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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
55/78

【小話②ー2我が国の王太子と我儘?な婚約者】

【小話②ー2】




王子(おうじ)左隣(ひだりどなり)平行(へいこう)しながらも自分(じぶん)相棒(あいぼう)であるロイズをジッと()つめていると、そんなロイズはわざとらしく(おお)きなため(いき)をつく。



「ああ、()かったって、分かったから。そんなに(つよ)目力(めぢから)(にら)まないでよ。マジで(こわ)いから。本当(ほんとう)(きみ)のその琥珀(こはく)(いろ)(ひとみ)(くち)ほどに目で(もの)()うよね。そんなに心配(しんぱい)しなくても()()いていないから安心(あんしん)してよ。


ーーということなので、どうします王子? アイザックが怖いので、そろそろ馬車(ばしゃ)(もど)りませんか?」



(まった)(ちが)意味(いみ)でロイズを見ていただけだったのだが、そのロイズは(さき)ほどの自分が言った言葉(ことば)(ほう)解釈(かいしゃく)したようだ。


この相棒は王子と(おな)銀色(ぎんいろ)(かみ)ではあるが、その瞳の色は王子よりも()灰色(はいいろ)をしていて背格好(せかっこう)など王子によく()ているので、有事(ゆうじ)(とき)などの(ため)の王子のダミー(やく)としての役目(やくめ)(にな)っている。



ロイズの言葉を()けて王子は(すこ)しだけ(こま)ったように(わら)うと、(うし)ろを()(かえ)ってブランノアの(しろ)を見つめている。



「ああ、そうですね………でももう少しだけ、このままでいさせて下さい。アイザック、心配をかけて(もう)(わけ)ないのですが、本当にもう少しだけーーその(あと)はすぐ馬車の方に戻りますので」



するとそれを()いたロイズが王子の視線(しせん)の先のブランノアの城を見ながら笑う。



「ふふっ、王子。そのお気持(きも)ち分かりますよ。名残(なごり)()しいのでしょう? (ひさ)()りにリルディア(ひめ)()えたのに、またすぐに(はな)れなくてはならないのですから。


でもさすがはブランノアの国王(こくおう)(ほこ)る『至宝(しほう)』と()ばれるお二人(ふたり)だけあって、姫も母君(ははぎみ)も本当に(いき)()(よう)なすごい美女(びじょ)ですよね。(とく)今日(きょう)はリルディア姫の成長(せいちょう)最終形(さいしゅうけい)である母君を見て確信(かくしん)しました。ブランノアには絶世(ぜっせい)の美女が二人もいるとは本当に(うらや)ましいことです。


ですがあと数年後(すうねんご)にはその『至宝』の一人(ひとり)今度(こんど)()(くに)の『至宝』になるのですよね。(いま)から(たの)しみですよ。ああ、もういっそのこと数年後とは言わず、今すぐ姫を()れて(かえ)ってしまいましょうか? 姫がいたら、きっと毎日(まいにち)が楽しくなりますよ」



馬鹿者(ばかもの)滅多(めった)(こと)(くち)にするな。ここにはまだブランノアの騎士(きし)(たち)もいるんだぞ!?」



ロイズの(しん)じられない禁句(きんく)発言(はつげん)にギョッとして(あわ)てて口を(つぐ)むようにやや小声(こごえ)注意(ちゅうい)するも、本人(ほんにん)面白(おもしろ)そうに笑っているだけだ。



「あはは、冗談(じょうだん)だって。それに心配しなくともここからじゃ、どんなに(みみ)()かろうとブランノアの騎士達には聞こえないよ。君の(かお)があまりにも怖いから緊張(きんちょう)(ほぐ)してやろうと(おも)ってさ。だけどそんなに毎日(まいにち)()()めていると、その(うち)、君のその金茶(きんちゃ)(ほそ)毛質(けしつ)(かみ)団長(だんちょう)みたいに(わか)くして禿()げてしまうよ?」



それを聞いて思わずグッと言葉が詰まる。自分の上司(じょうし)である王国(おうこく)騎士団(きしだん)の団長は身内(みうち)であり自分の長兄(ちょうけい)なのだが、(なに)かと神経質(しんけいしつ)性分(しょうぶん)で、自分と同じ(とし)(ころ)には(すで)頭髪(とうはつ)脱毛(だつもう)して禿げてしまい、今では(のこ)っていた髪を(すべ)()()げている。


そんな(あに)(いわ)く、中途半端(ちゅうとはんぱ)に髪が残っている方が尚更(なおさら)、禿げが強調(きょうちょう)されるから、それならば(いさぎよ)全部(ぜんぶ)剃り上げた方が(ぎゃく)(おとこ)らしくて格好(かっこう)()いという理由(りゆう)からだ。


どうも()()父方(ちちかた)家系(かけい)は禿げやすい血統(けっとう)らしい。だから父も祖父(そふ)も若かりし頃から髪が無い。なので自分も子供(こども)の時からずっとそれを気にしていて、今、我が家で唯一(ゆいいつ)頭髪が無事(ぶじ)なのは次男(じなん)である自分と三男(さんなん)(おとうと)だけだ。


そんな事もあって頭皮(とうひ)(かん)しては、弟と(とも)()女性(じょせい)同様(どうよう)(ひと)一倍(いちばい)手入(えい)れは(おこた)ることはない。そして自分と弟は容姿(ようし)母方(ははがた)に似ているので、父方のように禿げる事は無いと信じてはいるが、自分の髪質が細い事に一抹(いちまつ)不安(ふあん)はある………


ーーが、大丈夫(だいじょうぶ)だ。なんと言っても自分は兄とは違い今も髪は健在(けんざい)だ。それというのも兄は自分の年齢(ねんれい)の時には、既に禿げていた。だから自分は父方ではなく母方似なのだ…………多分(たぶん)


そして何となく、リルディア姫が使(つか)われていた“多分”が分かったような気がした。


でもロイズの言う通り少し神経質になり過ぎているのかもしれない。それが顔に出てしまっているのは、(まわ)りの心象(しんしょう)にも良くはないだろう。(あらた)めなくては………


けれどそれは頭髪(とうはつ)脱毛(だつもう)の心配からではない。王子付きの護衛(ごえい)として我等(われら)が王子の印象(いんしょう)(さまた)げない(ため)なのだ。だから(けっ)して自分の脱毛の心配からではない。…………多分。



ロイズの言葉に王子は少しだけ名残惜しげに微笑(ほほえ)む。



「ロイズの言う通りですね。姫が我が国に毎日いて下されたらと私も思いますが、今は我慢(がまん)しましょう。それに姫がセルリアに来て下さる時を()っている時間(じかん)というのもそう(わる)くもありません。そうやって待ち()がれていた(ぶん)(ふたた)び姫に会えた時の(よろこ)びは大きくなるでしょう?」



それを聞いたロイズはイタズラっぽくニッと笑う。



「はい、ご馳走(ちそう)(さま)です。王子の()(なが)さには感服(かんぷく)です。 ですが、よく我慢できますね? (わたし)ならあんな美女(ほう)っておけませんよ。(ほか)の男に()られる(まえ)に、それこそブランノアの国王の様にかっ(さら)いますね。


ああ、本当に、姫が王子の婚約者(こんやくしゃ)でなければ、今頃(いまごろ)やってるかも………いや、確実(かくじつ)にやってるな」



(なに)やら(かんが)()むように真顔(まがお)でボソッと問題(もんだい)発言(はつげん)(つぶや)相棒(あいぼう)に慌てて(こえ)()ける。



「ロイズ………それは冗談(じょうだん)でもやめてくれ。ブランノアの国王の激昂(げっこう)した(おそ)ろしい(かお)が今、()かんだ。(いのち)がいくらあっても()りないぞ? しかも(ころ)されても(なお)()()きにされる」



するとロイズは「そうだね」と、まるで他人事(たにんごと)のように笑っている。



………こいつは本当に図太(ずぶと)神経(しんけい)()(ぬし)だ。姫の婚約者であり自分の(あるじ)である王子がすぐ(となり)にいるのに、しかも(はな)れてはいるがブランノアの騎士達も前後(ぜんご)にいるというのに。



………どうしてこうも問題発言を次々(つぎつぎ)とーーもしかしたら俺は、この相棒のせいで禿げるんじゃないかーーー?



ふと(よぎ)った懸念(けねん)()()すように(くび)(よこ)に振ると、思わず(ふか)いため(いき)がついて出る。


そしてやはりこのロイズも姫に(たい)する心象(しんしょう)()わっているのが()かる。それというのも(じつ)を言うと自分とロイズは王子と姫の婚姻(こんいん)反対(はんたい)()だったからだ。それが今ではどうだ。冗談とはいえど、そんな相棒の口から姫を攫うなどと問題発言まで()び出している。



………やはりこいつも姫に()てられている。



国に帰ったら、この男も自分と一緒に精神(せいしん)鍛練(たんれん)必要(ひつよう)だ。 自分以上(いじょう)にこいつの理性(りせい)が信じられない。本当に主の婚約者をかっ攫らいかねない。そんな愚行(ぐこう)(ふせ)ぐ為にも、やはり団長に(きび)しく(きた)(なお)してもらわなければ。



そう思い、ロイズをひと(にら)みするとそんな相棒は「おっと」と(ちい)さく(かた)(すく)める。それを見ながらため息()じりの小さな息をはくと、今度(こんど)は王子だけに聞こえるように小声で(はな)し掛ける。



「ーー王子。リルディア姫の事、まこと本気(ほんき)なのですか? (たし)かに本日(ほんじつ)、姫と(じか)にお会いして姫が王子の言われる通りの御方(おかた)だというのは分かりましたが、いくら大人(おとな)びてはいらっしゃっても、やはりまだ子供(こども)だと実感(じっかん)(いた)しました。


大変(たいへん)魅力的(みりょくてき)姫君(ひめぎみ)ではありますが、王子のご年齢(ねんれい)からいっても伴侶(はんりょ)とされるのには姫は(いささ)(おさな)すぎるのではありませんか? しかも母君が言われるには、姫はあの父王(ちちおう)と同じ性分(しょうぶん)だとか。


これは我が国と王子の為に()えて(いち)臣下(しんか)として申し上げますが、リルディア姫は“危険(きけん)”です。あの姫は最強(さいきょう)(こく)であるブランノアの国王に(まも)られているからこそ“安全(あんぜん)”なのだと思います。


王子は姫に「今のままでいて()しい」と(おっしゃ)いましたが、私は王子にも同じ事を(ねが)いたい。『傾国の美女』というのは、どんな賢王ですら堕落させてしまうと言われています。リルディア姫がそうならないとも限りません。それでなくとも子供の内からあの美貌です。まさに『傾国』を予兆(よちょう)しているとしか思えません。


私も姫の母君が申し出られたように姫がまだ子供である内に、この婚姻契約(けいやく)一度(いちど)白紙(はくし)に戻された方が良いと思います。そしてよくお考えになられた上で、それでもまだ姫を(のぞ)まれるのであれば、改めて申し込まれても良いのではないでしょうか?」



王子はしばらく(しず)かに(みみ)(かたむ)け聞いていたが、自分が話し()わると、その表情(ひょうじょう)哀愁(あいしゅう)(まと)うが(ごと)く、前方(ぜんぽう)()()ぐに見つめながら自重(じちょう)気味(ぎみ)に口を(ひら)く。



「ーーアイザック、貴方(あなた)が国や私の事を心配し考えてくれているのは重々(じゅうじゅう)分かっています。そして国の事を考えるならば私は姫の母君の申し出を受けるべきだとも。


………でも、申し訳ありません。もう()(おく)れなのです。私は姫に(つか)まってしまった。彼女(かのじょ)に会えば会うほどに()かれてやまない。自分でも7歳も離れているまだ子供の姫に対してこんな気持ちになるとは思ってもみませんでした。


私も同じ『男』ですから貴方の言う姫が“危険”だというのは分かっています。だからといってその“危険”を()けていては本当に欲しい物は何も手に入らない。それが入手(にゅうしゅ)困難(こんなん)である希少(きしょう)な『至宝』ならば当然(とうぜん)リスクはあるでしょう。ですが私はーーその『至宝』が欲しい。


だから婚約(こんやく)解消(かいしょう)はしない。確実に姫を手に入れられる手段(しゅだん)をそう簡単(かんたん)手放(てばな)せるわけがない。そして残念(ざんねん)ながら今の私は姫の眼中(がんちゅう)には(ほとん)ど入ってはいないので、尚更手段は必要なのです。


そしてこの先も姫の(こころ)(うご)かそうとする男は沢山(たくさん)出てくるとは思いますが、姫が父王と同じ性分であるならば逸早(いちはや)く姫の愛情(あいじょう)()(もの)が“勝者(しょうしゃ)”。ブランノアの国王の盲目的(もうもくてき)な愛情はもはや有名(ゆうめい)ですから。


ですから少しでもこちらが有利(ゆうり)になるのなら、今は姫の(あに)という立場(たちば)でも(よろこ)ばしいのですよ。姫の中での『特別(とくべつ)』である事には変わりないのですからね」



王子の言葉を聞いて驚いたのは言うまでもない。まさか温厚(おんこう)で優しい王子にこんな一面(いちめん)があったとは。今までずっと王子の(そば)(つか)えていたのに全く()らなかった。それはロイズも同じで(あき)らかに驚いている。


自分は王子だけに聞こえるように話したのだが、さすがに王子の会話(かいわ)は隣で平行しているロイズにも聞こえていたらしい。ロイズは呆気(あっけ)に取られた表情をしていたものの、すぐに笑顔で王子に話し掛ける。



「いやーー、王子はやっぱり陛下(へいか)()だったんですね。私は今、王子の中に陛下を見ましたよ。陛下もお若い頃はかなりの美男子(びだんし)だったそうで、その容姿もそうですが王子も陛下と同じく()しに(つよ)性格(せいかく)だったとは。でもそう思えば、今日の王子は(めずら)しく姫に積極的(せっきょくてき)でしたよね? 姫が(かた)まっているのが可愛(かわい)らしくて思わず笑いそうになりました。


私はてっきり王子は『草食(そうしょく)(けい)』だと思っていたのに実は『肉食(にくしょく)(けい)』とか意外(いがい)や意外。でもやっぱり男は『肉食系』ですよね。(とく)に好きな女性には()めまくって自分を主張(しゅちょう)しなくては。ーーまあ、王子の場合(ばあい)は何もしなくても向こうの方から()って来るんですがね。


ですがあのリルディア姫はさすがと言うべきか、その(へん)一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないみたいですし、でもその王子の意外性は「()り」です。特にリルディア姫には有効(ゆうこう)ではないですか? あの姫は“意外性”を好んでいるようですから。そして今度姫と会われた時にはその“意外性”を使って姫の心を(つか)んでしまいましょうよ。姫が王子に()れるのも間違い無しですって!」



そんな浮き足立つ相棒に(くぎ)()すように苦言(くげん)をする。



「ロイズ、そんな事を言って、あまり王子を(あお)るな。もしその“意外性”とやらが間違っていたらどうするんだ? あのリルディア姫は他の姫君やご令嬢達とは違うぞ? それこそ慎重(しんちょう)に行かないと、姫の機嫌(きげん)(そこ)ねてみろ。あの父王が(だま)ってはいない。それに思うに、あの姫は()(きら)いがはっきりしているから、一度でも嫌われてしまえば、そこで(おわ)わってしまうだろうが」



今まで(おおやけ)()で姫を見てきて思っていた事だが、素直(すなお)であるのは良いのか悪いのか姫は自分が嫌いな人間には誰が見てもこの人間が嫌いであると分かるような態度をとる。だから、王子の元婚約者の侯爵(こうしゃく)令嬢(れいじょう)の事も姫が嫌っている事は分かっている。それで侯爵令嬢から王子を(うば)ったのだと貴族の間では(ひそ)かに(ささや)かれているのだがーーー



ロイズも当然、そんな姫の“好き嫌い”を知っているので(うな)るように口を(つぐ)む。通常(つうじょう)からいけば王子が嫌われるとは思わないが、あの姫に関しては父王の性分を知っているだけに、こちらの認識など当てはまらないだろう。



ーー王子も何とも厄介(やっかい)(むず)しい相手に惚れてしまったものだ。王子ならば恋愛(れんあい)対象(たいしょう)になる相手などいくらでもいるというのに。よりにもよってーーである。



そんな王子に同情(どうじょう)の目を向けると、王子はフッと笑う。




「確かにロイズの言う“意外性”も有効であるのかもしれませんが、今はまだ使える段階(だんかい)ではないと思うのでここはアイザックの言う通り「慎重」にというのが私も同意見です。姫に嫌われてしまっては(もと)も子もありませんから。ですので姫の成長に合わせてその(たび)に私の存在を主張することにします。その過程(かてい)で“意外性”も「有り」だとは思うのですが」



「ふふっ、王子、中々の策士(さくし)ですね。また王子の意外な一面を見てしまいました。それは勿論「有り」です。王子の(おも)いが成就(じょうじゅ)する様、私達はこれからも全面的(ぜんめんてき)にご協力(きょうりょく)しますから、遠慮(えんりょ)せずに是非(ぜひ)相談(そうだん)して下さいね。


それにしても、次に姫にお会いする日が(たの)しみですね。王子の筆頭(ひっとう)側近(そっきん)でよかった。帰ったら皆に今日の事を自慢(じまん)しよう」



「ロイズ、自慢はいいが、やはりお前は気が()け過ぎだ。ここはまだセルリアじゃないぞ? 恋愛云々(うんぬん)言っている場合か?」



王子の恋愛事情(じじょう)にまだ浮き足気味の相棒に注意(ちゅうい)(うなが)すと、ロイズは片手(かたて)を上げて肩を(すく)める動作(どうさ)を見せる。



「やれやれ、恋愛云々って、そもそも君が王子に話を振ったのが発端(ほったん)だろうに。君もさ、少しは王子を見習(みなら)って武術(ぶじゅつ)勉学(べんがく)だけじゃなく、そっち方面(ほうめん)の勉学もした方がいいんじゃない? 君ってそういうところ結構(にぶ)いからさ。


女性がいくら君に好意(こうい)を寄せて来ても全然気付いてないし、女性への扱い方も下手(へた)だし、相棒としては心配だよ。何なら私が講師(こうし)しようか?」



「ーー結構だ。そんな事を言ってお前この間、付き合って間もない恋人(こいびと)に振られたって言っていただろ? なんでそう付き合う女が短期間(たんきかん)でしょっちゅう代わるんだよ。お前こそ王子の誠実(せいじつ)さを見習えよ」



「う~ん、それは私の運命(うんめい)の相手ではなかったーーと言うことだろうね? でもどうしてかな? 私は王家(おうけ)直属(ちょくぞく)の騎士で高給(こうきゅう)()りだし容姿も良い方だし女性からも人気(にんき)があるのに、何故(なぜ)か、いざ付き合うと相手から振られてしまうんだよ。それってどう思う?」



「知らん! 俺に聞くな!」



相棒の言葉にそっぽを向くと、ロイズは王子に視線を送る。



「王子、これってどう思います? 私の何がいけないのでしょうね?」



ロイズの言葉に王子は困惑(こんわく)気味気味(ぎみ)に小さく首を傾げる。



「そうですね………いけないという事は無いとは思うのですが………」



「王子! こいつの言葉は無視(むし)して(くだ)さい。真面目(まじめ)(こた)えてやる必要(ひつよう)はありません。答えは決まっています。こいつが不誠実なせいか女を見る目が悪い

だけですから」



「あーそれって、恋愛音痴(おんち)にだけは言われたくはないなぁ」



「だったら言われないようにしろよ。それから王子にくだらない事を相談するな! 王子が困ってしまうだろう!」



「はいはい。だってさ、相棒の君が全く相談に乗ってくれないから、つい王子に話を振っちゃったんだよ。ああ、そうだ。今度は付き合う前に君にお(うかが)いを立てるから、良いか悪いか君の目で判断(はんだん)してもらえない? なんか君の見る目の方が(ただ)しい気がする」



(ことわ)る!! それにそういう考え方が不誠実だと言うんだ! ーーおい、だからといって王子に(たの)むなよ? 王子はお前に(かま)っていられるほど(ひま)じゃない」



「はいはい。 分かってます。だから、はい。(にら)まない。君の目力(めぢから)は本当に強いんだから。その内、目から()でも飛んできそうだよ。 あ~怖い怖い」



そんな我等の会話を聞いていた王子がクスクスと笑う。



「ふふっ、今日は二人に協力してもらって本当に(たす)かりました。ありがとうございます。おかげで、久々に姫と二人きりの時間を過ごす事が出来た上、セリアの(はな)を見て喜ばれる姫の笑顔も拝見(はいけん)する事が出来ました。


今度は是非とも姫には我が国に(あそ)びに来て頂きましょう。その時にはまた二人の力を()して下さい。姫から沢山課題(かだい)(いただ)いたので(いそが)しくなりそうです」



それを聞いてロイズが思い出したように笑う。



「ああ、そうでしたね。姫を満足(まんぞく)させなければ婚約者失格(しっかく)でしたか? それに「勉学を(おろそ)かにするな」とか「“(ぶた)王子(おうじ)”になるな」とか言われていましたよね?


ーーククッ、王子の事を“豚王子”などと平然(へいぜん)と言ってのける女性はリルディア姫くらいですよ。 そもそも“豚王女”とか“豚王子”とか、どうしてそんな話題(わだい)になったんです?」



すると王子も思い出したのか口許(くちもと)()さえて笑う。



「ふふっ、それは秘密(ひみつ)です」



「あ、早速(さっそく)、お二人の秘密の共有(きょうゆう)ですか? 良い傾向(けいこう)ですね。でもそれが“豚”というのが何とも色気(いろけ)がないですけれど」



確かにどうして『豚王女』とか『豚王子』とかの話なのだとは思った。しかも姫も母君も平然と真顔(まがお)で王子を見ながら何度も“豚王子”を連呼(れんこ)するので、思わずロイズと視線を見合せながら()き出しそうになるのを(こら)えたのだ。



「それに王子が、姫の我儘を切望(せつぼう)されたのには正直(しょうじき)(おどろ)きました。でも本当に“国家(こっか)(きゅう)”のお願いなんてされたらどうするおつもりだったんです?そもそも王子との婚約も姫の“国家級”の我儘だったみたいですし、あの母君の必死(ひっし)な様子に、これは冗談などではなく、本当にあり得るのだと思いましたから」



「ふっ、さすがに私にも“国家級”は姫の願いならどうにかしたくとも今の私では出来ません。ですが、姫が私に対してそんな難しいお願いはされないと分かっていたので、そんなに心配はしていませんでした」



「え? でも姫の我儘は“国家級”だと姫の母君があんなに必死で言われていたのにですか?」



ロイズと同様に自分も首を傾げていると、王子は微笑みながら言葉を続ける。



「それは父王であったからでしょう。姫はだれかれ構わずに我儘を仰るわけではないのですよ。あの御方は(かしこ)聡明(そうめい)であられるので、ご自分の要求(ようきゅう)(かな)えられる者にしか仰られないのだと思います。


以前(いぜん)、姫は「出来ない者に出来ない事を頼んでも意味がない」と仰っていました。そして先ほども母君と話されていた時にも「我儘を言う相手は選ぶ」と言われていましたし、だから私に対しても出来る事しか願われなかったのです」



言われてみれば、確かに姫は母君にそんな事を言っていたような気がするがはっきりとは覚えていない。



それにしても王子は一体、姫の会話をどこまで覚えているのだろうか? まさか全て記憶(きおく)しているとはさすがに思わないが、それでも会話の内容(ないよう)は、ほぼ覚えているのだろう。(いと)しい人の言葉はどんな些細(ささい)な言葉でも覚えているものなのかと感心(かんしん)するところだ。



「確かにそうですよね。どんな(すご)いお願いが飛び出すのかと思えば、姫が願われたのは“香水(こうすい)一瓶(ひとびん)”でしたからね。あれには驚きました。しかもそれだって(おそ)る恐る聞いてきたでしょう?


相手は王子なのだから高価(こうか)宝石(ほうせき)でもドレスでもいくらでも願えるのに、そんな容易(たやす)いお願いをする貴族の女性など見たことがありません。しかも「今度会った時でいい」だなんて、これのどこが『我儘姫』なんだ?と思いましたよ。貴族の女性達の方がよっぽど我儘ですよね。


王子の言われる通り姫は本当に素直で可愛らしい御方でした。しかも見ていても楽しい方ですし、王子が惹かれてしまうのも分かる気がします」



「ええ、本当に可愛い御方なのですよ。そんな姫の婚約者である私は誰よりも幸運(こううん)な男なのでしょうね」



「本当にそうですよ。ああ、本当に王子が羨ましいです。それに王子の女性を見る目は確かだ。………やっぱり、今度付き合う女性は王子に見てもらおうかな………」



ロイズがまだ(こり)りずに(つぶ)いているので、強力(きょうりょく)だとよく言われる目力で睨み付けてやると、相棒は「おおっと」と声を上げて、またいつもの口癖(くちぐせ)のように「冗談だって」と言って笑う。


こいつの「冗談」という言葉は信用出来ない。やはり国に帰ったら、こいつも団長に厳しく鍛え直してもらおう。



「ロイズ………帰ったら即刻(そっこく)鍛練(たんれん)だ」



それを聞いた相棒はキョトンとした表情で首を傾げた。



「は? なんで? そんな(きゅう)に」



「なんで?じゃない。俺もお前もまだまだ未熟者(みじゅくもの)だからだ。………木乃伊(みいら)()りが木乃伊になりかねないからな………」



「は? なに? 木乃伊? 何の話さ?」



「いいんだよ、何だって! とにかく王子だって色々と精進(しょうじん)しているんだ。それなら俺達は王子以上に精進しないと駄目(だめ)だろう? 特に精神面は重要(じゅうよう)だ!! 何事(なにごと)にも動じない強い精神でなければ王子の騎士は(つと)まらない!


いいか!? 強い精神力は自分を守る(たて)にもなるんだぞ? 武術だけ鍛えていても駄目なんだ! 自分を見失(みうしな)わない為にも団長に提案(ていあん)して他の騎士達も同様に精神面を強化(きょうか)するぞ!!」



グッと(こぶし)(にぎ)()めて自分にも言い聞かせる様に言うと、ロイズと王子が呆気(あっけ)に取られた表情でこちらを見つめている。



「アイザック? 君、本当にどうしたの? 精神面が大事なのは分かるんだけど、なんでそんな力説(りきせつ)してるのさ?」



「だから精神力が大事なんだよ! 騎士たる者、精神力が(よわ)ければ話にならん!! 健全(けんぜん)な心を(たも)つには健全な精神があってこそなんだぞ!?」



「いや、その意味は分かるけど、君のその力説の意味が分からないんだけど?」



「その内分かる。その時は俺に感謝しろよ?」



「は? その内分かるって、何が?」



「何でもいいんだよ!」



王子の前で言えるわけがないだろうが! 俺達まで姫に捕まったらどうするんだ! “男の直感”で分かれ!


姫は“危険”だ。姫は真性(しんせい)の『傾国の美女』だ。()の精神力では自覚がない内に捕まる。だからこそ姫が成長する前に精神を鍛えなければならない。こいつの言葉通りに“かっ(さら)って(にげ)げる”様な愚行(ぐこう)(はし)らない為にも。


目は口ほどに物を言うというのだから、言おうじゃないか! 分かれ! そして(さと)れ!



ーーと、王子の右隣にいる相棒に無言(むごん)で視線を送ると、ロイズはこちらを見て苦笑(にがわら)いを浮かべる。



「ああ、分かってるって。そんなに目で言わずとも気は抜かないよ。ーー王子、そんなことで、もうブランノアの(しろ)も見えなくなりましたから馬車(ばしゃ)に戻りませんか? アイザックの視線が怖いです」



………伝わっていない。


いや、気を抜くなというのは本当にそうなのだが、今、言いたいのはそれじゃない。



「ええ、そうですね。アイザック、申し訳ありません。心配をかけました。もう馬車に戻るので貴方も楽にして下さい」



王子はそう言って、騎乗(きじょう)していた(うま)()りて馬車に(うつ)ると再び(れつ)は動き出す。王子が馬車に移ったことで、ひとまず王子の安全(あんぜん)(たも)たれた事にホッとするも何となく心中(しんちゅう)複雑(ふくざつ)である。するとロイズが自分の(となり)平行(へいこう)してきた。



「これで少しは安心できた? 君って本当に生真面目(きまじめ)心配性(しんぱいしょう)だよね」



「………目は口ほどに物を言うんじゃなかったのか?」



「うん? だから気を抜くなっていう事でしょ? 違うの?」



「…………いや、違わない」




…………やはり伝わっていない。


これが職務(しょくむ)(じょう)の時なら視線の合図(あいず)だけで言いたい事は大体(だいたい)通じるくせに。



何だか自分だけが色々考えているのも馬鹿(ばか)馬鹿(ばか)しくなってきて、深いため息が自然(しぜん)について出る。すると隣のロイズから背中(せなか)をポンと叩かれた。



「お(つか)れ。あのさ、鍛錬もいいけれど休養(きゅうよう)だって必要(ひつよう)不可欠(ふかけつ)だよ。特に君は神経質(しんけいしつ)なところがあるんだから、帰ったらまずはゆっくり(やす)みなよ。何か色々考えているみたいだけど、いつでも相談には乗るからさ」



「ああ、そうだな。お前は本当に優秀(ゆうしゅう)な相棒だよ。だから頼むから“暴走(ぼうそう)”だけはするなよ?…………そして(まん)(いち)、それが俺だったら全力(ぜんりょく)()めてくれ」



「暴走? 何それ?」



「何でもいいんだよ!」



そんな自分の様子に相棒は肩を竦める。



「やれやれ、意味分かんない。あまりいらぬ心配ばかりしていると本当に禿()げるよ?」



「禿げない!!」



「いや、禿げるって」



「禿げてたまるか!!」



俺は母方似なんだ!! ーーそれでももし禿げるようなら、それはお前にも原因があるんだぞ?



ーーと、この呑気(のんき)な相棒に無言で視線を送ると、ロイズはそれに(こた)えるようにニッコリと笑う。



「ああ、そうだね。君は母方似だから禿げないんだっけ? でも禿げてもそれは私のせいじゃないからね? それはもう遺伝(いでん)というやつだから」



…………伝わっている。…………何故だ??






【②ー終】













































































































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