【小話⑩ー2第四王女と公爵邸~無邪気な脱走】
【小話⑩ー2】
そんな周りの人間達が口を開いたまま驚愕している中で、衣装箱から出てきた第四王女は空に両腕を上げて、その小さな体を大きく伸ばしてしている。
「あ~空気がおいしい! リル、もう箱の中に入るのやめようっと。暗いし狭いし体もコチコチに固まっちゃう」
それを見て、ハッと我に返ると慌ててドレイクと一緒にリルディア王女に詰め寄る。
「リルディア王女! ご無事か!? どうしてこのような箱の中に?」
「これはなんとした事! リルディア様! 息が苦しいとか、どこかお体の痛いところはございませんか!?」
「あ、ごきげんよう、ドレイク。リル遊びに来ちゃった。んん、ロウ爺、どうしたの? 顔が面白いよ?」
そんなリルディア王女は何事も無かったかのように無邪気な笑顔を向けてくる。一方、我等の方は思考回路がおぼ付かず、目を丸くするばかりだ。
「リルディア王女! 「どうしたの? 面白いよ? 」ではありませんぞ? どうしてこんな箱の中に入っていたのか! しかも下手をすれば窒息して死んでしまっていたのですぞ!?」
しかしこちらの心配も他所に王女は少し首を傾げただけだ。
「ロウ爺、顔が怖いよ。“ちっそく”ってなに? それにリル、死んでないよ?」
それにはドレイクが王女の皺になったドレスを直しながら答える。
「リルディア様、“窒息”とは息が出来なくなるという事です。人は息が出来なければ死んでしまうのですよ。それよりも本当にどこか苦しいところはございませんか? お体に痛いところは?」
リルディア王女は首を横に振る。
「ううん、全然大丈夫。苦しくないし痛いところもない。だけどちょっとだけ体がコチコチになっちゃった」
「少し具合を見ましょうか。リルディア様、お体に触れる事をお許し下さい」
そう言って医術知識のあるドレイクは、壊れものを扱うかのように慎重かつ優しく王女の腕や足の間接を確かめている。
「拝見した限りでは大丈夫なようですが、念のため後程、侍女にも再度詳しく調べさせましょう。しかしリルディア様、どうして箱の中に入っておられたのですか? そんな事をせずとも閣下とご一緒においで下さればよかったでしょう?」
それを聞いてリルディア王女はこちらの方をチラリと見てから、自分の足元に視線を向けて片足を蹴る。
「だって、クラウスが駄目だって言うんだもん。今日は一日お部屋で勉強しなさいって。だけどリル、やっぱりどうしてもロウ爺と一緒に行きたかったから、誰にも見つからないように箱の中に隠れて来たの」
「リルディア様のお気持ちは分かりますが、リルディア様が急に城からいなくなってしまっては、皆がすごく心配なさいます。もしかすると今頃、城中で大騒ぎになっているやもしれません。ですからこのように皆に黙って城を抜け出すのは大変いけない事です」
「そうですぞ、リルディア王女。まして箱の中に隠れてなどあってはならない事です。どうしても行きたいのであれば、もう一度クラウス殿下にきちんとお話されたら良かったのです。さすればこのような事をなさらずとも普通に来れたでしょうに」
そんな大人二人に嗜められて、王女の頬が不満げに膨れた。
「あ~あ、お説教? 大人は直ぐになんでも駄目だって言うけれど、子供にだってちゃんと意思はあるのよ? リルは今日はお勉強よりも外に出掛けたい気分なの。だってこんなに良い天気なのにお部屋に閉じ籠ってなんて、お化けになっちゃうわ。それにクラウスに話したところで通じる相手だと思う? クラウスの性格は二人もよく知ってるじゃない。だからもうここは『強行突破』しかないのよ」
「………王女、『強行突破』の意味をご存知か?」
リルディア王女が実年齢より大人びているのは分かっているが、『窒息』の意味が分からないのは幼い子供であればこその当然にしても、解せないのは更に難しい『強行突破』をさも当然のように使っている事だ。だから敢えて聞いてみると、王女は不思議そうに首を傾げている。
「ん? 意味って、力ずくで正面から突き進む事でしょ? お父様が一番好きな言葉なの。当たって砕く時の快感はそれはもう最高に気分が良いそうよ。リルもそういうの好きよ」
「……………」
思えば確かに陛下が非常に好まれる格言ともいえる言葉ではあるが、まだ幼い子供が好む言葉ではないーーさすがは陛下の御子ゆえか。
「えーおっほん。しかしリルディア王女。それではクラウス殿下とのお約束を違えてしまう事になるのではないですかな? 確かお勉強をしっかりやり遂げれば、殿下とお出掛け出来ると聞きましたぞ?」
リルディア王女はクラウス殿下にならって嘘をつかないのだと聞いている。しかしやはり子供なので、それも無理があるだろう。と思っていると、リルディア王女はニッコリと愛らしい笑みを浮かべた。
「ううん。リル、『約束』はしてないよ。クラウスにはリルがきちんと言うことを聞いてお勉強が出来たら今度城下町に遊びに行きたいーーって言っただけ。クラウスも時間が出来たらなって。だからこれは『約束』じゃないでしょ? だって『約束』なんて言葉、一言も使ってないもん。
それにリル、嫌な事は絶対にやりたくないから、そんな事言われても無理だし、守れそうもない『約束』なんてしないよ」
今頃ながら本当にこれが幼い子供の言動かとも思う。まるで小さな子供の姿をした大人を相手にしている感覚だ。王女は大人社会に身を置いている事もあって早熟なのは仕方なきにしても、陛下ゆずりの聡明さがここまではっきり見えると、時折どう接すればいいのか困ってしまう。それを考えると陛下やクラウス殿下の王女への対応力は身内なだけあって感心するところだ。
「ですがリルディア様。やはり黙って城を抜け出すのはいけません。きっと今頃、皆がリルディア様をお探しているはずです。取り敢えず、リルディア様がこちらにおいでになれている事を直ぐに城に使いを出しますので、今後はきちんとクラウス様とご相談してからにして下さいね。クラウス様も理由があればちゃんと聞いて下さいますから」
そんなドレイクの服の裾をリルディア王女が引っ張る。
「ドレイク、大丈夫だよ。リル、ちゃんと言ってきたもん。だから黙って出てきてないからね?」
「え? そうなのですか?」
「うん、だから大丈夫だよ」
「リルディア王女、言ってきたとは一体誰に? まさか王女の脱走を手助けする者がいるとも思えんがーーー」
ドレイクと共に首を傾げつつも問いかけると
「ちゃんと母様に言ってきたから大丈夫。リルがロウ爺と一緒にクラウスのお屋敷に行ってくるって言ったら、「あら?そう。行ってらっしゃい」って」
「……………」
「……………」
ドレイクと顔を見合せ、しばしの沈黙。
「し、したがリルディア王女が箱の中に隠れるなどとは母君が知っていたわけではあるまいて」
「うん、そこまでは言ってない。母様からも特に何も聞かれなかったし、「お屋敷の皆のお仕事の邪魔しちゃ駄目よ~」くらいしか言われてない。だからクラウスに言わなくても母様には出掛ける事をお話してあるからいいよね? だって自分の実の親だもん」
確かに母親に許可を取っていれば何も問題はない。けれどその出掛ける手段を聞けば卒倒するかも知れないがーーまあ、あの母親なら大丈夫か。
それ以上、王女に掛ける言葉が見つからずにいると、ドレイクが小さく息を吐く。
「取り敢えず分かりました。いつまでもここで立ち話をしていても仕方ありません。ひとまず屋敷の中へお入り下さい。閣下、後はクラウス様にお任せしましょう。我々では難しいですから」
「確かにな………我等では太刀打ち出来ん」
ーーそうして間もなくして、クラウス殿下とその護衛騎士達数名が馬車ではなく急遽早馬で戻ってきた。
バタバタと侍女が走ってきて主人の帰りを知らせにくる。
「トロメイン様! ご主人様が今しがたお戻りになられました」
それを聞いてドレイクが慌てて玄関ホールに向かう。すると早馬で駆けてきたので幾分髪を乱した状態の公爵邸の主が険しい表情で戻ってきた。
「お帰りなさいませ、クラウス様。お早いお着きでございましたね。先ほどこちらの使いの者を走らせたのですが、どうやらすれ違いになったようです」
「いや、途中で合流した。大体の事情は聞いている。リルディアはいるのだな?」
「はい、あちらに。ですがクラウス様、あまりお叱りになられませぬよう。何分お子様ですので分かっておられないのです」
「そうやって甘やかすのは本人の為にはならない。特にリルディアに苦言出来る者は数少ないのだから」
そうしてドレイクと共に姿を現した殿下を見るなり、リルディア王女はソファーの後ろに隠れてしまう。
「ーーリルディア」
【⑩ー続】