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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
56/78

【小話③リルディアの秘密】

【小話③】




ーー(わたし)には、父母(ふぼ)しか知らない『秘密(ひみつ)』がある。


それは(ちち)血統(けっとう)からの遺伝(いでん)であるらしく私の()()からでは(まった)()からないが、私には普通(ふつう)では(かんが)えられない常識(じょうしき)(はず)れともいえる『握力(あくりょく)』が(そな)わっている。


それというのも、どうやら私の(うで)筋肉(きんにく)()まれつき非常(ひじょう)発達(はったつ)しているらしく一見(いっけん)普通(ふつう)の腕にしか見えないが、それがひと(たび)腕に(ちから)()めるだけで林檎(りんご)などは一瞬(いっしゅん)粉々(こなごな)(つぶ)れてしまう。


私は“それ”が(ほか)から見れば、“異常(いじょう)”な(こと)なのだとは(まった)(おも)いもせずに、(はじ)めて林檎を潰せると()かった(とき)はすごく面白(おもしろ)くて、(ひそ)かに一人(ひとり)練習(れんしゅう)(かさ)ねた(あと)


まず一番(いちばん)初めに父母(ふぼ)の前で“それ”を披露(ひろう)して見せると、それを見た途端(とたん)(こえ)を失い驚愕(きょうがく)する二人(ふたり)(かお)(いま)でも(わす)れてはいないーーー



そして普段(ふだん)は全く意見(いけん)()わない二人がこの時ばかりは(はじ)めて意見が一致(いっち)した。




*****




グシャリと潰れてすでに林檎の(かたち)ですらない果肉(かにく)一部(いちぶ)を左手で(にぎ)()めたまま(私は“(ひだり)()き”である)キョトンと(くび)(かし)げる私の目の前では、父母が()いた(くち)(ふさ)がらないまま(かた)まり二人は(おお)きく目を見開いたまま、こちらを凝視(ぎょうし)している。


私はどうして父母がそのような顔をしているのか分からなかったが、子供(こども)(ごころ)にそんな事はどうでもよく、最近(さいきん)(あたら)しく発見(はっけん)したその(たの)しい(あそ)びを一番最初に父母に見てもらいたくてウズウズしていた。



「ね? 見た見た? 林檎がね、グシャってなっちゃうの。すごく面白いでしょう? まだ林檎あるからもう一回(いっかい)見る?」



無邪気(むじゃき)に笑いながら握り締めていた果肉を(いそ)いで()べてしまうと、ドレスのポケットからハンカチと林檎を()()して、取り()えず潰した林檎の果汁(かじゅう)や果肉でベタベタになった左手を()こうとすると、その(よこ)から母にひょいっと()っていた林檎を取られた。



「ど、どうなっているの? (なに)仕掛(しか)けでもあるの?」



(はは)は何やら(いぶか)しげにその林檎を(さわ)りまくって自分(じぶん)両手(りょうて)(ちから)一杯(いっぱい)握り締めたりもしたが、何故(なぜ)だろうか? 母がやると自分の時の(よう)には林檎は全く潰れない。すると今度(こんど)は父が母から林檎を()け取ると、その林檎を(かる)(さわ)って確認(かくにん)してから私の前に()し出してきた。



「リルディア? もう一度(いちど)、やって見せてくれないか?」



その言葉(ことば)に私は(うれ)しくなって、父から林檎を受け取るとニッコリと(わら)って(うなず)く。



「うん! あのね? こっちの(ほう)、えっと(みぎ)? だと上手(うま)出来(でき)ないから、また左手でやって見るね? 見てて? ーーせ~のぉ~でっ!」



グシャッ!!!



「ええええっっーーー!!?」



「!!?」



その瞬間(しゅんかん)、母の悲鳴(ひめい)にも()(さけ)(ごえ)部屋(へや)(じゅう)(ひび)き、父の方は声こそは()げなかったものの、やはり驚愕した様子(ようす)で私の左手の中で(さき)ほどと(おな)じ状態になった林檎の()れの()てを見つめていた。



「やったあ! また上手に出来た! お父様、母様! 見て見て? また林檎がグシャッって!! ねえ? すごい? リルってすごい?」



握り締めた左手を父に見せながら、その()をピョンピョンと()()ねて(よろこ)ぶ私を父は(やさ)しく()()せると、自分のハンカチを取り出して、私のベタベタになった左手を丁寧(ていねい)に拭いてくれる。



「ああ、すごいぞ? リルディア。父様も母様も本当に(おどろ)いた。いつの()(おぼ)えたんだ?」



まるで(こわ)(もの)(あつか)うかのように優しく私の左手を(ぬぐ)いながら笑顔(えがお)()いかけてくる父の大きな(ひろ)(むね)の中で私は得意気(とくいげ)になってそれに(こた)える。



「ふふっ、あのね? この前、調理場(ちょうりば)(のぞ)いたら林檎を(もら)ったの。だからお(にわ)で食べようと思って歩いていたら、ちょうど子馬(こうま)がお散歩(さんぽ)をしていたから見に行ったの。そうしたら貰った林檎を子馬に食べられそうになったから、林檎をギュッとしたらね? グシャッと潰れちゃった。


すごく面白いから一人で何度(なんど)も練習したのよ? 初めは綺麗(きれい)に潰れなかったの。でも左手なら綺麗に潰せるようになったから、一番初めにお父様と母様に見てもらいたかったの。でもそれで林檎を沢山(たくさん)食べていたからその分、お菓子(かし)が食べられなくて困っちゃった」



私が事の経緯(けいい)を話すと、父はそんな私の頭を撫でながら目を(ほそ)めて笑う。



「そうかそうか。リルディア、(えら)いぞ? 私達に見せる為に一生(いっしょう)懸命(けんめい)練習して頑張(がんば)ってくれたのだな。しかも練習した林檎も()てずに自分で食して片付(かたづ)けるとは、なんと可愛(かわい)()(むすめ)なのだ。本当(ほんとう)に偉いぞ!リルディア!」



父に沢山()められもっと嬉しくなって、そんな父に抱き付いて(いぬ)のようにじゃれついていると、そんな私達の目の前に眉間(みけん)(ふか)(しわ)を寄せ困惑(こんわく)した表情を浮かべながら(のぞ)き込む母の顔があった。



「ちょっと!! 何事(なにごと)も無かったように娘と親子団欒(だんらん)しないでよ!! リルディアが何か悪い病気だったらどうするの!? この子はまだ“8(さい)”なのよ? しかもこんなに小さな体であんな大人でも出来ない林檎を容易(ようい)に潰すだなんて、常識的にもおかしいじゃないの!! ()ぐに医者(いしゃ)()せて徹底(てってい)的に調(しら)べてもらってよ!!


ーーああ、どうしよう。『怪力』の病気なんて生まれてこのかた聞いた事がないわ! 新種(しんしゅ)(やまい)?? 治療(ちりょう)方法(ほうほう)なんてあるの??」



(あき)らかに動揺(どうよう)している母に父は(なだ)めるように(おだ)やかに声をかける。



「エルヴィラ、落ち着け。リルディアは大丈夫だからそう心配するな」



そんな父の言葉に母は怖い表情で(にら)みつけながら叫ぶ。



「何を悠長(ゆうちょう)な事を言っているの!? そんな事を言っている(あいだ)にもリルディアが不治(ふじ)の病に(おか)されていたらどうするのよっ!! あんな『怪力』病気以外に考えられないじゃない!!


ーーああ、もういいわ!! 私が今すぐ医者を呼んでくるから。あんたはリルディアをベッドに()かせておいて!」



そう言うなり母は急いで部屋から出て行こうとすると、父にすかさず(うで)(つか)まれて止められる。



「ーーちょっ!! (なに)!?」



「だから落ち着け。これは私の血統(けっとう)の“遺伝(いでん)”なのだ。 悪い病気でも何でもない。だから安心しろ」



「はあ? “遺伝”ですって??」



父は(いぶか)しげな表情の母の腕を引き寄せると自分の(となり)(すわ)らせる。



「ああ、そうだ。これはブランノアの王家の血統者に(あらわ)れる“特有(とくゆう)”なものでな。私もそうなのだが、先代(せんだい)も先々代も生まれつき体の筋肉(きんにく)が非常に発達(はったつ)していて、それも特に体の“(ひだり)半分(はんぶん)”に顕著(けんちょ)に現れる。


だから私も“(ひだり)()き”なのだ。リルディアが“左利き”なのはそのせいもある。リルディアのその握力(あくりょく)(はし)るのが格別(かくべつ)(はや)いのも、全ては“遺伝”からきているものだな。


だがそれは元来(がんらい)、ブランノアの王家の()(もっと)()い男の血統者にしか現れぬと聞いてはいたのだがーーまさか女であるリルディアがーーとは私も正直驚きだ。上の娘達は無論(むろん)だが、私の(おとうと)(たち)ですらその“遺伝”は受け()いではいないのにな。


リルディアは外見(がいけん)はお前に(うり)二つで私には全く似てはいないが、リルディアの中に流れている血は私の血が特に濃いと言う事だ。リルディアの性分も私からきているものだし」



「やめてよ。リルディアは外見も性分も母親似なのよ。あんたのような非常識な暴君(ぼうくん)になど似てたまるものですか!」



「ははは、まあ、お前がそう言うならそう言う事にしておこう。しかし人間の持って生まれた性分はそうそう変わらんぞ? リルディアのそういう所は覚悟(かくご)しておけ?」



「ふん、私がそんな(ふう)(そだ)てないから大丈夫(だいじょうぶ)だわ。ーーねえ、そんな事よりも事情(じじょう)は分かったけれど、でもやっぱり心配なのよ。


この子は普通(ふつう)の同い歳の子供達よりも小柄(こがら)で小さい方だし体だってあまり丈夫な方ではないわ。それなのにあの『怪力』はこの子の体への負担(ふたん)が大き過ぎるのではない?


しかも男ならともかくこの子は女の子なのよ? それなのに筋肉の発達だなんて、こんな小さな体なのに、将来(しょうらい)あんたのような筋肉隆々(りゅうりゅう)になったら、可哀想(かわいそう)()()てられないわ」



母の心配する声に父も私の頭を()で続けながらもジッと私を見つめている。



「…………そうだな。 今まで女に“遺伝”した例がないからはっきりとした事は言えないが、そもそも男と女では体の(つく)りが違う。


だから多少(たしょう)の筋肉は付いても、リルディアが私の体のようになるとも思えんが、確かに筋肉を(きた)()ぎると、たとえ女であっても(おんな)戦士(せんし)のような体になる可能性(かのうせい、)もある。あれはもう『女』とは呼べん。


ーーよし、分かった。 リルディアには握力も筋力も必要以上には使わせないし、勿論、鍛える事もさせない。リルディアの『力』は私達の間で『封印』する。


まあ、他人がリルディアの人並み外れた『力』を見たところで誰も偶然だと信じて疑わん。…………が、ただ、この林檎を潰す事は取り敢えず止めさせないとな…………」



「………ええ、今直ぐによ? こんな『馬鹿力』私だって“遺伝”だと言われてもまだ、“病気”の方を(うたが)ってしまうわ」



母に疑惑(ぎわく)の視線を向けられ、父が珍しく苦笑いをしている。



「ーーああ、言いたい事は分かった。リルディアは(ねん)の為に医者に診せる。私もその方が安心だ。しかし折角(せっかく)、練習までしたのに可哀想ではあるが、全てはリルディアの将来の為。リルディアには他の(あそ)びで我慢(がまん)してもらうとしよう」



するとそんな母も珍しく父にニッコリと微笑む。



「ええ、是非(ぜひ)そうして頂戴(ちょうだい)。ーーあら? そう言えば、初めてあんたと意見(いけん)が合ったわね?一生(いっしょう)、合う事など無いと思っていただけに驚きだわ」



「フッ、そうだな。でーーどうなんだ? そろそろ私に()れたのではないのか?」



父はニヤリと笑うと、母はまるで子供のように(した)を出す。



「は? 冗談(じょうだん)でしょ? 寝言(ねごと)は寝てから言うものよ? 私はあんたなんか“(だい)(きら)い”よ! それに私は“面食(めんく)い”なの。男は“(わか)い方”が断然(だんぜん)良いに決まってるじゃない! だからあんたみたいな“ジジイ”なんてお呼びじゃないのよ。


あんたの方こそいい加減(かげん)、私を(あきら)めたらどう? 何も私でなくともあんたに(はべ)りたい女なんて周りに沢山(たくさん)いるじゃないの。それに、そろそろ私にも()きてきたんじゃない?


ーーああ、そう言えばこの間、(あらた)たな愛妾(あいしょう)候補(こうほ)があんたに引き合わせられたと聞いたわよ? 何でも家柄(いえがら)の良い多産(たさん)な血統の若くて器量(きりょう)良しの(うつく)しい娘だというじゃない。よかったわね? その娘を愛妾にでもして今度こそ“世継ぎ”を作りなさいよ。あんたなんてもう“ジジイ”なんだから早くしないと作れるものも作れなくなるわよ?」



母は「ふん、」とそっぽを向いて父の(そば)から立ち上がろうとした途端(とたん)、父にドレスを()()られて当然、バランスを(くず)した母が父の方に(たお)れてくると、母の体をしっかりと(かか)えた父は私を自分の胸の中に抱えた状態で母の(くちびる)をそのまま(うば)っていた。



「!?ーーっ ……ん………んんっ!!」



父と母の体に(はさ)まれて二人の顔は全く見えないが、父に唇を奪われた母が何だか(くる)しそうに(あば)れている。私は心配になって父の(ふく)を引っ張ると父はようやく母の体を(はな)した。



「………こ、こ、この馬鹿男っっ!! あ、あんたね!! よりにもよって自分の子供の前で何て事をしてくれてんのよっ!! 非常識にもほどがあるわっ! 信じらんないっつ!! この馬鹿っ!! くそジジイィ!!」



母は顔を()()にして激怒(げきど)し、父をボカスカと(なぐ)るも、父はいかにも(たの)しそうに母の(こぶし)平然(へいぜん)と受けている。



「なんだ? ()ずかしいのか? キスくらい子供の前でも別に良いだろう? 私達は夫婦(ふうふ)だ」



「良いわけあるかっ!! このっ!!このっ!! 非常識っ!! 馬鹿ぁっ!!」



「わははははっーーああ、こら、気を付けろ。ーーリルディアに()たる」



しかし母は父を殴るのを一向(いっこう)に止めないので私に見られたことがそんなに恥ずかしかったのかと、(あわ)てて母に声を掛ける。



「母様、母様? 大丈夫よ? リル、お父様と母様に挟まれて全然見えなかったから、恥ずかしくなんてないよ? だからお父様を殴らないで? お父様が可哀想………」



「くっ……リルディア………」



母は私の言葉を聞いて、父を殴っていた手を下ろすも、それでも怖い顔でこちらを睨んでいる。その視線の先にいた私は母のその怒りの表情が怖くて思わず父の体にしがみつく。



「お父様、母様が怖いよ~。リル、何かしたの? 母様、リルの事怒ってる?」



そんな私の様子に母は慌てて表情を(ゆる)めてニッコリと微笑む。



「リルディア、違うわよ~? リルディアは何も悪い事をしてはいないもの。それなのにあんたの事を怒るわけがないでしょう? 私はそこにいるあんたのお父様を怒っていたのよ? だから誤解(ごかい)しないで?」



私は恐る恐る母の顔を見ると、もう先ほどの怖い顔ではなく笑顔で私の事を見ていて、それを見てホッとする。



「本当? リルじゃないの? お父様なの?」



「ええ、そうなの。だからリルディアが気にする事はないのよ? ああ、ほら、リルディア、こちらにいらっしゃい? (かみ)(かざ)りのリボンがほどけ掛かっているから直してあげるわ」



母が(やさ)しい声で私を手招(てまね)きして呼ぶも私は少し考えてから首を横に振ると母が小首(こくび)(かし)げる。



「リルディア? どうしたの? 私は本当にあんたを怒ってなどいないわよ?」



「うん。………だけど………お父様の事は怒っているんでしょう? リルがお父様から離れたら母様はまたお父様を殴るでしょう? だからリル、お父様と一緒にいる」



すると父の顔が(たちま)破顔(はがん)し、そんな私をギュッと()()める。



「ああ、()が娘はどうしてこんなに可愛(かわい)いのだろうな? エルヴィラもそう思うだろう? リルディアは本当に(おや)(おも)いの優しい子だ。


ーーリルディア? 確かに母様は父様を怒ってはいたが違うんだ。父様が先ほど母様にいきなりキスをしたから母様はびっくりして恥ずかしくて怒っただけなんだ。だから本気で怒ってはいないのだぞ?」



私は父の顔を見上げる。



「本当? でもさっきの母様の顔はすごく怖かった」



「よしよし、でもそれも違うんだ。母様はすごく綺麗(きれい)な顔をしているだろう? だから大して怒ってなどいなくても美人(びじん)の顔というものは普通の顔よりも怖く見えてしまうものなんだ。だから今は母様も笑っているだろう?」



私はもう一度母の方を見ると、母は笑顔で私に手を振る。



「うん。 母様、怒っていないみたい。じゃあ、リルがお父様から離れてももう、大丈夫? 母様はお父様を殴ったりしない?」



心配そうな私に父は限りなく穏やかな優しい声で、私の(ほほ)をその両手(りょうて)でそっと(つつ)む。



「ああ、心配しなくとも大丈夫だよ。私の可愛いリルディア。母様は父様を本気で怒っているわけではないのだよ。あれは母様の怒っているフリで(たた)かれても全然(いた)くはないんだぞ~? あれなら羽虫(はむし)()された方がずっと痛いくらいだ」



「ええっ~? お父様は羽虫なんかが怖いの?? あんな小さな(むし)なんて刺されても痛くないし、ちょっと赤くなるだけよ? それじゃあ、母様のは全然痛くはないのね? そう言えばお父様笑ってた」



私がホッとして笑顔を向けると父の笑顔が(かえ)ってくる。



「ははは、そうなんだ。ーーさあて、リルディアの誤解も()けたことだから母様にリボンを(なお)して(もら)おうな? さすがに父様にはそれを直してはやれない」



そう言って父は私を()(かか)えながら立ち上がった。そして母の側に私を下ろすと私の目線(めせん)に合わせて(こし)()とし私の左手(ひだりて)を取ると、その大きな両手で優しく握る。



「リルディア、あのな? 父様と母様からリルディアにお願いがあるんだが聞いてくれるか?」



「うん! なあに?」



私は父の顔を見て笑顔で頷く。



「父様も母様もリルディアが林檎を潰せるのを見た時は本当に驚いた。実は父様もな? 今のリルディアと同じくらいの歳から林檎を潰せるようになったのだ。


勿論(もちろん)、林檎だけではなく左手に持てるものは(いし)みたいな(かた)いもの以外なら何でも握るだけで(こわ)せるし、重いものでも一人で簡単(かんたん)に持ち上げられる。リルディアはどうだ?」



「ええっとね。潰せるのは林檎と柑橘(かんきつ)でしょ、それから~あと、馬鈴薯(じゃがいも)!!」



「ええっ!?? あんたまさか馬鈴薯も左手で潰せるの!!?」



母の驚いた問い掛けの声にも私は笑顔で答えた。



「うん? 潰せるよ? やってみたら出来た。えっとね? 馬鈴薯の方が林檎より小さいから持ちやすいんだけどね? でも馬鈴薯は潰してもそのままじゃ食べられないし手も(どろ)だらけになって、ちょっとヌルヌルしていて(くさ)いし、


リルね、野菜(やさい)はあんまり()きじゃないから潰すなら果物(くだもの)の方が良いかな? 果物なら食べられるし美味(おい)しいもん。あと、(おも)たい物はまだ持った事ないからリル、それは分かんない」



それを聞いた母は(むず)しい顔で父の顔を見つめる。



「…………ねえ、分かっているだろうけれど…………追加(ついか)して」



「ああ、分かっている。私に(まか)せろ…………」



父と母が喧嘩(けんか)もせずに、こうして会話(かいわ)をしているのを見るのは本当に大変珍しい光景(こうけい)だ。それを見ていると何だかすごく(うれ)しくなる。



「ーーそうか。リルディア、あのな? これから父様の言うことはリルディアには少し難しいかもしれないが聞いて欲しい。


リルディアが“力持ち”なのは、それはリルディアが父様の子供だからだ。リルディアは見た目は母様にそっくりなんだが、実はお前は父様の方にそっくりなのだよ?」



「お父様に?」



「ああ、そうだ。だからリルディアが父様と同じように林檎や馬鈴薯を左手で簡単に潰せてしまうのは何も不思議(ふしぎ)な事じゃない。しかも面白いしすごく楽しいよな?」



私はそれを肯定(こうてい)するようにその()をピョンピョンと()()ねる。



「うん! すっごく楽しい!」



「ははは、すごく分かるぞ~! だから父様もそれが楽しくてな? 毎日(まいにち)、林檎や馬鈴薯を潰す練習をしていた。すると練習をすればするだけ上手(じょうず)にはなるのだが、それと一緒に体もどんどん(きた)えられて大きくなっていって、今の父様のこの体が出来たのだ。だからリルディアが父様と同じ事をしているとその(うち)、リルディアも父様のような大きな体になってしまう。


これでお前が“男の子”なら父様のような体になっても全く(かま)わんのだが、リルディアは可愛い“女の子”だろう? しかもお前は母様にそっくりだから、将来大きくなったら母様と同じ、すごい美人になるんだぞ?


ーーだがな? もしお前がこのまま林檎や馬鈴薯を潰し続けていると、リルディアは将来、今の母様の顔に父様のこの体がくっついている姿になる」



それを聞いた母の柳眉(りゅうび)がピクリと動き、すごく(いや)そうな顔で父の顔を見る。



「………ちょっと、想像(そうぞう)するじゃない。気持ち悪いからやめてよ」



(たと)えだ、例え。ーーしかもお前が気にしてどうする…………」



父はそんな母の言葉を片手で制止(せいし)すると、再び私に向き直る。



「父様は可愛いリルディアがそんな姿(すがた)になってしまうのを見るのはすごく嫌だな。リルディアはどうだ? そんな姿になりたいか?」



父の問いに私は何度も首を横に振って否定(ひてい)をする。



「やだっ! やだっ!! 絶対にいやっ!! リルは、顔も体もどっちも母様がいい!!」



尚も首を横に振り続ける私を止めるように父の両手が私の頬に()れる。



「そうだよな? だからリルディアの体が父様のようにならない為にもこれからはもう林檎や馬鈴薯のような固い物を潰すのは絶対に止めるんだぞ? ーー出来るか?」



私は今度はコクコクと首を(たて)に振って頷く。



「うん! リル、もう絶対に林檎も馬鈴薯も固い物もなんにも潰さない!」



そんな私の頭を父は笑顔で何度も撫でる。



「よしよし、いい子だ。父様と母様に『約束(やくそく)』出来るな?」



「うん! 『約束』する!」



私が父に抱きつきながら約束の言葉を誓うと、母が隣で胸を押さえて安堵(あんど)するように大きく息を吐く。そして一言、父に向けて(つぶ)いた。



「…………お見事(みごと)



すると父は私を抱き上げて小さく笑みを浮かべながらそんな母に答える。



「フッ、…………まあな」






【③ー終】



































































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