【小話⑨ー2叔父と小さな姪の攻防の行方】
【小話⑨ー2】
ーーバタバタバタバタ……………
『リルディア王女!!お待ち下さい!その様に走られるのは危ないですから!』
ーーバタバタバタバタ………
『リルディア王女!!どうかお待ちを!!』
部屋の外の廊下側の方からこちらに突進してくる足音と共に、呼びに行かせた自分の執事の必死の声が聞こえてくる。
「……はあ、走るなと言ってあるのに何度教えれば理解出来るのだろうな。父親に似て賢い娘なのにーー」
机の上の書類を片付けながら深いため息を溢していると、向かい合わせで椅子に腰掛けている久方ぶりの客人が豪快に笑う。
「わははは、リルディア王女らしくて良いではありませんか。相変わらず元気があって宜しい」
「元気がありすぎるから困っているのです。まだ幼いとはいえ、あの子は王女なのですから、そろそろ自覚を持って淑女としての立ち振る舞いを身に付けて貰わなければ、将来あの子が困る事になるというのにーー」
「クラウス殿下も相変わらずですなあ。父親である陛下よりも姪御様の教育には厳しい事で。ですがその様にご心配なさらずともリルディア王女は大変聡明で賢い御方ですぞ? 実際その時がくれば、ご自分で対処なされましょうぞ。しかも今はあの様にまだ甘え盛りの幼子ゆえ、多少の事は大目に見て差し上げても良いのではありませんかな?」
それを聞いて再び深いため息を付く。
「相変わらずは貴方もですよ。ロウエン将軍。かつて先代国王の右腕とも呼ばれ、猛将と恐れられていた先の第一騎士団隊長のお言葉とも思えません。しかも私も今のリルディアの歳のくらいには貴方にかなり厳しく武術を叩き込まれた事は今だ忘れてはいません」
「わははは、今頃恨み言ですかな? クラウス殿下は長兄様と違い、武術が大変苦手でしたからなあ。ですがそれも王族の男として生まれ落ちた宿命。ご自分のお命は自ら守れる様にならねばなりません。王族であれば何の事、いつ何時、刺客に襲われるとも分からんのですからな。
ですから我が主君の大切な王子を部下同様、厳しく鍛える事は全ての騎士団の取り纏め隊長として当然の事。手緩い習い事など時間の無駄であり、子供の遊び程度では何の意味も成さない愚行というものです」
「ええ、そうですね。当時の貴方は我等が王族であろうと容赦なく厳しかった。しかしそんな貴方が今やどうした事か、リルディアに対して父親である陛下同様に甘すぎる上、王族としての教育でさえも大目に見ろと言う。ーーどこか矛盾しているとは、ご自分で思いませんか?」
「ふははは、矛盾も何も『王子』と『王女』では待遇が違うのは当然の事。クラウス殿下は『男子』として自ら守らねばならぬ立場にありますが、リルディア王女はか弱き『女子』ですぞ。
それこそ男が守ってやらねばならぬ存在。しかもあの様に天真爛漫で愛らしく可愛い小さな神の愛し子を前にして、どんな猛獣でさえも忽ち牙を抜かれてしまうのは、仕方なき事だとは思われませんかな?」
そう言ってかつての猛将軍はニヤリと含み笑いを浮かべながら、こちらに視線を向けるので、その視線から逃れる様に斜めに顔を傾けて小さく息を付いていると、突如、部屋の扉がドンドンと大きな音を立て、少しづつ扉が押し開かれると、その間から小さな体が部屋の中に飛び込んできた。
「クラウス!!お帰りなさい!!私にお客人って、えっーー!!? ロウ爺!!?」
部屋に飛び込んでくるなり、リルディアはその客人を見て大きな目を更に見開いて驚いている。
「おお!リルディア王女。お久しゅうございますな。相変わらずお元気なご様子で安心致しましたぞ? しかもしばらくお目に掛からぬ間に益々お美しくなられて本当に驚き申した」
ロウエン将軍は不自由な片足を引摺りながら杖をついて椅子から立ち上がると、そんなリルディアに騎士としての礼をとる。しかしその直後、体がよろけてしまい、リルディアが急いで駆け寄ってきてその体を支える。
「ロウ爺!!大丈夫!? 足が悪いのだから、いきなり立ち上がっては駄目よ。ますます病気になっちゃうわ!」
「おお、リルディア王女、お手を煩わせまして申し訳ありません。なあに、ご心配には及びませんぞ? このロウ爺、まだまだ若い者には負けじと元気でおりますゆえ、ほれ、この通りーー」
そんなロウエン将軍はリルディアに心配を掛けない為か、杖を剣に見立てて頭上で振り始めるので、こちらも驚いて慌てて止めに入る。
「ロウエン将軍!無理をしてはいけません!お元気なのは十分に分かりましたから早く椅子に座って下さい!」
「うむむ、クラウス殿下まで私を病人扱いとはーーそうであれば久々に一戦稽古でもつけますかな? こう見えてもまだまだ現役の頃とさほど変わらん事を証明致しますぞ?」
ロウエン将軍は言うなり益々杖を構えて武術の型を次々に繰り広げる。それを何とか止めさせようとするも中々言う事を聞いてはくれない。
……やはり一緒に連れて来たのは失敗だったか。ーーと内心、少し後悔する。
この老将『ダリオス=ロウエン』は自分の父親である先代国王の側近であり、右腕とも呼ばれた先代の第一騎士団隊長を務めていた将軍で、兄達や自分に武術を教えていた師匠でもある。
現役の頃は獰猛な猛る獣の様に、血気盛んで戦に出れば鬼神の如く国王を守りながらその力を大いに揮った猛将ではあったが、
先代国王と共に年老いた事もあり、力も衰えていたのだろう。戦時に左足を負傷させられ、その後遺症で左足が思うように動かせなくなってしまったばかりか、そこで猛威を振るっていた伝染病で国王と共に病魔に侵され、その長期の療養中に彼は何とか持ちこたえたが、国王が先に崩御してしまい、
長兄の王太子が即位した事で第一騎士団隊長の任は正式に解任となり、先代の王妃である母が自分の生まれ祖国に帰郷するというので、医療技術の先進国であるフォルセナで治療に専念し療養するのが一番良いという事で、王妃付きの臣下としてフォルセナで暮らす事になった。
今では高齢という事もあり、足の不自由に加えて体も弱っているので、フォルセナから出る事を医者からも止められているのだが、それでも昔は新しい第一騎士団隊長が着任してからの数年は騎士団隊の教育係としてブランノアにも時々戻ってきて指導をしていた。
そして現国王の愛妾から生まれたリルディアは自分の大好きな父親と雰囲気が似ていたのだろうロウエン将軍にすっかり懐いていて、そんな将軍もリルディアをすごく可愛いがっていたので、自分がフォルセナの母親の所に顔を出す度にロウエン将軍はリルディアに会いたいと口癖の様に言ってきて、
今回も「自分は高齢でいつ死んでもおかしくないから、生きている内に一目リルディアに会いたい」と弱々しく泣き落しされて、まあ本人の体の具合も良好ではあったので、こうしてフォルセナから一緒に連れて戻ってきた次第なのだが、
あの今にも死にそうな弱々しさはなんだったのか?と思ってしまうほどの元気な様子に、自分の敬意を表する師匠なれど呆気に取られてしまう。
多分、久々にブランノアに戻ってきて、しかもリルディアの顔を見て嬉しさのあまり尚更気分が高揚してしまっているロウエン将軍の気持ちも分からないでもないが、しかし、いくら気力は昔のまま若くとも体の方は正直で、高齢相応に老いており、足も不自由で一人で歩く事さえままならないのに、これでもし無茶をして倒れられでもしたら大変な事になる。
ーーここはひとまず落ち着かせる為にもリルディアを引き離すか……
そう思った矢先、リルディアが怒った口調で口を開く。
【⑨ー続】




