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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
78/80

【小話⑩ー7第四王女と公爵邸~小さな大人】

【小話⑩ー7】




そんなリルディア王女にすっかり慣れてしまっているクラウス殿下は、特に気にする様子もなく王女に向き直った。



「どうやら私達は君に“一杯食わされていた”ようだな。そんなところまで父親に似なくてもよかったのに。外見以外は全て陛下にそっくりであるなどと、天はよほど私に試練を与えたいらしい」


「クラウス? “一杯食わされた”って、それどういう意味? リル、何も食べさせた覚えがないのだけれど?」


「ああ、そうか。いや、大した意味はない。子供がここまで用意周到に出来るはずもない。たまたま事の流れにリルディアの思惑が乗っかっただけだろうし、ここまで来てしまったのなら仕方がない。リルディアに合わせる事で本人の勉学への意識向上に繋がるのなら、その方がいいだろう。それでリルディアは何がしたいんだ?」


「えっとね、魚釣りがしたい!!」


「は? 魚釣り?」


「うん!お父様がね、昔、クラウスのお屋敷の近くにある川ですっごく大きな魚を釣った事があるのですって。それはもう人間もひと飲みにするくらいの大きなお化け魚で、あまりにも大きくて釣り竿の糸が切れて逃げられちゃったそうよ。リルもそれを釣ってみたい!!」



……それは陛下の『作り話』であろう。きっと好奇心旺盛なリルディア王女を楽しませる為に話を誇張して面白おかしくしたに違いない。



「リルディア、そんな大きな魚は川には存在しないよ」



クラウス殿下が事実を伝えるも、リルディア王女は首を横に振る。



「クラウスはまだ見た事がないだけよ!絶対にいるわ!お父様が仰ったの。そのお化け魚はね、光に当たるとキラキラと虹色に輝く宝石みたいな美しい鱗をしているのですって。リル、その鱗が欲しいの。そんな珍しい宝のような鱗を持っている人なんて誰もいないでしょう?」



そんなリルディア王女の純粋無垢な期待に輝かせた黒水晶の大きな瞳で真っ直ぐに見つめられ、大人達は口ごもったまま唸る。


それは陛下の『作り話』なのだと臣下である己の口からは言えるはずもなく、現実主義のクラウス殿下でさえ幼い子供が信じているものを心無く打ち砕くほど無情でもなく、かといってリルディア王女の前で嘘をつくわけにもいかない。



「え~おほん。リルディア王女。そのような人間をも飲みこむ大きなお化け魚であれば、王女まで飲みこまれてしまうかもしれませんぞ? 怖くはないのですかな?」



とりあえずここはリルディア王女に合わせて話し掛けると、王女は得意げに笑う。



「ふふん。私を誰だと思っているの? 世界で一番強いお父様の娘よ? 怖いものなんて何もないんだから。それにお化け魚なんて全然怖くない。釣り上げて全て鱗を剥がしたら丸焼きにでもしてやるわ!」



「…………」

「…………」



思わずクラウス殿下と顔を見合わせての沈黙。幼き子供の身でありながら、それに反してまるで疑わない絶対的自信と暴君めいた発言に陛下の面影が重なる。


リルディア王女の怖いもの知らずは今に始まった事ではないが、その身の危険すら顧みない絶対的自信には王女の将来に一抹の不安を覚えてしまう。



「ーーとりあえず分かった。お化け魚が釣れるかどうかはともかく、釣りに行く支度をしよう。こうしている間にも日が暮れてしまう」


「やったぁ!リルね、本当に魚釣りが上手なんだから!いっぱい釣って今日の夕食にしようよ!あ、でもその場で食べても美味しいかなあ?」


「それはどうだろうな。大抵の大きな食材は大味でたいして美味しいものではないそうだ」


「えぇ~? リル、すっごく楽しみにしてたのにぃ。じゃあ、食べるのは普通の小さい魚にする」


「ああ、それがいいな。料理長としてもその方が助かるだろう」



後半の会話は叔父と姪らしい穏やかなもので、リルディア王女はクラウス殿下の腕にくっつきながら、それこそ年相応に好奇心一杯ではしゃいでいる。どうやら王女は本気でお化け魚の“丸焼き”を考えているようだ。こんな大胆かつ豪快で破天荒な|思考は陛下とリルディア王女くらいなものである。


世間一般の貴族の令嬢というものは美容に関する事と社交界の事で頭が一杯だというのに、リルディア王女は全く型にはまらない寧ろ野生動物のような本能的な行動が多い。


だからなのか美しい容姿も相まって人を惹き付けてやまない存在感が強く、愛情や羨望などの好感を向けられる一方、反対に嫉妬や憎しみなどの悪感も向けられやすい。現に国内外で聞こえてくるものには第四王女の悪い噂も少なくはない。本当の王女はこんなにも真っ直ぐな美しい心の持ち主で、善悪に対してもただただ純粋なだけだ。


クラウス殿下の母君であるアデイル様が『リルディア王女は天より遣わされた、この世界の人間に対する“審判”なのかもしれませんわね」と笑いながら仰られていた事があったが、このような幼き子供の身に天の神託を受けるなどと、あまりにも|酷であり、我が敬愛するリルディア王女の行く末が願わくば平穏であるよう、一個人として心から望むばかりである。


それからほどなくして公爵邸の近くにある川に釣りに出掛けた我等であったが、驚く事にリルディア王女は本当に釣り関しての手際が良く、少々神経質で潔癖なところがあるクラウス殿下が触る事を躊躇していた魚の餌に使うミミズや昆虫を平然と素手で掴んで釣り針に付けると、本人の言う通り誰よりも上手に魚を釣っていた。


勿論、いくら王女が頑張ったところで大きなお化け魚など釣れるはずもなく、初めははりきっていた王女もその内、子供ながらに飽きてしまったのか、今度は浅瀬の川辺で水遊びを始めてしまったので、公爵邸に戻る頃には全員が体中水浸しになってしまっていた。


おかげで当初予定していたクラウス殿下とドレイクとの久々の男時間は皆疲れ果てていて出来なかったのだが、それでもリルディア王女のストレスが発散されたせいか、城に戻ってからの王女は今までのやる気の無さが信じられないくらいに勉学に集中し、乾いた土が水を吸収するが如く、あっという間に遅れを取り戻してしまった。



「こんな事なら初めからリルディアに合わせていればよかったのか。そうすれば余計な気苦労もなかったのだな。ロウエン将軍の言う通り、流れる水を塞き止めるばかりでは決壊した時の労が計り知れないという事を実感しました。かといって我儘を全て聞くわけにもいかないので難しいところです」



ーーここはクラウス殿下の執務室。殿下は深いため息をつきなから机の上の書類の整理を続けている。リルディア王女は勉学の時間帯で今日はまだこちらには来てはいない。



「わはは、そうでしょうとも。ですがリルディア王女は大変聡明な御方ですから、ご自分がやらねばならぬ事もきちんと理解されておられる。ですからクラウス殿下は今まで通り王女が謝った道に進んでゆかぬように、側で見守りご指導されるがよろしかろうて。リルディア王女にはクラウス殿下が必要不可欠でありますからな」



「誰もリルディアにものが言えぬ以上、それは私が天より定められた役目でもあるのでしょう。ですが、ずっとこのままというわけにもいかないのです。この先、私がリルディアの側に居られるかどうかもわかりませんし、最終的に彼女の側で見守る役目はリルディアの将来の伴侶となる者です。


ですからリルディアには出来るだけ早く、私がいなくてもいいように自分自身で物事の道理を判断出来る立派な大人になり、その伴侶と共に幸せになって欲しいと願っています」



そんなクラウス殿下の言葉に自然と浮かんだのは、果たしてそんな簡単にいくのだろうか?という念にかられた。先ほどのリルディア王女のクラウス殿下への執着は凄まじい気迫で、まだ幼き子供の身でありながら大人の女の激しい情愛すら思わせるような発言だったのだ。



ーーうぅむ。下世話な憶測は大変|不敬ではあるが、もしリルディア王女がこのまま大人になってもクラウス殿下に対して身内ではなく異性として執着していたら、一体どうなるのだろうか?


いや、実際には親子みたいな叔父と姪の関係ではあるし、無論クラウス殿下にしてもそんな事は一切考えすらもしないだろうが、陛下の性分をそのまま受け継いでいるリルディア王女だ。


それでなくとも陛下を長年側で見知っている分、陛下のその独占欲と執着はあまりに強く、普段は気分屋で一時でしか興味を持たない反面、一度想い入れてしまうと、どこまでも嵌まり込んで、どんな手段を使ってでもなりふり構わず手に入れようとする。そこには善悪すらも存在せず、そんな陛下が『暴君』と呼ばれ畏怖されている由来でもある。


たとえクラウス殿下にそういう感情が無くとも、リルディア王女が陛下と同じならば、それこそ“死なば諸共”。自分も相手も共に地獄に落ちようとも相手の意思など関係なく手中に納めようとするだろう。



ーーい、いや、そうなるとは限らない。王女は大人びてはいるが、まだまだ大人に甘えたい盛りの子供である。


父親である陛下からの溺愛に比べて子供があまり好きではないという母親の放任主義もあって、しかも母親が市井の身分で国王の愛妾という立場から貴族社会で肩身の狭い思いをしているだけに、特に自分への愛情を欲しているだけだ。複雑な環境に置かれているからこそ、その感情が人一倍強いのだろう。だからなにも不思議な事じゃない。


いずれ大人になるにつれ環境も変わり考え方も変わる。それでなくともリルディア王女は母親そっくりな容姿の絶世の美女。妻乞いなど引く手あまたで、母親の身分は低くとも関係なしに、いずれどこかの国の王族や大貴族の妻となるに違いない。それほどにリルディア王女の美貌と魅力に囚われない男はいないと今からでも断言出来る。



ーーしかし、もしリルディア王女が本気で攻め込んできたらクラウス殿下は果たして逃げ切れるのだろうか?……



そんなあれこれ勝手な憶測を心の中で考えながら唸っている我の様子を見て、クラウス殿下が訝しげに声を掛けてくる。



「ロウエン将軍? なにか気がかりな事でも?」



その声に我に返ると慌てて首を横に振る。



「ああ、いや、年を取ると色々と余計な事まで考えてしまいましてな。ーーまあ、なんにせよ、リルディア王女がお幸せなられるのが一番です。おこがまししくも我もリルディア王女の事は我が孫のように大変愛おしく思うております。


なれど殿下、他人が思う幸せが必ずしも本人の幸せとは限りません。リルディア王女が望む幸せはもっと違うところにあるやもしれませんぞ? なにしろあの陛下と同じご性分なので、他人の考えの及ばぬ先を行きますゆえ」



「ええ、それは十分に分かっています。だからこそリルディアが王女でよかったと思っています。少なくとも国の法律上、国王になる事はありませんので父親のようにはならないでしょう。


ですからたとえリルディアが王族や貴族ではない市井の人間に嫁ぎたいと申し出てきても何も驚きません。その相手がリルディアにとって相応しい相手であれば、きっと陛下も彼女の望み通りにするはずですから」



……うぅむ。やはりクラウス殿下には考えが及ばぬのだな。その“違うところ”というのは殿下ご自身の事を指しているのだが。しかしだからといってこれ以上、第三者がどうこう介入する問題でもなし。今は成り行きに任せるしかないのだろうが。



「まあ、そうでしょうな。ですが陛下がそう簡単に手放すはずもないにしろ、どのみちリルディア王女にはまだまだ先のお話。思えば“逃げるを追うのも一興”とでもいいますかな?


少なくとも我はリルディア王女の味方ゆえ、王女の悲しむお姿は見たくはないので殿下も同じ思いなのであれば、リルディア王女から離れようなどとは思わずに何があろうと傍にいておやりなされ。


結局のところ、リルディア王女から離れる事は難しいと思いますぞ? しかもかえって暴走でもされたら、国全体の問題にも発展してしまいかねませんからな」



「“逃げる”とはリルディアの相手がですか? まあ、あり得ない事ではありませんが、そんな覚悟のない者にリルディアを託せるわけがない。陛下も同じ事を思うはずです。私もリルディアの悲しむ姿を見たいわけじゃない。ですが、ずっと傍にいる事は出来ません。それでは彼女がいつまでも子供のままで自立出来ないからです。


国を守る為に最善を尽くすのが王家の人間の責任です。決して権力に傲る事なく身分問わずして民達が平和に暮らせるようにする事が、民達から支えられている王家の使命なのです。


ですが、リルディアの周りの大人は彼女を甘やかすばかりで、このままでは我儘で傲慢なだけの王女となって、人々の信頼さえも離れていってしまうでしょう。私は彼女にそのようになって欲しくはない。端からみれば私は厳し過ぎるのでしょうが、他に誰が彼女を戒める事が出来るのですか。


確かに、だからこそ今のリルディアには私は必要不可欠な人間ではあるでしょう。ですが子供は成長し、いずれは自然と大人の手を離れていくものです。その時までは私も叔父として責任を持って彼女を教育するつもりです。勿論、暴走などさせません」



「やれやれ、殿下もリルディア王女とはまた違う真っ直ぐなご気性は相変わらずですな。性質は違えどブランノアの王家の血統にはそういう御方が多いようだ。


ですがそのように“逃げ道”を自ら失くしては、いつかどこかで追い詰められてもしまいかねませんぞ? 少しは肩の荷を下ろして他人に流されてみるのも、殿下においては誰にも文句は言われまいて」



「それが出来ない性分なのです。たとえ追い込まれたとしても、それは己の招いた結果であり、己で責任を負わねばなりません。ですからそうならない為にも、普段から身を引き締めておかねばならないのです」



表情は真顔で感情の見えないまま、まるで自身を戒めるように淡々と語るクラウス殿下にはこれ以上、何を言っても頑なに否定し続けるであろう。


なにかにつけて要領のいい長兄である陛下とは正反対に、昔から本当に真っ直ぐ過ぎるくらい実直で、ご自分の感情を無意識に殺してしまうくらいに責任を重んじ人一倍他人を気遣うくせに、それを上手く伝える事が出来ない、あまりに不器用で優し過ぎる第三王子。



「殿下、リルディア王女には陛下が必要不可欠と申したが、あえて言い直せば殿下にこそ、リルディア王女が必要不可欠であると思うております。そして母君のアデイル様も殿下には陛下とリルディア王女のお傍におられる事をお望みです。


先ほどリルディア王女に、殿下にだけは一人にしないでと乞われました。実の両親でも他の誰でもなく、クラウス殿下、貴方様にだけです。それだけ殿下はリルディア王女から全面的な信頼を得ているのですぞ? たとえ王女が大人になられたとしても、頼ってくるそのか弱きお手を何故に離す事が出来ましょうか?


手離す事が必ずしも良い方向に向かうとは思いませぬ。それは決して甘えではなく、元より人間は助け合い支えあってこそ、生きてゆけるのです。勿論、誰においても責任は大事であるが、全てをがんじがらめにしてしまう事はあるまいて。上手く両立する術は殿下の兄君であられる陛下がすでに実践しておられる。そこは参考にされては|如何ですかな。


かといって陛下の全てを参考にされては臣下として大いに困るが、時に陛下やリルディア王女のように、ご自分に素直になられるのも必要であると思いますぞ?」



「…………」



そのまま押し黙ってしまったクラウス殿下の様子から、心配するあまりつい私的な内面にまで余計に首を突っ込んでしまったとは思ったものの、そうでもしないとクラウス殿下に対して助言出来る者もまた、そう多くはない。まして自分の内面に他人が無遠慮に入って来られる事自体、誰しもが嫌だろう。


もしくは師匠風を吹かせて発言した事でクラウス殿下の自尊心を傷つけてしまったのかもしれないが、実はアデイル様にはーー



『あの子の悪いところは頑固で|自尊心の強すぎるところね。私のせいでもあるのだけれど、それでも子供の頃はもう少し素直で可愛げもあったものよ。それが大人になるにつれて、あんな無愛想で感情すら隠してしまうほど堅物人間になってしまうなんて。わたくし、どこかで接し方を間違えてしまったのかしら?


けれど今となっては、いい歳をした息子に親が口出しするのもおかしいですし、それでも師匠であるロウエンの言葉ならば、頑固なあの子も少しは聞く耳を持つかもしれません。ですからロウエン、貴方が私の息子を是非教育し直して下さい。このままだとあの子は自分で自分を追い詰めて、いつか心を壊してしまうかもしれません。


ああ、臣下であるからといって、一切の遠慮はいりませんよ。あの子の悪いところはそれはもうビシビシと指摘してあげて下さいね。それでも反発するようなら私から許可を得ていると申しなさい。


ですが、あまりに突っ込み過ぎると、逆に頑なに否定して自分の殻に閉じ籠ってしまうので、そういう時はあの子に考える時間をあげて下さい。親の贔屓目から見ても、あの子はとても賢い子ですがから、きっと心のどこかで自分なりの答えを見つける事でしょう』



『ーーふふっ、こちらに呼び戻してはどうかですって? それは駄目よ。あの子は臣籍に下ったとはいえ、ブランノアの先代国王の息子であり現国王の王弟です。フォルセナ王家に生まれたわたくしならばともかく、あの子はブランノアの直系の血族ですから、あの子が出生したその時からすでにブランノア国のものなのです。


それにクラウスは長兄である陛下と姪のリルディア王女の傍にいるのが一番良いの。あの二人の傍がクラウスにとって何より自分らしくいられる唯一の居場所でもあるのですから。


それでもクラウスをフォルセナに連れて来ようものなら戦争にもなりかねなくてよ? それほどにあの子が二人から受けている愛情は計り知れないのですもの』



ーーと、申しつかっていたのである。



そんなアデイル様の言葉通り、クラウス殿下にはそれ以上何も言わずに、これから診察を受ける時間であるので退室する旨を伝えて執務室を後にした。


その時のクラウス殿下は普段通りの様子にすでに戻ってはいたが、やはり一人にして欲しいという空気がそこはかとなく立ち上っていたーー





【⑩ー終】












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