【小話⑩第四王女と公爵邸~老将軍と執事頭】
【小話⑩】
ージェノーデン公爵邸ー
「これはこれは!ロウエン将軍閣下、お久しゅうございます」
「おお!ドレイク=トロメイン。久しぶりだな。相変わらずの健在で喜ばしい限りよ!」
故郷ブランノア国に帰郷して落ち着いた頃、ジェノーデン公爵家を訪れると、公爵家の筆頭執事頭のドレイクか大変驚いた様子で我の来訪を出迎え、見ると他の屋敷内の者達も慌てて、まるで独楽鼠のように忙しなく働いている。
「お迎えが遅れました事、大変申し訳ございません。ですが、事前にこちらにおいでになられる旨をご一報下されば、わたくし共も準備が整いましたのに、本当に突然で驚きました」
「ふははは、それこそが我の狙いよ。親しき相手に堅苦しい挨拶など、どうにも好かんからな。それに出迎えの準備など一切必要ないから気にするな」
してやったりとばかりに豪快に笑って見せると、ドレイクはそこは執事の鏡ともいえる丁寧な|接客態度を見せるも、一瞬その眉間がピクリと動いたのは見逃さない。
「そういうわけにもまいりません。天下の大将軍閣下に対し、何かしら失礼を働いては、我等公爵家に仕える者として、我が主に顔向け出来ません」
そう言ってドレイクは恭しく頭を下げるので、やれやれとばかりに片手を振る。
「おいおい、ドレイクよ。しばらく会わんうちに益々堅物化しとらんか? 本来、人は歳を重ねると丸くなるものなのだぞ? それに天下の大将軍などと所詮は過去の遺物よ。今ではただの隠居老人にしか過ぎん。だからそう堅苦しくするでない。楽にしろ楽にな」
するとドレイクは頭を上げて小さく肩を落とす。
「仰られます通り、貴方様は随分と丸くおなりになられた様です。それでも現役の頃は大変厳しい御方でしたのに、今ではどこか陛下のご性分を彷彿としてなりません」
「わはは、それは仕方ない。飼い犬は主に似るものだ。そういうお前も主にそっくりではないか。ーーだが少し違うな。我に関しては陛下に感化されたというよりも、リルディア王女に感化されたのだな。王女の聡明にしてあの愛らしさを前にして、どんな豪傑であろうと手持ちの武器が忽ち甘い飴菓子に変わってしまうだろう? 事実、お前もお前の主もすでに王女に『骨抜き』ではないか」
殿下同様、お前もリルディア王女が可愛くて仕方ないくせにーーと視線で語りながら含み笑いを浮かべてドレイクの反応を見ると、ドレイクはさすがともいうべく平静もそのままに再び頭を下げる。
「私が我が主に似ているなどと、大変恐縮でございます。ですが失礼ながらお言葉を返させて頂きますと、『骨抜き』ではなく侍従の一人として王族に対し敬愛を示しているとご理解下さるよう。また我が主におかれましても王女の叔父君として尚の事、教育熱心なのでございますよ」
「ふん、相変わらず体裁ばかり取り繕ってからに。まあ、お前は侍従の教本みたいなヤツだからな。本音は酒が入ってから聞く事にしよう。お前の仕事が終えたら今晩、晩酌に付き合ってもらうぞ? 積もる話もあるしな」
するとドレイクから諦めたような吐息が微かに漏れた。
「かしこまりました。それでは今晩はこちらに寝所をご用意致します。因みに王城への連絡はお済みでしたでしょうか? よろしければ、こちらから王城に連絡を走らせますが」
「ああ、それは大丈夫だ。こちらに来る前に連絡しておいた。クラウス殿下も執務を終え次第、公爵邸にお戻りになられるとの事だから、今晩は久々に三人で飲み明かすぞ。それにアデイル様のご近況も知りたいだろう?」
「はい、是非ともお伺いしたく存じます。アデイル様はお変わりなき様でございますか? クラウス様同様に、わたくしにも親書を送って下さるのですが、やはり手紙だけでは知り得る事も限られてしまいますので心配ではあるのです」
「わはは、あの御方はどこにいらしても変わらぬよ。最近など農園作りに精を出しておられて大変お元気だ。おかげて周りがヒヤヒヤさせられておるわ」
それを聞いたドレイクはゆっくり首を横に振る。
「それは将軍閣下にも通じる事でございますよ。失礼ながら閣下もご高齢であられるのですから、あまり無理をなさらない様、ご自愛下さい。クラウス様もわたくし達も閣下のお体を心配しているのです」
その言葉に思わず自分の頭をガシガシと掻く。
「まったく、どれもこれも我を年寄り扱いしおってーーと言いたいところだが、実はリルディア王女にも無理をするなとガッツリとお叱りを頂いてだな。しかも我の不注意な発言でお泣かせさせてしもうた。さすがに我も深く反省したわ」
するとドレイクの目が見開かれ表情も険しくなる。
「閣下!? リルディア様をお泣かせしたと? いったい何を仰ったのです?」
「ああ~いや、どうやら我が病気で死んでしまうと思われた様でな、医者を呼ぶと言って、止めに入った殿下までリルディア王女に責められるわで大変だった。勿論、殿下が宥められて誤解は解けたものの、その殿下には睨まれるしで、怖いのなんので参った参った」
「閣下、そのような呑気な事を仰らないで下さい。まだクラウス様だから良かったのですよ? これがもし陛下であったなら事態は大変な事になっていたのですから」
「わはは、そこまで深刻なものではないわ。まあ、陛下とくれば、しばらくは王女に面会する事を禁じられるか、もしくは数日の王城への出禁くらいはあるかもしれんが」
ドレイクは小さく息を付く。
「閣下だからその程度で済むかもしれませんが、しかし周りはそうはいきません。あの陛下の不興を買えば王城に従事する者をはじめ、臣下達にも影響が出るのは閣下もご存知のはず。そんな陛下の間に入らなければならないクラウス様のご心労をお考え下さい」
「おいおい、お前の主はそこまで軟な男ではないぞ? 幼少の頃より我が武芸はもとより精神面の方もしっかりと鍛えておるでな。なにより陛下が自らお育てされてきた弟君だ。並みの人間よりも肝が据わっておるわ」
「ですが、クラウス様は陛下とは違って昔から少々神経質なところがございます。それが年を重ねるごとに益々過敏になられてきて、今では感情を表に出される事も希薄になり、笑う事すら少なくなりました。幼少よりお側でお仕えする身としては心配なのです。このままでいくとクラウス様の人としての感情が失われていくのではと」
そんな不安げなドレイクの肩をポンと叩いた。
「ドレイク、人は苦労するほど大きく成長するものだ。ましてクラウス殿下は王家の人間、民を背負って立たねばならぬ存在。誰よりも強くあらねばならない。だからこそ感情的であってはならぬ時もある。人の上に立つものは時に己の感情を押し殺してでも無慈悲にならねば守れないものもあるのだ。
だから我もそうやって、これまで沢山の命と引きかえにこの歳まで生き延びてきた。罪の意識は勿論ある。しかし後悔はしない。それによって大切なものを守る事が出来ているからだ。
陛下はそれを踏まえた上で、己と王家の責任を上手に両立出来ているのだろうな。それでなくとも陛下は幼少より非常に聡明であり要領も大変良かった。勿論、クラウス殿下におかれても真面目で勤勉かつ大変賢い御方ではあるが、その責任感が人一倍、いや二倍くらい強すぎて、どちらか一つしか選べんから己には特に厳しくなる。
だから今のクラウス殿下は王家の人間として、立派にご成長されたお姿だと思っておる。だが、決して人としての感情を失われておいでだとは思わない。本来の殿下はお母上のアデイル様のように大変慈悲深くお優しい御方だ。そして不器用な御方でもある。だからこそ周囲からの誤解も受けやすいのだがな。まあ、それはお前が一番よく分かっているだろうから、我が言うのも大きなお世話だな」
「いえ、とんでもありません。ありがとうございます閣下。そうですね、クラウス様は陛下や閣下に支えられて本当にご立派にご成長なされました。たとえ昔と比べ感情表現が希薄に見え様とも、根本的なお優しいご気性は何一つお変りありませんのに、お恥ずかしいことに長年に渡り殿下のお側でお仕えしているわたくしが気弱な事を申しました」
「なあに、それだけお前も年を取ったという事だ。子供というのは大人が心配するよりも意外に大人なのだぞ? リルディア王女を見てみろ。まだ10にも満たない年齢で、すでにそこらの大人よりも賢く聡明で、そのお言葉には毎度驚くばかりだ」
「はい、おそらくリルディア様に敵う者は、この国にはいらっしゃいません。リルディア様は本当に天真爛漫で常に周囲を引き込むので、こちらもおちおちしてもいられません。
まさに奇想天外とも申しましょうか、常識に囚われぬ分、無茶な事もなさいますのでクラウス様も大変ご心配されておいでなのですが、陛下同様のご気性なだけに説得するのにもかなり難しい様ですね。
ですがそんなリルディア様とご一緒の時のクラウス様は本来のクラウス様の姿に戻られる事もあり、リルディア様には本当に感謝しているのです」
「わはは、たとえクラウス殿下とて真実の鏡でもあるリルディア王女を前にいくら仮面を被ろうとも、すぐに剥がされてしまうわ。まさに陛下の最高傑作にして天下最強の武器だな」
「いかにも騎士である将軍閣下らしいお言葉ではありますが、王女に対して武器などと比喩するのは如何なものでしょうか。しかも閣下がこちらにおいでになられている事をリルディア様はご存知なのですか?」
「ああ、それなんだがな、我が公爵家を訪問すると聞いてリルディア王女も一緒に行くと仰ったのだが、近頃陛下が留守にしている事もあって、勉学をサボっていたのがクラウス殿下の耳に入った様でな、本日はその分しっかりと勉強する様、殿下から言い渡されて現在部屋で軟禁状態にある」
「はあ……軟禁ですか。確かにクラウス様は教鞭を執っておられるだけに、そういう事には尚の事厳しいですからね。ですがリルディア様がよくそれに大人しく応じられたものです」
「いやいや、あのリルディア王女が大人しく応じるわけがないだろう? 初めは頑なに嫌がった。けれどそこは殿下ならではの王女との取引でな、今回言う事を聞いてしっかり勉強出来たならば、今度、王女の行きたい|場所に一緒に連れて行くとの交換条件で納得されたらしい。まあいわゆる『飴と鞭』というヤツだな」
「リルディア様もそういう所は歳相応に子供らしいですね」
「わはは、大人の常套手段でもあるな。子供に言う事を聞かせるには、物で釣るのが一番手っ取り早い」
などと二人で会話をしていると、間を見計らって背後から自分の従者の一人が遠慮がちに声を掛けてきた。
「ロウエン将軍、お話し中に失礼致します。実はあの、馬車の積荷の内の一つが何やら様子がおかしいのです」
「おかしい?」
「はい、ですから将軍にご確認頂けましたらとーー」
そんな従者と共に公爵邸の前に留めてある馬車に戻ると、城から積んできた荷物が下ろされており、その中の一つの大きな衣装箱を他の従者達が囲う様にして警戒している。
「将軍、先ほどこちらの荷物から妙な音が、まるで何か生き物が入っている様な気配がしてーー」
「生き物だと?……お前達は我の後ろに下がっておれ」
「し、しかし将軍、危険です! もしこれが狂暴な生き物、もしくは刺客であったらーー」
「ふん、この我を誰だと思っている。隠居の身とて、この程度で臆しているお前達よりはずっと腕が立つわ!」
そして心配げな表情の従者達を煩わしそうに後ろに追いやると、帯剣していた剣でその荷物の端をココンと突く。すると確かに微かに音がする。
「将軍閣下、従者達の言う通りです。むやみに開けるのはお待ち下さい。直ぐに屋敷内の警備の者を招集致しますので」
そんなドレイクが素早く屋敷の者に指示を出しているのを尻目にして待つ事もなく、再びその荷物を小突きながらフッと不敵な笑みが自然と浮かぶ。
「ククッ、いつの間にこんな小癪な真似をーーそれとも我を片足の老いぼれ爺と侮っての所業か。狙いは我かもしくは公爵家か、身に覚えがありすぎて笑えぬわ。まあ、どちらでもよい。このような幼稚な仕掛けを施すようでは大した輩でもあるまいて。せいぜい暇つぶしに遊んでやるわ」
「将軍!?」
「閣下!?」
慌てる周囲を他所に意気揚々と剣で荷物の留め金を外して蓋を開けた瞬間、その場にいた一同が大きく目を見開いたまま動作も表情も固まりついていた。
「ふぁぁ~やっと着いたの? もぉ~この中暇だからリル、寝ちゃってたよ。でもこれでやっと体が伸ばせる~ それにもしこのまま開けてくれなかったらどうしようかと思っちゃった」
「リ、リルディア王女!!?」
「リ、リルディア様!!?」
【⑩ー続】




