表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
【小話】~サイドストーリー
53/78

【小話①ー2俺と陛下と夜光の歌姫】

【小話①ー2】





そしてそんな陛下(へいか)()ごす時間(じかん)(なが)くなり、月日(つきひ)(なが)れたーーそんなある()のことだ。


いつものように(いくさ)遠征(えんせい)出掛(でか)け、その相手国(あいてこく)がいともあっさり降伏(こうふく)してしまったので陛下は物足(ものた)りないと不機嫌(ふきげん)だったが、(おれ)無駄(むだ)()が流れずに()んで内心(ないしん)(むね)()()ろしていた。


その(よる)、陛下は不完全(ふかんぜん)燃焼(ねんしょう)()わってしまった戦のストレスを解消(かいしょう)すると()って、数人(すうにん)騎士(きし)(たち)()れてお(しの)びで夜の城下(じょうか)(がい)出掛(でか)けると言い出した。


酒場(さかば)()くのは()かっていたので「明日(あす)早朝(そうちょう)にはここを(はな)れて帰還(きかん)するのだから深酒(ふかざけ)はするな」と陛下に(くぎ)()すと、本人(ほんにん)は「分かった、分かった」と面倒(めんどう)くさそうに()をヒラヒラさせて出掛けていった。


本当(ほんとう)に分かっているんだろうな? 泥酔(でいすい)状態(じょうたい)で帰還なんて冗談(じょうだん)じゃないぞ。ーーと(おも)いながら、自分(じぶん)(のこ)って(くに)に帰還する準備(じゅんび)(はじ)めていた。


そして()(がた)(ちか)くに戻って来た陛下はその(かた)昨晩(さくばん)出て行った(とき)には()かった“それ”を(かつ)いで帰ってきた。



「…………陛下、その肩に担いでいるものはなんだ?」



昨晩まではずっと不機嫌だった様子(ようす)一変(いっぺん)して(いま)ではすこぶる(じょう)機嫌(きげん)で心配をしていた泥酔状態ではなかったのは(たす)かるが、その肩に担いでいる“モノ”が()になってしょうがない。



「ははは、これは私の戦利品(せんりひん)だ。可愛(かわい)いだろう?」



陛下の肩には(りょう)(うで)(りょう)(あし)(しば)られ口許(くちもと)(ぬの)(ふさ)がれた少女(しょうじょ)必死(ひっし)でもがいて(あば)れている。



「戦利品って、一体(いったい)どこで(さら)ってきたんだ?」



(いぶか)しげに眉間(みけん)(しわ)()せて()()める。どう見てもまだほんの年若(としわか)い少女だ。必死で暴れるその少女をしっかりと(かか)えながら陛下は俺の質問(しつもん)(こた)えた。



「城下の酒場で見つけた。でも拐ってきたのではないぞ? ちゃんと(むすめ)両親(りょうしん)許可(きょか)()(もら)ってきた」



「は? どう見ても拐ってきたとしか思えんだろう、その様子じゃ」



どう見ても娘は縛られ口を塞がれて必死でもがいて(のが)れようとしている。その状態でどう見れば両親に許可など得ていると思えるんだ。



「………陛下、(たわむ)れもいい加減(かげん)にしろ。どう見ても本気(ほんき)(いや)がっている。それに見たところまだほんの少女だろう? いいから(いえ)に帰してやれ」



俺の言葉(ことば)()いて、今まで暴れていた少女が(うご)きを()めて、俺の(かお)をジッと見つめて視線(しせん)で助けを(もと)めている。少女は見たところまだ10(だい)後半(こうはん)くらいで陛下の娘の王女(おうじょ)(たち)とさほど(とし)()わらないようだ。ただ(あき)らかに(ちが)うのはその容姿(ようし)


まだ年若い少女だったが、(なが)くクセもなく()()ぐに()びた黒髪(くろかみ)はとても(つや)やかな(うつく)しい髪質(かみしつ)で、(かぜ)になびくその(さま)は少女であるにもかかわらず大人(おとな)色香(いろか)すら(かも)し出している。


そして少し()(なが)気味(ぎみ)(おお)きな黒い(ひとみ)はとても印象的(いんしょうてき)意志(いし)(つよ)さが視線に宿(やど)り、また若くハリのある美しい(なめ)らかな(しろ)(はだ)は黒い髪と瞳に対照的に()えて、その肢体(したい)もすらっと伸びた手足や(ほそ)(こし)、細い手首や足首、顔は半分(はんぶん)(かく)れてはいるが、これは(おんな)(なか)でも『特上(とくじょう)(きゅう)一級(いっきゅう)(ひん)』だと一目(ひとめ)()かる。


たぶんこの少女は()にも希少(きしょう)な『絶世(ぜっせい)美女(びじょ)』というやつだ。(たし)かにこれほどの美しい娘なら陛下が拐ってきたとしてもおかしくはないが、陛下のすこぶる上機嫌からしていつもの(いくさ)(さき)でたまに気紛(きまぐ)れに見目(みめ)のいい娘を拐ってくることはあっても、その(とき)とは(あき)らかに態度(たいど)(ちが)う。



「貰ったんだと言っただろう? だからこれはもう私の“モノ”だ」



俺は陛下の「貰った」発言(はつげん)(しん)じられずに昨晩(さくばん)陛下と一緒にお(とも)をしていた自分の部下(ぶか)に確認を取る。



「おい、陛下の言っていることは本当(ほんとう)なのか?」



すると部下達はそれぞれ顔を見合(みあ)わせて言いにくそうに、それでも小声(こごえ)報告(ほうこく)をする。



「その、貰ったといいますか、陛下はご自分の素性(すじょう)をあの娘の両親に明かして、まあ、許可させたというかーーー」



目立(めだ)たない(よう)(しの)びで()ったのに素性を明かして強引(ごういん)()れてきたのか…………



「お前達、一緒にいて()めなかったのか?」



無理(むり)ですよ。 陛下はあの娘をいたく気に入ってしまって「(なに)(なん)でも連れて帰る」と言うんですから」



「隊長もあの娘を見たら分かるでしょう? まだ16(さい)だそうですが、世にも(まれ)なすごい美女ですよ。しかもその歌声(うたごえ)がさらにすごいんです!!」



「歌声?」



俺が(くび)(かし)げると部下達は口々(くちぐち)にその素晴(すば)らしさを(かた)()す。



「娘の実家(じっか)がこの(まち)一番(いちばん)の大きな酒場で娘はそこの看板(かんばん)(むすめ)だったんです。しかもこの国周辺(しゅうへん)ではかなり()の知れた娘で『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』と()ばれているそうです」



「ーーやこうの歌姫?」



「えっと、あの満月(まんげつ)(よる)にだけ美しい()(ごえ)を上げるあの“夜光(やこう)(ちょう)”の夜光です。確かにそう呼ばれるだけあって本当にすごい歌声なんですよ。俺、あんなにすごい歌声は(はじ)めて()きました」



「なんというか、すごく()(とお)った伸びるような歌声で聞いていると何だかこう胸が(あつ)くなってくるというか、(くる)しくなってくると言うか、本当になんと言えばいいのか言い(あらわ)せないくらい、とにかく“すごい”としか言い様がないんです」



「ああ、お前なんか歌を聞いて号泣(ごうきゅう)していたもんな」



「俺だけじゃないだろう? 他にだって結構(けっこう)()いていた(やつ)いたぞ?」



「ああ、本当に隊長も一緒に来ればよかったのに。あ、でも陛下がその歌姫を連れて来てしまったからもういいのか。これからは自分の国であの歌声を聞けるのなら、歌姫を連れて来た陛下に感謝(かんしゃ)しなくては」



「ああ、確かに陛下の(おっしゃ)る通り、まさに『戦利品』だよな。隊長あの娘、(じつ)はこの国の()きた『国宝(こくほう)』だったらしいですよ? あの娘がいたおかげであちらこちらからその“(うわさ)”を聞きつけた人間がこの国に(あつ)まってきては(かね)()としていくので、こんな小さな国でもここまで(さか)えていたのは、あの娘が国の財政(ざいせい)(ささ)えていたといっても過言(かごん)ではないとのことで」



部下達の話を聞いて「なるほど」と納得(なっとく)した。あの娘は本当に希少(きしょう)価値(かち)のある娘のようだ。あんな小さな体一つで『国宝』と呼ばれ一国(いっこく)の財政をも支えていたとは(おどろ)きだとしか言いようがない。


もしかしたら金銀(きんぎん)宝石(ほうせき)などよりも、ずっと価値のある娘ではないのか? ならば我が国にとっても娘の存在(そんざい)は国に()をもたらす我が国の生きた『国宝』と呼ばれることになるだろう。だから陛下は娘を強引に(さら)ってきたのだろうと考えていた時、部下がそれを(くつがえ)すような言葉を言った。



「いや、でも驚くのはそれだけじゃなくて、あの娘、外見(がいけん)はあんなに可憐(かれん)(はかな)くて美しくて、まさに『絶世の美女』なのにそこはやはり酒場の娘だからなんでしょうね。なんというか、気の強いというか口が悪いというか(そだ)ちが悪いというか、とにかく喧嘩(けんか)(っぱや)くて、とんでもないじゃじゃ(うま)(むすめ)でーーー」



ーー気が強い? 口が悪い? 喧嘩早い?



「そうそう、俺、(あこが)れていただけに一気(いっき)現実(げんじつ)()(もど)されました。ーーああ、思い出しただけでもショックだっ!!」



(だま)っていれば文句(もんく)なしのすごい美女なんだけどなぁ…………」



「そうだよなあ…………あれは勿体(もったい)()いよなぁ…………」



あれだけ娘を()(たた)えていた部下達が、何かを思い出したかのように今度(こんど)はその表情(ひょうじょう)(くも)らせる。



「何かあったのか?」



俺が聞くと、部下の一人が(みな)残念(ざんねん)がっていたその“理由(りゆう)”を説明(せつめい)(はじ)めた。



「実はまだ娘が歌っていた時は良かったんですが、どうやらその娘に懸想(けそう)した(おとこ)が娘にしつこく(から)み始めて、それを止めようとした(ほか)(きゃく)の男達と大喧嘩になりまして俺達も見かねて止めようとしたら、娘がいきなり酒瓶(さかびん)(はい)っていた(さけ)を喧嘩していた男達にぶちまけて、


さらにはその口からはとても聞くに()えない(しん)じられないような言葉にすることさえ(はばか)られる(きたな)い言葉を()いて、しかもその瓶で男達を(なぐ)るわ足で()()ばすわで、男達を止めるよりも、逆に俺達その娘を止めるのに大変でした」



「…………そうか、それはご苦労(くろう)だったな」



なぜかその光景(こうけい)が思い浮かばれて頑張ったであろう部下達を(ねぎら)う。



「でもそれを見た陛下がすっかり娘を気に入ってしまったらしく、突然(とつぜん)「連れて帰る」と言い出して、俺達一応(いちおう)、やめた方がいいとは申し上げたんですよ? ですが陛下はご自分の素性を娘の両親に明かして、それはもう強引に暴れる娘を(しば)り上げてこうして連れ帰ってきたーーというわけでして」



それを聞いて俺は確信(かくしん)した。その気性こそが陛下の“面白い基準(きじゅん)”に引っ掛かったのだと。すると再び暴れ出していた娘の口を塞いでいた布が外れ、部下の言う口の悪いと言っていた言葉が次々と陛下に()びせられた。



「このっ!!(ひと)(さら)い!!変態(へんたい)!!人でなしっ!! いい加減に()ろしなさいよっ!! このくそじじいっっ!!」



布が外れて娘の顔の全体(ぜんたい)が見えたが確かにこれは『絶世の美女』である。しかしその可憐な唇からは陛下への罵詈雑言(ばりぞうごん)が次々に飛び出している。



「ははははっ、本当に威勢(いせい)がいいな。ーーどうだ、グレッグ、すごく新鮮(しんせん)()きが良くて可愛いだろう?」



「はあ…………」



「人を(みず)()げされた(さかな)みたいに言うなっ!! この(ちょう)最低(さいてい)馬鹿(ばか)(おとこ)っ!!」



………いや、どこから見ても大きな魚が暴れている様にしか見えないが………



すると娘は今度は俺に向かって言葉を(はな)つ。



「ちょっとそこのあんた!! (たす)けてくれるんじゃないの!? くれないのっ!! どっちなのよっ!! この変態(へんたい)、あんたの上官(じょうかん)なんでしょっ!! だったらなんとかしなさいよっ!! あんたの上官はとんでもない悪党(あくとう)で人拐いよっ!!


ーーってちょっと、どこ(さわ)ってんのよっ変態っっ!! 私に触らないでって言ってるでしょ!! 言葉すら通じないわけ? このはげじじぃぃぃっ!!」



……………



娘のあまりの(いきお)いに押されてその場にいた皆が沈黙(ちんもく)してしまう。そんな中でただ一人、陛下だけが声を上げて(たの)しそうに(わら)っている。



………いや、確かに、くそ(じじい)()たっているかもしれんが、陛下は禿()げてなどいないから禿げ爺と言うのとは全く違うとは思うが………




「………陛下、………まさか“それ”本当に連れて帰るのか? ーー愛玩動物ペットにするにはいささか『凶暴(きょうぼう)』すぎやしないか?」



俺は陛下の肩の上で今だ暴れて罵詈雑言を飛ばしまくる歌姫を(とお)い目で見つめながら陛下に聞き直す。



ーーこれは人間の姿をした猛獣(もうじゅう)じゃないのか? 先ほど部下達が喧嘩をしていた男達よりも止めるのが大変だったと言っていたが、どうやら本当の事のようだ。これは俺でも止められるかどうか(あや)しいところだ。



「もちろん連れて帰るに()まっているだろう! それにこれは愛玩動物ペットにするなどとは勿体(もったい)()い。連れて帰って私の『(あい)(しょう)』にする!」



「「「「「えええええっ!?」」」」」



陛下の突然の『衝撃(しょうげき)発言(はつげん)』に、そこにいた皆が声を(そろ)えて(おどろ)きの声を上げる。



「なっ、あ、愛妾!!? なんですってええ!!?」



俺達とは一息(ひといき)(おく)れて娘が信じられないと言った声で悲鳴(ひめい)とも取れる大きな(さけ)び声を上げる。



「………陛下、うそだろう? またいつもの冗談だよな?」



俺が驚きを隠せずに()うと、陛下はそんな皆の顔を(なが)めてにやりと笑った。



「冗談? いいや? 私は本気(ほんき)だぞ? それよりも皆、(よろこ)べ! 我が国は『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』という生きた美しい宝石(ほうせき)を手に入れたぞ!! 今度は我が国の『国宝(こくほう)』となる私の可愛い『愛妾』だ。これから我が城も(にぎ)やかになるな。ーーああ、楽しみだ」



皆が呆気(あっけ)に取られる中、陛下だけが喜びもあらわに大笑いしている。すると今しがた、陛下から『愛妾宣言(せんげん)』をされた娘が(いか)りでその美しい顔を()()にして一層(いっそう)大暴れしながら声を(あら)げて叫ぶ。



「じょ、冗談じゃないわよっ!! あ、あ、愛妾ですって!! あんた何考えてんのよっ!! 私はまだ16なのよっ!? どうして私が自分の父親(ちちおや)みたいな男の愛妾になんてされなきゃなんないのよっ!! ふざけんなっ!!このド変態!!くそったれっっ!!」



「はははっ、もう決まったことだ。お前はもう私の“モノ”だ。他の誰にも(わた)さん。そうと決まれば早く国へ戻ろう。これからは私が何でもしてやるぞ? どんな贅沢(ぜいたく)だってさせてやるし、()しいものだって何でも()ってやる。どうだ? (うれ)しいだろう?」



「嬉しいわけがあるかっ!! 誰があんたみたいな野蛮人(やばんじん)なんかの国に行くもんですかっっ!! (はな)して、離してよっ!!  このっっーー」



娘は叫ぶなり、いきなり陛下の肩に思いっきり()み付いた。俺達は「あっ!!」と声を上げたが、陛下はまるで羽虫(はむし)にでも()されたくらいにしか(かん)じていないらしく娘を(かつ)いだままそのまま(ある)いて行く。


俺は(ぎゃく)に陛下の(きた)え上げられたその(かた)筋肉(きんにく)のついた肩は、娘の()()ってしまうのではないかと心配になったが、実際噛み付いていた娘もすぐに肩から口を離す。



「ちょ、なんでこんなに硬いのよっ!! 信じられない!!あんた()(もの)なのっっ!?」



「毎日鍛えているからな。お前に噛み付かれても何とも思わん。逆に止めておけ。 お前の歯の方が折れるぞ。もういい加減(かげん)(あきら)めたらどうだ? お前がいくら暴れようが私はお前を連れ帰ってこの私の『愛妾』にする」



(いや)よっっ!! 私が諦めるわけがないでしょっ!! 諦めるのはあんたよっ!! 誰があんたなんか!! 大っ嫌い!!()ねっ!!馬鹿っ!!変態っ!!ド変態っっ!!」



「よしよし、本当にお前は可愛いやつだ。はははははっつ」



「ふざけんなっ!! この×××(ピーー)野郎っ!! ××××××(ピーーー)じじい!! この変態×××××(ピーーー)クソ野郎!!」



「わはははははっつ」



…………



………確かに、部下から聞いていた、その聞くに堪えない言葉にするのさえも憚られる(きたな)い言葉が陛下に次々に浴びせられているが、その浴びせられている本人は実に楽しそうだ。そうして陛下は大笑いしながら暴れる娘を抱えたまま茫然(ぼうぜん)とする臣下達を残して先に行ってしまう。


残された俺達は言葉を失い離れて行く陛下と娘をしばらく無言(むごん)で見つめていたがーー



「………確かに聞くに堪えない“()()”だらけの言葉だったな………」



「………隊長、分かって貰えてよかったです」



「………俺、あんな綺麗な女性の口から、それは聞きたくなかったです」



「………隊長、女って一皮(ひとかわ)むけば皆ああなんでしょうか? 俺、なんだか怖くなりました」



「ーーあれは特殊(とくしゅ)(れい)だ。世の女性が皆ああだとは思ってはいけない。あれは、そうだな、美しい人間の皮を(かぶ)った猛獣(もうじゅう)ーーいや、珍獣(ちんじゅう)だ。お前達も特に美しい女にはくれぐれも気を付けろよ?」



「ーーはい、勉強(べんきょう)になりました」



「ーー俺も同じく勉強になりました」



「よし。ーーじゃあ、陛下の所へ戻ろうか」



俺は茫然としていた部下達を正気(しょうき)に返すと、皆で陛下の後を()()けた。




*****




そうして嫌がる彼女を無理矢理強引に連れ帰った陛下は有言(ゆうげん)実行(じっこう)、自分の宣言(せんげん)した通り彼女を自分の『愛妾』にしてしまった。


それ以来(いらい)、陛下の(おんな)(あそ)びは全くと言っていいほど無くなり、無理矢理愛妾にした彼女(かのじょ)から嫌われているのにもお(かま)い無しに一方的(いっぽうてき)に彼女を溺愛(できあい)していた。


愛妾にされた彼女は何度も城を()げ出そうとあの手この手を使って脱走(だっそう)(こころ)みたが、(すべ)て陛下に阻止(そし)されてその(たび)に俺は陛下と(とも)に彼女を()らえに行く羽目(はめ)になった。


正直(しょうじき)俺は色々(いろいろ)(いそが)しい()だ。彼女が脱走を(はか)る度に俺は自分の仕事(しごと)中断(ちゅうだん)して陛下に()()わなければならない。彼女の気持ちも分からないでもないが、あの陛下から逃げ出そうなどと到底(とうてい)無理な話だ。しかも陛下は彼女が色々事件(じけん)()こす度に面白がって益々(ますます)彼女にのめり込んでいっているのが分かる。


彼女は分かっていないのだろうか? (おのれ)が何かをすればするほど、それは陛下の執着心(しゅうちゃくしん)(あお)っているだけだというのに。


だから俺は自分の平穏(へいおん)生活(せいかつ)を取り戻す(ため)に彼女にそれとなしに進言(しんげん)をした。陛下の(おんな)遍歴(へんれき)を昔から一番傍で見てきたのだ。陛下の女の(この)みなど()()くしている。


だから俺は彼女に貴族の令嬢のように大人しくしていろと言ったのに彼女はそんな俺の進言と言うより

忠告(ちゅうこく)”を()かずに、それどころか信じられないことに陛下の“暗殺(あんさつ)計画(けいかく)”まで()てていた。



…………本当に陛下の期待(きたい)(うら)()らない女性(じょせい)だ。


それが陛下の『ゲーム』の一環(いっかん)だとも知らずに、彼女は本当に陛下に(やいば)を向けたらしい。確かにそう仕向けたのは他でもない陛下自身なのだが、まさか本当に実行するとは…………


俺は彼女のその行動力に唖然(あぜん)としてしまう。そんなことをして自分の身は心配しないのか! 国王暗殺だなんて、本来であれば発覚(はっかく)した時点で死罪(しざい)ものだぞ!? 今回は陛下が仕掛けたもので、その本人(ほんにん)にとってはただの『ゲーム』だったから彼女は何の(つみ)にも()われずに()んだものの(あぶ)なっかしいにも(ほど)がある。


陛下に(くぎ)()されていた手前(てまえ)、彼女が陛下を暗殺しようとした事を俺達第一騎士団隊の皆は何事も無かったように知らない顔を続けた。彼女は時々(いぶか)しげに俺達を見ていたが、それでも俺たちは(なに)()わぬ顔で素知(そし)らぬ顔を続けた。


するとある日、突然彼女が第一騎士団隊宿舎に現れた。しかも乗馬(じょうば)(よう)の女性のズボンを着用(ちゃくよう)(なが)(かみ)を一つに(まと)め、なんとも凛々(りり)しい(いで)()ちだ。


そんな国王の愛妾がわざわざ、俺達の宿舎(しゅくしゃ)に来るなどとは誰も思わなかったので皆、(おど)いている。もちろん俺も驚いた。すると彼女は何を言い出すかと思えば、俺に武術(ぶじゅつ)を教えて欲しいと言ってきた。


俺は彼女を見て、そんな華奢(きゃしゃ)(ほそ)い体で何を言っているんだと呆れてしまう。確かに女剣士(けんし)(かず)こそ少ないが()るには居る。だが、どれも体格(たいかく)の良いがっしりした骨太(ほねぶと)大柄(おおがら)な女達だ。


だから彼女のようにどこに筋肉(きんにく)がついているのかすら分からないような華奢な細い体で、俺が(かる)(つか)んだだけでも簡単(かんたん)()れてしまいそうな細い手首(てくび)をしているのに、どう見ても(まも)られる側だろう。しかも国王が寵愛している愛妾であれば、尚更、武術など必要ない。


俺がいくらそう言っても彼女は納得せずに教えてくれの一点(いってん)()りで、なかなか(あきら)めようとはしてくれない。そこで俺は気付いた。ああ、そうか、だからかーーさしずめこの間の暗殺未遂(みすい)一件(いっけん)で、陛下に()が立たなかったから武術を(なら)って(さい)挑戦(ちょうせん)でもするつもりなのだろう。それを分かっていて教える馬鹿(ばか)はいない。


俺は彼女の「教えて」攻撃(こうげき)をもっともの理由(りゆう)をつけては()わしていたが、そうすると、彼女も毎日(まいにち)のように来てはしつこく俺に食い下がるので、さすがにいい加減(かげん)(つか)れてきて本来(ほんらい)元凶(げんきょう)である陛下に苦情(くじょう)を申し立てた。



「陛下………“アレ”を何とかしてくれ、貴方(あなた)の愛妾だろう。ああも毎日宿舎(しゅくしゃ)(あらわ)れて、しつこく武術を教えろと食い下がられては稽古(けいこ)邪魔(じゃま)になる。それに騎士団隊のような(おとこ)所帯(じょたい)に愛妾が通っているのは貴方だって心配だろう?」



自分の大事(だいじ)寵姫(ちょうき)に他の男を近付けたくなどないだろうから、きっと陛下が何とかしてくれるだろうと思って(うたが)わなかったのだが、そんな陛下の反応(はんのう)は俺が想像(そうぞう)していたものとは(ちが)っていた。



「だからお前の所に行かせているんじゃないか。そうじゃなければそんな男所帯に私の可愛(かわい)(つま)を絶対に行かせたりなどしない」



「は?  行かせている?」



「“正確(せいかく)”には行くように仕向けた。お前の所なら心配無用だからな。私も出来ることなら四六時(しろくじ)(ちゅう)可愛い妻の(そば)にいたいが、さすがに国王がそういうわけにはいかんだろう? だから私がいない間はお前に私の可愛い妻を(あず)けることにする。だから(たの)んだぞ?」



陛下はそう言って俺の肩をポンと叩く。ーーじゃあ、なにか? “アレ”が毎日俺の所に来るのは、すべて陛下の思惑(おもわく)だったのか?


どんな方法(ほうほう)を使ったのかは知らないが、あの陛下のことだ。さしずめ愛妾の側仕側仕(そばづか)えの者達に第一騎士団隊の事でも噂させたのだろう。確かに俺が絶対に(あるじ)の妻に手など出さないと陛下も分かっているし、俺が彼女の側にいる限りは他の男を彼女に近付けさせることは(だん)じてさせないが、


………冗談じゃない! 俺だって多忙な身なんだ! そんなことぐらい陛下だって分かっているだろう? それなのに自分の愛妾の面倒(めんどう)まで見ろとは何を考えているんだ。俺は自分の部下達のことだって面倒を見なくてはならないんだぞ? それに普通の女ならいざ知らず、“アレ”は美しい人間の皮を被った凶暴な珍獣だ。それこそ陛下にしか扱えないだろうが!



「ーー無理だ。 俺が多忙なのは陛下だって知っているだろう? それに俺は全騎士団隊の取り(まと)め役で自分の部下達の面倒も見なければならないのに、貴方の妻の事まで面倒など見きれん。


第二騎士団隊長に言え。あの男だって優秀(ゆうしゅう)信用(しんよう)できる(やつ)だ。それに本来のお役目(やくめ)でもあるだろう? そもそも俺達第一騎士団隊は国王の護衛(ごえい)が仕事だ」



しかしそんな俺の言葉にも陛下は(しぶ)い顔をして首を横に振る。



「駄目だ。 お前以外の男など誰も信用などできるか。私の可愛い妻は『絶世(ぜっせい)美女(びじょ)』だぞ? 何かあってからでは(おそ)いんだ! だから私は第一騎士団隊長ではなくお前個人(こじん)に頼んでいる。『アレ』はこの城では一番(いちばん)身分(みぶん)(ひく)い上に(てき)(おお)い。


お前の仕事が多忙だというのならこの私がお前の()わりに仕事を手伝ってやる。だからいいな? 国王が直々(じきじき)に頼んでいるんだ。(いや)とは言わないだろうが、嫌だと言っても無駄(むだ)だぞ? その時は『王命(おうめい)』を使うからな?」



それはもう頼んでいるというよりも決定(けってい)事項(じこう)ではないか。陛下のその他人の意思などお構い無しに自分のやりたいようにやる性格(せいかく)は今にはじまったことじゃない。しかもこの国の最高(さいこう)権力者(けんりょくしゃ)である陛下の言葉は絶対だ。


だが陛下は初めから『王命』ではなく俺個人に対して『頼む』と言う。俺は臣下(しんか)なのだから命令(めいれい)すればいいだけの話なのに陛下はいつも俺に(たい)してそれをしない。(まあ、俺が嫌だと言えば最終的(さいしゅうてき)に『王命』を使うのだが。)


陛下はどういうわけか、(もと)敵国(てきこく)から来た俺を絶対的に信用してくれている。陛下の周りには他にも付き合いの長い自国(じこく)の臣下や貴族がいるのにだ。俺の何が気に入っているのかは分からないが、俺は陛下のこういう姿を知っているからいつも(ほだ)されてしまう。


確かに野心家(やしんか)侵略(しんりゃく)(この)んで暴君(ぼうくん)と呼ばれてしまっても仕方(しかた)のないやっている行為(こうい)最低(さいてい)だが、俺はどうしてもこの陛下を(にく)めないでいる。


そもそも陛下は根本的(こんぽんてき)に悪い人間ではないのだ。ただ自分に正直過ぎて本能(ほんのう)のままに生きているだけだ。だから俺はこの男がどんなに他人に対して(ひど)いことをしていてもどうしても(ほう)って()くことが出来ない。


皆に嫌われて(にく)まれて当然(とうぜん)の酷い(やつ)だが、俺だけはこの男の傍にいてやりたいと思う。俺がこんな事を考えるとは自分でも(おど)きだったが悪い気はしていない。


だからこのままいけば、俺も世間(せけん)から悪者と言われるようになるだろう。ーーいや、もう言われているのだろうな。それでも俺はとことん、この男に付き合ってやろう。きっとこの男に出会った時から、そうなる運命(うんめい)だったのかもしれないーーと(こころ)の中でそう思った。



「はぁ………分かった。御守(おも)(やく)は引き受けよう。だが、いいのか? 武術を教えろと言うのは貴方を暗殺する為なんだぞ? 俺は教える気など更々(さらさら)ないがしつこくて(かな)わん」



「はははっ、教えても構わんが、あの体を筋肉(きんにく)だらけにされては(こま)るぞ? 美女の筋肉など誰だって見たくはないだろう?」



「何を呑気(のんき)な、そんな悠長(ゆうちょう)なことを言っていると、いつか本当に寝首(ねくび)をかかれるぞ?」



「フッ、そうでなければ面白(おもしろ)くないだろう?『アレ』はいつも私を(たの)しませてくれる。あんな刺激的(しげきてき)な女はどこにもいない。それこそ、()()れだけの良い大人(おとな)しい女など(よる)相手(あいて)には丁度(ちょうど)いいが、(ほか)退屈(たいくつ)でつまらんだけだからな。だから『アレ』は私の為にだけにある女だ。この先も私から逃がすつもりはないし他の誰にも絶対に(わた)さない」



ああ、ここまで執着(しゅうちゃく)されるとは彼女も“()(どく)”にと思った。これで彼女は陛下からは絶対に逃げられない。彼女の性格(せいかく)では陛下の言っているような大人しい女になりようがないからな。そして俺はその二人に振り回される(やく)(まわ)りだ。それは今もこうして(つづ)いている。




*****




「ねえ、ヴァンデル隊長。こんなに(かよ)っているんだから、もういい加減(かげん)(おし)えてくれてもいいじゃないーーね? ちょっとだけでも」



国王の愛妾である彼女は、その国王の思惑(おもわく)でここに行くように誘導(ゆうどう)されているわけだが(とう)本人(ほんにん)は全くといっていいほど気付いてはいない。そして毎日のように現れては同じ言葉を()(かえ)す。だから俺も同じ言葉で返答(へんとう)する。



何度(なんど)も言っているが貴女が武器(ぶき)を持つ必要(ひつよう)はない。 それにもし、怪我(けが)でもしたら大変(たいへん)だ。陛下にも(もう)(わけ)()たないだろう?」



「どうしてあの男に申し訳なんて立てなきゃならないのよ。私がたとえ怪我をしようと私の体なんだから関係(かんけい)ないわ!


ーーねえ、そんなことよりお(ねが)い。何も貴方達と同じ事を教えろとは言わないわ。護身術(ごしんじゅつ)程度(ていど)でいいのよ。それならこの時世(じせい)、貴族の女性達だって(なら)っていると聞いたわ。たから、ね? 私も自分の護身の為に(おぼ)えたいの」



ーー全く誰なんだ、護身術のことを彼女に教えたのは。ーーそれになにが護衛の為だ。本来(ほんらい)目的(もくてき)は“国王(こくおう)暗殺(あんさつ)”の為だろうに。



俺は(こころ)の中でそう言って(ふか)いため息をつく。しかも国王に対して(おそ)れることもなく、そんな不敬(ふけい)(もの)()いを平気(へいき)で出来るのは彼女だけだ。いや、俺も人のことは言えないが、少なくとも俺は言葉使いはともかく陛下に対しては敬意(けいい)(しめ)しているので彼女よりはまだマシだろう。



「護身の為だろうと国王の愛妾である貴女には必要のないものだ。心配せずとも、貴女のことは我々騎士が一命(いちめい)()してでも(かなら)(まも)る。それが王族(おうぞく)守護(しゅご)する俺達の役目(やくめ)だ。だから貴女が武術を覚えることなどない。それに武器など貴女のその手にはそぐわないものだ。武器を持つ手は我々男に(まか)せて貴女は俺達に守られていてくれ」



他の部下達も俺の言葉に賛同(さんどう)するように首を何度も(たて)に振るが、そんな彼女は眉間(みけん)(しわ)()せて不満(ふまん)そうな顔をする。



「私は王族じゃないし、国王の愛妾になった覚えもないわよ。あの男が勝手(かって)に言っているだけじゃない。だから貴方達に守ってもらう義理(ぎり)はないし勿論(もちろん)(いのち)なんて賭けて貰っても(こま)るわよ。もしそれで()なれでもしたら、寝覚(ねざ)めも悪いし食事(しょくじ)不味(まず)くなるじゃない。私は自分の身は自分で守るから、だから、お願い。ーーね、? 教えて?」



…………これはわざとだろうか? いかにも確信犯(かくしんはん)(てき)両方(りょうほう)の手のひらを(かさ)ねて()(うる)ませながら、(あい)らしく(たの)んでくる彼女に、この俺が(あや)うく「()かった」と言いそうになりかけて(くち)をギュッと(つぐ)む。


部下(ぶか)(たち)などはそんな彼女を見てほだされてしまったのか、彼女の本来の目的を知っているはずなのに「これだけ頼んでいるのだから教えてあげてもいいのでは?」ーーと彼女に味方(みかた)する者も出てきた。



だから彼女の目的は国王の“暗殺”なんだよ! ーーと、言いたいが言えるはずもなくーー俺は彼女から視線を(はず)すと「ああ、(いそが)しい」と言って、さっさと()(あと)にする。


しかしやはり諦めの悪い彼女はそんな俺の後ろにまるで鳥の雛のようにくっついてケチだの堅物だの言ってくるが、ここは無視(むし)だ、無視。


そんないつもの俺と彼女の攻防(こうぼう)(せん)を部下達は笑いを(こら)えながら見つめていた。




*****




俺と彼女の攻防戦が一息(ひといき)ついた頃、第一騎士団隊の皆で彼女を(まじ)えて彼女のお手製(てせい)の差し入れのスコーンを()べる。



奥方(おくがた)(さま)、これすごく美味(おい)しいです!」



「ああ、上手(うま)い。 奥方様は本当に料理(りょうり)がお上手(じょうず)なんですね」



部下達が美味しそうにスコーンを食べながら彼女の料理に感嘆(かんたん)している。確かに彼女が()る差し入れは素朴(そぼく)(やさ)しい(あじ)がして、正直(しょうじき)王城(おうじょう)の料理人が作る()った料理より市井(いちい)()の俺にはこちらの方が口に合う。


彼女の外見からして料理など出来るようには見えなかったので最初(さいしょ)(とき)は驚いたが、よく考えれば彼女は貴族(きぞく)子女(しじょ)ではなく(もと)は市井の町娘(まちむすめ)だ。料理くらい出来て当然だった。



「ふふっ、ありがと。でもこれくらいは市井の娘なら出来て当然よ? 沢山(たくさん)作ったから遠慮(えんりょ)しないで食べてね」



陛下の前ではいつも怒っているか不機嫌(ふきげん)な顔ばかりしている彼女はここに来ると本当によく笑う。勿論、俺との攻防はいつも不機嫌だが、それでも彼女が笑うと、そこに花々(はなばな)()(ほこ)るように一瞬(いっしゅん)空気(くうき)()わり(はな)やかになる。


陛下が危惧(きぐ)するのも無理はない。彼女に悪気(わるぎ)はないのだろうが、こんな(ふう)微笑(ほほえ)まれては彼女に懸想(けそう)してしまう(おとこ)が出てきてもおかしくはない。


(さいわ)い俺達第一騎士団隊の者達はあの国王直属の部隊(ぶたい)でもあるので(ほか)の騎士団隊の中でも身体(からだ)だけではなく精神(せいしん)(りょく)もかなり(きび)しく(きた)()げている為、彼女に(まど)う者はいないとは思うが、それでもやはりまだ(とし)(わか)い部下達は心配(しんぱい)だ。俺がしっかりと()()っていなければーーーくそっ、やはりこれもあの陛下の思惑(おもわく)のような()がしてならない。



彼女の差し入れを食べ終えた頃、若い部下達が(たが)いの顔を見合わせて彼女にお願いをする。



「あの、奥方様。 もしよろしければ何か一曲(いっきょく)(うた)ってはもらえませんか?」



「俺達、戦になるといつも奥方様の歌声を思い出して元気をもらうんです。 だから城にいる間は奥方様の歌を聞きたいです」



俺達のような年長(ねんちょう)(ぐみ)の騎士達は中々(なかなか)口に出すことは出来ないが、若い騎士達は(おく)することもなく彼女に歌を所望(しょもう)する。


俺達は数日(すうじつ)()にはまた戦に出向(しゅっこう)することになっている。我が国は陛下の力もあって戦には()けたことはないが、それでもやはり中には(いのち)()とす兵士(へいし)や騎士達もいる。


それは俺達の第一騎士団隊にも言えることで第一騎士団隊は国王の精鋭(せいえい)部隊で優秀(ゆうしゅう)人材(じんざい)(そろ)えていてもやはり戦で()くなる者もいる。だからまだ戦経験(けいけん)(あさ)い若い騎士達は彼女の歌声を心の()(どころ)にしているのだろう。(かなら)(かえ)ってきてまた彼女の歌を聞くのだと。


彼女の歌声は本当に(うつ)しく(はかな)(せつ)ないような聞いている者の心の中に()()んでいく変幻自在(へんげんじざい)(くすり)のようだ。それは人によって(こと)なり、(うれ)しいとか切ないとか、(かな)しいとか、(かん)じ方はそれぞれ(ちが)うようだが、この不思議(ふしぎ)な歌姫はその歌声で聞くものの心を(いや)してしまう。


そんな彼女も若い騎士達が自分の歌を拠り所にしているのを知っているのだろう。彼らに向かって優しく微笑んだ。



「ええ、いいわ。一曲とは言わず貴方達が聞きたいだけ歌ってあげる」



彼女はそう言って静かに歌い始めた。それは王城の広間(ひろま)大勢(おおぜい)の前で歌う荘厳(そうごん)な歌ではなく、(ちい)さな子供(こども)(ねむ)りにつく前に母親(ははおや)が歌う子守唄(こもりうた)のように慈愛(じあい)()ちた優しい歌声だった。


彼女は普段(ふだん)は口が悪くてその口からは喧嘩(けんか)ごしの言葉しか出てこないのに、歌う時だけはこんなに優しい歌い方をする。普段の彼女と歌っている時の彼女は外見(がいけん)が同じでも、とても同一(どういつ)人物(じんぶつ)には見えないが、それを言えば彼女はきっと怒るだろう。


ーー失礼(しつれい)な、どこをどう見れば私が二人いるのよーーと。


俺は歌姫を見てフッと笑う。たぶん俺の予想(よそう)()たっているはずだ。それを確認(かくにん)する為に、後程(のちほど)彼女に言ってみるつもりだ。だから今は『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』である美しい彼女の歌声を心に残しておこう。


ーー我々が誰一人として失わずに彼女の歌をまた聞けるようにーーー







【①ー終】



















































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ