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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
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【小話⑤『ファーストキス』~契約より】

【小話⑤】





(わたし)()()がる(いか)りに(まか)せて(ふたた)(むすめ)(まくら)()()ける。



(うそ)(おっしゃ)い!! あの()は“本気(ほんき)”だったわっ!! しかも(こと)もあろうに娘の(まえ)二回(にかい)もキスされたのよ!? あんたには(たい)した事ではなくとも、まだ8つの(おさな)い娘にあんなものを()せた(うえ)大人(おとな)会話(かいわ)まで()かせるなんて、あんたは“父親(ちちおや)失格(しっかく)”よ! もしこれでリルディアに(へん)影響(えいきょう)()たら、(すべ)てあんたのせいだからね!!」



「ーーリル、見てないよ!?」



突然(とつぜん)、娘の(こえ)が聞こえて(われ)(かえ)ると、娘の姿(すがた)がどこにも見えない事に気付く。



「リルディア??」



私は娘がいたはずの方向(ほうこう)を見るも、その()に姿は()い。そしてアレイストも(おな)じく娘がいない事に気付き、(こし)()けていたベッドから()ち上がると、(あた)りを()(まわ)している。



「リルディア? どこにいるんだ?」



「ーーリル、本当(ほんとう)に見てないからね?」



ーーと、またどこからともなく娘の(ちい)さな声が聞こえてくる。私も立ち上がると辺りを見回して声を掛ける。



「リルディア? どこにいるの? 出ていらっしゃい?」



すると娘の声がまた聞こえる。



「え~? だってリルが見ていたら母様(かあさま)()ずかしいんでしょ? だからリル、まだここにいるね? 邪魔(じゃま)しないからいっぱいキスしていいよ?」 



「…………アレイスト」



私はそんな『馬鹿(ばか)(おとこ)』を(うら)みを()めた視線(しせん)(にら)み付けると、さすがにアレイストも(あたま)()いている。そしてアレイストは声の聞こえた方向のクローゼットへ()かうとその(とびら)()ける。



「ーーリルディア、見つけたぞ?」



「あ、お父様(とうさま)だ??」



「突然、見えなくなるからビックリするじゃないか」



アレイストはクローゼットの中にいた娘を()き上げる。



「ん~だって、お父様は母様とキスしたいのにリルがいたら邪魔でしょ?」



娘の言葉(ことば)にすっかり『父親の(かお)』に(もど)ったアレイストは破顔(はがん)しながら娘の(ほほ)にキスをする。



「父様はリルディアを邪魔だなんて(おも)った事は一度(いちど)も無いぞ? (たし)かに母様にも沢山(たくさん)キスしたいが、お前にもいっぱいキスしたいんだ。リルディアは恥ずかしいか?」



「ううん? ぜ~んぜん恥ずかしくないよ? リルもお父様にキスしたい!! ーーーチュッ」



「!! リ、リルディアあぁっっーー!!?」



それを見た私は思わず絶叫(ぜっきょう)(ちか)い声で(さけ)ぶ。そしてアレイストの顔も(おどろ)いたまま、目を(おお)きく見開(みひら)いている。



「お父様?? どうしたの?」



「あ? ああ、いや、」



「あ、あ、あんた、なんてことを!!」



娘はキョトンと(くび)(かし)げ、その表情(ひょうじょう)はまるで()かっていない。



「母様?? お父様にキスしちゃ駄目(だめ)なの?」



「だ、駄目って、あんた、自分(じぶん)の『ファーストキス』をーーー」



「ファーストキス?」



娘のその反応(はんのう)に私は自分の“失態(しったい)”に気付く。



ーーああ、そうだった。娘に『ファーストキス』の事なんて、(おし)えていなかった。でもそういう事は自然(しぜん)(おぼ)えるものだが、この()(はこ)()(そだ)ち。母親である私が教えないといけなかった。そうとは()らない娘は自分の(はじ)めての大事(だいじ)なキスをよりにもよって、自分の父親にあげてしまうなんて!!



後悔(こうかい)(ねん)狼狽(ろうばい)する私を他所(よそ)に娘の父親は上機嫌(じょうきげん)(わら)い出す。



「ははははっつ! どうだ!! 娘の『ファーストキス』の相手(あいて)は私だ!! この事実(じじつ)はもう(くつがえ)せんぞ!? リルディアの“初めて”はこの私が(もら)った!!」



ーー馬鹿か!? この男は!! ーーああ、やっぱり(なぐ)りたいっ!!



(じょ)冗談(じょうだん)じゃないわっ!? 父親へのキスなんて、そんなのカウントに入らないわよ!! 自惚(うぬぼ)れるのも大概(たいがい)にして!!」



私はキッと馬鹿な父親を睨みながら娘に()()る。



「リルディア!! いいこと? 今のは『ファーストキス』じゃないのよ? 父親へのキスなんて、(いぬ)(ねこ)へのキスと一緒(いっしょ)なの。だからリルディアの(くちびる)はまだ純潔(じゃんけつ)のままなのよ?」



ーー娘はまだ8つ。(いま)なら言いくるめられる。



「ファーストキスってなあに?」



首を傾げる娘にもう()んでしまった事ではあるが、私は(ひたい)()()いてその後悔で(ふか)いため(いき)を吐()く。



「本当にーーもっと(はや)くに教えておくべきだったわ。あのね? リルディアよく聞くのよ? (おんな)()の唇のキスは『特別(とくべつ)』なの。


ーーえっと、つまり、唇へのキスを異性(いせい)ーー男性(だんせい)とするのは本当に一番(あい)している(ひと)としかしてはいけないのよ? だからたとえ父親であっても、唇にだけは絶対(ぜったい)にキスしてはいけないの。


だから『ファーストキス』というのは、女の子が()まれて初めて一番大好(だいす)きな男性とするキスの事よ? それは(ほか)のどんなキスよりも一番大切(たいせつ)なキスなの。だからリルディアのその唇はあんたの一番大好きな男性としかキスしては駄目なのよ?」



「一番大好きな男性? お父様じゃなくて??」



「ーーええ、そうよ」



「リルディアの一番大好きな男は私しかいないだろう?」



「馬っ鹿じゃないの!? 父親は『異性』になんて入らないわよっ!! あんたのせいでリルディアの『男』の認識(にんしき)がおかしくなってしまったらどうするのよっ!! 大人(おとな)になってからじゃもう修正(しゅうせい)()かないんだからね!?」



私はこのどうしようもない(おや)馬鹿(ばか)(おとこ)胸元(むなもと)をむんずと(つか)んで詰め寄っていると、父親の(むね)(なか)で娘は何やら(かんが)えるような表情をし、(つぎ)瞬間(しゅんかん)、娘は父親にとって“大打撃(だいだげき)”であろう究極(きゅうきょく)大槌(おおつち)見事(みごと)()()ろした。



「それじゃあ、リル、もう『ファーストキス』しちゃったよ?」



「えっ?」

「なっ?」



私達は同時(どうじ)に声をあげ娘の顔を見つめる。



「え~っと? リルディア? (ねん)(ため)に聞くけど………それって、さっきのお父様へのキスーーじゃなくて?」



私が確認(かくにん)すると娘は笑顔(えがお)(うなず)く。



「うん!! 違うよ? だって大好きな男の人と初めて唇にキスするのが『ファーストキス』なんでしょ? それならリル、もうキスしちゃったよ?」



「なっ、な、なんだとおおおっーーっつ!!」



アレイストの表情が一気(いっき)(あお)ざめ、驚愕(きょうがく)怒号(どごう)()()じった大きな声が部屋(へや)(じゅう)(ひび)き、それに驚いた娘は()(よじ)って父親の胸から(のが)れる。そんな父親は娘の肩を掴んですごい(いきお)いで詰め寄った。



「リ、リルディアっ!? (うそ)だよな!? 冗談なんだろう?」



豹変(ひょうへん)した父親の様子(ようす)に娘はたじろぎながらも首を(よこ)()る。



「嘘じゃないよ!? リル、嘘なんてつかないもん!!」



「うぐおおおおっつーーー!!!」



突然(とつぜん)(こぶし)(にぎ)()めて天井(てんじょう)を向いて雄叫(おたけ)びを上げる父親にリルディアが驚いて私の(うし)ろに(かく)れる。私は(おび)える娘を自分の後ろに隠すと、アレイストを()()えず(なだ)める。



「ちょっと!! 大声(おおごえ)で叫ばないで!! リルディアが(こわ)がっているでしょう? もうっ、(おさな)子供(こども)()う事じゃないの。本気(ほんき)にしないで!!」



アレイストは余程(よほど)衝撃(しょうげき)()けたのか、そのまま拳を握り締め(うつむ)いたまま、その肩がワナワナと(ふる)えている。私の後ろでは娘が私の背中(せなか)にしがみ付き顔を隠してその小さな体を強張(こわば)らせながら小さく震えている。



ーーああ、面倒(めんどう)くさい事になったわ。私も(さき)ほどの『本気』の(いか)状態(じょうたい)のアレイストも怖かったが、今のこの状態のアレイストも正直(しょうじき)怖い。けれど娘に怒りの矛先(ほこさき)を向けさせるわけにはいかない。私で()()めなければ。



「アレイスト、()()いて? リルディアが怖がって今にも()きそうなのよ?」



私がそう言うとアレイストはゆっくりと俯いていた顔を()こすと、真顔(まがお)無言(むごん)のまま私の前に(ある)いて()る。私はそんなアレイストに表情を強張らせて緊張(きんちょう)してしまう。



えっ!? 真顔!? やだ、また『本気』なの?? 相手は『リルディア』なのに??



アレイストは私の前に立つと真顔で私の顔を見つめ、ゆっくりと息を吐いてから(ゆか)(ひざ)を付けて腰を落とす。そして私の背中で震える娘に、先ほどの態度からは、とても(しん)じられないような(おだ)やかな(やさ)しい声色(こわいろ)で話し掛ける。



「リルディア? すまなかったーーいきなり大きな声を出したりしてお前を怖がらせてしまった。父様が(わる)かったよ。本当にすまない」



すると娘が私の背中からそっと顔を(のぞ)かせる。



「………もう、怒ってない?」



半分(はんぶん)涙声(なみだごえ)で娘が()うと、アレイストは本当に先ほどとは(まった)別人(べつじん)のように娘に穏やかに微笑(ほほえ)む。



「ああ、怒ってなどいないよ? 怒るわけがない。だから泣かないでくれ、リルディア。怖かったよな? 父様が本当に悪かったよ。もうあんな事は二度(にど)としないから父様を(ゆる)してくれないか?」



「………うん」



リルディアは私の後ろで小さく返事(へんじ)をして頷くと、父親の前にゆっくりと出て行きその胸にギュッと抱き付く。そしてそんな娘を抱きしめているアレイストを見て私の方がホッとして胸を撫で下ろす。取り敢えず大事にならずに済んで良かった。


それにしてもこの男の『忍耐力(にんたいりょく)』が、“リルディア限定(げんてい)”であるのがなんとも(はら)()つ事だ。娘の“(だつ)ファーストキス”発言(はつげん)を聞いて、内心(ないしん)業火(ごうか)(ごと)()(さか)って()れているだろうに先ほど私の前に立ったあの時、確かにあの顔は『本気』で怒っていたのに、私の顔をリルディアの(かがみ)にしてこの男は“あの瞬間”気持ちを()()えた。娘に怒りの矛先(ほこさき)を向けないように。


だから娘から受けた怒りの分は、現在(げんざい)、私に振り替えられていると言う事になる。自分の娘の事だからそれは仕方(しかた)がないが、また私にこの男のご機嫌取りの(やく)(まわ)りが回ってきたかと思うと、もう何度目(なんどめ)かも分からないため息を吐いてしまう。


しかもこの男は娘のリルディアにはまるで(いと)しい恋人(こいびと)(かた)りかけるかのように優しい態度や声音で話すのに私にはそんな態度などとった事もない。


ーーまあ、私にそんな態度をとられても、気色(きしょく)(わる)がるだけだけれどーーー




*****




「はぁ………一体(いったい)、相手は(だれ)なんだ?」



私の部屋のソファーに腰かけたアレイストは、肩を落として項垂(うなだ)れたまま(めずら)しいことに憔悴(しょうすい)している。やはり娘から受けた衝撃が一番(こた)えたのだろう。


しかしそれに(たい)していくら怒りが()いたところで、まさかその苛立(いらだ)ちを娘に向けるわけにもいかず、自分の中でその苛立ちを消化(しょうか)した結果(けっか)の憔悴だ。


そんな親馬鹿男の様子を見て私は同情(どうじょう)するどころか先ほど私を怖がらせてくれた恨みもあるので、内心、いい気味(きみ)だと本当は大声で笑い飛ばしてやりたいところではあるが、かえって()ねられると後々(のちのち)面倒なので、そこは堪えて取り敢えず自然と笑みが(こぼ)れそうになるのを我慢(がまん)している。



「そんなに気にする必要(ひつよう)ないわよ。娘はまだ8つなのよ? いくら『ファーストキス』って言ったって、あの子にしてみたら愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)へのキスと同じよ。深い意味(いみ)なんてないわ。だから(ほう)っておきなさいよ」



「………そう言うお前は随分(ずいぶん)(たの)しそうだな? ーー私への嫌味(いやみ)か?」



アレイストは背を(まる)めて両手(りょうて)(ゆび)()んで、それを(ひたい)につけながら考え込むような姿のままで視線だけをこちらに向ける。



「あら? そう聞こえた?」



「顔が笑っているーーくそっ………どこのどいつだ!!? 私の大事な大事な可愛い娘の可憐(かれん)な唇を(うば)った不埒(ふらち)(やから)は!! 見つけ次第(しだい)(ただ)ちに極刑(きょっけい)(しょ)してやるっ!!」



アレイストはそう言うなり、ソファーのクッションに拳を食い込ませて怒りの衝動を最小限(さいしょうげん)(おさ)えている。私はそれを(あき)れて見つめる。本当にこれが世間(せけん)暴君(ぼうくん)と恐れられている男の“姿”とは。一皮(ひとかわ)むけばただの『親馬鹿』だ。


しかし、こうして(せっ)していても、(ひそ)かに心配(しんぱい)していたアレイストの『本気』の怒りの気配(けはい)がない。ーー確かに怒ってはいる。けれど、まだ理性(りせい)(のこ)っているようなそんな(かん)じを受けた。



「ーー大げさに(さわ)ぎすぎ。それにそんな事出来るワケないでしょ? 相手は娘の『大好きな人』なのよ? それなのにその相手に酷い事なんかしてみなさいよ? あんた、一生(いっしょう)娘に嫌われるわよ? しかも嫌われるどころか、親子(おやこ)(えん)完全(かんぜん)()られるわね」



「うぐっーーー」



言い返す言葉も見つからないのか、アレイストは言葉に詰まり小さく(うな)りながら今度はクッションを羽交(はが)()めにしている。それを見た私は次第に笑いが込み上げてきて我慢していても自然に目が笑ってしまう。クッションに怒りの()()として()()たりなどとは、この男にはなんとも似合(にあ)わない可愛(かわい)い八つ当たりである。


そういえば、娘のリルディアも不機嫌(ふきげん)になると、クッションと(たたか)っているのをよく見る。



ーーああ、いやだわ。行動(こうどう)まで一緒だなんて。



この男を見る(たび)(いや)でも思い知らされる。娘がこの男にそっくりなのだと。私はそんなアレイストを見ていると、なんだか意地悪(いじわる)(ごころ)がむくむくと湧いてきた。この男の唯一(ゆいいつ)の“弱点(じゃくてん)”は娘のリルディアである。


そういえば、先ほど私を硬直(こうちょく)させてくれた『(れい)』もあるじゃない。………(すこ)し、(いじ)めてやるか。



私は口角(こうかく)を小さく上げると、()れた紅茶(こうちゃ)()ってアレイストの(となり)(すわ)る。



「ああ、それに、きっとそれって『(ぎゃく)』よ?」



「逆?」



アレイストはクッションへの八つ当たりをやめて私を見据(みす)える。私は紅茶のカップに(くち)を付けながらも、その口許(くちもと)は小さく笑みを浮かべながら(こた)える。



「ええ、あんたは“奪った”と思っている様だけれど、それって『逆』よ。相手の方がリルディアに“奪われた”のだと思うわ」



「なっ!? なんだと!?」



アレイストの表情に明らかに動揺が(はし)る。



「だって、考えてもごらんなさいよ? あんたの溺愛している愛娘(まなむすめ)と知って、手を出す(いのち)()らずな男なんてどこにいるっていうのよ? 少なくともこの国の中では誰もいやしないわ。


それにあの子の性格からしてもキスするなら自分からいくわよ。自分の感情(かんじょう)のままに行動する『誰かさん』と同じでね。だからあんただってさっきあの子にキスされていたじゃない。


だから本当に可哀想(かわいそう)なのはその“相手”の方よ。今頃(いまごろ)は、いつあんたに知られやしないかと、毎日(まいにち)()きた心地(ここち)がしていないと思うわ。リルディアもまだ子供だとはいえ、相手にとっては(はた)迷惑(めいわく)この上ない本当に(こま)った子ね」



そんな私の言葉を聞いたアレイストは不機嫌(きわ)まりないという表情で反論(はんろん)してくる。



「リルディアが傍迷惑だと!? あんなに美人(びじん)で可愛くて可憐な数年後(すうねんご)の絶世の美女からの初めてのキスを受けたのだぞ!? 今生(こんじょう)恩恵(おんけい)以外に何がある!! 其奴(そやつ)()いて(よろこ)んで(しか)るべきだろう。それなのに迷惑なわけがなかろう!!」



「ーーねえ、言っている事がおかしくない? それって、娘のキスを『肯定(こうてい)』してるの?『否定(ひてい)』してるの?」



「『否定』に決まっている!! 私の可愛いリルディアにキスをするのも、されるのも、私が許さんっ!! くそっ!! 誰だ!? 相手は一体誰なんだ!!? だが、リルディアに問い詰めるわけにはいかんし………ううっ、私の大切な娘の唇が………」



がっくりと項垂れて(ひく)(うな)りながら(はげ)しく落ち込むアレイストの様子に私は言葉には出さないものの、本当に「いい気味(きみ)」だと内心(ないしん)から()()がる笑いが()まらない。しかもそれが表情に出ていたのだろう。そんな私の顔を見てアレイストが(うら)みがましげな視線を(おく)ってくる。



「………お前、まさか“相手”を知っているのか?」



その言葉に私は大きく肩を(すく)めた。



「知るわけないじゃない。私だって初耳(はつみみ)だったわ? でも、あの子意外と手が(はや)いタイプだったのね? ほ~んと『誰さん』とよく()てるわ。(こころ)()たり、大いにあるでしょ?」



そう言って目を(ほそ)めた私を見て、アレイストは(くや)しがるように視線を(そら)らす。



「………お前は相手が誰なのか気にならんのか? 其奴が悪い男だったらどうする!? リルディアは素直(すなお)な子だ。(だま)されているかもしれんのに!!」



「あら? そうね?」



と、そこは同意(どうい)はするが大して心配はしてはいない。何故(なぜ)ならーーー



「ーーそこは、父親であるあんたの出番(でばん)でしょ? あんたは娘の(あつか)いも上手(うま)いのだからその(とき)はあの子を上手く(さと)して相手を撃退(げきたい)なさいよ。まあ、あんたという父親がいたら、あの子に近付く男なんて誰もいないとは思うけど」



「…………以前(いぜん)から思う事だが、お前は自分の子供の事なのにどうしてそう客観的(きゃっかんてき)なんだ?」



「そんなの決まっているじゃない。そういう性格なのよ」



それを聞いたアレイストは深いため息を吐くと持っていたクッションに顔を(うず)める。



「ーーはあ、お前と話していると、こうしている自分が馬鹿馬鹿しくなるな。………今日(きょう)は色々あって(つか)れた」



そんな風に本当に珍しく意気消沈(いきしょうちん)しているアレイストを見て、私はふと思い出す。



「ねえ?そういえば、あんたは私の“何に”怒っていたの?」



するとアレイストは(おもむろ)に顔を上げて私を見る。



「ーー何の事だ?」



「私に対して“怒っていた”んでしょう? ーー(ちが)うの?」



「………いや、()のせいだろ」



気のせいだとは言いながらも、何か言いたげな視線は(まっ)(かく)せてはいない表情で、アレイストはフッと小さく笑うと私から視線を()らす。



ーーああ、本当に面倒(めんどう)くさい男ね。そこ、誤魔化(ごまか)すところ? はっきり言えばいいでしょ?



私が(あき)れているとアレイストは再び私に視線を(もど)した。



「………なあ、それよりも(なぐさ)めてくれないか?」



「はあ??」



突然、何を言い出すのかと(いぶか)しげに見つめると、アレイストはもう何度目になるかの深いため息を吐いた。



「今日はリルディアの事とかで色々ショックを()()ぎた。立ち直れそうもないからーー慰めてくれ」



(いや)よ、どうして私が。(とう)本人(ほんにん)である娘のリルディアに慰めてもらえばいいじゃない?」



「出来るわけないだろ? リルディアの顔を見たら、キスの相手が誰なのか思い出されて我慢(がまん)できずに()()めてしまうかもしれん」



それを聞いて私は呆れ声で肩を(すく)める。



「だったら“(あた)しい愛妾(あいしょう)”の(ところ)にでも()って慰めてもらいなさいよ。あんたを嫌っている私なんかよりも、ずっと(やさ)しくしてくれるわよ?」



すると私の言葉の直後(ちょくご)、アレイストは(きゅう)無言(むごん)になり、私から視線を(はず)してしまう。



ーーそれで私はようやく気付いた。“原因(げんいん)”はそれかっ!!



「ちょっと! そこなの!? あんたが私に怒っていたのはそれが“原因”なの? あんたの怒りの“原因”が何なのかずっと考えていたけれど、そんなずっと前の方の会話(かいわ)だったなんて思いもつかなかったわよ。しかもそんな素振(そぶ)りすら見せなかった…………いやーーそれでいきなりあの時、キスなんかしたの?」



するとアレイストはまるで子供のように不貞腐(ふてくさ)れた表情をする。そんな様子も自分の娘を見ているようで本当に娘がこの男に似ている事実(じじつ)認識(にんしき)させられて嫌になる。



「…………新しい愛妾など(むか)えてはいない。ーー言ったはずだ。私はもうお前以外(いがい)の女は()けないーーと。私が(あい)している女はお前一人だと何度も言っているのに、お前は私の気持ちを知っていて(なお)(ほか)の女と「子を(つく)れ」などと平然(へいぜん)と言ってのける。


ーー言ったところで信じないかもしれないが、私はお前が私のものになってからは今日こんにちまで一度たりとも浮気(うわき)はしてはいないぞ? 本当に私が()しい女はただ一人(ひとり)。ーーエルヴィラ、お前だけだ。それなのにお前は(さら)に私のリルディアへの愛情(あいじょう)(うたが)うような発言(はつげん)までーーー


お前に嫌われているのは無論(むろん)承知(しょうち)の上ではあるが、さすがに愛する女からそれを言われると、いくら私でも(きず)()くぞ。ーーお前は(にぶ)いというか何というかーー“原因”が思いつかないだと? ………まあ、考えるだけまだマシではあるが………どうやら私の方がお前よりもずっと“繊細(せんさい)”に出来ているようだな」



ムスッとしてそっぽを向くアレイストを見て私は(あらた)めて納得(なっとく)した。どうやら私が他の女を(すす)めた事や、リルディアへの特別視(とくべつし)理由(りゆう)()うた事が、彼の『本気』の怒りを()ったらしい。


まあ、確かにそう言われれば、少し()神経(しんけい)だったかも?しれないが、この男の普段(ふだん)素行(そこう)の悪い事に(くわ)えて王家の人間が王妃の(ほか)(めかけ)複数(ふくすう)持つのはごく普通(ふつう)の事で、世継(よつ)ぎがいなければ、尚更王家の血脈(けつみゃく)(まも)(ため)にも子を()む女は必要(ひつよう)だろう。


それは王家に生まれた者の義務(ぎむ)であり責務(せきむ)でもあるのはこの男も当然分かっている事で、だから私も特に思う事もなく(みみ)に入っていた(あたら)しい愛妾の話を何げに口に出しただけだったのだがーーー



「ーー確かに普通でいけば無神経な発言(はつげん)だったかもしれないけれど、国王であるあんたにはそれは()てはまらないでしょ? この国の国王となる者は代々(だいだい)男のみの世襲(せしゅう)(せい)なのだから、男の子供がいないあんたには周囲からも言われているように他に愛妾を(むか)えるべきなのよ。


あんたも王家の人間なのだからそれくらい分かっているはずよね? 個人(こじん)感情(かんじょう)だけではどうにもならない事くらい。だから世継ぎを作るのはあんたの国王としての責務(せきむ)でもあるから私は間違った事は言ってはいないわ。



…………アレイスト。私はもう、子供を産めない女よ? しかも私の最初(さいしょ)最後(さいご)に産んだ子は女だし。だから私が愛妾である意味(いみ)がないのよ。それでも強行(きょうこう)して私に子供を産ませようとしても私の体はもう出産(しゅっさん)には()えられない。今度(こんど)懐妊(かいにん)すれば私もその子も()んでしまうだろうからどちらにしても子供は(のぞ)めない。私もリルディア一人を(のこ)してまだ死にたくはないし。だから()えて私を“(あきら)めろ”と言ったのよ? それとも、あんたは私を(ころ)したい?」



私がそう言うとアレイストは真剣(しんけん)な表情で私の顔を()()ぐに見つめてくる。



「エルヴィラ、それもお前の“思い違い”だ。私はお前を『子を産ませる為だけの女』などとは、(もと)より考えてはいない。お前は私の『運命(うんめい)の女』だ。お前が子を産めなくとも私がお前を諦めるわけがない。


ーー(ちか)ってもいい。この先、私の血を引く最後の子供はお前が産んだリルディアだけだ。自分でも(おどろ)いてはいるが、こう見えても私は“一途(いちず)”だぞ? 私にはもうお前しか『女』には見えない。


なに、世継ぎ問題(もんだい)などどうとでもなる。(さいわ)い私には弟がいる。今は臣籍(しんせき)(くだ)ってはいるが次期( じき)国王には()(おとうと)のクラウスに()いでもらえば良い。あれが国王ならば(だれ)文句(もんく)は言わん。もしくは上の娘達(むすめたち)に男の子供が出来れば、その子供を世継ぎに()えても良いしな」



「……………無責任(むせきにん)



私はポツリと(つぶや)いてアレイストから視線を(はず)す。


ーーこの男は本当に(はら)()つ。普段(ふだん)は私を退屈(たいくつ)(しの)ぎのゲームのように玩具(がんぐ)(あつか)いしているくせに、そのくせ自分の心情(しんじょう)羞恥心(しゅうちしん)(まった)くの皆無(かいむ)で、()(こう)から吐露(とろ)してくる。


(あい)告白(こくはく)などは(むかし)から色々(いろいろ)(おとこ)(たち)から散々(さんざん)言われてきたという事もあり今更(いまさら)動揺(どうよう)するものでもないが、この男の場合(ばあい)は他の男達とは違って、()ずかしい言葉(ことば)臆面(おくめん)もなく次々(つぎつぎ)(くち)にするのでいくら(かわ)そうにも全く(つう)じない相手(あいて)だけに対処(たいしょ)(こま)(すく)なからず動揺させられてしまう。そんな私の性格から言ってもこの男は非常に相性(あいしょう)(わる)い相手だ。


私にはこの男の思考(しこう)()めない(うえ)、その行動(こうどう)理解(りかい)出来(でき)ないーー非常識(ひじょうしき)で、強引(ごういん)で、乱暴(らんぼう)で、傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)(ひと)玩具(がんぐ)としか見ない最低(さいてい)な『馬鹿(ばか)(おとこ)』この男と一緒にいると、決まっていつも苛々(いらいら)させられる。



ーー(だい)(きら)いよ、こんな(やつ)



この男からされた仕打(しう)ちを走馬灯(そうまとう)のように思い出されて眉間(みけん)(しわ)を寄せて(にが)い顔をしていると、アレイストは私へと手を()ばして私の長い(かみ)一房(ひとふさ)(すく)いその先にキスを落とす。



「………っ!!」



その行動に思わず不覚(ふかく)にも心臓(しんぞう)()ね上がる。するとアレイストは更に私の髪にキスを落としたまま、上目(うわめ)(づか)いで誘惑(ゆうわく)するように、


「フッ………私もそういう性格なんだ」


と微笑みながらも(おだ)やかな色香(いろか)(にじ)んだ(ひく)い甘い声音(こわね)でゆっくりと(ささや)く。


その瞬間、私の全身(ぜんしん)一斉(いっせい)総毛(そうけ)()つような身震(みぶる)いが(はし)り、自分でも(しん)じられない事に私の心臓は(うるさ)いくらいに動悸(どうき)をし始め、私はこんな男など大嫌いなはずなのに、この男の女を()とす百戦錬磨(ひゃくせんれんま)策略(さくりゃく)(てき)な技巧に私の意思(いし)とは裏腹(うらはら)に女であるが(ゆえ)の体の方が生理的(せいりてき)(おど)らされ(はじ)めている。それが非常(ひじょう)不快(ふかい)(はら)()つ。



ーーある意味、(くちびる)のキスより性質たちが悪いわ! このクソジジイ!!



私はアレイストの手から自分の髪を素早(すばや)()()り、今度は手を伸ばしても(とど)かない位置(いち)後退(こうたい)すると、アレイストはそんな私の態度に、わざとらしく(ふか)いため息をついて再びクッションに顔を(うず)める。



「…………はあ、お前は本当に(じょう)(うす)()(きび)しい女だな。ーーまあ、そんなところも気に入ってはいるのだが…………


私は可哀想(かわいそう)な男だろう? 自分の唯一(ゆいいつ)愛する女からは嫌われていて、しかもこともあろうにその愛しい女からは他の女との()(つく)りまで(すす)められ、更に()()ちとばかりに最愛(さいあい)大切(たいせつ)愛娘(まなむすめ)最初(さいしょ)のキスをどこかの不逞(ふてい)(やから)にすでに(うば)われていたという事実をいきなり()きつけられたのだぞ? この(あら)ぶる怒りの苛立ちを何処(どこ)にぶつけたらいいのか分からん!!


…………くっ、やはり、ここはリルディアの唇を奪った()っくき輩を見つけ出して、()()きにっーーー」



…………ああ、本当に面倒くさい男ね。



苛立ちも(あらわ)に持っていたクッションを羽交(はが)()めにして今にも布地(ぬのじ)()千切(ちぎ)りそうなくらい引っ張って(あば)れている『馬鹿男』を見て、私は心底(しんそこ)呆れるようにアレイストとは違う意味での深いため息を吐くと、距離(きょり)()いていたアレイストのすぐ(となり)移動(いどう)して、そのままクッションごとアレイストの体をソファーに()(たお)す。



「!!?」



私の思いもよらぬ突然の行為(こうい)(おど)いたのだろう。アレイストは非常に驚いた様子で私を見ている。そのなんとも間の抜けた表情が滑稽(こっけい)可笑(おか)しい。私がクスクスと笑っていると、アレイストが怪訝(けげん)そうにようやく口を開く。



「エルヴィラ?? 一体(いったい)、何をーーうっ、ぐっ」



私は有無(うむ)を言わさず彼の顔にクッションを(ちから)(まか)せに押し付けるも、この男は憎らしい事に全く抵抗(ていこう)しない。



「……………」



私は窒息死(ちっそくし)させる(いきお)いでクッションを数秒(すうびょう)押し付けたがアレイストは声も出さず、されるがままの全くの()抵抗(ていこう)だ。私がクッションをどけると、アレイストが(せき)()みながら(くる)しげに大きく息を()う。



「ーーげほっつ、………っ、可哀想の追加(ついか)だな………愛する女に(ころ)されそうになるとは、ますます傷心(しょうしん)傷口(きずぐち)が深く広がったぞ?」



「ふふっ、ざまあみろだわ。今日のあんたは(すき)だらけね? 私を散々(さんざん)(こわ)がらせてくれた“お(かえ)し”よ」



私はしてやったりという満面(まんめん)の笑顔で笑いながらアレイストの(ほほ)右手(みぎて)でそっと()れる。



「………ねえ? 慰めてあげてもいいわよ? あんたが私の『条件(じょうけん)』を()むならね?」



「『条件』だと?? ーーお前を“諦めろ”というのは到底(とうてい)無理(むり)(はなし)だぞ?」



私は先ほどこの男からされた行為をそのまま返すように、彼の頬の輪郭(りんかく)をゆっくりとなぞる。しかし、アレイストの体は私の時とは違い、硬直(こうちょく)しているわけではないのに私のされるがままにその唇以外は(ゆび)一本(いっぽん)(うご)かさない。



「そんなこと分かってるわよ。あんたのその執着心(しゅうちゃくしん)(つよ)さは『不治(ふじ)(やまい)』だもの。条件の内容(ないよう)はーー先月(せんげつ)(なが)れた2回分(かいぶん)をチャラにしてくれたら、今月の2回分は今回の私の言葉で傷付いたというあんたの『傷心』に配慮(はいりょ)して特別(とくべつ)に優しくしてあげてもいいわ。本当はあんたなんて“大っ嫌い”だけど“愛しているフリ”をしてあげる。どう? 悪い『条件』ではないでしょ?」



するとアレイストの表情に困惑(こんわく)とも言える苦笑(にがわら)いが()かぶ。



「“愛しているフリ”…………か。お前は本当に性格の悪い女だな。私の気持ちを知っていながら男心(おとこごころ)(もてあそ)(つみ)(つく)りな言葉を平然(へいぜん)と言ってのける。まさにお前は男の天敵(てんてき)でもある『魔性(ましょう)の女』だよ」



「魔性の女って、ーーまあ、いいわ。私の言葉であんたが落ち込む姿(すがた)を見るのは見ていて気分(きぶん)()れるから。外見(がいけん)を傷付ける事は出来なくとも、心なら武器(ぶき)を使わずとも容易(たやす)く傷付けられる。


それこそ同じ顔でも私の方はリルディアとは違って甘くはないのよ。だからあんたがいくら傷付こうが私には全くもってどうでもいい事だわ。


ーーそれでも私はあんたの事なんてこれっぽっちも“愛してはいない”けれど、“愛しているフリ”くらいなら出来る女なの。それであんたの心が傷付いていくのを見るのはすごく楽しいわ。ーーで、どうする?」



するとそこで(はじ)めてアレイストの左腕(ひだりうで)が動いて私の頬にその大きな左手(ひだりて)が触れる。



「…………ふっ、本当に面白(おもしろ)い女だよ、お前は。それにお前に優しくされる事など(てん)()がひっくり(かえ)るほどに無いとは思っていたのだがな………


ーーお前の『条件』を()むよ。…………だから私を“愛してくれ”ーーー」



私に懇願(こんがん)するように(あわ)(あお)(ひとみ)()らめきながら見つめるその視線に、私は(みずか)らの顔をゆっくりと(ちか)()けてその耳元(みみもと)(ささや)く。



「…………(かん)(ちが)いしないで? “愛しているフリ”よ? ーー『契約(けいやく)成立(せいりつ)』ね。ーー“愛しているわ” アレイスト………」



そうして私はーー今度は自分からアレイストの体を押し倒したまま強引にその唇を奪うように口付けた。皮肉(ひにく)にもこの男から(おし)えられたキスの技巧(ぎこう)で、私は自分の主導権(しゅどうけん)主張(しゅちょう)しながら()()かんばかりに口付けていると、そんな私に(こた)えるようにアレイストからも深い口付けが返ってくる。


そして(たが)いに主導権を(あらそ)最中(さなか)、私の頭の中では、ぼんやりと違う思考が(よぎ)っていた。



…………それにしても、リルディアの“ファーストキス”の『相手』って、一体、誰なのかしら??ーーー







【⑤ー終】






































































































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