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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
50/78

奉納祭【10】 ~貴賓席その1

【26】




******




「ーーあの()ったら、なんて(うた)(かた)をしているのよ。いくら『(いろ)』を()すにしたって、メチャクチャじゃない」



貴賓席(きひんせき)国王(こくおう)(がわ)後方(こうほう)で、国王の愛妾(あいしょう)であり(いま)まさに舞台(ぶたい)で歌う第四(だいよん)(じょ)母親(ははおや)であるエルヴィラが(ひたい)()さえた。その(となり)に国王が移動(いどう)して()ると、ピッタリと()()うようにその身体(からだ)密着(みっちゃく)してくる。



「『色』とはなんの(はなし)だ?」



「ちょっと! (ちか)いったら。王()や王女(たち)もいるんだから、(すこ)しは()(つか)いなさいよ」



エルヴィラは柳眉(りゅうび)をひきつらせ、口許(くちもと)(おうぎ)をあてて小声(こごえ)で話しながら国王から(はな)れてようとするも、すぐさま(こし)(うで)(まわ)されて(つか)まってしまえば()(うご)きが()れない。



今日(きょう)はいつにも()して色()があって(うつ)しいな、()(いと)しき(つま)よ。やはりお(まえ)には(あざ)やかな深紅(しんく)のドレスがよく似合(にあ)う」



そんなエルヴィラの耳元(みみもと)口説(くど)()とすかのごとく(あま)(ささや)きながら(あたま)にキスを落とす国王に、エルヴィラはヒールの(たか)(くつ)(おも)いっきり国王の(あし)()みつけた。



「うっつ!」



(ねら)ったようにわざと足のつま(さき)小指(こゆび)()たる位置(いち)で踏んづけてやったので、さすがの本人(ほんにん)(いた)かったらしく一瞬(いっしゅん)表情(ひょうじょう)(くず)して(うな)ったものの、腰に回されている腕は一(こう)に離す気配(けはい)がない。


ちっっ、 エルヴィラは口許を扇で(かく)しながら、国王の筋肉質(きんにくしつ)(ふと)い腕を忌々(いまいま)しく()つめ(ちい)さな舌打(したう)ちをする。舌打ちなどと、(しゅ)作法(さほう)においてあり()ない下品(げひん)(きわ)まりない行為(こうい)ではあるが、平民(へいみん)()酒場(さかば)(そだ)ちであるエルヴィラにとっては日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)だったので(とく)()にする様子(ようす)もない。



調(ちょう)子に()らないで。(だれ)があんたの『妻』なのよ。(わたし)(みと)めてないわ。それに私はもっと大人(おとな)しめのシンプルなドレスが(この)みなのに、あんたが用意(ようい)したこのド派手(はで)な色のドレスはなに? しかもドレスの脇裾(わきすそ)にスリットまで(はい)っていて、(ある)(たび)に足が(まる)出しで下着(したぎ)が見えやしないかと、いちいち(あせ)るこっちの身にもなってくれる?」



やはりながら淑女とはほど(とお)く、異性(いせい)の前でも平(ぜん)と足が丸出しだの下着が見えるだのと口にする不満(ふまん)げなエルヴィラだったが、本人の好みは()()いても、国王が用意したドレスはエルヴィラの美貌(びぼう)をひきたてるにはうってつけのドレスで、


ワンショルダーの(かた)大輪(たいりん)(あか)薔薇(バラ)(はな)(かざ)りをあしらい、身体の(せん)沿()った(なが)れる美しいラインのシルエットは(おのれ)体型(たいけい)によほど自信(じしん)がある(もの)にしか着用(ちゃくよう)(ゆる)されないものだった。


そして動きやすさは(おもて)()き、色香を(きょう)調するが(ため)が本(らい)目的(もくてき)として(つく)られた足回りにはスリットを大胆(だいたん)に大きく入れて、普段(ふだん)は隠されている足を絶妙(ぜつみょう)にちらつかせて異性を誘惑(ゆうわく)するような(せん)情的なドレスは(おも)娼館(しょうかん)(おんな)達が定番(ていばん)としている洋装(ようそう)であり、勿論(もちろん)貴族(きぞく)子女がそのようなドレスを(おおやけ)の場で着用する事など絶対にない。まして露出(ろしゅつ)()が高いドレスなどもっての(ほか)だ。


それを()かっていながら、国王は()えて自分の愛妾にそれを着用させた。何故(なぜ)ならそれは(かの)女の美貌(びぼう)最高潮(さいこうちょう)()()てさせる為だ。


傾国(けいこく)の美女と()高いエルヴィラは何を着ていても()えるが、(さら)に彼女の美しさを引き立てるには、貴族子女が着るようなドレスでは役不足(やくぶそく)であり、彼女本来の気性(きしょう)と美貌や体型()わせれば、誰にでも真似(まね)が出来ないような大胆(だいたん)挑戦(ちょうせん)的なものが()に似合う。


なのでこのような露出の高い鮮やかな深紅の色香を強調するドレスは、娼館の女達では卑猥(ひわい)に見えてもエルヴィラが着用すると、その妖艶(ようえん)な美しさには誰もが()せられてしまうであろう。


しかし(とう)の本人は自(かく)がありながらもどこか()めており、そんな人々(ひとびと)羨望(せんぼう)の視線すらも客観(きゃっかん)的に(とら)え、元より打算(ださん)的な(ところ)があるせいか自分にとって不利益(りえき)にならなければ、今回のように文句(もんく)は言いつつも妥協(だきょう)するその狡猾(こうかつ)さに、国王の(こころ)はいまだ(なお)(うば)われ(つづ)けている。


そんな深紅のドレスに身を(つつ)(つや)やかに流水(りゅうすい)のごとく(なが)れる美しく(なが)黒髪(くろかみ)を、むき出しの肩側の方に()かるように()()げ、(きん)のチョーカーの(くび)飾りをつけたその姿は、


見た目には派手なドレスではあるものの、貴族達のように(ぜい)を極めた(きら)びやかな宝飾(ほうしょく)をふんだんに使(つか)って着飾るでもなく、国王の愛妾としては地味(じみ)すぎるくらいの(よそお)いであるが、


エルヴィラ本人が平(みん)育ちだったこともあり、自分を不必要(ひつよう)に宝飾などで着飾ることを(きら)っており、とにかく動きやすい格好(かっこう)(この)んだので、今回の国王が用意したドレスも不満はありながらも、羞恥心(しゅうちしん)(とく)に意識もせず着用するあたりは彼女らしい。



「フッ、気に入らないか? お前は何を着ていても美しいが、そのドレスは格別(かくべつ)だ。特にお前のような女にはよく似合(にあ)う。他の女ではただの滑稽(こっけい)道化(どうけ)にしかならんがな」



するとエルヴィラが(かお)をしかめて悪態(あくたい)をつく。



「はっ、私のような女って、つまり男を誘惑する(うわさ)に名高い希代(きだい)の悪女ってわけね。言っとくけれど、私がそう言われるのはあんたのせいでもあるんだから。


こんなドレスを私に着せたりなんかして、見なさいよ。周りから見れば私が国王を()らし()んだ娼婦だとでも思っているんじゃない? 実際(じっさい)、私の意()ではないにせよ、あんたの『愛人』である事には()わりないんだし」



「まあ、そう言うな。愛人は何てことはない、ただの愛玩物(あいがんぶつ)にしかすぎんが、愛妾は実(しつ)において『妻』なのだぞ? それに垂らし込んだというのも、あながち(うそ)でもないしな。お前は今も(むかし)も私の心を(つか)んで離さないのだから」



「はん、どこまでもおめでたい頭ね。いつ私が()きでもないジジイのあんたを垂らし込んだのよ。あんたが一方的に(しゅう)着してるだけでしょう? それを私のせいにされるのは心外だわ」



機嫌(きげん)(かたち)()い赤い唇をひき結ぶエルヴィラを見つめていた国王は、その悪態をついている誘われているような唇の赤に、今すぐキスしてその場に()()きたい衝動(しょうどう)()られていた。


実を言えば、その衝動はエルヴィラのこの美しいドレス姿を見た時からずっと(せつ)なく()()こっていた。それも己が(えら)んだドレスとはいえ、いつもとはまた(ちが)う色香を(はな)つ愛(さい)(よく)情の(ねん)(いだ)いてしまうのは男の(さが)なのだから仕方(しかた)がない。


だから本(のう)的に誘惑する。彼女の耳元にそっと唇を近付け甘く囁くように。そして腰に回していた腕を下方にずらして、ドレスの(ひら)いたスリットから手を差し入れ、太もも()分におもむろに手を()わすと、彼女の身体がビクッと(ふる)える。



「ちょ、ちょっと!!」



(あわ)(はじ)めるエルヴィラだったが、国王は(まった)くのお(かま)()しで、更に自分の体を密着させて彼女の身動きを拘束(こうそく)してしまう。



「………ああ、そうだな。私はお前に執着している。お前という(わか)く美しい女に年甲斐(としがい)もなく(おぼ)れているのだ。このドレスを着せたのは、お前が私の『女』である事をここにいる(おお)くの人間達に見せしめる為。


………お前は美しすぎる。どんな女であろうとお前の前では(かす)んでしまう。見ろ、ここにいる男達は(みな)、お前に(くぎ)付けだ。お前の魅力に酔いしれ欲情の(まな)差しで見つめているだろう? けれど、お前は私のものだ。他の男(ども)がどんなに(こい)()がれようと、己の女にしたくとも、私がいる(かぎ)り指を(くわ)えて見ている事しか出来ない。


だからこそ見せつけてやろうと思ってな。お前に()れることが出来る唯一(ゆいいつ)の男はこの私だけだと。お前が娼婦というのならば、それは私だけの『専属(せんぞく)』だ。他の男共にはその身体はおろか髪の()一本触れさせん」



これ以上になく甘く囁く国王の(あつ)吐息(といき)が耳元にかかり、エルヴィラは拘束されている身体の隙間(すきま)から目一杯(いっぱい)退()くと、扇で自分の顔の前に防御壁(ぼうぎょへき)を作る。そして本当は大声を出したいところを、場所が場所だけにグッと()性で我慢(がまん)する。



「ば、ばか! ここがどこだか分かってる? (しょう)気?」



特にエルヴィラは前方にいる王妃を気にしながら国王を(にら)みつける。そして周囲(しゅうい)には王妃の子(ども)達や大勢(おおぜい)の人間達がーーそれなのに万年(まんねん)(はつ)()が! この『馬鹿(ばか)男』は。



しかし国王はそんな扇の防御壁にさえ自分の顔を近付け尚も囁く。



「さて、どうだろうな? お前のそのドレス姿を見ていたら体がやけにゾクゾクして、今すぐにでも押し(たお)して(むさぼ)りたくなるから正気ではないかもしれん」



「ば、ばっかじゃないの? しかもこんなドレスを着せたあんたが言うな!」



「そうだな。美しいお前を男達に自(まん)するつもりだったが、(ぎゃく)効果(こうか)だったようだ。だから一応(いちおう)理性で押さえてはいるが、少しくらいなら触れてもいいだろう?」



そう言ってドレス()しに太ももを()(さす)ってくる国王に、エルヴィラは(ふたた)びその足をヒールで思いっきり踏みつける。



「うっつ!」



どうやら二回目の方がかなり痛かったようで、さすがに国王の手が()ぐに()っ込んでいった。エルヴィラは()ややかな横目で「ふん」と(はな)()らす。



「どう? 痛みで正気に(もど)ったでしょ? 全く、時と場所を(かんが)えてよね。しかもこんなところで、(しん)じられない」



(おこ)るエルヴィラに(たい)し国王はしれっと顔だ。



「仕方ないだろう? 美しい女の色香に性衝動が起こるのは男の本能だ。それに今月(こんげつ)はまだお前としていないから尚の事、欲求(よっきゅう)不満が()まっている」



………この男は何をしれっと言っているのか。本当に頭がおかしいんじゃないの? 今さっき、時と場所を考えろって言ったのに………



エルヴィラはこの非常(ひじょう)識な国王に、何度となく(なぐ)ってやりたい衝動に駆られていたが、(こぶし)(にぎ)りしめて我慢を()(かえ)している。


時と場所を考えなければーーそれがなんともじれったい。なんとなくだが、この男もそうなのかと思うと、それはそれで皮肉(ひにく)である。



「とにかく、今はやめて。私もへたに(てき)()やしたくはないし、これ以上、悪評判(ひょうばん)が立つのはリルディアの為にも()けたいわ。そもそも、リルディアの話だったじゃないの。それがどうしてこうも話が横にズレるのよ」



言われて国王も一(しゅん)目を大きくし、「ふむ」と(あご)に手を当てて考えていたが、すぐに(あや)しげな()みを()かべる。



「やはり私が欲求不満なのが原因(げんいん)だな。だから私の精神(せいしん)の正気を(たも)つ為にもーーエルヴィラ、今()、私の部屋(へや)に来い」



「はあぁ?」



思わず大きな声が出てしまい、エルヴィラは慌てて口許を扇で押さえる。



「“月のモノ”はそろそろ()わったはずだろう? だったら問題(もんだい)はないはずだ」



「そ、それはそうだけど、でも今は『奉納祭(ほうのうさい)』が始まったばかりじゃない」



声を落としてコソコソと小声で話す二人の姿が周りにはどう(うつ)っているのかは分からないだろうが、聞こえていい話でもない。



「だからなんだ? そんなもの『(よる)の行為』には関係(かんけい)ないだろう?」



しかしエルヴィラも()()がる。避ける事が出来るに越した事はない。



「いや、だって(くに)祭典(さいてん)なのよ? その(あいだ)は色々(いそが)しいじゃないの。(つか)れこそすれ、それどころじゃないわよ。だから()(あらた)めない?」



「私の体力が人()み外れているのを(わす)れたのか? その(てい)度で公務(こうむ)(おこた)るわけがなかろうが。(むし)ろ精力がつきすぎて公務もはかどるというものだ」



どうにもこの男の言葉が卑猥に聞こえて仕方ない。



(たし)かにあんたはそうでしょうけれど、私は女で、か(よわ)い体力しか持ち合わせていないの。それなのにもし動けなくなってしまったら、リルディアになんて説明(せつめい)するのよ。いくら私でも娘に親の(しょ)事情を説明するのは絶対に(いや)よ!」



「分かっている。だから無理はさせない。そこは(あん)心しろ。ーーただな、私がもう限界(げんかい)なのだ。このままでは本当に人前であろうがなかろうが『行為』に(およ)ぶかもしれんぞ? 私の理性はそこまで大人ではないからな」



それを聞いてエルヴィラは(ふか)いため息を()くと片手で額を押さえる。


ーーこの男の言う(とお)りだ。この男は本能のままに()きる()性の(けもの)と大差ない。だから人間の理性の(たが)が外れてしまったら何を仕出かす分かったもんじゃない。


どのみち、これは『契約(けいやく)』だ。今、月2回の行為を避けたところで、来月にはその分を()算されてしまうのだから結局(けっきょく)、避ける意()がない。



「………分かったわ。だから今は理性のある人間でいて頂戴(ちょうだい)。こんな(ふう)に人前で私に触らないで」



すると国王はフッと笑うと、今までエルヴィラの腰に回していた腕を離した。それを見てエルヴィラは内心ホッと安()する。


それでなくても前方にいる王妃がいつ(うし)ろを振り返るかとずっと気になっていたので、複雑(ふくざつ)緊張感(きんちょうかん)すらあったが、王妃は国王が愛妾の方に移動したのは当然知っていて、一度も後ろを振り返る事もなく、真っ直ぐに正面だけを見つめていた。






【26ー終】









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