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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑩ー5第四王女と公爵邸~一枚上手】

【小話⑩ー5】




「リルディア、()かっているとは(おも)うが(はなし)がある。こちらに()てきなさい」



絶対(ぜったい)(いや)! だってクラウス(おこ)っているでしょ?」



クラウス殿下(でんか)理性的(りせいてき)淡々(たんたん)とした口調(くちょう)でソファーの(うし)ろに(かく)れたままのリルディア王女(おうじょ)()ぶも、王女は警戒(けいかい)しているのか態度(たいど)(かたく)なである。



「そう思うのなら自分(じぶん)のした(こと)(わる)いと思っているのだろう? それならきちんと(たが)いに話し()わなければならない。隠れていても無駄(むだ)だ。なにも解決(かいけつ)にはならないからな」



「リル、悪い事なんて(なに)もしてないもん! だからリルは全然(ぜんぜん)悪くない!」



一向(いっこう)に出てくる様子(ようす)がないリルディア王女にクラウス殿下の方がソファーに近付(ちかづ)いていくも、王女は素早(すばや)くそこから()げ出し今度(こんど)は大きな(まど)のカーテンの裏側(うらがわ)に隠れてしまう。


クラウス殿下は仕方(しかた)がないという(よう)(ちい)さく(いき)()くと、リルディア王女が隠れたカーテンの方に移動(いどう)するも、そのカーテンから一定(いってい)距離(きょり)()けてリルディア王女の目線(めせん)に合わせるようにして、その()(ひざ)()る。



「それなら逃げる事はない。自分の正当(せいとう)な……(ただ)しい()(ぶん)をはっきりすれば()いだけだ。(わたし)が怒っているとするならば、それは(きみ)心配(しんぱい)しての事だ。無意味(むいみ)に怒っているわけではないという事は()かっているだろう?」



「分からない! だってクラウスはいっつもリルが何かするとすぐ怒るじゃない! お父様(とうさま)母様(かあさま)は……ううん、(ほか)(ひと)だってリルの事怒ったりなんかしないんだから!」



「リルディア、私が怒るのも正しい理由(りゆう)があっての事だ。残念(ざんねん)な事に君の(まわ)りの大人(おとな)はどうしても君に(あま)くなってしまいがちで相手(あいて)子供(こども)だけについ(ゆる)してしまうが、私はたとえ子供であっても間違(まちが)った事は間違っていると言わなければならないと思っている。そうでなければ誰が君の間違いを正せる? 今ではそれを出来(でき)るのは私しかいないはずだ」



「……クラウスはリルが(きら)い? だからそんな事言うの? リルを()きな人はみんなリルに(やさ)しいのに、クラウスだけが優しくない。怒ってばっかりで意地悪(いじわる)



「嫌いなわけないだろう? 君は私の大事(だいじ)(めい)だ。優しいかどうかは人の(かん)じ方によってさまざまだから分からないが、これでも私の(なか)ではかなり君の意向(いこう)……(かんが)え方に可能(かのう)(かぎ)譲歩(じょうほ)……合わせているつもりだ。(けっ)して意地悪をしているわけではなく、勿論(もちろん)今回(こんかい)の事も君の言い分を聞いた上で私の話も聞いてくれないか?」



「………リルがお勉強(べんきょう)をしないで、クラウスに内緒(ないしょ)で隠れてお(しろ)を抜け出してロウ(じい)についていったから怒ってる?」



「まあ、それも(ふく)めてだが、まず一つは誰にも言わずに隠れて城を抜け出した事だ。君が突然(とつぜん)いなくなる事でどれだけ周りの人間(にんげん)が心配すると思っている。(まえ)にも君が“隠れんぼ”で衣装箱(いしょうばこ)に隠れて姿(すがた)が見えなくなった(とき)は、城中の人間(たち)が君を(さが)し回ってそれは大変(たいへん)だったんだ。


もしこれが君の父上(ちちうえ)母上(ははうえ)で突然(だま)って()えてしまったら、君もどこへ行ってしまったのか不安(ふあん)にもなるし心配になるだろう?」



「お父様はリルに黙っていなくなったりなんかしないわ。それに母様はいつも(ほん)ばっかり()んでいてお部屋(へや)から出る事は(ほとん)どないし、リルもまだ子供だから大人の許可(きょか)なしに外に出るのはすごく危険(きけん)だから駄目(だめ)だって言われてる」



「それが分かっているなら、どうして城を黙って抜け出すような事をしたんだ? 外の世界(せかい)は君にとって本当(ほんとう)に危険な場所(ばしょ)でもある。君の父上や騎士団(きしだん)護衛(ごえい)がついているならばともかく、君に危害(きがい)(くわ)えようとする悪い人間に出くわす可能性だってある。何かあってからでは手遅(ておく)れになる事だってあるんだ」



「だからリル、母様にはきちんと言ってきたよ? 黙って勝手(かって)に出てきたりなんかしてないもん。だってリル、どうしてもお勉強する気分になれなくて、お父様もいないからずっと外にも出られないし、クラウスだって(いそが)しいからってリルを(かま)ってもくれないでしょ?


ロウ爺と一緒にいるのは(たの)しいのだけれど、それでもずっとお城の中だけで大人しく()ごすなんてすごく退屈(たいくつ)面白(おもしろ)くないし、リル、このままでいったらきっと退屈し過ぎて病気(びょうき)になっちゃうわ!


だからロウ爺がクラウスのお屋敷(やしき)に行くって聞いた時、どうしても一緒に行きたくて、だけどクラウスは絶対に駄目だって言うから、母様にだけは言っておいたの。母様はロウ爺が一緒ならいいって。だから問題(もんだい)ないでしょ? (じつ)の親からきちんと許可を得たのだし、それにロウ爺はお爺さんだけれど国一番(いちばん)の大将軍よ。王家(おうけ)の騎士団の中でも一番(えら)い人が一緒なのに(こわ)いものなんてあるの?」



「…………」



リルディア王女の言葉でクラウス殿下は無言(むごん)のまま、その表情は(あき)らかに(かた)まっている。


リルディア王女との会話(かいわ)は子供相手であっても精神(せいしん)年齢(ねんれい)非常(ひじょう)(たか)いので、下手(へた)(とし)相応(そうおう)に子供(あつか)いをすれば(ぎゃく)主導権(しゅどうけん)()っていかれてしまう。


そんなリルディア王女を見ていると、先手必勝(せんてひっしょう)と言わんばかりの有無(うむ)を言わさぬ布石(ふせき)で相手の(うえ)を行く『一枚(いちまい)上手(うわて)』な戦法(せんぽう)は陛下がよく取られる戦略(せんりゃく)方法(ほうほう)でもあるが、こんな幼い子供がそれと同じ事をするなどと誰が想像(そうぞう)つくであろうか? 王女本人(ほんにん)には意図(いと)してそれを行使(こうし)しているようには見えないものの、その天性(てんせい)知性(ちせい)の高さには毎度(まいど)(おどろ)くばかりだ。


それを()まえた上でクラウス殿下もリルディア王女に対して精神(せいしん)年齢(ねんれい)に合わせた対応(たいおう)を取っているのだろうが、今の会話(かいわ)ではリルディア王女に軍配(ぐんはい)が上がっている。


(おのれ)で言うのもなんだが、確かに自身は引退(いんたい)こそすれ、かつては先代(せんだい)国王(こくおう)左腕(ひだりうで)であり、王家騎士団を(たば)ねる筆頭(ひっとう)の第一騎士団隊長(たいちょう)。そしてブランノアの鬼と呼ばれ諸国(しょこく)からも畏怖(いふ)されていた唯一(ゆいいつ)、大将軍の役職(やくしょく)(たまわ)っている存在(そんざい)である。


そして先代国王の王子(おうじ)達の教育係としての役目(やくめ)(にな)っていただけに、クラウス殿下におかれては、王家にとって一家臣(いちかしん)でしか過ぎない(われ)をいまだ師匠(ししょう)として敬意(けいい)を込めた丁寧(ていねい)な態度で(せっ)して下さっている。


しかし今では大将軍などと(むかし)の姿に見る(かげ)もなく、片足(かたあし)障害(しょうがい)を持ち昔の栄光(えいこう)だけが色濃(いろこ)(のこ)っているだけの()いたこの身で、()たして()が国の第四王女を悪漢(あっかん)から(まも)(とお)す事が出来るのかは心許(こころもと)ないのが事実。


確かに長年(ながねん)(つちか)った知識(ちしき)技術(ぎじゅつ)ではその(へん)(わか)い騎士達に()ける気はしないが、体力(たいりょく)的には老いには(さか)らえない。しかも非常に(てき)(おお)い陛下の身内は(つね)(いのち)危機(きき)(さら)されていてもおかしくはない状況(じょうきょう)で、まして第四王女は特に陛下の寵愛(ちょうあい)一身(いっしん)()けている事によって尚更(なおさら)(ねら)われる可能性が(もっと)も高い王女である。


それをクラウス殿下も当然(とうぜん)分かっているはずだが、リルディア王女に我が一緒にいて怖いものがあるのかと()われてしまえば、大変義理(ぎり)(がた)礼節(れいせつ)(おも)んじるクラウス殿下の事である。大将軍としての我の名誉(めいよ)を重んじるが(ため)に、王女の言葉を否定(ひてい)するような発言(はつげん)は出来ないのであろう。そんな我もロウエン一族(いちぞく)代表(だいひょう)する(もの)として、己の職を卑下(ひげ)するような態度を(しめ)す事は出来ない。


するとしばらくの沈黙(ちんもく)(のち)、クラウス殿下が片手(かたて)(ひたい)()てて何かを()()るように小さなため息と(とも)(くち)を開く。



「そうだな。実の母親とロウエン将軍がいて外出条件(じょうけん)(そろ)っているともいえる。そして君の性分を熟知(じゅくち)しているつもりでしていなかった私に()ち度があるのだろうな。


その時の気分によって意欲(いよく)左右(さゆう)されるのは陛下で十分(じゅうぶん)に身に()みて分かっていたはずなのに、それをいくら反対(はんたい)したところで無駄に()わるのを失念(しつねん)していた。しかも勉強を強制(きょうせい)的にやらせたところで、やる気のないリルディアにはかえって非効率(ひこうりつ)的で逆に不満(ふまん)(つの)らせる結果(けっか)になってしまったようだ。どうやらこの結果を(まね)いたのは私自身だったのかもしれないな」



クラウス殿下はやや自重(じちょう)気味(ぎみ)に言葉を発しながら、それはリルディア王女に向けてではなく己自身に向けている言葉であるようにも聞こえた。



「殿下は大変よくやっておられますぞ! 殿下ほどリルディア王女の行く(すえ)を心からご心配なされているお方を他には存じあげません。リルディア王女にとって殿下は無くてはならない唯一の存在ゆえ、たとえそのお心が今は相手に(とど)かずとも、きっとその内届くはず。ですからどうかお気落ち()されますな」



口出し無用と言われてはいたが、これはクラウス殿下への激励(げきれい)を込めた言葉なので問題はないだろうと声を掛けると、クラウス殿下の口許(くちもと)(かすか)かに苦笑(にがわら)いを()かべたように見えた。


そしてそんなクラウス殿下の様子が気になり(はじ)めたのか、リルディア王女がカーテンの(うら)に体は隠したまま(かお)だけを出している。



「クラウス、どうしたの? 元気ない? それってリルのせい? でもリル何も悪くないから! 確かにクラウスの言い付けをやぶってお勉強をサボったのは、ちょっとだけ悪いとは思っているけど、サボらないなんてきちんと『約束(やくそく)』したわけじゃないし、今日は本当に全然やる気がしないの。だから無理。何を(おし)えられても頭に入らないんだもん」



「ああ、分かっている。勉強をサボった事に(かん)してはもういいから。君は(かしこ)いから勉強の(おく)れはいつでも取り戻せる。だが、どうしても見過ごす事が出来ないリルディアの悪い所はまだあるよ。それは衣装箱に隠れて城をこっそり抜け出した事だ。それが一番悪い事であるのは分かるか?」



「う~ん。やっぱり悪い事なの? 母様には「いいわよ」って許可されたのに?」



「君の母君が城を出るのに衣装箱に隠れて行くなどと話してはいないだろう? もしそんな話であれば君の母君がそれこそ(ふた)返事(へんじ)で許可するわけがないからな」



「だ、だってクラウスに見つかったら怒られると思ったから、見つからないようにするには隠れるしかないじゃない」



「そうだと思ったよ。だけどそれでも君が先ほど話した理由を私にも話てくれていれば、私も君の母君と相談(そうだん)した上でロウエン将軍と一緒に行く事を許可していたと思う。私が反対していたのは、君が今まで勉強を(おろそ)かにしていた事に(くわ)え「勉強なんて嫌だ」「退屈だから出掛けたい」の一点(いってん)()りでその部分(ぶぶん)しか主張(しゅちょう)しないから(たん)なる我儘(わがまま)であると判断(はんだん)したからだ」



「え~本当に? クラウスはすぐに駄目だって言うから何を言っても駄目って言われると思ったし、リルだってお勉強の後のご褒美(ほうび)()てがたいけれど、それより今すぐ出掛けたかったんだもん。それにクラウスだってどうしてかなんて聞いてはこなかったでしょ?」



「それは私も悪かった。今度はきちんと話を聞くようにする。けれど、どんな理由においても隠れて城を抜け出すというのはさすがに関心出来るものではないよ。


リルディアの姿が見えない事を聞いて君の母君に確認するまでの間に、どれだけ周囲に心配を掛けたのか考えてもみなさい。それでなくても陛下が留守(るす)の間に君や君の母君の身に何かあっては大変な事になる。私も陛下から留守の見守りを頼まれている以上、責任があるんだ」



「ふぅん? リルは(した)しくない他の人の心配なんてどうでもいいよ」



「リルディア、いくら親しくなくても自分を心配してくれている人達に対して、そういう言い方は良くない事だ」



「だって親しくない人を心配する意味が分からない。それって本当に心配しているの? 単にお父様が怖いからじゃないの? それに周りの貴族なんかみんな口先だけの(うそ)つきばっかりだし(へん)(こび)びてきて気持ち悪い。リルそういうの大嫌い」



そんな幼き王女のの口から()び出したのは、王女の周囲を取り()く貴族社会(しゃかい)の人間達への率直(そっちょく)過ぎる嫌悪感(けんおかん)だった。周りの大人達はそれぞれに思うところがあるのかリルディア王女を直視出来ずにいる中、クラウス殿下だけが真っ直ぐに見つめてはいた。



「リルディア、全ての人間が悪い人ばかりじゃない。君はまだ知らないだけで本当に親しくなくても心から心配してくれている人間もいるんだよ。今はまだ分からなくても、いつかきっと分かる()が来る。だからそういう人脈(じんみゃく)大切(たいせつ)にしなさい」



「ふ~ん。変なの。他人の心配するなら自分の心配すればいいのに」



「………まあ、考え方は人それぞれだからな。それはさておき、リルディア。そろそろ隠れるのはやめて出てこないか? 私はもう怒ってなどいないから、こちらにおいで」






【⑩ー続】



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