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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑦プリンヴェル家の人々】

【小話⑦】




「ーーアリシアっ!!」



扉を叩く音も無く勢いよく開け放たれた扉の向こうから、茶色混じりの赤毛の髪と薄い茶色の瞳のレスターが出先から帰ってくるなり、妹の部屋に飛び込んできた。



「まあ!お兄様? お帰りなさい。何もお変わりがなくて安心致しましたわ。けれどお兄様、いくら兄妹とはいえ女性の部屋に入室の許可も得ずに勝手に入ってくるなど不作法ですよ? お兄様は男爵家の跡取り子息なのですから尚の事、紳士としてのご自覚をお持ちくださらないとーー」



兄の顔を見るなりアリシアは苦笑しながらその所作を(たしな)める。


そんなアリシアはここ何日も心身的に病を患い体調を崩して伏せっていただけに、少しずつ回復の兆しは見せていたものの以前と比べて明らかに明るい金色の髪もすっかりくすんで艶もなく、見るからに痩せ細ってしまった体に血色の悪い顔色で窪んでしまった瞼からは薄い空色の瞳がやけに大きく強調されて、本来の健康的で明るくはつらつとした美しいアリシアとは見る影もない変わり果てた姿だった。


それがやっと最近になってベッドから起き上がれる様になり少しづつ元気を取り戻しつつあった最中、兄のレスターはここ数日の大嵐で被害にあった町外れの村の教会や民家の壊れた屋根や壁の修繕の為に泊まりがけで出掛けていて、帰ってきた矢先に両親から話を聞いて、いてもたってもいられず妹の部屋に飛び込んできたのだ。



「そんな事はどうでもいい!! それよりも一体どういう事なんだ!? 明日の『奉納祭』に出席するなどと俺は初耳だったぞ!?」



するとアリシアはテーブルの上に積み上げてあった沢山の本の整理を続けながら弱々しく微笑む。



「まあ、どちらでお聞きになりましたの?「お兄様には言わないで」とお父様方にも口止めしておきましたのに」



仕方がないという表情を浮かべて首を横に振る妹に兄が詰め寄る。



「何を言っているんだ!皆お前の事を本当に心配しているんだ!それでなくとも何の罪もないお前がいわれのない不条理な|理由で酷い仕打ちを受けてこんな目に合っているのに『奉納祭』に出向くなど猛獣達の巣窟に飛び込むも同じだ!あの自分勝手で傲慢で権力を振りかざしてふんぞり返っている人を人とも思わない奴等の格好の餌食になってしまうじゃないか!」



そんな妹の両肩を掴んで詰め寄る兄にアリシアは小さく息をついて兄の腕にそっと触れる。



「お兄様、その様な事を仰ってはいけません。全ての人間が悪い人達ばかりではありませんわ。それに人は誰しも無垢な赤子で生まれ、そこに悪など存在しないのです。


ですから同じ国を母国とし、お互いに住まう者同士、思想や価値観の違いはあれども、こちらが誠意を持って相手を尊重し丁寧に接していれば、きっと誰とでも分かり合えると思うのです。


それに私が体調を崩したのは自己管理の至らぬ自己責任であり、他人のせいにするなど以ての外です。それともお兄様はご親友でもあるクラウス様の事も悪い御方だと仰るの?」



そんな妹の言葉にレスターは|困惑するような苦い表情を浮かべる。



「ーーいや、クラウスは違う。彼は王族であっても周囲に流されず善悪の判断の出来る貴族社会において数少ないまともな人間だ。


しかしそれ以外の王族の人間も上流階級の貴族達も皆、(ろく)でもない奴等ばかりだ! 中でも王族は特に酷い。国王は侵略を好む戦好きの暴君で、王妃や愛妾は国の財を食い潰す浪費家であり、その王女達は傲慢で高飛車で下級層の人間を全て見下しているやりたい放題の我儘 娘ときている。


この国の貴族達の中で分かり合える人間なんて、ごく一部の一握りの者達だけだ。特に上層部の奴等は『喰うか喰われるか』で互いが虎視眈々と己が優位に立てる機会を狙っている。


だから尚更お前が心配なんだよ。お前は優し過ぎる上に人を疑わないお人好しだ。お前のような純粋な人間はそんな奴等に利用され骨の髄まで啜られてボロボロにされるに決まっている。


今だってそうだろう? 向こうからクラウスとの婚姻話を一方的に持ち掛けておいて、あの我儘な第四王女がお前を嫌っているという理由だけで突然婚姻話を取り下げただけではなく、城を出禁にまでされて、


しかも我が家の人間達は他の貴族達から悪い噂まで立てられ社会的にも蔑ろにされている。クラウスの擁護がなければ今頃俺達はこの国にはいられないだろうな。


ーーいいか、アリシア。これがこの国の『現実』なんだよ。お前の気持ちなど貴族社会の奴等には何一つ届きやしない。この国は内部から膿んで腐っているんだ」


「レスター!!」



突如、背後から咎める様な大きな声にレスターとアリシアが扉の方を見ると、そこには二人の父親が立っていた。



「……父上」



レスターが呟くと、父親は静かに部屋の中に入り二人の前に立った。



「レスター、お前はこの国の人間であり、私達はその王家に仕える一臣下なんだ。それなのに自分達の主である王家の人間達の事を、そのような悪しき言葉で中傷するような暴言は決して許されない。しかもそれは私達を懇意にして下さるクラウス|殿下への冒涜にも価する言葉だよ」



それを聞いたレスターは父親から視線を外して俯く。



「確かに私達の住む世界には悪しき人間もいるけれど、アリシアの言う通り全ての人間が悪い者達ばかりじゃない。それに今こうして家族が戦火に怯える事なく平穏に暮らしていけるのは国王あってのおかげでもあるんだ。それを忘れてはいけない」



そんな父親の言葉にレスターは憤るように叫ぶ。



「父上は本当にそれでいいのかよ!? 父上も今まであの腹黒い貴族共に散々利用されて下流貴族だからと横柄な態度で馬鹿にされてきたじゃないか!父上もアリシアもどこまでお人好しなんだよ!


しかもそれでアリシアがこんな酷い目に合っているのに、それを許せるのか!? あんな我儘王女の機嫌次第で親馬鹿国王によって道理も何も関係なく不条理に他人の人生を容易く壊されていくのを黙って見ているだけなのかよ!?」


「お兄様!どうか落ち着いて下さい!お父様に対してそのような態度は大変失礼です。お父様は間違った事は何一つ仰ってはおりませんわ!それにリルディア様の事もお兄様は誤解しておいでです」



兄の態度を見かねたアリシアが父と兄の間に割って入る。



「アリシア!まだそんな事を言っているのか!? お前はあの王女の被害者なんだぞ? あの王女のせいでお前は心身を病んでしまうほどに辛い目に合わされて酷い仕打ちを受けているのに、それなのにまだあの王女を庇うなどと、どうかしている! いい加減目を覚ませ!!」



するとアリシアは真剣な面持ちで大きく首を横に振る。



「いいえ、お兄様!リルディア様の事を悪く仰る事は私が許しません。お兄様が私の為を思い、心配してのお言葉であるのは勿論、分かっておりますし心から感謝しております。けれど私がこの様になったのは全ては私の心が未熟だからなのです。


それにリルディア様はあのように外見やお言葉遣いから大変大人びて見えてはいても実際はまだ御歳12歳の御子様です。子供が大人に我儘を言うのは身分問わず世間一般的に言っても、ごく当たり前の事でしょう?


お兄様はリルディア様とは直接面識がおありでないからお分かりにならないかもしれないけれど、リルディア様は決して悪い御方ではありません。


此度の事にしてもリルディア様はご自分に正直で真っ直ぐな純粋無垢な御方だからこそ、私の態度や説明の至らぬところがきっとご不快な思いを感じさせてしまったのでしょう。


それにリルディア様は国王陛下やクラウス殿下が大変慈しまれている御方です。そして私もリルディア様が大好きです。そのように人から愛されている御方が悪い人間であるはずがありません。お兄様はそんなクラウス様が大切にされている姪御様の事をクラウス様の前でも悪く仰る事が出来るのですか?」



真っ直ぐに見つめるアリシアの視線から逃げるようにレスターは俯きながら小声で呟く。



「……大体、クラウスは柄にもなくリルディア王女を甘やかしすぎなんだよ」



それを聞いてアリシアはクスクスと笑う。



「クスッ、お兄様? クラウス様は誰であろうと甘やかすような御方ではありませんわ? それを言うならお兄様の方が妹を甘やかしすぎなのではないですか? お兄様の『シスコン』は世間でもかなり有名ですのよ?」


「なっ! 俺は普通に家族の事を心配しているだけで、決して『シスコン』などではーー」



レスターは否定しようとするも妹の久方ぶりに見るその楽しそうな笑顔に何も言えなくなってしまう。そんなレスターの肩を父親も笑顔で軽く叩く。



「どうやらお前も妹には敵わないようだ。ーーとにかくお前の気持ちは私にも勿論分かっているよ。けれどね、私もリルディア王女とは何度か面識があるけれど、アリシアの言う通り悪い印象は持ってはいないんだ。


リルディア王女はクラウス殿下同様に嘘をつかない上、しかも良し悪しもひたすら真っ直ぐに向かってくる純粋に素直な御方だ。きっと国王陛下の本質も本来はそうなのかもしれないね。だからこそリルディア王女は周囲に感化されやすいのかもしれない。


確かに世の理の中で王族の周囲には常に色々な確執や念が渦を巻いているのも目を背けられない事実だよ。だからレスター。我がプリンヴェル家の嫡男であるお前も、そういった意味では大人にならないといけない。


お前のように己の信念で正しいと思う事を権力に屈せず意見を述べられる姿勢は親である私も大変誇らしいと思っているよ。けれど自分の感情のままに後先考えず物申すのは子供の癇癪と同じだ。それはまだ子供であるリルディア王女だからこそ許される事で、もういいだけ歳を重ねている大人のお前にはそれは許されない事だよ。


私達が貴族である以上、貴族社会に身を置いている立場で己の振る舞いや言動一つが『災いの刃』となって襲ってくるともしれない。それは自分だけならまだしも、愛する家族や親類一族にまでも不幸にしてしまう要因にもなるんだ。


お前は我がプリンヴェル家の次期家長であり、いずれは妻や子という守るべき大切な家族も増える事だろう。だからこそ大切な者達を守る為にも己に責任が課せられている事を努々忘れてはならない」



父の言葉にレスターは大きく息を吐くと伐の悪そうに頭を掻く。



「ーーああ、分かったよ。軽率な行動は取るなって言うんだろ? どうせ俺はクラウスとは違って頭の中身は子供だからな。はあ……俺も『女』だったらよかったな。『女』であれば子供でなくとも感情のままに物申しても許される範疇だろ?」



するとアリシアが呆れたように兄を(たしな)める。



「お兄様!お兄様のそういう所がまだ子供だというのです! それに私も大人なのですから、いつまでもお兄様に庇って頂かなくとも自分の事は自分で責任を持ちますわ!ですからお兄様はご自分の事だけをお考え下さい。そして早く良き結婚相手をお見つけになって両親や私を安心させて下さいな」


「いや、俺はお前の幸せを見届けてからじゃないと、とてもそんな気にはーー」


「それを『シスコン』というのですよ? 実際、お兄様をお慕いしている素晴らしい女性が周りには沢山いらっしゃるのに、お兄様もいい加減、妹から離れて、そちらに目を向けて下さらないと今度は私が『ブラコン』と呼ばれてしまいます。私はそんなの嫌ですからね?」


「お、おい? アリシア?」



そう言ってプイッとそっぽを向く妹に慌てる兄の様子を見て、父親は笑いながら二人の肩を引き寄せる。



「フフッ、レスター。どうやら兄よりも妹の方がずっと大人なようだね。私もアリシアと同意見だよ。お前が妹を心配するのも分かるが私も家内もアリシアにしても逆にお前の事が心配なんだ。


アリシアだってもう子供じゃない。自分の事は自分で考えているよ。だからお前もそろそろ自分の幸せを考えたらどうなんだ? 私はお前に結婚を強要するつもりはないし、お前はクラウス殿下とは違って自由に結婚相手を選べるんだ。私達家族はお前が早く結婚相手を連れて来て紹介してくれるのを長い事、待っているのだがね?」


「お父様の仰る通りです。お兄様? 一体いつになったら私にお義姉様を作って下さるの? 私は義姉も勿論ですけれど、可愛い甥や姪も早く欲しいですわ?」



そんな父親と妹の期待を向ける笑顔に耐えきれずにレスターは二人から少しだけ距離を取る。



「ああーなんだよ、二人して|結託してからに。俺の事はいいんだよ!そんな心配せずとも俺だってその内、すっげー美人を連れて来てやるから安心しとけ!」



その言葉に父親と妹は顔を見合わせてニッコリと笑う。



「お父様? 聞きまして? お兄様はようやく私達に『想い人』をご紹介して下さるそうよ? 長い間待った甲斐がありましたわね?」


「ああ、そうだね、アリシア。これでやっと私もご先祖様に顔向けが出来るよ。しかもすごい美人だとは早くお会いしてみたいものだね」



そんな二人の会話にレスターは慌て訂正に入る。



「おい、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ? 俺が言ったのは『その内』だからな? 断じて『今』じゃないからな!?」



しかし父親と妹はそんなレスターを見ても相変わらずクスクスと笑っている。



「ええ、『その内』なのでしょう? 分かりましたわ。ーーああ、楽しみですわね。早く『その内』が来ないかしら?」


「本当にそうだね。『その内』が楽しみだ」



|父娘の結託ともいえる様子にレスターは眉間を(しか)めて腰に片手を当てながら深く長いため息をつく。



「ああーーくっそ、周りで「結婚、結婚」と煩く騒がれるクラウスの気持ちがよく分かるな。しかもそれって超面倒くせえーー」


「まあ、お兄様!また言葉遣いが悪くなっていてよ?」


「あーーもう、いいんだよ。元々俺は貴族なんかよりも市井の気質の方が自分の性に合っているんだから」


「そういうわけにもいきませんでしょう? お兄様は男爵家の跡取りなのですから、きちんとその辺の自覚をお持ちになって普段から礼儀正しく紳士的になさらないとーー」


「ああ、はいはい。分かってるって」


「お兄様!」



そんな面倒くさげな兄と、それを苦言する妹の様子を見ながら父親は穏やかな表情で口を開く。



「さあさあ、二人とも。仲良く兄妹喧嘩も良いけれど、母様がお茶の支度をしているから皆で下の階に移ろうか。母様に心配をかけてしまうからね」



父親の言葉に二人は同時に顔を見合わせて頷いたのだった。





【⑦ー続】






















































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