【小話⑧ー2真相~すれ違い】
【小話⑧ー2】
国王の本気の怒りの一辺が一瞬垣間見えた言葉にクラウスの体が無意識に竦む。
国王にとって末娘のリルディアは“絶対的存在”なのだという目には見えない圧力が周囲の空気を圧倒し、その雰囲気に否応なしに当てられている。
「…………御意。陛下の仰せの通りに従います。
陛下……………貴方の愛情は恐れを抱かずにはいられないほどに真っ直ぐで、受ける方はかなりの覚悟が要求されそうですね。一歩違えばその愛情で相手を押し潰してしまいかねない…………」
クラウスが表情に暗い影を落としながらそう言うと、国王から立ち上っていた先ほどの重苦しい雰囲気が一瞬で消え、まるで幼い子供のようにその表情が変わり、今までの雰囲気が幻でもあったかのように柔和な笑顔を浮かべて笑い出す。
「ふはははは、それは仕方ない。その時は“共に滅びて本望”であろうな。けれどそんな軟弱な人間に私が情を掛けるとでも思うのか?
それにリルディアもエルヴィラもそしてお前も、そのくらいで潰れるような柔な根性はしてはいないだろう? しかも特にあの二人は逆に応戦してくるタイプだ。油断していると喰うつもりが喰われているのはこちらの方だからな?
クックックッーーーだからお前もリルディアには気をつけるといい。あれは私と同じ性分だから、その愛情はどこまでも限りなく真っ直ぐた。
ーーまあ、我がブランノアの血統自体が柔な性質ではないからお前とて大丈夫だろう?」
「ーーそれは買い被りですね。私は陛下とは違い柔な性質なのです。ですから私の方は相手に押し潰される前に敵前逃亡致します。申し上げましたでしょう? ーー私は小心者なのですよ」
そんな弟の言葉に国王の爆笑が廊下に響く。
「わはははは、お前が小心者だとは笑わせる。ああ、そういえば、お前は隠れムッツリだからな。お前は昔からその鉄面皮で感情を隠すのが上手いが、リルディアにはそんな小細工は通じんぞ?
しかもお前は私がリルディアを甘やかしていると言うが、そう言うお前だって実のところはリルディアにかなり弱いくせにな。私には全てお見通しだ」
それを聞いてクラウスの表情が更に不機嫌な顔になる。
「…………隠れムッツリとは心外ですね。私は陛下のようにむやみやたらにリルディアを甘やかしたりは致しません。それに私はあの子に我が国の王女としてこの先も立派に成長を遂げる事を願っています。
ですからあの子の間違いを正す者がいないのであれば、私が叔父としてあの子の間違いを正し、本来の道へ戻すのは私の役目であるとも思っています」
国王はそんな真顔のクラウスに含み笑いを浮かべながらクツクツと笑っている。
「ククッ、如何にもお前らしい馬鹿真面目な優等生の模範解答ではあるな。しかしそれではリルディアの心は掴めんぞ? 何の面白味のないつまらない人間になど私のように直ぐに飽きてしまう。
…………なあ? クラウス。ーーもしリルディアが望むのであれば、セルリアの王太子などではなく、お前にリルディアをくれてやろうと思ったのに、そんな生半可な事では我が愛娘の相手になるには、まだまだ修行が足りないぞ?」
突然の国王の耳を疑うような発言にクラウスは目を見開き初めてその表情に驚きが浮かぶ。
「…………それは何の冗談ですか。全く笑えません。ーー私はあの子の叔父ですよ? しかも親子と言っても良いくらいです。そもそも『近親婚』などと、もはや人としての常識や道徳から外れているではありませんか。いくら冗談にしてもそんな不適切な言葉は安易に口にして良いものではありません」
あからさまに不機嫌な感情を隠せない口調で物申すクラウスに国王は面倒くさげに、わざとらしい大きなため息をつく。
「ーーはあぁ、お前は本当に岩石のような岩頭の堅物人間だな。ーーつまらんヤツだ。しかもこの私がそんな誰とも知れない人間が作った常識や道徳なんぞに囚われるとでも思うのか?
確かに我が国では親子、きょうだい、祖父母との婚姻は禁じてはいるがな、“叔父と姪”の組み合わせというのは婚姻は可能なのだぞ? ーーまあ、他の国では禁じているところもあるとは聞くがな。しかもお前と私は異母兄弟であり父系統でしか血が繋がってはいない。
これが両方同親であればさすがに私も考える処ではあるが、ーーまあ、その点、お前の場合は実の叔父とは言ってもリルディアとは血縁的に近くて遠い親戚みたいなものだろう? これが上のイルミナ達であればお前とはあまりにも近しい近親であるので問題にはなるがな。
それに年齢の差など王家の人間にしてみれば大した問題でもない。我等が父王も自分の娘とも孫とも言っておかしくないお前の母親と婚姻してお前が生まれたのだし、私も然り、エルヴィラは長女のイルミナとは同い歳だからな。
そう考えてみれば我がブランノアの王家の男は代々そういう性質なのかもしれん。それにリルディアも今は子供であっても、あと数年で直ぐに大人になる。しかも母親同様に世の男共が放っておけないほどの世にも希少な『絶世の美女』になるのだ。
ーーそれなのに、今でさえ、こんなに美人で可憐な私の可愛いリルディアのどこに不満があるというのだ? しかもそんな若く美しい絶世の美女を労せずして娶れるというのだ。これほどの幸運な男は世界中のどこを探しても中々いるものではないのだぞ?」
もはや病的とも言えるほどに娘を溺愛しすぎている父親の言葉とも思えずに、クラウスは相手が悪いだけに、その対応に困り果てたように思わず片手で額を押さえる。
「…………不満はあります。勿論、リルディアにではなく貴方にですーー陛下。たとえ貴方と私が異母兄弟ではあっても私には先代のブランノアの国王の血が流れていて、兄である貴方の娘のリルディアにも同じ血が流れている事には変わりありません。
そして近かれ遠かれ同じ血が流れている以上、たとえ国で婚姻が許されているのだとしても、私にとってそれは決して踏み外してはならない人としての『一線』なのです。ですから私はこれからもずっとリルディアの『叔父』です。それは生涯変わることはありません」
それを聞いた国王は深いため息と共に、やれやれと言わんばかりに肩を竦めて首を横に振る。
「ーー本当にどうにもブランノアの血統は私も含めて思い通りにならん人間ばかりが多いな。ーーまあ、確かにお前なら絶対にそう言うとは思ってはいたが。
お前とリルディアの結婚話というのは、私の中では半分は『冗談』半分は『本気』でお前に振ってはみたが、お前がそう簡単に受け入れるわけもないしな。
しかもお前は昔から自分にも他人にも厳しい『高潔の王子』と呼ばれているくらい、我が国で最も陥落するのが難しい男だ。お前がもう少し柔軟に考えられるヤツなら苦労はしないんだが、生まれ持った性分は早々には変えられんし。
ーーうむむ、しかしこれではリルディアが可哀想ではないか。相手に勝負を挑む前から玉砕してしまっているのでは泣くに泣けんぞ? リルディアを不幸にする男は絶対に許せんが、それが自分の可愛がっている大事な弟である場合、どうすればよいというのだ。これでは私も身動きがとれんではないか!」
そう言いながら大袈裟にも頭を抱えて唸る国王に、クラウスも額を片手で押さえて小さく首を振りつつ長いため息を吐く。
「陛下ーーそのようにリルディアが私に惚れているかのような前提で物を言うのはやめて下さい。何度も言う様ですが、あの子はまだ子供です。しかもどうして私とリルディアをそこまでしてくっつけようとするのです?
そもそもリルディアが自ら選んだ相手はセルリアのユーリウス王太子です。彼は大変素晴らしい非の打ち所のない王子で、しかもリルディアをすごく大切にしているのは端から見ていてもよく分かります。彼なら間違いなくリルディアを幸せにしてくれることでしょう」
その言葉に国王も弟と同じ様に片手で額を押さえながら頭を横に振る。
「…………お前は本当に男と女の事に関しては全くの無知だな。いくら歳は重ねていても恋愛感覚は子供並みであるとは、何とも情けない。同じ『男』としては呆れてモノも言えんぞ?
それに、いいか? 今のその言葉は絶対にリルディアの前では言うな。ーーいいな?『絶対』にだ!! お前の口からそれを聞いたら、それこそリルディアが死んでしまう」
「は? 死ぬなどと何を大袈裟なーーー」
そんな首を傾げているクラウスを国王はやや乱暴気味に自分の方へと引き寄せると、その頭を羽交い絞めにする。
「うぐっ!! 陛下………何を!?」
「馬鹿者!! お前は何も分かってはいない! 女が失恋した上にその相手から『他の男に幸せにして貰え』などと言われてみろ!! 感受性の特に強いリルディアのような純真な娘には、その小さな心臓に大きな槍をグッサリと一突きにされたようなものだ。
それこそ世を儚んで衝動的に自ら命を絶たないと言い切れるか? あのリルディアだぞ? 何をするのかなんて誰にも予測などつけられんだろうが」
「ーーっつ、」
国王の言葉にクラウスもそんな姪の性分をよく知っているだけに思わず口籠る。
「リルディアの現状でのお前への強い執着が子供の『独占欲』なのか、女としての『恋愛感情』なのかはまだ分からん。そのリルディア本人も自覚が無いくらいに今はまだ子供だからな。
ーーしかし私には後者の方としか思えん。まだ芽吹いたばかりとはいえ、リルディアのアレは完璧な『女』の嫉妬だからな。
けれどもお前がリルディアの『叔父』で貫き通すつもりならそれでも構わん。私はお前の気持ちまで支配するつもりはない。だがそれでも出来うる限り、リルディアの心は傷つけるな。お前なら私の言っている意味が分かるだろう? リルディアはああは見えても『脆い』
お前がリルディアの気持ちを受け入れるつもりがないのであれば、『優しく拒絶して上手に諦めさせろ』ーーまあ、難しい事だろうが、お前は大人なんだから、そこは自分で考えるんだな」
「…………大変難しい課題を賜ってしまったものですね。『優しく拒絶して上手に諦めさせろ』などと、この私が出来るとお思いですか?
貴方になら容易いのかもしれませんが、こんなに難しい課題は私の人生の中で初めての事です。しかも『自分で考えろ』とあっさりと突き放されてもしまいましたし。貴方が仰る通り、私はそういう事には全くの無知なのです。ーー『兄上』としては助けては下さらないのですか?」
いつも鉄面皮で冷静な弟の顔が珍しく困惑した表情を浮かべながら助けを求める視線を向けられ、兄である国王は優しげな表情で笑いながらも、そんな弟の肩を少し強めに叩く。
【⑧ー続】