【小話⑧真相~すれ違い】
【小話⑧】
ゴーーン、ゴーーン、ゴーーンーーー
ブランノアの国中に大神殿の鐘の音が鳴り響く。ブランノア国の年に一度の最大行事『奉納祭』の始まりの合図である。
そして大神殿の大広間へ続く王 族専用の長い廊下を鮮やかな紅赤に金の縁飾りが施された衣装と黒紫のマントを纏ったすこぶる機嫌の良い国王と、国王から一歩下がったその隣には深い濃紺と銀の縁飾りが施された衣装に灰白のマントを纏う国王の異母弟がそんな国王の様子とは対照的に険しい表情で歩いている。
「ーーははは、クラウスよ。まだむくれているのか? もう奉納祭は始まっているというのに王族ともあろう者がそのような不機嫌な表情をしていては、祭を楽しんでいる者達に失礼だろう?」
「……むくれてなどおりません。それにこの顔は元からです。……ただ、今回ばかりは陛下に散々振り回わされたこちらの身にもなって頂きたい。私の顔が不機嫌に見えるのであれば、それが“原因”です」
国王の異母弟であり今は公爵の臣籍にある焦げ茶色の髪と深い紺碧色の瞳の元第三王子は心底疲れたように大きな深いため息をつく。
「それをむくれていると世間では言うのだぞ? 取り敢えず、この『一件』は収まったのだから、お前もいい加減、そう怒らずともよいではないか」
「……収まったと思っておいでなのは貴方だけですーー陛下」
それを聞いた国王は伐の悪そうな表情で苦笑いを浮かべる。
「相変わらず手厳しいヤツだな。確かに勝手に事を進めようとした私も悪かったが、けれどお前にも『原因』はあるのだぞ? そもそもお前がいつまでも妻を娶ろうとはしないから周囲の人間も煩くなるし、フォルセナ国王でさえもお前の結婚について私に“何をやっている”と言わんばかりの親書を頻繁に送ってくるのだ。
しかも私が異母弟であるお前を邪見にして結婚させないのだと思われているのであれば、こちらとしても非常心外ではないか。お前はたとえ異母弟とはいえど、私にとっては我が子のような可愛い弟だ。私とてお前が早く妻を娶り子を成して幸せになってくれればと心から願っているというのに。お前のようなヤツを“親の心、子知らず”というのだぞ?」
「ーー子ではありませんが、陛下のそのお心遣いにはいつも大変感謝しているのです。ですが、何度も申し上げている通り私の結婚に関しての心配などは一切無用です。
フォルセナの国王にも私からきちんとご説明申し上げるので、陛下には私の為に色々と周囲の矢面に立って頂き誠に申し訳なく思ってはおりますが、どうかお願いですから、もう今後少なくとも本人の与り知らぬ所で事を進めるのはやめて頂きたいのです。本来ならば、王族としては口にしてはいけない言葉ではありますが、自分の将来の事は自分で決めさせて下さい」
そんな弟の言葉に今度は国王が深いため息を吐く。
「はあぁ~分かった、分かった。お前は本当に一度言い出したら中々の頑固者だからな。少なくとも今後はお前の意思を無視して事を進めるような真似はしないから安心しろ。
ーーだがな、クラウス。お前は王族だ。勿論、分かってはいるだろうが、生涯独身というのは出来ない相談だぞ? しかもお前はブランノアとフォルセナの二つの王家の純血だからな。その血統を後世に残すのは、王族として生まれた者に課せられた責務であり宿命でもある。
そして私に娘しかいない今、ブランノアの王家の次代の血を繋ぐのは現状、お前だけだ。私は自分の最後の子供はリルディアだけだと決めている。だからその私にもしもの有事があらば、次のブランノアの君主はお前だという事を忘れるな」
先ほどの砕けた印象とは違う厳格な口調の国王の言葉にクラウスは再び小さくため息をつく。
「……分かっています。ですが、先の事など誰にも予見出来るものではありません。我《が|国の王妃の三人の王女の内の誰かが子を成せば、陛下の世継ぎが出来るかもしれないのですから」
そう言って険しい表情を尚更深く曇らせる弟に、また雰囲気を元に戻した国王が豪快に笑う。
「ふははは、お前も本当に強情なヤツだな。そこまでして頑なに足掻き通すほどに王になるのが嫌か! 支配者になるのはそう悪い事でもないぞ? 誰も逆らえぬし、何事でも自分の思い通りに出来るからな」
「ーー私は小心者なので陛下のようには考えられません。ですから私は悪足掻きと言われようとも最後まで我を貫き通しますので、陛下の方こそ私を諦めて王女達の誰かに早く世継ぎを作って貰って下さい。そちらの方がよほど現実的です」
すると国王は隣後ろにいる弟を自分の方に引き寄せると、その背を笑いながらバンバンと叩く。
「そうは言ってもな、それが中々思う通りにはならんから頭が痛いのではないか。ーーなあ、クラウスよ。私に遠慮をして結婚をしないつもりならそれは間違っているぞ? お前が臣籍に下ったのだって本来は私の本意ではないのだからな?
お前が世継ぎ問題で血族同士が争うのを嫌悪しているのは分かるが、この国の現状でそのような事態はまず無いだろう? それに王妃のイレーナはお前の叔母であり、その娘達はお前の従妹だ。現に王妃はお前を世継ぎにと切望している。この国の将来を考えればお前にはこれから先、沢山の子を成して貰わなければ逆に困ってしまうぞ?
ーーまあ、なんだ。結婚相手は取り敢えず置いてはおいても、愛妾の一人くらいは迎えてはどうなんだ? そうすればお前の周りもしばらくは静かになるだろうしな」
その腕から然り気無く身を引こうとする弟を国王はガッチリと自分の腕に留めたまま護衛達は廊下の出入り口に待機していて、この通路を歩いているのは自分達の二人だけであるのに、国王は内緒話でもするかのように、そんな弟の耳元で小声で話すも、クラウスは眉間に深い皺を寄せたまま首を小さく横に振る。
「ーーそれは出来ません。もし私が妻を迎えるとするならば、生涯ただ一人だけです。それが私の相手に対する最大の誠意だと思っています」
それを聞いた国王はガッチリと捕まえていた弟の体を離すと、呆れたように大きく肩を竦める。
「やれやれ、お前も貴族においては珍しい少数派の愛妻家か。王族の人間がそれでは困るのだがな。ーーまあ、しかしそういう考え方も今の私によく理解出来てしまうのが何とも皮肉なものだ。ーー取り敢えずは、現状で世継ぎ問題や結婚についてお前に強いるつもりはない。今は差し迫っているというわけでも無いしな。可能な限りはお前の意思は出来るだけ尊重するつもりだ」
「陛下……ありがとうございます。そしてご心配をお掛けして申し訳ありません」
「フッ、ーー本当にお前といい、グレッグといい、どうして私の傍にいる男共はこうも真面目な堅物ばかりなのだろうな? それも世の女達が放ってはおけないほどの色男ぶりでもあるのに、当の本人達には全く女に|興味が無いのだから、お前達に焦がれている女達が何とも可哀想ではないか。この世は男と女しかおらぬというのに、皆がお前達のようだと人類自体が滅んでしまうぞ。
ーーとは、言ったものの、今はお前がそういう男で助かったぞーークラウス。さすがの私も今回ばかりは猛省した。リルディアのお前に対する執着を軽く考えすぎていた。私は危うく最愛の娘から完全に嫌われてしまうところだったのだからな。
お前には気の毒だが、リルディアが認めぬ内は、この先、お前の結婚はいかなる事由があろうとも承認出来なくなった。私の気持ちとしてはお前の幸せを望んではいるが、 リルディアを悲しませる事だけは何があろうと断じて出来ないのだ」
それを聞いたクラウスは再び小さく首を横に振ると、先ほど乱された髪を手櫛で直しながら静かに息をつく。
「それは気の毒などではなく元より私に結婚の意思は全くありませんので、そのようなお気遣いは一切必要ありません。ですが陛下は、リルディアに対して過剰なほどに甘やかし過ぎではありませんか?
ですからあの子は何でも自分の思い通りになる事を当たり前だと信じて全く疑いません。それでなくともリルディアは自分に素直で真っ直ぐな性分でまだ幼い子供である分、自分の感情の受け方一つで善にも悪にも染まりやすい。
陛下がリルディアを愛してやまないのは分かりますが、しかしこのまま成長していってしまうのはあの子の為にはなりません。それにあの子は王女です。自分の意思のままに自由に生きる事は王族として尚更出来ない事です。
リルディアの為には現実はそう簡単に自分の思い通りにはならない事を教えていかなくては、あの子がこの先、大変困る事になります」
しかしそんな弟の苦言にも兄である国王はフッと小さく笑うだけだ。
「フッーーそれは無理だな。私はリルディアの為なら何でも出来るが、その望みを拒否する事は容易い事ではない。それはお前も私の性分をよく知っているのなら分かるはずだ。リルディアはあのように外見は母親にそっくりではあっても、その中身は私の分身みたいなものだからな。
そんな私もリルディアも自分の意思や欲望から湧き出でる衝動を抑える事は出来ないのだ。そして自分の意思を他人の言葉で変える事は殆んど無い。
ーーフフッ、だからお前やグレッグのような真面目なヤツほど苦労しているのだろう? それに私はリルディアがたとえ周りからどんなに我儘だと言われようとも、その望みは何でも叶えてやるつもりだ。それが私の望みでもあるのだからな。
それでもリルディアのそういう所がどうしても気になるというのなら、お前やエルヴィラが教えてやればいい。根気はいるかもしれんが、リルディアは聡い上に自分が納得すれば素直なだけに、それを受け入れるのも早いからな。ーーまあ、そこはお前達の腕の見せどころではないのか? ふはははは」
そんな目の前で豪快に笑う国王をクラウスはやや疲労の浮かぶ表情で目を細めて見つめる。
「……貴方やリルディアは他の人間にとって、最も難解で理解に苦しむ存在です。貴方達には常識などあって無いのですから。ですが、どうやら私の方はそんな陛下の“策略”のせいで、リルディアからはすっかり嫌われてしまったようです。ーーこれも貴方の思惑通りなのですか?」
そんな弟の深い紺碧色の青い瞳から突き刺さるようなあからさまな冷たい視線を送られ、国王は慌てて逃げるように反対方向を見ながら自分の頭を掻き出す。
「あ~いや、そんな事はないと思うぞ? そもそもリルディアがお前を嫌うなどとあり得んだろう。昔からお前の後ばかり追い掛けて、あれだけしつこく付きまとって離れないくらいだからなーーって、
そもそもお前がリルディアに懐かれているのが悪いのではないか!! リルディアには私という父親があるのに、お前が城に来るとリルディアは私よりもお前の方にばかり行ってしまって、しかもお前がどこに行くにもくっついて離れないとは。一体どんな手を使って娘を手懐けたんだ!? 教えろ!!クラウス!!」
つい先ほどまで弟の氷の刃の視線から逃げていたはずの国王は今度は逆にクラウスの肩掛けのマントを掴みながら首を締めんばかりに詰め寄る。しかしクラウスはそんな国王に体を揺さぶられていても、その顔は冷静な表情のまま淡々と口を開く。
「手懐けてなどおりません。寧ろ私が聞きたいくらいです。それにそもそも陛下がリルディアを煽ったのではないのですか? リルディアが言っていました。
『自分の言う事を聞かせたいのなら自分で根気よく頑張るしかない』とか何とかーーー
その言葉通りにリルディアが私の後を付いて回って、いくら言っても全く離れないので当時、どれだけ私が困り果てていたのかお分かりですか? しかも貴方にリルディアの事を幾度も嘆願したはずですが、うやむやに流された挙げ句、逆に眺めて面白がっていましたよね?
本当にあのしつこい粘り強さには、私も困惑を通り越して妥協せざるを得ませんでした。さすがは陛下の分身です。しかもあの子の存在感は両親譲りと言うべくして鮮烈なので、私の周囲の者達もすっかり感化されてしまい、逆にリルディアの姿が見えないと、皆が思わず捜してしまうほどには、あの子が側にいても違和感が無くなった様です」
「ふははは、さすがのお前でもリルディアには敵わんようだ。まあ、リルディアは元より人を惹き付ける絶対的な君主の本質を持っているからな。そんなリルディアがもし『男』であれば我が国も世継ぎ問題などにはそう困らなかったのであろうが、現実、リルディアは『女』であるから我が国では女は君主にはなれぬ決まりだ。残念だったな? クラウス」
クラウスの反応を確かめるように、にやりと笑う国王にも構わずに、クラウスは肩掛けのずれたマントを直しながらも再びその口からは小さくため息が漏れる。
「いいえ、リルディアが王女でよかったに決まっています。もしそんな事になれば、ブランノア派とフォルセナ派の貴族達の間で国自体が割れる事態になりかねません。それに私はリルディアとは争いたくなどありません」
「ククッ、そうだな。リルディアには今のところブランノアの|筆頭の大貴族が背後に付いているからな。それに母親が市井出身だけにーー確かに国が割れるやもしれん」
「そんな他人事のようにーー君主の言葉とも思えないですね」
「ふははは、そんな深刻な顔をしてまで危惧する話か? それはあくまで仮定であり実際にはあり得ん話だろうが? それでも国が割れるなどと中々に面白い話ではあるがな」
そう言ってあっけらかんと面白そうに笑う国王とは逆に、やはりクラウスの面持ちは尚更難しい表情を浮かべたままだ。
「ーーまあ、とにかく今はそんな仏頂面で難しい顔をする事もないだろう? 今日は年に一度の我が国の盛大な祭典なのだ。しかも今年はリルディアが特例で『祝福の聖乙女』として儀式に参加するばかりか独唱まである大変貴重な特典付きなのだぞ?
あのリルディアが大勢の人間の前で歌う事はここ数年、滅多にない上、自分の気分次第によってはどんな状況であれ歌えなくなってしまう。リルディアは母親とは違ってそういう所は繊細だからな。
ーーそこで、クラウスよ。お前がリルディアが儀式で気分良く歌えるよう影ながら補佐してやって欲しいのだ」
クラウスは複雑な表情で俯き気味に小さく息をつく。
「……だから儀式で私に楽隊に参加しろとは、陛下の突然の思い付きは今に始まった事ではありませんが、いつも唐突過ぎです。それに私も弦楽器は久しく弾いてはいないので正直、あまり自信がありません」
そんな浮かない表情の弟の肩を国王はポンポンと叩く。
「何を言う。リルディアを見てみろ。我が娘はまだたったの12歳で儀式の大役を務めねばならず、しかも練習期間がない上でのぶっつけ本番なのだぞ? それなのにお前がそのように弱音を吐いているようではリルディアに笑われてしまうではないか。
それにお前なら大丈夫だ。弦楽器を奏でる腕前は名手級であると子供の頃より称賛されていただろう? しかも昔は儀式の楽隊にも度々参加していたのだから、今更、慣れたものではないか」
「それこそ本当に子供の頃の話です。あれから何年経っているとお思いですか? ……それに、私が参加しているとリルディアが知れば、逆に歌えなくなるかもしれないではありませんか……」
「ーーフッ、お前にしては随分と弱腰ではないか。そこは多分大丈夫だろう。これはサプライズの一環だからな。寧ろリルディアの大好物だ。それにお前にはリルディアのご機嫌取りに一役買ってもらう責任がある。リルディアが機嫌を損ねているのは元はお前が『原因』なのだからな」
「それは責任転嫁というものです。しかも言うなれば私も陛下の被害者なのですがーー」
「お前は大人なのだからそれくらいは穏便に対処しろ。それにお前はここの所、ずっと城には顔を出してはいないだろう? しかもあの男爵家には毎日通っているとかーーそんな“風の噂”が私の耳にも入ってきてはいるがそれは本当なのか?」
口調はそのままに、しかし国王の表情が突如として険しくなり眉間には深い皺が刻まれている。
「ーー毎日ではありません。ただプリンヴェル男爵は学院の薬学に関する主たる教授でもあるので、今度の学会の段取りの確認の為に幾度か訪問はしていました。男爵は今回の事もあって自宅で謹慎されていて学院には殆んど顔を出されてはいないので。
しかし私の事が原因ではあるので、訪問の際にはお見舞いも兼ねて令嬢の様子を伺ってはおりますが、勿論、令嬢本人とは|直接会ってはおりません。
それに私が城に顔を出さなかったのは、今度の薬学の学会の|準備で多忙であったという事もありますが、この度の事は私の責任でもありますから自分なりの反省の意も含めてしばらくは城への出仕を謹慎していたのです」
「ーークラウス。お前が昔からプリンヴェルを懇意にしている事もあり、私もお前の結婚問題に痺れを切らしていたので、つい令嬢との婚約話を持ちかけたが、リルディアがその令嬢をこの上なく嫌悪している。
男爵令嬢の悪い噂は全く聞かないが、あのリルディアがあれだけ取り乱して泣くくらいだ。プリンヴェルとの付き合いの長いお前は男爵家の人間達の事をよく知っているだろうから私とは見解が異なるだろうが、私にはプリンヴェルの娘が噂通りの娘だとはいまいち信用が出来ない。まして貴族社会の女は二面性があるからな。
しかも私のリルディアをあの様に悲しませるものは本来であればどんな理由であれ、リルディアの目に入る事のない遠い国外へ令嬢を追放する所ではあるが、今回はお前の顔を立てて城への出入り禁止処分だけで済ませている。
この国に住まう者としてリルディアの不興を買ったのは令嬢の落ち度だが、こちらも火に油を注いだという事もある。それにリルディアはもうプリンヴェルの令嬢の事は何とも思ってはいないとも言っている。
ーーまあ、あの時はリルディアはお前の結婚話を突然聞いた上に、しかもそれを秘密にしていたからな。それで一過性の癇癪をおこしただけなのかもしれんがーーそれでもだ。私が命じた通り、公の場以外でのお前とプリンヴェルの娘との接触は一切禁ずる。
特にリルディアがいる時は公の場であっても『厳禁』だ。これ以上リルディアの神経を逆撫でさせてしまえば、令嬢を国外追放するよりも我が最愛の娘の方がこの国を出て行きかねないからな。
本当はお前には令嬢だけではなく、プリンヴェル男爵家自体とも接触を禁じたいくらいだが、それはお前が納得しない事は分かっているのでそこまでは強制はしない。
だからお前の口からプリンヴェルに忠告しておくといい。ーーこれ以上、私やリルディアを怒らせるな。この国で平穏に暮らしたければなと、この私が言っていたとな。私はリルディアを不幸にする者を決して許さないーー」
【⑧ー続】




