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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
57/78

【小話④『契約』~リルディアの秘密より】

【小話④】




「ーーあんた、職業(しょくぎょう)間違(まちが)えているんじゃない?」



(なん)だ? (やぶ)から(ぼう)だな」



15()(まわ)午後(ごご)のお(ちゃ)時間(じかん)


沢山(たくさん)菓子(かし)夢中(むちゅう)になっている(むすめ)には()こえないように私達(わたしたち)(すこ)(はな)れた(ところ)から小声(こごえ)(はな)していた。



「………(まえ)から(おも)っていた(こと)だけれど、随分(ずいぶん)子供(こども)(あつか)いが上手(うま)いじゃない。リルディアは自分(じぶん)納得(なっとく)出来(でき)れば()()けのよい()だけれど、そうでなければ、他人(たにん)()う事など(まった)く聞かないとても(むずか)しい子だわ。まして自分の(たの)しい事を他人がやめさせるなんて、かなりの至難(しなん)(わざ)よ? それなのにあんな()とも簡単(かんたん)に納得させてしまうなんて。


しかも子供の言動(げんどう)行動(こうどう)(あたま)から否定(ひてい)せずに()えて肯定(こうてい)しつつ、しかし()()()く、本人(ほんにん)が納得してやめるように仕向(しむ)けさせる。


………あんたって、(あたま)(なか)筋肉(きんにく)()まった(いくさ)しか(のう)の無い、単細胞(たんさいぼう)の『馬鹿(ばか)(おとこ)』だとずっと思っていたけれど、(じつ)のところは人心(じんしん)(じゅつ)にも()けている結構(けっこう)(かしこ)(やつ)だったのね? ーーふうん? 意外(いがい)便利(べんり)長所(ちょうしょ)もあるんじゃない」



(わたし)(めずら)しく()める?と、この『馬鹿男』は娘の姿(すがた)をその(ほそ)めた()(うつ)しながら(かべ)()()かり、(うで)()んだままの状態(じょうたい)でフッと(わら)う。



「ただの“単細胞の馬鹿”に国王(こくおう)など(つと)まるわけがなかろうが。(くに)()(さま)(かたむ)くぞ? ーーまあ、そういう国に()()るのは非常(ひじょう)(らく)だけれどな」



それを()いて私は(あき)れた(こえ)を掛ける。



「どうりであの第一(だいいち)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)が、あんたに()(よう)()(まわ)されているわけね? あ~あ、可哀想(かわいそう)に」



「………ククッ、振り回しているのは、なにも(わたし)だけではないのだがな…………」



(となり)の『馬鹿男』が(なに)かを(つぶや)いたようだが、あまりにも(ちい)さな(こえ)だったのでよく聞き()れない。


ーーまあ、どうでもいいか。



「だけどまさか諸国(しょこく)から(もっと)畏怖(いふ)されている暴君(ぼうくん)が、(じつ)(だい)子供(こども)()きで、しかも非常に子供の扱いの得意(とくい)子煩悩(こぼんのう)父親(ちちおや)だなんて、(だれ)(しん)じられるかしら?


私もリルディアが()まれてくるまでは(まった)く思いもよらなかったわよ。だってあんたは(たし)かに世間(せけん)評判(ひょうばん)(どお)りの【最低(さいてい)(ひど)い男】だもの」



()えて“最低の酷い男”を強調(きょうちょう)した言葉にしても、この男にはそんな嫌味(いやみ)など一切(いっさい)通用(つうよう)しない。分かってはいるがそれでも()りずに言ってやる。 この『馬鹿男』にはっきりと物言えるのはどうやら私だけーーらしいから。



そんな『馬鹿男』は娘から私に視線(しせん)(うつ)すと(くび)(よこ)()る。



「エルヴィラ、それは(ちが)う。お前の思い違いだ。私はお前と同じで子供など(たい)して好きではない。しかし王家(おうけ)()まれた(もの)として私の(だい)()(たや)やすわけにはいかぬから、王家の(ちょう)責務(せきむ)として(きさき)(めと)り子は()してはいるがな。私が子煩悩であるのはリルディアだけだ」



「はあ? 言っている事が矛盾(むじゅん)しているんじゃない? 子供が嫌いならどうしてリルディアだけはいいのよ? あんたには王妃との間に三人(さんにん)も娘がいるでしょう? 上の三人の娘達はあんたには全く()ていないリルディアとは違って、どの娘もあんたによく似ているわよ? (じつ)の娘はリルディアだけではないのに、あんたはどうしてリルディアだけを“特別(とくべつ)()”するのよ」



ーー私は、この男が(ほか)にも実子(じっし)である娘が三人もいるのに、市井(いちい)()の私が(あと)から()んだこの男の第四子(だいよんし)にあたるリルディアだけを溺愛(できあい)する、その『真意(しんい)』が全く分からないので、この機会(きかい)にその疑問(ぎもん)をぶつけてやった。


そもそもこの男のせいで、私もリルディアも王妃やその娘達からの(かぜ)(あた)たりは暴風(ぼうふう)(あらし)(ごと)(はげ)しい。私も(おな)じく子を持つ『女』として一応(いちおう)、王妃の気持ちは分かっているつもりだが、(すべ)ての元凶(げんきょう)はこの『馬鹿男』だ。私にはその『真意』を()権利(けんり)がある。



するとこの『馬鹿男』は娘に心配を掛けたくはないので、私達が喧嘩(けんか)をしているような会話(かいわ)は聞かせたくはないと言って、娘には聞こえないように小声(こごえ)で話せーーと、(おのれ)から言っておきながら、それをすっかり頭の中から失念(しつねん)しているのか、真顔(まかお)で私を見据(みす)えながら事もあろうに(みずか)大声(おおごえ)を上げる。



「そんな事は()まっている!! リルディアはお前が産んだからだ!! 私の何よりも(あい)してやまない(おんな)(いのち)()けで産んだ、私の血を分けた子供が(いと)しいのは当たり前だ!!」



「ち、ちょっと!? 声! 声、大きいから!! リルディアに聞こえるわ!」



ーー見れば、リルディアが(おどろ)いた様子(ようす)で、その場に(かた)まったままこちらを見ている。しかしこの男は娘のそんな様子すら目に入っていないのか、()()ぐに私を

見つめたまま、全く視線を()らそうとはしない。



「………………エルヴィラ」



そして私の()()ぶその声音(こわね)に思わずギクリとする。



ーーそれは、とても(せつ)なく(じょう)()められた色香のある()(あま)やかな声色(こわいろ)だ。突如(とつじょ)として私の頭の中に“警鐘(けいしょう)”が()(ひび)く。



ーーヤバい。これは非常(ひじょう)不味(まず)い事になった。



私は(すこ)しずつではあるが微妙(びみょう)距離(きょり)確保(かくほ)しつつも、『馬鹿男』からの()()すような自分に向けられる視線から(のが)れるように(うつむ)いたまま直に思考(しこう)を全てその一点(いってん)総動員(そうどういん)させてこの後の対策(たいさく)(めぐ)らす。しかもこの“(なが)れ”は長年(ながねん)経験(けいけん)(じょう)からいって、私にとって非常に不味い展開(てんかい)だ。



ーーそういえば、私もすっかり失念していたが、先月(せんげつ)はこの『馬鹿男』が戦の視察(しさつ)でひと(つき)、城を()けていたから、今月はその2回分が加算(かさん)されており、今月分と合わせれば、(けい)4回………


………それは私と『馬鹿男』との間に()わされたーー『契約(けいやく)



あれはちょうど私がリルディアを懐妊(かいにん)した頃、この『馬鹿男』は私にその“(はなし)”を()ちかけてきた。





*****




「はあ? 『契約』ですって!?」




「ーーああ、そうだ。お前に子が出来た以上(いじょう)、その(からだ)負担(ふたん)はかけられん。ーー月に2回だ。お前が抵抗(ていこう)せずに大人(おとな)しく私の“(よる)相手(あいて)”を(つと)めるならば、私は今後(こんご)無理矢理(むりやり)、お前を()かない」



「い、いやよ!! 私はあんたが大嫌(だいきら)いなのよっ!? それなのに大人しく()()()せだなんて出来るわけがないわっ!!


あんたには王妃(おうひ)がいるじゃないっ! 王妃はあんたの正真(しょうしん)正銘(しょうめい)(おく)さんなんだから“夜の相手”は自分(じぶん)(つま)にしてもらいなさいよっ!」



「エルヴィラ、()()け。つわりが(ひど)いのに、そんなに()んだら、また具合(ぐあい)(わる)くなってしまうだろう?」



(だれ)のせいだと……うっ…ぷ」



「ほら、()わん事ではないーー大丈夫か?」



「おぇっ………ちょ、背中(せなか)(さす)んないで、さ、擦られたら………は、吐きそう」



「あ、ああ、そうか。ーー悪い」



「大丈夫か?」



「っぷ………え、ええ、なんとかね」



「エルヴィラ、お前はもう、私の“妻”なのだ。それは生涯(しょうがい)()わらぬ事実(じじつ)だ。そして今、お前の(はら)の中には私の子が(せい)()けている。


お前は私から逃げられないし、決して逃がさない。ーーだから(あきら)めて妥協(だきょう)しろ。私はもう、お前以外の女は抱かない。ーーいや、抱けない。私が欲しい女はただ一人、ーーお前だけだ。


だがお前が私の申し出を拒絶(きょぜつ)すればーー今まで通り、私はどんなにお前に拒絶され抵抗されようと、お前を抱きたい時に抱く。私の“(せい)欲求(よっきゅう)”は今後(こんご)もお前一人(ひとり)が受けるのだ。


抵抗する女を無理矢理(おか)して屈服(くっぷく)させるのは(たの)しいが、私はお前を(あい)している。出来る事ならもうお前には手荒(てあら)真似(まね)はしたくはない。だから私の“申し出”を受けて欲しい」



「………(いや)がる女を犯して屈服だなんてあんたは本当に“野蛮(やばん)”で“最低”よ。この野蛮人の『エロジジイ』」



「フッ、『エロジジイ』かーー確かにな。私は女が()きだーー今はお前だけだがな」



「……………」



「………本当に月2回だけ? 本当に………月2回だけ大人しくあんたの相手をすれば、あんたは私を無理矢理、(おそ)ったりはしないのね? でもあんたの性分(しょうぶん)で本当にそれを『約束』できるの?


私はあんたに1週間(しゅうかん)毎日(まいにち)日中夜(にっちゅうや)関係(かんけい)なく襲われ続けて、体を(こわ)して10()以上も()()んだ事は、今だって(うら)んでんのよ? 私は酒場(さかば)の娘だけれど決して商売(しょうばい)(おんな)じゃなくて、まだ16の生娘(きむすめ)だって言ってんのに。


あんたも一回、………いえ、七回ね。自分よりもはるかにデカい体躯(たいく)巨大(きょだい)(ぐま)に襲われ続けて見なさいよ。すっごい恐怖(きょうふ)をそれこそ()きながらにして体験(たいけん)できるわよ? ーーったく、私がそこらの()みの精神力(せいしんりょく)の女だったら、それこそ1日で廃人(はいじん)だったわ」



「ーーまだ、あの時の事を恨んでいたのか。ーーあの時は本当に悪かった。(しん)じろと言うのも今となっては無理な話ではあるが、それこそ当初(とうしょ)はあんなに(はや)くお前に手を出すつもりでは()かったのだ。お前はまだ16で生娘だというのも分かっていたからな。


だからあと1、2(ねん)はお前には手を出さずに、私に()れさせる事だけを優先(ゆうせん)に待つつもりではいたのだがーーお前の魅惑的(みわくてき)な『誘惑(ゆうわく)』には、私の“(おとこ)”の部分(ぶぶん)が大いに刺激(しげき)されて到底(とうてい)我慢(がまん)することが出来なかった。気付けば、理性(りせい)(たが)(はず)れて(とし)甲斐(がい)もなく暴走(ぼうそう)してしまっていたなーーー」



「ちょっと! ()()てならないわね!! 誰が『誘惑』したですって!? あんたを『(ころ)したい』と思うことはあっても『誘惑』したいだなんて微塵(みじん)にも思った事など無いわ!! 妄想(もうそう)大概(たいがい)にしてよっ!!」



「ククッ………お前に『誘惑』する意思(いし)は無くとも、お前のその全てが“男”を『誘惑』するのだ。ーーまあ、女のお前には分からんだろうが」



「そんなもの知るかっ!! ーーううっ、どうして私の(まわ)りにはこんな男ばっかり!!」



「それはお前が『傾国(けいこく)美女(びじょ)』だからだろう? ーーだが、確かに、10日以上もお前を動けなくさせてしまった事は、さすがに私も反省(はんせい)した。本当に申し訳ないと思っている。医者(いしゃ)からもお前を「殺す気か」と散々(さんざん)(おこ)られた。もうあんな真似は二度としない。だからもう許してくれ」



「は? 馬鹿言わないでくれる? あれからまだ一年も()っていないのに、そう簡単(かんたん)(ゆる)すわけが無いでしょ!! あの時は私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってんのよ!!


いくら女の医者だとはいえ、あんな自分でも見たことのないところまで()られて(くすり)まで入れられたのよ!? しかも(しばら)出血(しゅっけつ)が続いて(いた)くて本当に(ある)けなかったんだからっ!! あの時ほど自分が女だということを心底(しんそこ)(のろ)ったわよ!!


しかも今、私のお(なか)にいる子はあの時の私の恐怖の7日間の間に出来た子なんですってよ!? 私、この子を産んでも愛せる自信(じしん)な………い……うっ? うぅ………ぷ………おぇ」




「エルヴィラ!!大丈夫か!? ーーああ、これは駄目(だめ)だな。 すまん、興奮(こうふん)させすぎた。直ぐに医者を呼んでくる!」



「………っぷ……ま、待って? うっ!?…ぅおえぇぇぇーーー」



「エルヴィラ!? ()け! 全部吐いてしまった方が(らく)になる!」



「……うぇぇっ………だ、だから背中擦んないで………ぅっぷ」



「し、しかしーーー」



「い、医者は呼んで………ぅえぇっ……でも、その前に………っ ーーあんたと『契約』するわ。あんたの忍耐力(にんたいりょく)は全く……ぅっぷ信用(しんよう)してなどいないけれど、少なくとも私の体の負担が()るなら、それに()したことな……い……ぃ!? うっ!………お、おえぇぇぇぇーーー」



「あ?………あ、ああ、『契約』成立(せいりつ)だ。それよりもう話すな体に(さわ)る。ーーおい!! 誰か! そこに(ひか)えているか!? 医者だ!! 直ぐに医者を呼べ!!」





*****





そして私はこの男との『契約』を(えら)んだ。


よく考えてみれば結果的(けっかてき)には、『契約』をしたほうが私には好都合(こうつごう)であり、どっちにしろ無理矢理されるよりは回数が決まっている分、私の心労(しんろう)も少なくなる。


ーーと思っていたのに、相手の方が一枚(いちまい)上手(うわて)であった事に気付かされた…………



ーーその()、『契約』の補足(ほそく)と言う事でその“月2回”が戦や遠征(えんせい)でやむを得ず流れた場合は、その流れた回数を翌月(よくつき)に加算すると悪怯(わるび)れもせずに言われた時は、


「それじゃあ『約束』が違うわ! “月2回”じゃないじゃないっ!」と、反発(はんぱつ)するも、この男は「それでは『契約』は無効(むこう)にしても良いのだな? ーー私にしてみれば、その方が好都合だが」などと、ニヤリと笑いながら(のたま)ったので、私はその『補足』も受け入れるしか無かった。


私はこの男をよく『馬鹿男』と呼んではいるが、本当は“(あたま)回転(かいてん)の早い(かしこ)(やつ)”だったのかと、今の今になって認識(にんしき)させられている。


それはさておきーー今は目前(もくぜん)の“危機(きき)”を何とかしなくてはーーー



私は意を決して恐る恐る顔を上げると『馬鹿男』の“欲情(よくじょう)”ダダ()れの(ねつ)()びた(あわ)青色(あおいろ)(ひとみ)が、まるで(ほのお)宿(やど)すように私を直視(ちょくし)している。



ああ、これは冗談(じょうだん)()きに本当にヤバい………下手(へた)刺激(しげき)をすればこの男の理性が()()んで、最悪(さいあく)な結果ーー私は自分の娘の前で“犯される”!!


それにしてもどうしてこの男はこんな日も高い内から“発情(はつじょう)”してんのよ!? ーー確かに前月は“相手”をしてはいないから“欲求(よっきゅう)不満(ふまん)”なのかもだけれど、それにしたって、いつもなら夜まで待てるじゃない!


男の性欲(せいよく)なんて女の私には分からないけれど、そんなにヤリたいのなら、出向いた先の娼館(しょうかん)にでも行って、そこの女性(じょせい)達に“性欲処理(しょり)”をしてもらえばよかったのよ。


ーーはっ、まさか、あの『キス』!? “あれ”がこの男に()をつけた『原因』なの??



「エルヴィラ……………」



更に懇願(こんがん)するように一層(いっそう)甘く(ささや)くような色香の深まっていくその声色に背中がゾクリとして慌てて、この男の元より存在するのかも分からない『理性』を呼び戻そうと必死(ひっし)になる。



「え~と? アレイスト? 前をよく見て?」



「…………もう、見ている。 お前が『私の名』を呼んでくれるのは久方(ひさかた)ぶりだな…………」



「そ、そうだったかしら?」



ああ、目、目が()わっている………“名前(なまえ)”で呼ぶのは不味かったか??



「ああ、…………お前が前に『私の名』を呼んでくれたのは、先々月の“ベッドの中”だった」



ーーー!? いやぁぁぁーーやめてぇぇぇ!!



「アレイスト!! 前よ前!! 私の顔じゃないわ!ーーいや、この場合、横か!? あんたの“左横”を見てよっ!!」



いくら言っても私の顔を直視したまま視線を全く逸らさない『馬鹿男』の顔をリルディアのいる方へ強引にでも向けさせようと、その顔に両手を()ばした途端(とたん)、何が起こったのか分からないほどの一瞬(いっしゅん)(こし)に腕を回されその大きな体に引き寄せられると次の瞬間、自分の(くちびる)が『馬鹿男』の唇で(ふさ)がれていた。



「んんっ!………ん……っ!」



まるで肉食(にくしょく)動物(どうぶつ)補食(ほしょく)されているような()み付くような深い口付けから逃れようと必死でもがくも、そうすると『馬鹿男』の腕が私の体をしっかりと(から)め取って私は全く身動きが出来ない。



「んんっ………んーー!! や、やめ……て、っ………んんーー!!」



拒絶すればするほど更にもっと深く私を侵食(しんしょく)していくその口付けに、呼吸呼吸(こきゅう)をするのも(くる)しくなり、少しすつ後方(こうほう)へと逃げるように下がると『馬鹿男』の体も私と一緒について来る。


ーーそうして逃げ着いた先は、私達の娘の“ベッド”だったーーー



その瞬間、私を捕らえていた大きな体が(かたむ)いて私の方に(たお)れてくると、私はそれをどうする事も出来ずにそのまま娘のベッドの上に()し倒されている状態(じょうたい)になる。その体勢(たいせい)になってようやくこの男からの深く長い口付けから解放(かいほう)され、私は再び唇を塞がれてしまう前に慌てて言葉を(はっ)した。



「アレイスト!! やめてっ!! リルディアがいるのよ!? ここは私達の『娘の部屋』なのよ!? 忘れないで!! あんたは“父親”なのよ!?」



しかしアレイストはそんな私の言葉さえも聞こえてなどいない様にずっと無言のまま、組み敷いている私の体の上から動かずに視線を外さず真顔で私の顔を見つめている。


そんな私はまるで大きな体躯の白金(はっきん)(おおかみ)に今にも()われてしまいそうな(しょう)動物(どうぶつ)にでもなったような気がして、

思わず全身(ぜんしん)から血の気が引いた。


そして私はようやく気が付いた。どうやら彼は『本気』で怒っているのだと。彼が怒鳴(どな)りながら、怒っている時はその怒りの度数(どすう)は“7(わり)” けれど真顔で口数が少なくなりその口調が静かな時は、その怒りの度数は“10割”なのだと言う。


ブランノアの国王の『本気』の怒りの状態のことは周りから聞いてはいたが普段は滅多(めった)にないらしく、私もこの城に連れて来られてからも臣下(しんか)達の前では時折(ときおり)それは見られた様ではあっても、この男は私の前では、一度も“それ”を見せた事が無かった。


だから初めは全く気付かなかったのだが、実際それに気付いた上で目の当たりにすると、普段のアレイストの(まと)雰囲気(ふんいき)とは別人(べつじん)のように違い、彼から無言(むごん)で発せられる()()めたような得体(えたい)の知れない緊迫(きんぱく)した雰囲気が、人の心の内の『恐怖心(きょうふしん)』を()(うご)かしてくる。


私はいつ、彼を『本気』で怒らせたのか皆目(かいもく)見当(けんとう)がつかない。この男が、娘のリルディアに対して“怒り”を覚える事は決してあり得ない。だから彼の『本気』の怒りの原因(げんいん)はーーこの『私』だ。


しかし、この男は、“それ”を当事者(とうじしゃ)の私には言わない。 だから私は自分でこの男を怒らせた“原因”を(さが)すしかない。いつまでもわけが分からないまま、私に怒りの矛先(ほこさき)を向けられ続けても私が大いに困る!!


でも、いつ? どこで?


私は自分の今までの会話や行動(こうどう)を振り返りながら、“原因”を探すべく頭の中で回顧(かいこ)していると、今まで私を組み敷いて動かなかったアレイストの左手(ひだりて)突如(とつじょ)動いて私の(ほほ)

()れると、その手はゆっくりと私の頬の輪郭(りんかく)をなぞっていく。


すると無意識(むいしき)に彼への『恐怖心』からか、体が自分の意思(いし)()いてきぼりにして勝手(かって)反応(はんのう)し、彼に触れられた瞬間、ビクッと背中が()ねるとその後は小刻(こきざ)みに体の(ふる)えは()まらなかった。



「…………(めずら)しいな。この私が怖いのか?」



そう言うアレイストの表情はやはり変わらず真顔のまま、(おだ)やかな口調の(ひく)い声音で(なお)も私の頬をゆっくりと()でる。


そんな私の体は(かれ)が頬を撫でる度(たび)にひたすら硬直(こうちょく)していき、指(ゆび)一つ動かせずに小刻みな震えだけが止まらないまま、まるで自分の体ではないかのように自分では動きたい意思があるのに体の方は私の意思を無視(むし)して全く言う事を聞かない。



ーーああ、これがいわゆる“(へび)(にら)まれた(かえる)”の状態なのかーーー



ーーと、硬直している体とは裏腹(うらはら)に、体から分離(ぶんり)された私の思考はどうやら“現実(げんじつ)逃避(とうひ)”を(はじ)めたらしく、


わあ~? 体が動かない!!

わあ~? すっご~い!!


などと、リルディア()していた。


するとアレイストはそんな私の体の状態を見たからなのか、私の頬を撫でるのを止めると自分の左手を私の頬から離し、更には(おお)(かぶ)さっていた体も私から離して起こしたので、


私の体は正直にも全身から一気(いっき)に力が()けて、やっと硬直から解放(かいほう)され、私は大きく息を吐いて深呼吸(しんこきゅう)をすると、それを見たアレイストは苦笑いで微笑(ほほえ)む。



「大丈夫か?」



そしていつの間にか普段の雰囲気に戻っていたアレイストに今度は私が“怒り”を覚えて、娘の(まくら)であるにもかかわらず、それを投げ付ける。



「大丈夫か? ですって!? 散々人の『恐怖心』を(あお)っておいて、何言ってんのよっ!! しかもあんなの怖いに決まっているでしょ!!


何なのよ一体! お陰様(かげさま)で“蛇に睨まれた蛙”の状態を身を持って体験(たいけん)したわ。しかも『理性』を()くしたあんたに、「娘の前で犯されるっ!」って本気で心配したのよ!? 本当に(たち)が悪いったらないわよ! いくら何でも酷いじゃない!!」



そんな怒る私とは正反対で、やはりいつもの飄々(ひょうひょう)とした顔のアレイストは笑うだけだ。



「ははは、すまん、すまん! しかしいくら私でもまさか、自分の娘の前で“事に(およ)ぶ”わけがないだろう? 野生(やせい)の動物ではあるまいし。私はそこまで“鬼畜(きちく)”ではないぞ?」



ーーああ、この男、ぶん(なぐ)りたいっ!!






【④ー終】









































































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