【小話②ー2我が国の王太子と我儘?な婚約者】
【小話②ー2】
王子の左隣で平行しながらも自分の相棒であるロイズをジッと見つめていると、そんなロイズはわざとらしく大きなため息をつく。
「ああ、分かったって、分かったから。そんなに強い目力で睨まないでよ。マジで怖いから。本当に君のその琥珀色の瞳は口ほどに目で物を言うよね。そんなに心配しなくても気は抜いていないから安心してよ。
ーーということなので、どうします王子? アイザックが怖いので、そろそろ馬車に戻りませんか?」
全く違う意味でロイズを見ていただけだったのだが、そのロイズは先ほどの自分が言った言葉の方で解釈したようだ。
この相棒は王子と同じ銀色の髪ではあるが、その瞳の色は王子よりも濃い灰色をしていて背格好など王子によく似ているので、有事の時などの為の王子のダミー役としての役目も担っている。
ロイズの言葉を受けて王子は少しだけ困ったように笑うと、後ろを振り返ってブランノアの城を見つめている。
「ああ、そうですね………でももう少しだけ、このままでいさせて下さい。アイザック、心配をかけて申し訳ないのですが、本当にもう少しだけーーその後はすぐ馬車の方に戻りますので」
するとそれを聞いたロイズが王子の視線の先のブランノアの城を見ながら笑う。
「ふふっ、王子。そのお気持ち分かりますよ。名残惜しいのでしょう? 久し振りにリルディア姫に会えたのに、またすぐに離れなくてはならないのですから。
でもさすがはブランノアの国王が誇る『至宝』と呼ばれるお二人だけあって、姫も母君も本当に息を呑む様なすごい美女ですよね。特に今日はリルディア姫の成長の最終形である母君を見て確信しました。ブランノアには絶世の美女が二人もいるとは本当に羨ましいことです。
ですがあと数年後にはその『至宝』の一人が今度は我が国の『至宝』になるのですよね。今から楽しみですよ。ああ、もういっそのこと数年後とは言わず、今すぐ姫を連れて帰ってしまいましょうか? 姫がいたら、きっと毎日が楽しくなりますよ」
「馬鹿者! 滅多な事を口にするな。ここにはまだブランノアの騎士達もいるんだぞ!?」
ロイズの信じられない禁句発言にギョッとして慌てて口を噤むようにやや小声で注意するも、本人は面白そうに笑っているだけだ。
「あはは、冗談だって。それに心配しなくともここからじゃ、どんなに耳が良かろうとブランノアの騎士達には聞こえないよ。君の顔があまりにも怖いから緊張を解してやろうと思ってさ。だけどそんなに毎日張り詰めていると、その内、君のその金茶の細い毛質の髪も団長みたいに若くして禿げてしまうよ?」
それを聞いて思わずグッと言葉が詰まる。自分の上司である王国騎士団の団長は身内であり自分の長兄なのだが、何かと神経質な性分で、自分と同じ歳の頃には既に頭髪が脱毛して禿げてしまい、今では残っていた髪を全て剃り上げている。
そんな兄が曰く、中途半端に髪が残っている方が尚更、禿げが強調されるから、それならば潔く全部剃り上げた方が逆に男らしくて格好が良いという理由からだ。
どうも我が家の父方の家系は禿げやすい血統らしい。だから父も祖父も若かりし頃から髪が無い。なので自分も子供の時からずっとそれを気にしていて、今、我が家で唯一頭髪が無事なのは次男である自分と三男の弟だけだ。
そんな事もあって頭皮に関しては、弟と共に世の女性達同様に人一倍手入れは怠ることはない。そして自分と弟は容姿も母方に似ているので、父方のように禿げる事は無いと信じてはいるが、自分の髪質が細い事に一抹の不安はある………
ーーが、大丈夫だ。なんと言っても自分は兄とは違い今も髪は健在だ。それというのも兄は自分の年齢の時には、既に禿げていた。だから自分は父方ではなく母方似なのだ…………多分。
そして何となく、リルディア姫が使われていた“多分”が分かったような気がした。
でもロイズの言う通り少し神経質になり過ぎているのかもしれない。それが顔に出てしまっているのは、周りの心象にも良くはないだろう。改めなくては………
けれどそれは頭髪脱毛の心配からではない。王子付きの護衛として我等が王子の印象を妨げない為なのだ。だから決して自分の脱毛の心配からではない。…………多分。
ロイズの言葉に王子は少しだけ名残惜しげに微笑む。
「ロイズの言う通りですね。姫が我が国に毎日いて下されたらと私も思いますが、今は我慢しましょう。それに姫がセルリアに来て下さる時を待っている時間というのもそう悪くもありません。そうやって待ち焦がれていた分、再び姫に会えた時の喜びは大きくなるでしょう?」
それを聞いたロイズはイタズラっぽくニッと笑う。
「はい、ご馳走様です。王子の気の長さには感服です。 ですが、よく我慢できますね? 私ならあんな美女放っておけませんよ。他の男に取られる前に、それこそブランノアの国王の様にかっ攫いますね。
ああ、本当に、姫が王子の婚約者でなければ、今頃やってるかも………いや、確実にやってるな」
何やら考え込むように真顔でボソッと問題発言を呟く相棒に慌てて声を掛ける。
「ロイズ………それは冗談でもやめてくれ。ブランノアの国王の激昂した恐ろしい顔が今、浮かんだ。命がいくらあっても足りないぞ? しかも殺されても尚、八つ裂きにされる」
するとロイズは「そうだね」と、まるで他人事のように笑っている。
………こいつは本当に図太い神経の持ち主だ。姫の婚約者であり自分の主である王子がすぐ隣にいるのに、しかも離れてはいるがブランノアの騎士達も前後にいるというのに。
………どうしてこうも問題発言を次々とーーもしかしたら俺は、この相棒のせいで禿げるんじゃないかーーー?
ふと過った懸念を吹き消すように首を横に振ると、思わず深いため息がついて出る。
そしてやはりこのロイズも姫に対する心象が変わっているのが分かる。それというのも実を言うと自分とロイズは王子と姫の婚姻反対派だったからだ。それが今ではどうだ。冗談とはいえど、そんな相棒の口から姫を攫うなどと問題発言まで飛び出している。
………やはりこいつも姫に当てられている。
国に帰ったら、この男も自分と一緒に精神鍛練が必要だ。 自分以上にこいつの理性が信じられない。本当に主の婚約者をかっ攫らいかねない。そんな愚行を防ぐ為にも、やはり団長に厳しく鍛え直してもらわなければ。
そう思い、ロイズをひと睨みするとそんな相棒は「おっと」と小さく肩を竦める。それを見ながらため息混じりの小さな息をはくと、今度は王子だけに聞こえるように小声で話し掛ける。
「ーー王子。リルディア姫の事、まこと本気なのですか? 確かに本日、姫と直にお会いして姫が王子の言われる通りの御方だというのは分かりましたが、いくら大人びてはいらっしゃっても、やはりまだ子供だと実感致しました。
大変魅力的な姫君ではありますが、王子のご年齢からいっても伴侶とされるのには姫は些か幼すぎるのではありませんか? しかも母君が言われるには、姫はあの父王と同じ性分だとか。
これは我が国と王子の為に敢えて一臣下として申し上げますが、リルディア姫は“危険”です。あの姫は最強国であるブランノアの国王に守られているからこそ“安全”なのだと思います。
王子は姫に「今のままでいて欲しい」と仰いましたが、私は王子にも同じ事を願いたい。『傾国の美女』というのは、どんな賢王ですら堕落させてしまうと言われています。リルディア姫がそうならないとも限りません。それでなくとも子供の内からあの美貌です。まさに『傾国』を予兆しているとしか思えません。
私も姫の母君が申し出られたように姫がまだ子供である内に、この婚姻契約を一度白紙に戻された方が良いと思います。そしてよくお考えになられた上で、それでもまだ姫を望まれるのであれば、改めて申し込まれても良いのではないでしょうか?」
王子はしばらく静かに耳を傾け聞いていたが、自分が話し終わると、その表情は哀愁を纏うが如く、前方を真っ直ぐに見つめながら自重気味に口を開く。
「ーーアイザック、貴方が国や私の事を心配し考えてくれているのは重々分かっています。そして国の事を考えるならば私は姫の母君の申し出を受けるべきだとも。
………でも、申し訳ありません。もう手遅れなのです。私は姫に捕まってしまった。彼女に会えば会うほどに惹かれてやまない。自分でも7歳も離れているまだ子供の姫に対してこんな気持ちになるとは思ってもみませんでした。
私も同じ『男』ですから貴方の言う姫が“危険”だというのは分かっています。だからといってその“危険”を避けていては本当に欲しい物は何も手に入らない。それが入手困難である希少な『至宝』ならば当然リスクはあるでしょう。ですが私はーーその『至宝』が欲しい。
だから婚約解消はしない。確実に姫を手に入れられる手段をそう簡単に手放せるわけがない。そして残念ながら今の私は姫の眼中には殆ど入ってはいないので、尚更手段は必要なのです。
そしてこの先も姫の心を動かそうとする男は沢山出てくるとは思いますが、姫が父王と同じ性分であるならば逸早く姫の愛情を得た者が“勝者”。ブランノアの国王の盲目的な愛情はもはや有名ですから。
ですから少しでもこちらが有利になるのなら、今は姫の兄という立場でも喜ばしいのですよ。姫の中での『特別』である事には変わりないのですからね」
王子の言葉を聞いて驚いたのは言うまでもない。まさか温厚で優しい王子にこんな一面があったとは。今までずっと王子の傍で仕えていたのに全く知らなかった。それはロイズも同じで明らかに驚いている。
自分は王子だけに聞こえるように話したのだが、さすがに王子の会話は隣で平行しているロイズにも聞こえていたらしい。ロイズは呆気に取られた表情をしていたものの、すぐに笑顔で王子に話し掛ける。
「いやーー、王子はやっぱり陛下似だったんですね。私は今、王子の中に陛下を見ましたよ。陛下もお若い頃はかなりの美男子だったそうで、その容姿もそうですが王子も陛下と同じく押しに強い性格だったとは。でもそう思えば、今日の王子は珍しく姫に積極的でしたよね? 姫が固まっているのが可愛らしくて思わず笑いそうになりました。
私はてっきり王子は『草食系』だと思っていたのに実は『肉食系』とか意外や意外。でもやっぱり男は『肉食系』ですよね。特に好きな女性には攻めまくって自分を主張しなくては。ーーまあ、王子の場合は何もしなくても向こうの方から寄って来るんですがね。
ですがあのリルディア姫はさすがと言うべきか、その辺、一筋縄ではいかないみたいですし、でもその王子の意外性は「有り」です。特にリルディア姫には有効ではないですか? あの姫は“意外性”を好んでいるようですから。そして今度姫と会われた時にはその“意外性”を使って姫の心を掴んでしまいましょうよ。姫が王子に惚れるのも間違い無しですって!」
そんな浮き足立つ相棒に釘を刺すように苦言をする。
「ロイズ、そんな事を言って、あまり王子を煽るな。もしその“意外性”とやらが間違っていたらどうするんだ? あのリルディア姫は他の姫君やご令嬢達とは違うぞ? それこそ慎重に行かないと、姫の機嫌を損ねてみろ。あの父王が黙ってはいない。それに思うに、あの姫は好き嫌いがはっきりしているから、一度でも嫌われてしまえば、そこで終わってしまうだろうが」
今まで公の場で姫を見てきて思っていた事だが、素直であるのは良いのか悪いのか姫は自分が嫌いな人間には誰が見てもこの人間が嫌いであると分かるような態度をとる。だから、王子の元婚約者の侯爵令嬢の事も姫が嫌っている事は分かっている。それで侯爵令嬢から王子を奪ったのだと貴族の間では密かに囁かれているのだがーーー
ロイズも当然、そんな姫の“好き嫌い”を知っているので唸るように口を噤む。通常からいけば王子が嫌われるとは思わないが、あの姫に関しては父王の性分を知っているだけに、こちらの認識など当てはまらないだろう。
ーー王子も何とも厄介で難しい相手に惚れてしまったものだ。王子ならば恋愛対象になる相手などいくらでもいるというのに。よりにもよってーーである。
そんな王子に同情の目を向けると、王子はフッと笑う。
「確かにロイズの言う“意外性”も有効であるのかもしれませんが、今はまだ使える段階ではないと思うのでここはアイザックの言う通り「慎重」にというのが私も同意見です。姫に嫌われてしまっては元も子もありませんから。ですので姫の成長に合わせてその度に私の存在を主張することにします。その過程で“意外性”も「有り」だとは思うのですが」
「ふふっ、王子、中々の策士ですね。また王子の意外な一面を見てしまいました。それは勿論「有り」です。王子の想いが成就する様、私達はこれからも全面的にご協力しますから、遠慮せずに是非相談して下さいね。
それにしても、次に姫にお会いする日が楽しみですね。王子の筆頭側近でよかった。帰ったら皆に今日の事を自慢しよう」
「ロイズ、自慢はいいが、やはりお前は気が抜け過ぎだ。ここはまだセルリアじゃないぞ? 恋愛云々言っている場合か?」
王子の恋愛事情にまだ浮き足気味の相棒に注意を促すと、ロイズは片手を上げて肩を竦める動作を見せる。
「やれやれ、恋愛云々って、そもそも君が王子に話を振ったのが発端だろうに。君もさ、少しは王子を見習って武術や勉学だけじゃなく、そっち方面の勉学もした方がいいんじゃない? 君ってそういうところ結構鈍いからさ。
女性がいくら君に好意を寄せて来ても全然気付いてないし、女性への扱い方も下手だし、相棒としては心配だよ。何なら私が講師しようか?」
「ーー結構だ。そんな事を言ってお前この間、付き合って間もない恋人に振られたって言っていただろ? なんでそう付き合う女が短期間でしょっちゅう代わるんだよ。お前こそ王子の誠実さを見習えよ」
「う~ん、それは私の運命の相手ではなかったーーと言うことだろうね? でもどうしてかな? 私は王家直属の騎士で高給取りだし容姿も良い方だし女性からも人気があるのに、何故か、いざ付き合うと相手から振られてしまうんだよ。それってどう思う?」
「知らん! 俺に聞くな!」
相棒の言葉にそっぽを向くと、ロイズは王子に視線を送る。
「王子、これってどう思います? 私の何がいけないのでしょうね?」
ロイズの言葉に王子は困惑気味気味に小さく首を傾げる。
「そうですね………いけないという事は無いとは思うのですが………」
「王子! こいつの言葉は無視して下さい。真面目に答えてやる必要はありません。答えは決まっています。こいつが不誠実なせいか女を見る目が悪い
だけですから」
「あーそれって、恋愛音痴にだけは言われたくはないなぁ」
「だったら言われないようにしろよ。それから王子にくだらない事を相談するな! 王子が困ってしまうだろう!」
「はいはい。だってさ、相棒の君が全く相談に乗ってくれないから、つい王子に話を振っちゃったんだよ。ああ、そうだ。今度は付き合う前に君にお伺いを立てるから、良いか悪いか君の目で判断してもらえない? なんか君の見る目の方が正しい気がする」
「断る!! それにそういう考え方が不誠実だと言うんだ! ーーおい、だからといって王子に頼むなよ? 王子はお前に構っていられるほど暇じゃない」
「はいはい。 分かってます。だから、はい。睨まない。君の目力は本当に強いんだから。その内、目から矢でも飛んできそうだよ。 あ~怖い怖い」
そんな我等の会話を聞いていた王子がクスクスと笑う。
「ふふっ、今日は二人に協力してもらって本当に助かりました。ありがとうございます。おかげで、久々に姫と二人きりの時間を過ごす事が出来た上、セリアの花を見て喜ばれる姫の笑顔も拝見する事が出来ました。
今度は是非とも姫には我が国に遊びに来て頂きましょう。その時にはまた二人の力を貸して下さい。姫から沢山課題を頂いたので忙しくなりそうです」
それを聞いてロイズが思い出したように笑う。
「ああ、そうでしたね。姫を満足させなければ婚約者失格でしたか? それに「勉学を疎かにするな」とか「“豚王子”になるな」とか言われていましたよね?
ーーククッ、王子の事を“豚王子”などと平然と言ってのける女性はリルディア姫くらいですよ。 そもそも“豚王女”とか“豚王子”とか、どうしてそんな話題になったんです?」
すると王子も思い出したのか口許を押さえて笑う。
「ふふっ、それは秘密です」
「あ、早速、お二人の秘密の共有ですか? 良い傾向ですね。でもそれが“豚”というのが何とも色気がないですけれど」
確かにどうして『豚王女』とか『豚王子』とかの話なのだとは思った。しかも姫も母君も平然と真顔で王子を見ながら何度も“豚王子”を連呼するので、思わずロイズと視線を見合せながら吹き出しそうになるのを堪えたのだ。
「それに王子が、姫の我儘を切望されたのには正直、驚きました。でも本当に“国家級”のお願いなんてされたらどうするおつもりだったんです?そもそも王子との婚約も姫の“国家級”の我儘だったみたいですし、あの母君の必死な様子に、これは冗談などではなく、本当にあり得るのだと思いましたから」
「ふっ、さすがに私にも“国家級”は姫の願いならどうにかしたくとも今の私では出来ません。ですが、姫が私に対してそんな難しいお願いはされないと分かっていたので、そんなに心配はしていませんでした」
「え? でも姫の我儘は“国家級”だと姫の母君があんなに必死で言われていたのにですか?」
ロイズと同様に自分も首を傾げていると、王子は微笑みながら言葉を続ける。
「それは父王であったからでしょう。姫はだれかれ構わずに我儘を仰るわけではないのですよ。あの御方は賢く聡明であられるので、ご自分の要求を叶えられる者にしか仰られないのだと思います。
以前、姫は「出来ない者に出来ない事を頼んでも意味がない」と仰っていました。そして先ほども母君と話されていた時にも「我儘を言う相手は選ぶ」と言われていましたし、だから私に対しても出来る事しか願われなかったのです」
言われてみれば、確かに姫は母君にそんな事を言っていたような気がするがはっきりとは覚えていない。
それにしても王子は一体、姫の会話をどこまで覚えているのだろうか? まさか全て記憶しているとはさすがに思わないが、それでも会話の内容は、ほぼ覚えているのだろう。愛しい人の言葉はどんな些細な言葉でも覚えているものなのかと感心するところだ。
「確かにそうですよね。どんな凄いお願いが飛び出すのかと思えば、姫が願われたのは“香水一一瓶”でしたからね。あれには驚きました。しかもそれだって恐る恐る聞いてきたでしょう?
相手は王子なのだから高価な宝石でもドレスでもいくらでも願えるのに、そんな容易いお願いをする貴族の女性など見たことがありません。しかも「今度会った時でいい」だなんて、これのどこが『我儘姫』なんだ?と思いましたよ。貴族の女性達の方がよっぽど我儘ですよね。
王子の言われる通り姫は本当に素直で可愛らしい御方でした。しかも見ていても楽しい方ですし、王子が惹かれてしまうのも分かる気がします」
「ええ、本当に可愛い御方なのですよ。そんな姫の婚約者である私は誰よりも幸運な男なのでしょうね」
「本当にそうですよ。ああ、本当に王子が羨ましいです。それに王子の女性を見る目は確かだ。………やっぱり、今度付き合う女性は王子に見てもらおうかな………」
ロイズがまだ懲りずに呟いているので、強力だとよく言われる目力で睨み付けてやると、相棒は「おおっと」と声を上げて、またいつもの口癖のように「冗談だって」と言って笑う。
こいつの「冗談」という言葉は信用出来ない。やはり国に帰ったら、こいつも団長に厳しく鍛え直してもらおう。
「ロイズ………帰ったら即刻、鍛練だ」
それを聞いた相棒はキョトンとした表情で首を傾げた。
「は? なんで? そんな急に」
「なんで?じゃない。俺もお前もまだまだ未熟者だからだ。………木乃伊取りが木乃伊になりかねないからな………」
「は? なに? 木乃伊? 何の話さ?」
「いいんだよ、何だって! とにかく王子だって色々と精進しているんだ。それなら俺達は王子以上に精進しないと駄目だろう? 特に精神面は重要だ!! 何事にも動じない強い精神でなければ王子の騎士は務まらない!
いいか!? 強い精神力は自分を守る盾にもなるんだぞ? 武術だけ鍛えていても駄目なんだ! 自分を見失わない為にも団長に提案して他の騎士達も同様に精神面を強化するぞ!!」
グッと拳を握り締めて自分にも言い聞かせる様に言うと、ロイズと王子が呆気に取られた表情でこちらを見つめている。
「アイザック? 君、本当にどうしたの? 精神面が大事なのは分かるんだけど、なんでそんな力説してるのさ?」
「だから精神力が大事なんだよ! 騎士たる者、精神力が弱ければ話にならん!! 健全な心を保つには健全な精神があってこそなんだぞ!?」
「いや、その意味は分かるけど、君のその力説の意味が分からないんだけど?」
「その内分かる。その時は俺に感謝しろよ?」
「は? その内分かるって、何が?」
「何でもいいんだよ!」
王子の前で言えるわけがないだろうが! 俺達まで姫に捕まったらどうするんだ! “男の直感”で分かれ!
姫は“危険”だ。姫は真性の『傾国の美女』だ。並の精神力では自覚がない内に捕まる。だからこそ姫が成長する前に精神を鍛えなければならない。こいつの言葉通りに“かっ攫って逃げる”様な愚行に走らない為にも。
目は口ほどに物を言うというのだから、言おうじゃないか! 分かれ! そして悟れ!
ーーと、王子の右隣にいる相棒に無言で視線を送ると、ロイズはこちらを見て苦笑いを浮かべる。
「ああ、分かってるって。そんなに目で言わずとも気は抜かないよ。ーー王子、そんなことで、もうブランノアの城も見えなくなりましたから馬車に戻りませんか? アイザックの視線が怖いです」
………伝わっていない。
いや、気を抜くなというのは本当にそうなのだが、今、言いたいのはそれじゃない。
「ええ、そうですね。アイザック、申し訳ありません。心配をかけました。もう馬車に戻るので貴方も楽にして下さい」
王子はそう言って、騎乗していた馬を降りて馬車に移ると再び列は動き出す。王子が馬車に移ったことで、ひとまず王子の安全が保たれた事にホッとするも何となく心中複雑である。するとロイズが自分の隣に平行してきた。
「これで少しは安心できた? 君って本当に生真面目で心配性だよね」
「………目は口ほどに物を言うんじゃなかったのか?」
「うん? だから気を抜くなっていう事でしょ? 違うの?」
「…………いや、違わない」
…………やはり伝わっていない。
これが職務上の時なら視線の合図だけで言いたい事は大体通じるくせに。
何だか自分だけが色々考えているのも馬鹿馬鹿しくなってきて、深いため息が自然について出る。すると隣のロイズから背中をポンと叩かれた。
「お疲れ。あのさ、鍛錬もいいけれど休養だって必要不可欠だよ。特に君は神経質なところがあるんだから、帰ったらまずはゆっくり休みなよ。何か色々考えているみたいだけど、いつでも相談には乗るからさ」
「ああ、そうだな。お前は本当に優秀な相棒だよ。だから頼むから“暴走”だけはするなよ?…………そして万が一、それが俺だったら全力で止めてくれ」
「暴走? 何それ?」
「何でもいいんだよ!」
そんな自分の様子に相棒は肩を竦める。
「やれやれ、意味分かんない。あまりいらぬ心配ばかりしていると本当に禿げるよ?」
「禿げない!!」
「いや、禿げるって」
「禿げてたまるか!!」
俺は母方似なんだ!! ーーそれでももし禿げるようなら、それはお前にも原因があるんだぞ?
ーーと、この呑気な相棒に無言で視線を送ると、ロイズはそれに応えるようにニッコリと笑う。
「ああ、そうだね。君は母方似だから禿げないんだっけ? でも禿げてもそれは私のせいじゃないからね? それはもう遺伝というやつだから」
…………伝わっている。…………何故だ??
【②ー終】