【小話⑩ー4第四王女と公爵邸~無邪気な脱走】
【小話⑩ー4】
そしてクラウス殿下はリルディア王女が隠れているソファーではなく、王女が入っていた衣装箱に近付いて行くと、なにやら中身を確認している。
「殿下、その衣装箱にリルディア王女が隠れておりました。本当によくご無事でいらしたと神に感謝しておるところです。もし一歩でも違えれば窒息されてお命も危うかったかもしれぬのに、それを考えると老いぼれの身とはいえ、今でも生きた心地がしませんのじゃ。此度の事は謝っても許される事ではないにしろ、本当に申し訳ございません」
ーー本当に危ないところであった。それでもまだリルディア王女のお体が小さかっただけに、なんとか空気がここまで持ったのであろう。それでなくとも荷物が馬車の外に積んであっただけに、誰にも気付かれる事もなく王女が死んでいたとしてもおかしくはない状況で、これだけ肝を冷やしたのは初めてだ。戦で敵陣に突っ込んだ時でさえ、こんな風に思う事は無かったというのに。
己の失態の申し訳なさで更に深々と頭を垂れると、クラウス殿下はそれを制止させるように片手を上げる。
「ロウエン将軍、貴方がそこまで責任を負う必要はない。いずれこうなる事は“想定済み”だった」
「は? “想定済み”ですと?」
思わぬ言葉に聞き返すと、クラウス殿下は浅いため息混じりに話を続ける。
「リルディアが衣装箱に隠れるのはこれが初めてではないという事です。以前にリルディアは城内で遊んでいて突然行方不明になった事がありました。そして城中の皆が総出で必死に探した結果、衣装箱の中で眠っていたところを発見したのです。
なんでも衣装箱に隠れている自分を皆が探している様子を見て、いつ見つかってしまうのかが面白かったらしく、その内に眠ってしまったのでしょうね。子供ながらにそれがどんなに大変な事態だったのかも知りもせずに、それはもうぐっすり熟睡だったそうです。
おかげで陛下が半狂乱になって城内及び国境全てネズミ一匹逃がさぬよう徹底的に閉鎖し、もし誘拐犯がリルディアに砂粒一つでも傷を付けたものなら何者であろうと関係なく、その場で即刻引導を渡せとの勅命まで下しました。
そして城内中をしらみ潰しに探した事もあり、幸いにしてリルディアは誘拐されたわけではなく、衣装箱の中で眠っていたところを彼女の母君が発見されたのですが、どうやら本人の感覚では子供の遊びでよくある“隠れんぼ”のつもりだったらしいですね」
それを聞いて唖然とする。
「いやはや“隠れんぼ”ですか……王女一人に対し探す側が城中の人間達とは、もはや子供の遊びの範疇を超越しておりますな……いや、陛下の御子であるからこそあり得るのか」
まさに壮大な“隠れんぼ”である。まさか子供の遊びが下手をすれば国中を巻き込む大事態になるところだったとは。しかも以前にも王女が此度のような危険行為をおこなっていたのだという。
リルディア王女の性格は父親である陛下にそっくりで、自由奔放かつ何事にも束縛されない、良く言えば『天真爛漫』悪く言えば『傍若無人』まさに自分の本能のままに行動する野生動物のような性質だけに『善』も『悪』も彼等にとっては紙一重のようなもので、世間でいうところの常識は全く通用しない。
しかもこの親子は大変聡明で頭が切れるところまで同じで、他人に対しても敏感かつ好き嫌いがハッキリしているだけに、自分の側に置く人間はごく限られている。だからなのか時折、わざと他人の心を試して弄ぶような事もあるだけに質が悪くも純粋である。
「ええ、ですからそれ以来、陛下は城内において衣装箱のみならず、子供がいかにも入れそうな箱は全て空気穴を開けてあるもの以外、一切持ち込めないように命を下しました。ですので将軍の元々の衣装箱等も、こちらの指定の衣装箱に替えられたはずです。
いくらリルディアに言い聞かせたところで、幼い子供の好奇心からまたやりかねないとの安全面からでしたが、まさに陛下の読み通りに功を奏したようです」
確かに城内に入る際には必ず荷物検査がある。そしてこの時、初めて持ち込んだ衣装箱等を全て王城指定の箱に移し替えるよう伝えられていた。なんでも『安全面』からだと言うので、やましい事など一切無いので特に気にも留めずに言われるがままに任せていたのだが、
その『安全面』とは危険物や敵の侵入の心配からではなく、リルディア王女の安全面からであったのかーーと、第四王女の性質をよく知るだけに妙に納得してしまう。
ちなみに荷物検査は城内に入る時だけで、城内から出る際には簡単な目視だけで省略される為、このような事態になってしまったのだ。
「さすがは陛下の洞察力ですな。やはり似た者同士の行動は当人達が誰よりもよく分かるという事ですか」
そんな陛下の優れた洞察力や危機管理能力の高さに改めて感心していると、クラウス殿下の表情は変わらず険しいままだ。
「そういう事であったにしても危険な事には変わりありません。子供だからこそ、その場でしっかりと認識させなければ、また同じ事を繰り返した時に同じく安全だという保障はどこにもないのです。今回にしてもたまたま運が良かっただけかもしれません。ですから今から私がリルディアと話している間は口出しを控えて頂けますか?」
どうやら我がリルディア王女を庇う事を見越して先に釘を刺されてしまったようだ。そんなクラウス殿下に対し一礼すると後方に控えていたドレイクの隣で殿下達を見守る事にした。結局のところリルディア王女を根気よく説得出来るのは陛下とクラウス殿下以外にはいないのだから。
【⑩ー続】




