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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑨叔父と小さな姪の攻防の行方】

【小話⑨】




「クラウスっ!!」



背後(はいご)から名前(なまえ)()ばれ()(かえ)ると、(めい)である第四(だいよん)王女(おうじょ)のリルディアが自分(じぶん)()かって突進(とっしん)するがの(ごと)く、あろう(こと)かドレスをたくし()げて(はし)ってくる。そして毎度(まいど)の事ながら、こちらの(あゆ)みを()める(ため)に、(いきお)いもそのままに(こし)()きついてきた。



…………毎度の事ながら『猪突猛進(ちょとつもうしん)』とはこういう事だな。



全力(ぜんりょく)(はし)ってきたのだろう(いき)(みだ)しながら(ほほ)をほんのりと紅潮(こうちょう)させて自分を見上(みあ)げる(ちい)さな姪はそれでも満面(まんめん)笑顔(えがお)を向けて矢継(やつ)(ばや)(くち)(ひら)く。



「クラウス!!クラウス!! お(かえ)りなさい! いつ帰ってきたの!? 今日(きょう)昨日(きのう)? いつ(もど)ってくるのか()いても(だれ)(おし)えてくれないんだもん!! だから毎日(まいにち)(まど)から馬車(ばしゃ)()るのを見ていたんだから!」



そう()って姪は笑顔からすぐに(おこ)った顔で感情(かんじょう)(ゆた)かに表情(ひょうじょう)()わる。


これというのも(あに)である陛下(へいか)余計(よけい)助言(じょげん)のおかげで(こと)あるごとにリルディアの我儘(わがまま)()めに合い、しかも親鳥(おやどり)(あと)()いて(ある)(ひな)のように(つね)自分(じぶん)の後を()いかけてきて中々(なかなか)(はな)れようとはしない。


なので(しろ)(おとず)れる(さい)には、(あらかじ)め自分の登城(とうじょう)をリルディアには(おし)えないようにと城の人間(にんげん)(たち)にも通達(つうたつ)してあったのに、さすがは兄上(あにうえ)(むすめ)だけあって一枚(いちまい)上手(うわて)のようだ。


しかも自分が所用(しょよう)(くに)()ていて登城するまでのここ半月(はんつき)(あいだ)、毎日城に人城(にゅうじょう)する馬車(ばしゃ)確認(かくにん)していた

とはーーー


どちらかといえば『(いのしし)』というよりは『忠犬(ちゅうけん)』ではあるが、勿論(もちろん)(わたし)はそれを(のぞ)んではいない。


(たし)かに自分の帰りを笑顔で迎えてくれて「お帰りなさい」と開口一番(かいこういちばん)に言ってくれる事に(かん)しては素直(すなお)(うれ)しいし、そんな姪を可愛(かわい)いとも(おも)うが、


それにしてもいつ()るかも(わか)からない人間(にんげん)を毎日しかも一日(いちにち)(じゅう)、窓からか確認(かくにん)していたとは、その無駄(むだ)時間(じかん)(おお)いに(つい)やされていた事に(かん)えるだけでも(あき)()てるというか、その想像(そうぞう)(ぜっ)した根気(こんき)には言葉(ことば)()ない。


そんなリルディアは本当(ほんとう)常識(じょうしき)道理(どうり)()(かい)さない父親(ちちおや)である兄の性分(しょうぶん)にそっくりで、こちらが(なに)を言っても(まった)くのお(かま)()しに(つぎ)から次へと要求(ようきゅう)してくるのだから、この親子(おやこ)()(まわ)される自分の忍耐(にんたい)日々(ひび)(ため)されている。


(さら)()せないのは、自分は(ひと)()()いがあまり得意(とくい)ではなく、王族である事もあり、他人(たにん)とは節度(せつど)(たも)って(せっ)しているので周囲(しゅうい)からは敬遠されがちで(なお)(こと)子供(こども)などは(こわ)がって(ちか)()ってさえもこないのに、何故(なぜ)かリルディアだけは(ほか)の人間や姪達とは(ちが)って躊躇(ちゅうちょ)なく真っ直ぐに自分に向かって接触(せっしょく)してくる。


しかも自分は子供に(たい)してでさえも(とく)(やさ)しく接した(おぼ)えすらも無いのにリルディアには(なつ)かれているというか、しつこいほどに執着(しゅうちゃく)されている。


普通(ふつう)ならば自分に優しくしてくれる人間に懐くのが本来(ほんらい)だろうに、それを何故か邪険(じゃけん)(あつか)われてさえいる人間に懐いているのが(はなは)疑問(ぎもん)でしか無い。


やはりこれも父親の性分(しょうぶん)()()いでいるリルディアに対しての接し方に(こま)る事が(いた)(かた)ないにせよ、(みな)(あま)やかされていて、誰にも間違いを(ただ)されないせいで我儘(わがまま)放題(ほうだい)自己(じこ)中心的(ちゅうしんてき)暴君(ぼうくん)王女(おうじょ)にだけはならない(よう)にと、大人(おとな)になるまでの成長(せいちょう)段階(だんかい)でその都度(つど)苦言(くげん)をしていくのが叔父(おじ)としての自分の役目(やくめ)だとも(おも)っている。



「リルディアーーただいま。 戻ったのは昨晩(さくばん)だ。 けれど早速(さっそく)だがまず(ひと)つ、何度(なんど)()うが王女(おうじょ)がドレスをたくし上げて走るのは淑女(しゅくじょ)として不作法(ぶさほう)ーーお行儀(ぎょうぎ)(わる)いから()めなさい。まして女性(じょせい)人前(ひとまえ)(あし)を見せるなどと大変(たいへん)はしたない事だ。それにもし(ころ)びでもしたら怪我(けが)をしてしまうかもしれないだろう?」



なにせ父親は(おや)馬鹿(ばか)でリルディアを溺愛(できあい)していて娘がどんな事をしても(おこ)る事は絶対(ぜったい)に無いので、自分だけは叔父としてたとえ(おさ)い子供とはいえど甘やかさず正しく教育(きょういく)しようとするも、


リルディアはまだ8(さい)であっても大人(おとな)社会(しゃかい)の中に()()いているせいか精神(せいしん)年齢(ねんれい)非常(ひじょう)(たか)いので自己(じこ)主張(しゅちょう)(つよ)く普通の子供の様に大人の言うことを簡単(かんたん)には(だま)って聞く事は無い。(あん)(じょう)、リルディアは頬を(ふく)らませて面白(おもしろ)くないとその表情にはっきりと()いてある。



「だって歩いて行ったらクラウス、すぐどっかに行っちゃうし、それに執務室(しつむしつ)に入ればお仕事(しごと)ばっかりで全然(ぜんぜん)相手にしてくれないんだもん。


それにどうして王女は走ったら駄目(だめ)なの? お城で(はたら)いている人達は皆(いそが)しそうに城中を走り回っているわ。侍女(じじょ)達だってよくスカートを(まく)って走っていたりするのよ?」



それを聞いて自然(しぜん)眉間(みけん)(しわ)()る。



…………侍女達にも『教育』が必要(ひつよう)な様だな。いくら忙しいにせよ、リルディアの教育上に悪い。



「リルディア、私は(あそ)びで城に来ているわけではない。大事(だいじ)なお仕事をする(ため)に来ているのだよ。だから子供の相手をする時間は無いんだ。


それに城の皆が走っているというのもお仕事が時間で動いていてすごく忙しいので、それで仕方(しかた)なくなのだろうと思う。だけど本来は建物(たてもの)の中では走らないものなんだ。しかも貴族のご婦人(ふじん)達や令嬢(れいじょう)達は誰も建物の中で走り回ったりなどはしてはいないだろう?


それと誰かれ(かま)わず抱きついてはいけない。特に異性(いせい)ーー男性(だんせい)ならば尚更だ。淑女たるもの、上品(じょうひん)(つつ)ましくあるのが正しい姿勢(しせい)であり、王女であれば尚の事、その『お手本(てほん)』であらねばならない」



「クラウスはいっつも怒ってばっかり! それにお父様はいっぱいお仕事をしていてもちゃんとリルとも遊んでくれるんだから。


それにあのねクラウス、それって『男尊(だんそん)女卑(じょひ)』っていうのよ? 淑女だからって上品で慎ましくとかって、(おとこ)都合(つごう)()願望(がんぼう)だって母様(かあさま)が言っていたわ?


(おんな)にだってちゃんと意思(いし)はあるし、()めるのも自分自身だって。男が(すべ)(えら)いわけじゃないのよって、だから言いなりになるのは駄目よ?とも言っていたわ。リルもそうだと思う。


どうして他の人は良くて貴族や王女は走ったら駄目なの? リルだって(いそ)いでいるから走っていただけだもん。だってそうでもしないと間に合わないかもしれないでしょ?


あと足を見せるなって言うけれど、見えても問題のない(した)履着(ばき)()ているのよ? それって男の人のズボンと(ほとん)(おな)じじゃない。それに誰でも抱きついているわけじゃないんだから。お父様にも「抱きつく相手はきちんと()(さだ)めて(えら)びなさい」って言われているし、クラウスは(つか)まえておかないと、どんどん(さき)(すす)んで行っちゃうじゃない!」



「…………………………」



リルディアのその言葉(ことば)には思わず(かえ)す言葉も(うし)って無言(むごん)になってしまう。



…………あのエルヴィラはまだ8歳の娘に『男尊女卑』なんて教えているのかーーー



しかもリルディアも母親(ははおや)の言葉をきちんと理解(りかい)している様だし、リルディアの言っている事が女性(じょせい)(がわ)正論(せいろん)だけに確かに自分が何を言っても男の都合にしか取られない。


そして(むず)しいのはリルディアは父親(ゆず)りの非常に聡明(そうめい)(かしこ)い娘だけに中途(ちゅうと)半端(はんぱ)な事は教えられないし、子供であって子供ではない分、接し方にも慎重(しんちょう)になる。


しかもそこに自己主張がしっかりしているので自分自身が納得(なっとく)しなければ受け入れないという説得(せっとく)するにも(ほね)()れるやっかいな子供だ。だからといってここで大人が()くわけにはいかない。


(わたし)はその()(ひざ)を折るとリルディアの目線(めせん)に自分の視線を()わせる。



「リルディア、私は女性を軽視(けいし)ーー(かる)く見ているわけではないよ。確かに(きみ)母上(ははうえ)の言う事ももっともだ。けれど私が言いたいのは女性としての品格(ひんかく)ーー()()()いはある程度(ていど)必要(ひつよう)だと思っている。


特にリルディア、君は王女だ。他の人が良くても王族(おうぞく)が同じ様にというわけにはいかないんだよ。王族は(つね)沢山(たくさん)の人達から見られているし、公務(こうむ)ーー(くに)のお仕事で外国(がいこく)訪問(ほうもん)する事もある。もし他の国に行った時に淑女としての振る舞いを(おこた)るーーきちんとしていないと、リルディアが()ずかしい思いをする事になるんだ。


それに女性の下履着は男の人のズボンとはちょっと違うな。確かに見られても問題の無いものだけれど、だからといって自分からドレスをたくし上げて見せるのはやはりお行儀が良くはないと思う。私はリルディアにはお行儀がきちんと出来る立派(りっぱ)素晴(すば)らしい女性になって()しいと思っているんだ」



一応(いちおう)、子供のリルディアに理解してもらう為に()えて難しい言葉をなるべく()けて言い回しを選びながら説明したつもりではいるが一方(いっぽう)のリルディアは複雑(ふくざつ)な表情で(くび)左右(さゆう)(かし)げている。



…………やはりいくら大人びてはいても、まだ8歳の子供に理解しろというのは難しかったかーーー


…………けれど『男尊女卑』とかは理解出来るのにどう考えてもそっちの方が難しいのではないのか?



私は兄上(あにうえ)とは違って子供の扱いが下手(へた)だからな。ましてリルディアは兄上と同じく常識(じょうしき)では(はか)れないから困るのだ。



そうして私が(うつむ)いて(ちい)さくため(いき)をつくとリルディアが怪訝(けげん)そうに私の顔を(のぞ)()む。



「クラウス? 元気(げんき)出して? リルね、クラウスが言いたい事はよく分からないけど、何となくなら分かったよ? (よう)するに淑女教育のお勉強(べんきょう)をきちんとしなさいって事でしょ? それなら毎日ちゃんとやってるから大丈夫(だいじょうぶ)。だってその時間が来る前にリルが部屋(へや)から()()さない様に皆が見張(みは)っているんだもん。


それにクラウスがリルを()っていてくれるなら走ったりもしないし足も出さないよ? リルだって転んで痛いのは嫌だししかも走るのだってすっごく(つか)れるんだから!


だからクラウスが全部(ぜんぶ)悪いんだからね? いつもお城に来る日も時間も教えてくれないし、来たってすぐにどっかに()えちゃうし、リルだって、クラウスにお(はなし)したい事とかいっぱいあるのに全然(ぜんぜん)()えないんだもん。だからどっかに消えちゃう前に捕まえないとって思って、どうしても走らないと間に合わないでしょ?」



「…………………」



…………そうか、根本的(こんぽんてき)に私が悪いのだな。



何故か急に(かん)じる脱力感(だつりょくかん)(とも)(ふか)いため息が自然と出てしまう。やはり私は兄上とリルディアには(かな)わないらしい。


そしてリルディアはまだ8歳の子供であり理解している様でそう思えないのは何も不思議(ふしぎ)な事じゃない。年相応(としそうおう)にして()たり(まえ)の事だ。


たとえそれが大人社会の難しい事に対しての理解力が卓越(たくえつ)していようとも、(とき)に大人でさえも唖然(あぜん)としてしまうほどの機知(きち)()んだ発言(はつげん)をしようとも『子供』である事に何ら()わりはない。



「………リルディア、今度(こんど)から城に登城する(さい)にはきちんと連絡(れんらく)する。だからもう窓から馬車の確認はしなくていい。時間は有限(ゆうげん)ーー(かぎ)られているのだから大切(たいせつ)

しなさい。それに急いで走ってこなくても私は君をちゃんと待っているから、もうドレスをたくし上げて走らない様に。それは私に限らず陛下(へいか)とてそれを(のぞ)んでいるはずだ」



するとリルディアの黒水晶(くろすいしょう)(ひとみ)が大きく見開(みひら)くと一瞬(いっしゅん)(うれ)しいのだろうと分かる(ゆた)か過ぎる

満面の笑顔になり、何度(なんど)もその場に()()ねる。



「ホント!?ホントに!? リルを待っていてくれるの? 今度からお城に来る時はリルにもちゃんと連絡してくれるの?」



「ああ、君に『(うそ)』はつかない。だからお行儀良く待っていてくれないか?」



するとリルディアはやはり『猪突猛進』の(ごと)(いきお)いよく()び付いてくるので、思わずバランスを(くず)()(たお)される(かた)でその場に(しり)をつき、(あわ)ててリルディアを抱き止める。



「うんっ!! リル、お行儀良く待っているから絶対に連絡してね? お城に来てもリルに会う前に消えたりしないでね?」



そう言って嬉しそうに自分に抱き付いているリルディアを見て、(あきら)めともいえる小さなため息に(はん)する様に、自分の顔の表情(ひょうじょう)(きん)が自然と(ゆる)んで()みが()かぶ。



「…………はあ、リルディア、だから抱きつくのは駄目だと言っているのに、しかもいきなりは(あぶ)ないだろう? そこは頭には全く(のこ)らないのだな。


ーーまあ、肉親(にくしん)に抱き付く行為(こうい)に関しては問題はないのだし、そこは大目(おおめ)に見るしかないのか。しかもそれを反対(はんたい)してしまえば(ぎゃく)に陛下からの苦情(くじょう)が出る」



「クラウス!!クラウス!! (だい)()き!! 勿論(もちろん)、お父様の(つぎ)にだけど!」



そんな素直(すなお)(あい)らしく可愛(かわい)い小さな姪に父親が溺愛してしまうのも良く分かる。


ーー正直(しょうじき)、ここまで自分に懐かれていると、姪であり従姉妹(いとこ)でもある親類(しんるい)王妃(おうひ)の娘達よりも兄の愛妾(あいしょう)の娘であるリルディアが特別(とくべつ)に可愛いと思ってしまうのは致し方ない。


しかし自分はフォルセナ王家の血縁(けつえん)でもある立場(たちば)(じょう)それを外面(がいめん)(あらわ)す事は大いに(はばか)られる為、あくまで姪達には叔父として平等(びょうどう)であらねばならないと、私情(しじょう)(はさ)まぬ様に常に自分を(いまし)めている。しかし(かん)の良い兄には既に()()かれているのかもしれない。


そんな私はされるがままに(かた)()としながら自分を「大好き」だと言う小さな可愛い姪に笑いながら(こた)える。



「フッ、今の言葉は陛下にはとても聞かせられないな。ーーけれど大変光栄(こうえい)だよ、リルディア」






【⑨ー続】






























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