

 僕は、好感度が見える。

 他人から他人に対する好感度が見える。


 そうーー「他人」から「他人」に対する好感度が、見えるのだ。

 そこに例外はない、多分。

 僕には、自分に対する好感度が見えない。

 だからこそだろうか。

 自分の恋愛というものが、正直怖い。


 そもそもの話、僕は好感度の能力以外は、間違いなく並だと思う。

 勘違い主人公とかそういう話じゃなく、本当に並。


 もしくは並以下という可能性だってある。


 そんな僕のことを好きになる人なんて、果たしているのだろうか。

 答えは分からない。

 ただ、それがごく少数以下であることだけは確かだ。


 そういうこともあって、僕にはまだ恋愛経験がない。

 だからやっぱり僕が「恋愛先生」などと言われるには少し、いやかなり違和感があるのだが……。


「それってどうにかならないかな?」


 一縷の望みをかける。

 しかし、目の前の女子は首を振る。


「やっぱり、先生は先生だよ。皆にとってどうかは分からないけど、私にとっては間違いなく先生なの」


 嬉しいのか悲しいのか分からないことを言ってくれる女子。


「だって、先生がいなかったら私、好きな人と付き合えなかっただろうしね!」


「それは、もともと成功する可能性があったから、ちょっと背中を押しただけだよ」


 その言葉に偽りはない。

 確か目の前の女子が好きだった人とは、実は最初から両思いだったはずだ。


「私みたいな人間にとっては、そのちょっとが重要なんだよ?」


「……そっか」


 そう言われると僕には何も言い返せない。


「あ、先生だ! じゃあまた後でね!」


 そう言って自分の席に戻っていく女子。

 朝、HRが始まる少し前のことだった。



 

 恋愛先生。

 そう呼ばれるのは甚だ遠慮したいところではあるけど、恋愛相談を受けることについては実はそこまで嫌いではない。


 実際いつから恋愛相談を受け始めたのかはもう覚えていないけれど、受けようと思った理由も少なからずちゃんとある。


 それはまぁありきたりではあるけど、一つは、恋愛相談を成功させることが出来たときに、付き合い始めた二人の幸せそうな雰囲気を見るのが好きだからだ。


 とても幸せそうに手をつなぎながら依頼人から伝えられるお礼は、何回されても飽きるものじゃない。

 まぁたまーに、幸せそうな二人に頬がひきつることが無きにしも非ずではあるが、それは非リア充として見逃してほしい。


 そしてあともう一つ。

 僕が恋愛相談を続ける理由がある。


 それは、かなり仲のよかった友達に凄いと言われたからだ。

 人の好感度が分かる、それはとても凄いことだ、と。


 もちろん後にも先にも、自分の能力について家族を含めて他人に教えたのはそれっきりだったけれど、それくらいその友達のことを信頼しきっていたのだろう。

 ただ、昔のことすぎて、今ではその友達の名前も声も忘れてしまっているのだけれど……。




「なぁ種島」


「ん、どうしたの?」


 昼休み、購買で買ったパンも食べ終わって、ふとそんなことを考えていた僕に、突然声がかかる。

 振り返ってみると、確か今年から同じクラスになった男子が立っていた。


 その男子はどこか周りを気にしながら、こちらに話しかけてきているようで、どこか落ち着きがない。


「実は折り入って話があって……」


「話?」


 僕は首をひねる。

 目の前の男子は確かにクラスメイトではあるが、つい最近そうなったばかりで、正直名前も覚えていない。


 恐らく相手との関係はほとんどないはずだ。

 そんな僕に折り入って話、とは一体なんだろう。


 まぁ何も思い当たる節がないというわけではない。

 恐らく目の前のクラスメイトは相談にきたのだろう。

 それも、恋愛についての。


「れ、恋愛相談を頼みたいんだ」


 やはりきた。

 そもそもそんなに関わりのないはずのクラスメイトが僕に話しかけてくる理由など、十中八九それしかない。


「えっと、それは良いんだけど……」


「あ、俺は今西いまにし りょうだ」


 そこでクラスメイト、もとい今西くんが察して教えてくれる。

 さすがに名前を知らないと、恋愛相談を受けるにしても不便なことこの上ない。


「それで、どんな恋愛相談?」


 名前も教えてもらい、僕は本題に入る。

 周りには聞こえないように、出来るだけ小さい声を心がける。


「つ、付き合いたい人がいて。それを手伝ってほしいんだ」


 少しだけ恥ずかしそうに、今西くんは教えてくれる。

 まぁそりゃあ知り合って間もない他人に、こんな相談するのはして気が引けるだろうが。


「因みに、誰か教えてもらってもいい?」


 これから行動に移していく際、それは必須の情報だ。

 それを知らなければほとんど何もすることが出来ないのは、今西くんも分かってくれるだろう。


「……さ、佐々木 莉子」


「佐々木、さん?」


 どこかで聞いたことのある名前のような気がする。

 でも去年のクラスメイトではないはずだし……。


「ほ、ほら、あいつだよ」


 今西くんの示す方へ視線を向けてみると――――いた。

 どうやら、新しいクラスメイトらしい。

 だから名前に聞き覚えがあったわけだ。


「あの人、かぁ」


 僕は佐々木さんをみる。

 佐々木さんは他の女子と楽しそうに話していて、笑っている。

 その表情を見ても、間違いなく美少女といっても過言ではないくらいの女の子だ。


 正直言って、結構レベルが高い、と思う。

 今西くんも顔は整っている方だと思うけど、どうだろう。


「幼なじみ、なんだ」


 ふと、今西くんがそう呟く。


「なるほど……」


 それならいけるかもしれない。

 接点としては十分以上だろうし。


 ただ、こんなにかわいい幼なじみがいるなんて、少しずるくはないかい?




「りょーっくーん! 何話してるのー?」 




 その時ふと、そんな声が聞こえてきた。

 まさかと思いみてみると、やはり、佐々木さんがこちらにやってきている真っ最中だった。


「ど、どどどどどうしたんだ?」


 突然のことに、今西くんは動揺を隠せていない。

 そしてあろうことか、僕に視線をよこしながら、助け船を求めている。


「なにあわててるの?」


 佐々木さんは、そんな今西くんに首を傾げている。


「あー、実は今西くんが佐々木さんと付き――」


「うわぁぁぁああああああああああああああああああ」


 僕が助け船を出そうとしていると、今西くんは突然大声をあげて、僕を教室の隅へと追いやる。

 まったく、どうしたというのだろうか。


「お、おまっ、なに口走ろうとしてたんだよ!?」


 今西くんは心底驚いた様子でそう聞いてくる。


「いや、あれにもちゃんと狙いがあったんだよ?」


「ね、狙い……?」


「そうそう、まさか僕が何の考えもなしにあんなこと言おうとしてたと思ってたの?」


「ち、違うのか?」


「あぁやって伏線を貼っておいて、相手も君のことを意識するように仕向けてたんだよ」


 まったく、僕をなんだと思ってるんだ。

 これでも恋愛相談はいっぱい受けてきたんだから、そういうテクニックは人並み以上に知っている自信がある。


「そ、そうだったのか。悪かったな……」


 申し訳なさそうに頭を下げる今西くん。

 分かってくれればそれでいいのだ。

 あれはそういう意味でやったってことを。


 断じて、可愛い幼なじみがいる今西くん爆発しろなんて思ってない。

 これ本当。



『71』


 これが今の今西くんから佐々木さんへの好感度だ。

 どうやら昼休みの言葉は本当だったらしく、かなり高い。


 帰りのHR中、僕は周りに気づかれないようにしてそれを確かめていた。

 幸い僕の席は後ろの方なので、難しいことではない。


 そして僕は、佐々木さんへと目を向ける。

 もう一度指で輪っかを作り、目の前にかざす。


「えっ!?」


 まさかの事態に声を上げる。

 近くの席の数人が何事かと振り返ってくるが、何でもないと伝えるとすぐに顔を前へと戻す。


 しかし、これは予想していなかった。


『74』


 これは、佐々木さんから今西くんへの好感度だ。

 なんと、今西くんよりも高い。

恋愛相談をしてきたのは今西くんで、佐々木さんの好感度も高いということはつまり、両思いということだ。


 これは、少し面倒なことになるかもしれない。


 普通なら両思いであるということを伝えれば、それで終わりと思うかもしれない。

 ただ、知り合って間もないような人から、自分の想い人と両思い、なんて伝えられて、いったい誰が信じてくれるだろうか。


 自分の能力のことをばらせばいいのかもしれないが、さすがにそんなことできるわけがない。

 それにその能力のこと自体、信じてくれるかは微妙だ。

 いくら今までの恋愛相談の積み重ねがあるからといって、どうだろう。


「うーん……」


 やっぱりいい案はあまり思いつかない。

 そんなこんなしているといつの間にかHRも終わりの時間。

 担任に挨拶をして、各々、自由に放課後の過ごし方を選ぶ。


 今西くんに視線を移すと、クラスメイトの友達と帰ろうとしている。

 これは事前に聞いていたとおりだ。


 今西くんと佐々木さんは、今でも一緒に帰ったりするらしいのだが、今日は別々で帰るということを昼休みのうちに聞いておいた。

 佐々木さんも恐らく自分の友達と帰る、とのこと。


「あれ?」


 さっきまで佐々木さんがいたはずのところに、いなくなっている。

 慌てて探そうとした時ーー




「種島くん」




 ――――その声が降ってきた。


 振り返った先にいたのは、佐々木さん。

 どこか少し緊張したように、手に力が入っている。


「今日、一緒に帰らない?」


「……え?」




「どうしてこうなった……?」


 僕は今、どういうわけか佐々木さんと二人で帰り道を歩いている。

 一体全体どうしてこんなことになったのだろう。


 佐々木さんはまだ特に何も話すことなく、少しだけ離れた隣を歩いている。


 女子とこうやって二人きりで帰ったりしたことが今まであっただろうか。

 少なくとも今は思い出せそうにない。


 世の中のカップルはこんなことを毎日経験しているのだろうか。

 今までは羨ましいと思うことが多かったけど、こんなのが毎日続くと思うと心臓に悪いことこの上ない。


 佐々木さんの赤くなった顔が夕陽のせいであるなんてこと分かっているけれど、やっぱり気になってしまう……!


「あ、あれってもしかして今西くんじゃない?」


 僕たちが歩いている少し前に、友達と三人で話しながら歩いている今西くんたちが見える。

 今西くんと佐々木さんが一緒に帰ることがあるというくらいなのだから、帰り道が重なるのはぜんぜん不思議じゃない。


「・・・・・・」


 ずっと黙っている佐々木さんをちらりと窺う。


「種島くん」


「は、はいっ」


 いきなりかけられた声に思わず素っ頓狂な返事をしてしまう僕。

 恥ずかしくてたまらない。

 一瞬前の僕、死んでしまええええ。


「今日、亮くんと話してたよね?」


「えっと、うん」


 やっぱりその話か。

 僕が伏線をはっておいただけある。

 全く期待なんてしていなかったんだからね?


「恋愛相談、受けたでしょ?」


「っ!?」


 まさかの発言に思わず動揺を隠せない。

 確かに伏線ははっておいたが、そんなところまで気づかせる気なんてなかった。


「種島くんは知らないかもしれないけど、女子の間でも結構有名だよ?」


「な、なにが?」


 聞きたくないことを言われてしまうことが嫌でもわかる。


「恋愛相談するなら、種島くんだー!って」


「……おっふ」


 僕は大ダメージを受ける。

 まさか女子の間でそんな噂をされているなんて。


 確かにこれまで何件も恋愛相談を受けてきたが、まさかそんなに知られているとは思わなかった。


「だから、亮くんが種島くんと話してたときにはもう、恋愛相談してるのかなーって思ってたよ?」


「ま、まじですか」


 渾身の伏線の意味はいったい何だったんだろう。

 思わずうなだれる。


 それにしても、困ったことになった。


「……」


 夕陽が僕を照らす。

 まるで僕がしている隠し事を全部さらけ出してしまおうと、どこかの誰かが仕組んでいるようだ。


 逆光で隠された彼女の顔は、今どんな表情を浮かべているのだろう。


 僕は、視線をおろして、そんな彼女の陰を見つめていた。

 

「それで、やっぱり亮くんから恋愛相談受けてるんだよね?」


「は、はい……」


 僕は頷く。

 ここまでバレているのだから、今更隠そうとしたって意味はないだろう。


 しかし、噂ってのは怖いものだ。

 隠し事がこんな風に一瞬でバレてしまうのだから。


「……」


 それにしても、まずいことになってしまった。

 今西くんが恋愛相談していることがバレているということはつまり、今西くんが誰を好きなのかということも、恐らく理解しているのだろう。

 そしてその佐々木さんも今西くんのことが好きでーーってあれ?

 まずいことなんて一つもなくないか?


 今西くんが佐々木さんのことが好きだと、本人にバレる。

 佐々木さん本人は今西くんが好き。

 つまり両思いであると分かる。


 悪いことなんて一つもない……?

 ちょっと予定は狂ってしまったけど、これはこれで問題ないのではないだろうか。


 ただこれでは、佐々木さんから今西くんへ告白するというイレギュラーなことになってしまうが、両思いが実るならそれもいいはずだ。


 いけっ! 佐々木さん!




「いいなぁ」




 僕が心の中でエールを送っていると、佐々木さんがぼそっと呟いた。

 その表情はどこか寂しそうに夕陽に照らされていて。

 いつもの明るい笑顔からは、想像も出来ないような、そんな表情だった。


「なに、が?」


 たったそれを聞くために、どれくらいかかったのか分からない。

 ただどこか、躊躇わずにはいられなかった。


「亮くんに好かれてる誰かさんが、羨ましいなぁ、って」


「……」


 その表情の意味は、そういうことか。

 どうやら佐々木さんは、自分が好かれているとは思っていないらしい。

 今西くんが別の女子を好きで、僕に恋愛相談していると思っているようだ。


 僕は彼女をみる。

 あと少し、何か些細なことがあるだけで、壊れてしまいそうな彼女の涙腺に、今西くんの好きな人の名が思わず喉元まで出掛かってしまう。

 でも、それは違う。

 僕はそれを何とか、ごくりと飲み込んだ。


 それを伝えるのは僕じゃあない。

 他の誰でもない。

 それを伝えていいのは、伝えられるのは、一人しかいない。


 僕たちはそれ以上何も語らず、黙って歩き続けた。




「あれ、今西くんじゃない?」


「っ?」


 僕の言葉に肩を揺らす佐々木さん。

 僕たちの少し前を友達二人と今西くんが、楽しそうに笑いながら歩いている。


「……」


 横をちらりと見ると、佐々木さんの視線はまっすぐ一点に向けられているような気がした。




「佐々木さんって可愛いよなぁ」




 ふとそんな言葉が聞こえてきた。

 前を向いてみるとどうやらやはり、そこから声が聞こえてきていたらしい。

 話題の続きが聞こえてくる。


「優しいし元気だし」


「そうかぁ?」


 よく聞いてみると、今西くんの友達二人が佐々木さんって可愛いよなと言っているのに対し、今西くんが反応しているみたいだ。


「確か佐々木さんとお前って幼馴染みじゃなかったっけ?」


「ま、まーな」


「くーっ! 羨ましいぜこのやろー!」


 友達が今西くんの肩をぽんと叩きながらそんなことを言っているが、それには僕も同意だ。

 どうせならもっと本気で殴ってくれ。




「お前たちってかなり仲良さそうに見えるけど、実際のとこどうなの?」


「な、なにが?」


「分かってんだろ? 付き合ったりしないのか、ってことだよ」




「っ」


 僕はとっさにまずいと思った。

 横を見てみると、佐々木さんは前の会話を食い入るように潜耳を立てている。

 何か話題を変えよう、そう思ったとき――




「ないない! 幼馴染みとかないわぁー!」




 ――――くそみたいな言葉が聞こえてきた。


「さ、佐々木、さん……?」


 僕は、恐る恐るその顔を見る。

 そこには、涙腺なんてとうに壊れきった一人の女の子が、立っていた。


「え、へへ……」


 佐々木さんは僕の視線に気づくと、どこまでも悲しそうに笑顔を浮かべる。

 まるでその悲しみを、僕に、自分自身に隠してしまうように。


「期待なんて、してなかったんだよ?」


「……」


「亮くんの好きな女の子が、私だったら、なんて」


「ささき、さん」


「ほんとだよっ? 期待なんて、少しも……っ」


「佐々木さんっ!」


 僕は、彼女の肩を掴む。


「っ」


 制服越しにも分かるくらい、その小さい身体が跳ねる。

 そして、一回跳ねたその身体は、より一層小さくなってしまったような気がした。


「……」


 僕たち二人を沈黙が包み込む。

 僕も佐々木さんも、お互いに話し出そうとはしない。


 幸か不幸か、僕らの存在に、前の今西くんたちは気づいていないらしく、どんどんと背中が小さくなっていく。

 もう向こうの話し声も全く聞こえなくなってしまった。


「……ぁ」


 その時、ふと一粒の滴が空から振ってきた。

 そしてそれに続くようにして、ぽつぽつと雨粒が続いてやってくる。


「さっきまで、晴れてたのにね」


「うん、そうだね」


 佐々木さんの言葉に、僕は頷く。

 さっきまでは真っ赤な夕陽が僕たちを照らしていたはずだったのに、いつのまにか雨雲に隠されてしまっている。


「折りたたみ傘とか、あったかなぁ?」


 佐々木さんは、僕から顔を逸らすように、自分の鞄の中を確かめている。

 僕も、もしかしたら持ってきているかもと思い、確かめてみる。


「あ」


 少しして、佐々木さんが小さく声を上げる。

 傘が見つかったのだろうか。


「……それ、って」


 僕が視線を戻した先、佐々木さんの手には傘は握られていなかった。

 そこにあったのは、一通の便箋。

 ちらりと見えた宛先は、今西 亮。


 それだけ、たった、それだけ。

 その手紙の内容を察してしまうのに、それ以上、必要なものなんて、何もなかった。


「……あーあ、告白する前に振られちゃったなぁ」


 佐々木さんは、どこか自嘲気味に呟きながら、雨雲を見上げている。

 頬には雨粒が滴る。

 その手の握られている便箋に書かれてある宛名は、少しずつ、少しずつだけど、確かに滲み始めていた。




「ねぇ、種島くん――」




 次第に強くなる雨足の中、佐々木さんと視線が重なる。

 その頬を落ちる滴は、涙なのか雨なのかは分からない。

 ただ僕は、まっすぐ彼女を見つめていた。




「――――恋愛相談、いいかな?」


 ◆   ◆


「それでそれでさ――」


「へぇ、そんなことがあったんだ」


 楽しそうな三人の会話が聞こえる。

 別に構わない。

 どうせ、僕がやることに変わりはないんだから。




「今西くん」




「た、種島……?」


 僕は今西くんに声をかける。

 周りの二人は僕のことを知らないのか、それとも知っていて僕みたいなのが今西くんと何の関わりがあるか分からないのか。

 まぁどちらにせよ、今の状況が分かっていないことに関してだけは確かだった。


「ちょっと――――《《いいよね》》?」


 僕より身長の高い今西くんを、視線だけで見上げながら確認する。


「……?」


 そうだなぁ。

 横の二人は、邪魔でしかない。

 そんなこと、別に言わなくても、分かってくれよ。


「っ……わ、わりぃ。ちょっと種島と話があるから、先帰っててくんね?」


「あ、あぁ」


 二人は少しだけ戸惑いつつも、妙に慌てている今西くんのおかげで、素直にその場から離れて行ってくれるらしい。

 少ししたら、その背中も見えなくなるだろう。

 それまでは、まだちょっと待っていたほうがよさそうだ。




「今西くん」


「な、なんだ?」


 もう一度、呼び掛ける。

 今西くんの友達である二人の背中も、とっくに見えなくなっていた。


「僕たち、少し前から君たちの後ろを歩いてたんだよね」


「そ、そうなのか? ち、因みに誰と?」


 一体どうしたっていうんだ。

 そんなに緊張した様子で。

 僕の顔に、何か、ついてでもしたのかな?


「佐々木 莉子さんと」


 僕は、核心をつく彼女の名前を告げる。

 それだけで今西くんはすべて悟ってしまったように、固まる。

 そんなの知ったことじゃあない。


「ずっと、聞こえてたんだ」


「…………」


「君たちの、話し声も、内容も」


「…………」


「君の――――くそみたいなあの一言もだよ」


「っ………」


 今西くんは顔をうつむけ、僕から目を逸らす。

 こぶしを握りしめて、小さく震えている。


「……さ、佐々木、は」


 しばらくの沈黙のあと、今西くんがぽつりと呟く。


「君が、今、それを聞くの?」


 僕は、逆に聞き返す。

 まだ目を合わせようとしない、彼と。


「…………すまん」


 再びの沈黙を壊す、その言葉。

 もう聞き流すことはできなかった。


「君は……君は、佐々木さんが、どんな気持ちだったかわかる……?」


 分からないだろうな。

 分かるはずないもんな。

 《《あの顔》》を見てない君に。


「好きだったんじゃないの? それなのに、どうしてあんな嘘吐いたの?」


 仲のいい友達に知られたくなかったから?

 知られて、からかわれるのが恥ずかしかったから?

 だから、友達に嘘吐いたって?

 馬鹿言うな。


「《《君》》は《《君》》に嘘を吐いたんだ」


 他の誰でもない君自身に。

 一番吐いたらいけない嘘を。


 それを聞かれたんだ。

 一番聞かれたらいけない人に。


 僕は、今西くんの胸ぐらを掴む。

 無反応な彼に、僕は思いっきり突き飛ばす。


「……これが、君が振った相手の気持ちだ」


 僕は、《《手紙》》を投げつける。

 雨で滲んで、ぐちゃぐちゃになってしまったそれを、彼はどう思うんだろう。


 地面に腰をつける今西くんに叫ぶ。

 雨の音の間隔がだんだんと短くなり、僕たち以外の音なんてもう聞こえない。


「今西くん」


 僕は、もう一度だけ彼の名前を呼ぶ。


 この声が聞こえてるのか、それとも聞こえてないのか。

 少なくとも今西くんは僕の顔は見ていない。

 ただ地面を見つめているだけだ。


「僕は、そんな奴の恋愛相談を受けたつもりは、ないよ」


 それだけを伝える。

 これ以上はもう僕に何か言えることがあるわけでもないし、しようとも思わない。

 ここからは、今西くんがどうするか、だ。


「…………」


 僕は振り返って歩き出す。

 傘なんて持ってないし、もうずぶ濡れだ。

 ここまできてしまったら、これ以上いくら降られてしまっても別に構わなくなってしまった。


 ただ雨が少しだけ痛い。

 大粒の雨が頬にあたって気が散る。


 だから、横を通り過ぎたのが誰かなんて、全く気にならなかった。


 ただ、やることはやったよ。

 佐々木さん。


「あーあ、ずぶ濡れだ」


 学校指定の鞄が防水加工をしてあったために、教科書たちが難を逃れられたことだけが救いだったのではないだろうか。

 ただそれも長時間濡らしているのは気が引ける。

 出来るだけ早く帰れるようにしよう。


 僕は今来た道をもう一度歩きなおす。

 普段ならこんなことしないのに。


 水たまりで足を濡らしながら僕は、ついさっきの話を思い出していた。


 ◆   ◆


「恋愛相談、いいかな」


 佐々木さんと視線が重なる。

 今日見せてくれていた笑顔が、そこに入る余地なんて少しもない。

 じっと、僕を見据えている。


「私の恋を、成就させてなんて、言わない」


 そうだろう。

 今の君の表情は、希望を見出そうとしている顔なんかじゃ絶対ない。

 諦めるなんて言葉じゃ足りないような、そんな表情だ。


「じゃあ、どんな相談をするの?」


 僕は問いかける。

 瞬き一つだって、今の彼女には失礼だ。


「失恋した私だけど、そんな私だけど。今だけは、こんな私を――」




             ――――慰めてくれませんか。




 その時、彼女は笑っていて。

 でもどこか不格好で。

 思わず優しくしてあげそうで。

 その小さな頭を撫でてしまいそうで。


 でも僕は、その手をぐっと押さえた。


「ごめん、佐々木さん。それは、出来ないよ」


 男子として、一人の人として、目の前でこんな表情を浮かべる女の子を放っておくことなんて出来ない。

 でも、今は違うんだ。

 今は、僕じゃないんだ。

 それは、彼女の友達でもなく、彼女の家族でもなく、ただのクラスメイトでも誰でもない。


 今、彼女を慰められるのは、今西 亮。

 彼女が好きだといった、恐ろしいほど愚かな一人の相談人だけだ。


「待ってて」


 出来れば、雨にぬれないところで。

 僕は、そう言い終えないうちに走り出した。


 こんな良い人を泣かせた、クソ野郎のもとに。

 愚かで馬鹿な、相談人のもとに。


 ◆   ◆


「何しに、来たの」


「…………」


 佐々木さんと今西くんは、川の橋の下で雨を逃れつつ、向かい合っていた。

 僕はその影に隠れて、二人の様子を窺っている。

 佐々木さんの問いに、今西くんは黙って俯く。


「どうして、ここに来たの?」


 さっきと同じような質問。

 でもちょっとだけ違う質問。


「佐々木が、ここにいるから」


 だからさっきとは違う答えが出てくる。

 今西くんは、佐々木さんの問いに今度はそう返した。


「……っ」


 佐々木さんは、拳を握りしめて震えている。


「……そうやって、期待させないでよ」


 か細い声で、そう呟かれる。

 橋の下では、それすらも拾い上げて響かせる。

 少し離れた僕のところにも、その声がしっかりと聞こえてきた。

 まず間違いなく、今西くんにも聞こえているだろう。


「…………」


 でも、言葉が見つからないのか、黙ったままだ。

 それも仕方ないのかもしれない。


 僕に恋愛相談をしたとはいえ、まさかその当日にこんな場面に直面するなんて、誰が想像できただろうか。

 ただ今だけは、出来るなら頑張ってほしいとも思う。


「ねえ、亮くん」


「なん、だ?」


「もし、私が幼なじみじゃなかったら、もうちょっと希望を持てたのかな」


「…………」


「そうしたら、私も、莉子って呼んでもらえたのかな」


「……っ」


 僕たちは彼女の零れ落ちてくる独白を聞き続ける。

 そして僕にはそれしか出来ない。

 でも、君は違うだろ?

 今西くん。


「《《佐々木》》」


 今西くんはいつもどおり、彼女の名前を呼ぶ。

 その一瞬に彼女の表情が暗くなる。


「これまで、ごめん」


 それに続く謝罪の言葉。

 それがさっきのことについてなのか、それともそれ以上の何かなのかは、僕が知る由がない。

 ただ、今西くんだからこその、今西くんの言葉だったのは確かだった。


「俺、恋愛相談しててさ」


「うん」


 今西くんは呟く。

 佐々木さんは、どうやら気付いていたようだけれど。


「その相手と付き合いたくて」


「そ、っか」


 緊張する今西くんとは裏腹に反応が薄い佐々木さん。

 仕方ない。

 もう希望なんて、無いって思ってるんだから。


「俺は、お前と昔からずっと一緒だった」


「……?」


 突然話題が変わったことに不思議そうな顔を浮かべている佐々木さん。

 それでも今西くんの話は続く。


「幼稚園から一緒で、家も隣だったし、家族ぐるみで仲が良くってさ」




 幼稚園のころなんて、最初はずっと同じ男子だと思ってたくらいで、それくらいに距離が近かったんだ。

 小学校にあがってから、周りの男子にからかわれたりして、それでもずっと友達だって思ってたから、やっぱり一緒にいたし、からかわれても恥ずかしくなかった。


 でも、中学にあがったころから、周りの男子の目が、莉子に向くようになって、なんだか少し嫌だったんだと思う。

 高校では、莉子が告白されてるのを、初めて見た。

 中学からそうやって告白されてるってのは知ってたけど、その時に初めて見たんだ。


 その時『盗られたくない』って思った。

 別に俺の彼女でもなんでもないのは、分かってたけど、それでもそう思わずにはいられなかった。


 そして気付いたんだ。

 俺はお前が

 今西 亮は、佐々木 莉子が――


              ――――大好きなんだって。

 


「…………ぇ」


 今西くんの告白に戸惑いを隠せない佐々木さん。

 そりゃあそうだ。

 振られたと思っていたんだから。


「《《莉子》》」


 僕たち三人の中で、最もその名前を呼ぶべきだった男が、初めてそう口にした。


「は、はい」


 急に改まった今西くんの態度につられる佐々木さん。

 その表情に影は残っていない。

 ただ喜び一色という訳でもなく、純粋に状況を把握しきれていないようだ。


「俺と」


「亮くん、と…………?」


 少しの沈黙。

 今西くんは、大きく息を吸った。




「付き合ってください」




 飾らない告白で、自分の気持ちを伝える。

 もっと上手な言い回しが良いとか、直接的で良いとか、そんなことは分からない。

 ただ、これまで隠してきた気持ちを伝えるためだったからこその選択だったんじゃないだろうか。


 佐々木さんは、呆けたようにその場に立ち尽くしていて。

 今西くんは顔を俯けず、その視線はずっと佐々木さんに向けられている。


「嘘じゃ、ないの……?」


 そして紡がれる言葉。

 信じられないのも無理はない。


「嘘じゃない」


 そしてすぐにそう返す今西くん。

 視線の向かう先は変わっていない。


「夢じゃ、ない……?」


「夢じゃない」


「本当なの……?」


「本当だ」


「恋愛相談、は……?」


「お前と付き合いたかった」


「私で、いいの……?」


「莉子が、いい」


 二人の会話が進んでいく。

 佐々木さんはようやく状況を把握でき始めたのか、その頬は次第に赤く染まっている。

 今西くんはというと、とうに耳まで紅葉色だ。


「私でよければ――――お願いします」


 それは告白の返事だった。

 それも今西くんが一番聞きたかっただろう言葉だ。


「う、嘘じゃない?」


 今西くんがそう確認する。


「嘘じゃないよ」


「夢じゃない?」


「夢じゃない、と思うけど」


「本当、なのか?」


「本当だよ」


「俺なんかで、いいのか?」


「亮くんがいいの」


 さっきとは立ち位置が逆になったやりとり。

 僕はそんな二人を見て、立ちあがる。

 これ以上は別に僕がいなくても大丈夫だろう。


 僕は最後に、視線を二人に移す。

 ばれないようにしつつ、指で作った輪っかを目の前に持ってくる。


『81』今西→佐々木


『80』佐々木→今西


「リア充爆発しろ」


 思わずそう呟かずにはいられなかった。





「こんなとこにいたのか、種島」


「ん、今西くん」


 昼休み、人の少ない屋上でジュースを啜っていると、突然声をかけられる。

 振り返った先には、先日の相談人が立っている。


「こんなところまでどうしたの?」


 たまにやってくる屋上は、解放されてるというのに人の少なさが目立つ場所だ。

 個人的には結構気に入っているのだけれど、周りはそうではないらしい。


「いや、ちゃんとお礼を言ってなかったな、って」


「私もねっ」


 そういうのは、突然今西くんの背後から現れた佐々木さん。

 あの時は見せてくれなかったとびきりの笑顔は、今日もかわいい。

 こんな幼なじみが彼女とか本当妬ましいなこの野郎、リア充爆発しろ。


「ほんと、種島には世話になった」


「いやいや、たった一日だけだし、僕は何もしてないよ」


 かなりな急展開が続き、僕がしたことなんてほとんど何もなかっただろう。


「いや、種島がいたから佐々――莉子とは付き合えたんだよ。本当にそう思ってる」


 佐々木と言いかけた今西くんの足を、その彼女さんが軽くふみつける。

 ざまあみろ、だ。

 まぁでも、そうやって言ってくれるのは素直に嬉しい。

 恋愛相談を受けて良かったって、本当に心からそう思う。


「種島くんにも振られたとき、私どうしようって思っちゃったよ」


「……え?」


 笑いながらそんな爆弾発言をする佐々木さん。

 全く身に覚えのないことに一瞬固まる。

 彼氏さんも驚いた顔でこちらを見てきている。


 もしかしてそれって、佐々木さんの恋愛相談を断った時のことを言っているのだろうか。

 それにしてもその言い方はさすがにまずいのではないだろうか!?


「い、今西くん? ち、ちょっと落ち着こう?」


 じりじりと詰め寄ってくる今西くんをなんとかなだめようとする。

 誤解を解くにも時間がなさすぎる。


「種島てめぇぇぇええええええ!」


 ついに飛びかかってきた今西くんをなんとか躱し、誤解を解こうと試みる。

 しかしどんどんと距離を詰めてくる今西くんにそれをあきらめる。


 ふとその時、視線の隅で佐々木さんが小悪魔みたいな可愛い笑顔で、舌をぺろっと出しているのが見えた。


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