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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑦ー2プリンヴェル家の人々】

【小話⑦ー2】





「まあ、本当(ほんとう)に? うふふ、それはすごく(たの)しみですわね」



リビングの(おお)きなテーブルを(かこ)んでレスターと面差(おもざ)しのそっくりな母親(ははおや)(わら)いながらお(ちゃ)()れている。



「ええ、そうでしょう? お母様(かあさま)。お兄様(にいさま)もようやく『(おも)(びと)』をお(つく)りになられるそうなので安心(あんしん)してもよいのですって。ーーね? お父様(とうさま)?」



「ああ、(たし)かにこの(みみ)(わたし)もしっかりと()いた。しかもすごい美人(びじん)()れて()るそうだから期待(きたい)しても()さそうだよ」



「まあ? すごい美人だなんてこのレスターに(つか)まえる(こと)出来(でき)ますのかしら? この()はどう()てもあまり紳士的(しんしてき)とは()えませんでしょう? それに言葉(ことば)(づか)いも悪くて女性(じょせい)(たい)しての気遣いも下手(へた)ですし、(ぎゃく)にこの子を選んで下さる女性がいらっしゃるのか、そちらの(ほう)心配(しんぱい)ですわ」



「ふふっ、お母様。そちらに(かん)してはご心配無用(むよう)ですわ。こう見えましてもお兄様は学習院(がくしゅういん)では女性教師(きょうし)(じょ)生徒(せいと)(たち)から大変(たいへん)人気(にんき)がありますのよ? ですから(あと)はお兄様のお気持(きも)ちだけなのですけれど、(とう)のお兄様の方がさっぱりで…………」



「ーー(じつ)はね、私の方にも何件(なんけん)かレスターに「(むすめ)を紹介したい」という相談(そうだん)がきているのだけどーーレスター、どうだろう? 結婚(けっこん)相手(あいて)(さが)すつもりであるなら一度(いちど)()()いでもしてみるかい?」



そんな(ちち)言葉(ことば)にレスターは苦虫(にがむし)(つぶ)したような不貞腐(ふてくさ)れた表情できっぱりと拒絶(きょぜつ)する。



「もうその(はなし)はやめてくれよな。(いま)の俺には『恋人(こいびと)』も『結婚相手』も必要(ひつよう)ないんだよ! しかもお見合いなんて冗談(じょうだん)じゃない!


それに今は俺の事なんかよりもアリシアの事の方がよっぽど重要(じゅうよう)だろ? そんなまだ(からだ)回復(かいふく)していない病人(びょうにん)のような状態(じょうたい)明日(あす)の『奉納祭(ほうのうさい)』に出席(しゅっせき)するなどと無謀(むぼう)もいいところだ!


『奉納祭』は(くに)一大(いちだい)祭典(さいてん)ではあっても参加(さんか)有無(うむ)貴族(きぞく)民達(たみたち)(とく)強制(きょうせい)されてはいない。しかも“あんな事”があったばかりだ。お前が出て行けば他の貴族達からどんな(いや)がらせを()けるかそれこそ分かったものじゃない。俺は絶対に反対(はんたい)だ!!


アリシアは人の悪意(あくい)というものがどれだけ(みにく)(ゆが)んでいるのかまだ分かっていない。父上(ちちうえ)母上(ははうえ)もそれは分かっているはずなのに反対もせずに参加を許すなどとどうかしている!!」



レスターは苛立(いらだ)った口調(くちょう)椅子(いす)から()()がるとテーブルをバンッと両手(りょうて)(たた)く。その(いきお)いでテーブルが振動(しんどう)(うえ)()っている食器(しょっき)同時(どうじ)(うご)いてカップに(そそ)がれたお茶が外側(そとがわ)こぼれてしまう。



「レスター、行儀(ぎょうぎ)が悪い。先ほど大人になれと言ったばかりだというのに、(こま)ったものだな」



「…………(もう)(わけ)ありません」



父親に今しがたの行動を(たしな)められてレスターは謝罪(しゃざい)の言葉と同時に俯き、それを見て父親は小さく息をつくとテーブルの上に()()ったお茶を手拭(てふ)(よう)(ぬの)()きながら(くち)(ひら)く。



「勿論、私達も反対はしたのだよ。けれどアリシア本人(ほんにん)がどうしても参加(さんか)する事を(のぞ)んでいたのでね。本人(ほんにん)(つよ)希望(きぼう)だけに私達も無理(むり)()いする事など出来なかったのだよ」



「アリシア、どうしてそこまで…………」



兄レスターの()せないという()いにアリシアは(しず)かに(こた)える。



本当(ほんとう)にごめんなさい、お兄様。家族に心配を掛けているのは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)で、勝手(かって)ながら我儘(わがまま)(とお)させて(いただ)きました。ですがこれは私がリルディア様に直接(ちょくせつ)釈明(しゃくめい)の出来る絶好(ぜっこう)機会(きかい)なのです。これを(のが)せば私はこの(さき)リルディア様にお目に掛かる事は出来ないでしょう。ですからどうしても『奉納祭』には参加したいのです」



「リルディア王女に釈明だって? そんな事出来るわけがないだろう! お前は王女に(きら)われているから直接会えるどころか、周囲に近付く事さえも出来ないんだ。それに王族の護衛(ごえい)徹底(てってい)されている。無理(むり)に近付こうとすれば逆に反逆(はんぎゃく)(ざい)投獄(とうごく)されてしまうぞ!?」



そんな二人の会話に父親が()って(はい)る。



「レスター、(じつ)はな先日(せんじつ)、デコルデ侯爵(こうしゃく)令嬢(れいじょう)使(つか)いが我が家に訪問(ほうもん)してきたのだよ」



「デコルデ侯爵令嬢だって!?」



「ああ、侯爵令嬢は現在(げんざい)、『祝福(しゅくふく)(せい)乙女(おとめ)』の(にん)にあって直接(うご)けないので、その使(つか)いの者がアリシアの見舞(みま)いも()ねて令嬢の伝言(でんごん)(つた)えに来たのだそうだ」



「どうしてデコルデ侯爵令嬢が? 我が家の人間達はデコルデ侯爵家とは(ほとん)ど付き合いすら無いのにーーー」



それを聞いて尚更(いぶか)しげな顔のレスターに父親が話を続ける。



「デコルデ侯爵令嬢はこの(たび)のアリシアの(こと)大変(たいへん)同情(どうじょう)されているらしくてね。それでこの『奉納祭』でリルディア王女と直接お話が出来る機会(きかい)(つく)ってくれるというのだよ。


侯爵令嬢の話によると、どうやらリルディア王女は父王(ちちおう)同様(どうよう)(した)っているクラウス殿下の結婚話を突然(とつぜん)聞かされて、しかもそれを父王から自分だけに秘密(ひみつ)にされていた事で、一過性(いっかせい)癇癪(かんしゃく)()こされたらしい。


だから今回のアリシアの事も大事(だいじ)叔父上(おじうえ)が取られてしまうと思われてらそれでご機嫌を(そこ)ねられた(よう)なんだ。けれどその()、ご婚約者(こんやくしゃ)のセルリアの王太子(おいたいし)が、ご訪問(ほうもん)された事ですっかりご機嫌が(なお)られて(さら)に叔父上の結婚話も無くなったので、ご安心(あんしん)なされたらしく、今ではアリシアの事も何とも思っていらっしゃらないそうなんだよ」



「なんだよそれ! 王女の機嫌が悪いと言うだけであれだけ(おお)(さわ)ぎして散々(さんざん)周囲(しゅうい)を振り回しておきながら、婚約者に会って機嫌が直ったからアリシアの事はどうでもいいって、やっぱり噂通りの自己中心(じこちゅうしん)自分(じぶん)勝手(かって)(きわ)まりない我儘王女だな。しかもアリシアを(くる)しめていた当人(とうにん)のくせして(たい)した権力(けんりょく)だよ。 (おそ)()ったぜ」



「レスター…………」



今度は呆れた顔で、しかし(きび)しい口調(くちょう)で父親が名前を呼ぶと、レスターはため息をつきながら小さく肩を(すく)める。



「ああ、悪い。分かってるって。大人になれだろ? ーーしっかし何だかなあ、どうして父上もアリシアも、あの第四王女をそんなに(かば)うのか俺にはさっぱり理解(りかい)出来(でき)ないね」



「お前はまだリルディア王女を知らないからだよ。今はそんな事を言っていても案外(あんがい)お前のような男がリルディア王女に(こい)()がれてしまうのかもしれないな。


特にあの御方(おかた)には母君(ははぎみ)以上(いじょう)に人を魅了(みりょう)してしまう美貌(びぼう)才知(さいち)がある。それを考えると本当に数年後が恐ろしくなるな。このままリルディア王女が平穏無事にセルリアに(とつ)がれる事を(ねが)うよ」



「ふん、俺は年齢差(ねんれいさ)のある子供になんか(まった)興味(きょうみ)は無いし、しかも自分勝手な我儘女なんて、いくら美人であっても御免(ごめん)(こうむ)る。大体(だいたい)、そんな女と万が一にでも結婚なんてしてみろよ? 男は一生(いっしょう)不幸(ふこう)のどん(ぞこ)だぜ?


それを考えればセルリアの王太子もお()(どく)にだな。まあ、向こうも王族だからな。王女が嫁いでも今と大して変わんねーからいいのか。


ーーでもそうなると、あと三年ちょっとの我慢という事だな。それでやっとクラウスもあの王女から解放されてお(やく)御免になる。“お気に入り”というのも大変なこった」



「お兄様!!」



「ああ、分かってるって。悪かった。ーーつい、な」



そんなレスターは言葉遣いがすっかり市井(いちい)言葉(ことば)になっていても気にする事もなく、自分を(にら)む妹に片手(かたて)をひらひらと振る。そんな王女への不快感(ふかいかん)を見せる息子(むすこ)を見て父親もやれやれとばかりに再び口を開く。



「ーー話が()れてしまったな。それで侯爵令嬢は今の内にアリシアが(みずか)(おのれ)潔白(けっぱく)を王女に釈明してリルディア王女の誤解(ごかい)()けさえすれば、国王の不興(ふきょう)も解けて全てが(もと)に戻るとーーだから微力(びりょく)なれど是非(ぜひ)協力したいと、そう(おっしゃ)って下さっているそうなんだ」



「ええ、そのようにローズロッテ様からお気遣いのお言葉を頂き、しかもリルディア様との(はし)(わた)しまでわざわざ申し出て下さるなんて、本当に感謝(かんしゃ)しきれません。特にローズロッテ様はリルディア様が唯一(ゆいいつ)(した)しくされているご友人(ゆうじん)でもあるので、あの御方のお(ちから)()えがあれば、きっとリルディア様も私の事をお(ゆる)し下さると思うのです。ですから私、誰に反対(はんたい)されようとも明日(あす)の『奉納祭』には(かなら)(まい)ります」



そんなアリシアの(かた)意思(いし)(しめ)す視線が兄の視線を()(かえ)さんばかりに真っ直ぐに見つめている。レスターは長いため息を吐くと妹の視線を(はず)して父親に体を向ける。



「ーー父上、アリシアはこう言っているが、俺はデコルデ家の人間を全く信用(しんよう)出来ない。父上も知っての通り、デコルデ侯爵はブランノアの貴族の頂点(ちょうてん)に立つ大貴族で国王に()絶対的(ぜったいてき)な権力者だ。そしてその絶大(ぜつだい)な権力は国内のみならず諸外国にあってもその影響力(えいきょうりょく)は国の経済(けいざい)左右(さゆう)するだけの力があるとも言われている。そんな侯爵自身(じしん)一癖(ひとくせ)二癖(ふたくせ)もある()わせ(もの)であり、(くろ)い噂も少なくはない。


そんな家の侯爵令嬢がどうして突然アリシアの味方をするなどと向こうから申し出てくるんだ? しかも今までデコルデ侯爵家とは殆ど付き合いも無い俺達なのに、どう考えてもおかしいだろ?」



するとアリシアがすかさず反論(はんろん)する。



「お兄様! そのように(あたま)から人を(うたが)うなどと、こうして()()()べて下さっているご令嬢に大変失礼ですわ!


ローズロッテ様は本当に私の事を(こころ)から心配下さっているのです。そんなローズロッテ様は私に『早くお元気になられますように』と、そしてリルディア様とも

『仲直りが出来ますように』とお(やさ)しくも(あたた)かいお心遣いのお見舞いと、お手紙(てがみ)も頂きました。お兄様はデコルデ侯爵家の皆様の事も誤解されていらっしゃるだけなのです!」



そんな自分に詰め寄る(いきお)いで反論する妹をレスターは手で制止(せいし)させる仕草(しぐさ)を見せてから(けわ)しい表情のまま厳しい口調で口を開く。



「ーーアリシア。お前は人の悪意(あくい)の恐ろしさを分かっていないんだよ。(おもて)()きは善人(ぜんにん)のようであっても(はら)の中では常に邪魔者(じゃまもの)排除(はいじょ)しようと虎視眈々と隙を狙っている者だっているんだ。


権力(けんりょく)競争(きょうそう)』の上に立つという事は、その下には沢山(たくさん)の人間達の犠牲(ぎせい)()(かさ)なっている。特に俺達のような下級層(かきゅうそう)の者達のな。俺はそんな()()とされた人間達を貴族社会の中で何人も見てきた。その姿は俺達にとっても他人事(たにんごと)ではないんだ」



そんな兄の(おも)(くる)しい雰囲気(ふんいき)にアリシアはそれ以上何も言えずに口を()ざしてしまう。



「レスター、確かにお前の言う事ももっともだ。私もそれは少々気になってはいるよ。けれど相手は侯爵本人(ほんにん)ではなくご令嬢の方だ。失礼ながらあのご令嬢は少し変わった所のある方だから(たん)なる気紛(きまぐ)れの思い付きとも(かぎ)らない。


しかも侯爵家にとって我が家は『権力競争』とは無縁(むえん)の気に留める事すらもない貴族とは名ばかりのいわば下層の人間だからね。だからそこまで深刻(しんこく)に考えるほどのものでも無いのかもしれないし、


それにご令嬢からはアリシアへのお見舞いで体に良い果物(くだもの)野菜(やさい)滋養(じよう)()(くすり)など色々と頂いた上に、私達の事も大変気に掛けて下さっていて、もし貴族間で何か困っている問題があるならばなにかしら力になれるかもしれないので相談(そうだん)して欲しいとまで仰って下さっているんだよ」



父親のその話を聞いたレスターは不信(ふしん)極まりない顔で首を横に振る。



「はあ? まさか父上はその言葉を全て鵜呑(うの)みにするつもりじゃないよな? あの侯爵令嬢は見掛けは頭に(はな)()いているような変わり者だが、中身は侯爵同様に癖のある人物(じんぶつ)らしい。しかも侯爵は嫡男(ちゃくなん)である子息(しそく)よりもその(むすめ)の方に大変目を掛けているようだし、


なんといってもあのリルディア王女と対等(たいとう)に付き合う事の出来る唯一の『親友(しんゆう)』でもある。そんな人物が性格の良い人間であるはずが無いだろ?


それに少し前にアリシアはあのデコルデ侯爵の馬鹿(ばか)息子(むすこ)求愛(きゅうあい)(ことわ)っているからな。一応(いちおう)、馬鹿息子とはいえど、デコルデ侯爵家の大事な嫡男。何らかの仕返しをされても不思議(ふしぎ)じゃない」



するとアリシアは困惑(こんわく)するように自分の胸に手をあてて首を横に振る。



「ーー私、デコルデ家のオーランド様には丁寧(ていねい)誠意(せいい)を込めてお断り申したはずと認識(にんしき)しておりました。しかも私のような者には侯爵家のご子息のお相手など(ぶん)不相応(ふそうおう)であり、お気持ちをお受けするわけにも参りませんでしたので。ですが仕返しなどとーーそんな」



次第(しだい)に表情を(くも)らせて(うつむ)くアリシアに父親が娘の肩を引き寄せて(おだ)やかに声を掛ける。



「アリシア、お前は間違ってなどいないから何も気にする事はないよ。いくら相手に好意(こうい)を寄せられても誰しも相手に対して同じ好意を(いだ)いているわけではないのだからね。しかも誠意を持って丁寧に断っているのなら尚更、(うら)みを持たれるいわれはない。人の心というものは何者であろうとも自分の思い通りになど出来ないのだから。そして断るという行為(こうい)も誰であっても

当たり前に普通にある事で、決して悪い事ではないのだよ?」



そんな父親の言葉に賛同(さんどう)するようにレスターも大きく(うなず)く。



「父上の言う通りだ、アリシア。お前が気にする事なんてないんだぞ? それに大体、上流(じょうりゅう)階級(かいきゅう)で、しかも絶大な(とみ)と権力を保持(ほじ)する大貴族の侯爵家の跡取(あとと)り息子に、自分達には何の()にもならない格下(かくした)下流(かりゅう)貴族の娘との交際(こうさい)を侯爵家が絶対に許すはずがないだろう? まあ、良くてせいぜい愛人(あいじん)(あつか)いってところだろうな。


ーーふん、しかもあんな『マザコン』(ぼう)や、振って当然(とうぜん)だぜ。下流貴族だからって、なんでも自分達の思い通りになると思いなさんなってな!」



先ほどから落ち込み気味(ぎみ)の妹を(はげ)ますように、レスターは極めて明るい笑顔で(こぶし)を作って(ひじ)を立てる仕草をすると、それを見たアリシアの顔にも笑顔が戻る。レスターはそんな妹の様子に安堵(あんど)すると、そのまま言葉を続ける。



「ーーまあ、とにかくだ。俺の意見(いけん)としては、アリシアは『奉納祭』に行かせない方が賢明(けんめい)だと思う。もしかしたらリルディア王女と侯爵令嬢が結託(けったく)してなにか(たくら)んでいるとも限らないし、事実(じじつ)、あの二人はこの国で(もっと)(こわ)いもの知らずの『要注意(ようちゅうい)人物(じんぶつ)』だからな。

けれどさすがにアリシアが屋敷(やしき)()(こも)ってさえいれば、いくらあの『二人』でも手出しは出来ないだろう?」



それを聞いたアリシアは(せき)を立つなり普段(ふだん)大人(おとな)しく上品(じょうひん)な姿からは想像(そうぞう)のつかないほどに大変(めずら)しくも(いか)りの表情を(あらわ)にして兄同様にテーブルを叩く。



「お兄様っ!! いい加減にして下さい! 私の心配をされているのは分かりますが、それ以上、リルディア様やローズロッテ様の事を悪く仰るのなら、いくらお兄様といえども私も怒りましてよ!


しかもリルディア様を悪者(わるもの)(あつか)いするなどと、クラウス様とてそれをお聞きになれば絶対にお(いか)りになられます! それともお兄様はご親友のクラウス様と仲違(なかたが)いなさるおつもりなのですか!?


ーー私、何があろうとも明日の『奉納祭』には必ず参加致します。それでもまだ反対なさるのなら私、お兄様とは絶交(ぜっこう)致しますわ。そして今後(こんご)一切(いっさい)、口も()きませんから」



そう言ってアリシアは兄からそっぽを向くと、レスターは(あわて)てて身振り手振りで妹を(なだ)める。



「ア、アリシア? ーーええっと、ごめん。俺が悪かった。言葉が過ぎたよ。とにかくお前が心配でつい色々と(いきお)(あま)って口に出てしまったんだ。本当にすまない。


俺だってデコルデ侯爵家はともかくリルディア王女の事は本気で疑ってなどいない。なにしろあのクラウスが他の(めい)(たち)がいる中でも特に目を掛けている王女だからな。だからもうリルディア王女の事は悪くはいわないから機嫌を直してくれ」



アリシアは反省(はんせい)の色を()かべている兄の顔をジッと見つめる。



「………本当に? 本当にリルディア様を信じて下さる?」



「ああ、信じるよ。お前も父上もクラウスもリルディア王女の事を信じている様だしな。だから俺も信じる」



兄からのその言葉でアリシアの表情がパッと明るくなり、いつもの優しげな笑顔が戻る。



「よかった…………お兄様。リルディア様は本当に素直でお可愛らしい御方なのですよ? いずれお兄様にもリルディア様と是非ともお引き合わせしたいですわ。それにリルディア様は行動的で大変活発(かっぱつ)(した)しみやすい御方なので、きっとお兄様とはとても気がお合いになると思うの」



「ふ~ん? ーーでも俺、国王がすごく苦手(にがて)なんだよ。そしてリルディア王女にはその怖い怖い国王がもれなく、くっついているわけだろ? 俺はそんなの怖くて(ちか)()けねえわ」



「まあ、お兄様? そんな()(ごし)な事では、お兄様が仰っていたすごい美人を捕まえる事なんて(ゆめ)のまた夢ですわよ?」



「あーーもう、その話はいいだろ? (べつ)に美人だろうが無かろうがそんなものどうだっていいんだよ。(よう)は本人の気持ちが大事なんだから。それに今の俺にはお前の幸せを見届(みとど)ける事が何よりも最優先(さいゆうせん)なんだからな」



「お兄様………それを『シスコン』と言わずして何と言うのです? 本当にお兄様は困った御方ですわね」



そんな兄妹(きょうだい)の大変(なか)の良い様子を(あたた)かい目で見守(みまも)りながら父親がレスターに向けて話し掛ける。



「レスター、アリシアの意思はこの様に固い。だから明日の『奉納祭』では私達がアリシアに付いていれば

大丈夫だろう。それに私の友人達にも協力して(もら)えるようにお願いしておくから、(おおやけ)()にいる限りは大勢(おおぜい)の人の目もある中で誰も下手(へた)な手出しは出来ないはずだ。どんな貴族であろうと人前での体裁(ていさい)というものがあるからね」



するとレスターは大きな長いため息を吐く。



「全く、アリシアは一度()めたら頑固(がんこ)だし、父上にしても娘にはこうも(あま)い。結局、反対している俺だけがここでは悪者かよ」



「フフッ、私は父親だからね。可愛い娘のお願いは出来るだけ(かな)えてやりたいのだよ。お前とてアリシアが(かな)しむ顔は見たくはないだろう?」



「レスター、そんなに()ねなくとも(わたくし)貴方(あなた)の味方ですよ? けれど勿論(もちろん)、アリシアの味方でもありますから、私もここはアリシアの意思を尊重(そんちょう)してあげたいですわ」



「ううっ、母上(ははうえ)までーーああ、もう分かったよ。多数決(たすうけつ)には(したが)う」



「お兄様! ありがとうございます! お父様もお母様も私の我儘を聞いて下さり本当に申し訳ありません」



アリシアは嬉しそうに頭を下げるとレスターはそんな妹の姿に肩を竦めて。やれやれと片手を振る。



「はあぁ~お前の我儘なんて子供の頃以来だな。リルディア王女の我儘がうつったんじゃないのか?」



「お兄様…………」



アリシアの(たしな)める視線にレスターは「はいはい」と言って席を立つ。



「これ以上何か言うとアリシアにまた怒られそうだから俺は一先(ひとま)退散(たいさん)するよ。しかも俺、まだ(かえ)ってきたままの状態(じょうたい)だったからな。取り敢えず湯殿(ゆどの)に行ってくる。アリシアも『奉納祭』に出るなら今日は無理(むり)せずに(はや)(やす)めよ? 明日(あす)体調(たいちょう)が悪くなるようなら否応(いやおう)なしに部屋(へや)()()めるからな」



「ふふっ、分かりましたわ。ありがとうございますお兄様」



レスターは片手をひらひらと振り、そのまま歩いて行く後ろ姿を両親とアリシアは顔を見合わせて微笑みながら見送(みおく)ったのだった。






【⑦ー終】














































































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