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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
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奉納祭【7】~華麗なる至高の歌姫②

【23】




「え? これって、どういう事?」



私はそれを見て唖然とする。



「リルディア様? どうかなされましたの?」



ローズロッテが私の様子を見て声を掛けてくる。


私達『聖乙女』は神殿の広間の舞台袖に控えていて出番を待つ間、私はカーテンの隙間から覗き見てそれを見つけた。



「……クラウスが楽隊にいる」


「え? ジェノーデン公が?」



ローズロッテも私の隣で隙間から覗き見て驚く。



「まあ!本当に。驚きましたわ。殿下があの様な場にお出ましになられるだなんて、お珍しい事」



ローズロッテが驚くのも無理はない。クラウスは王家の一員として行事には出席はするものの臣籍に下っているという理由から表立った行動はせず、陰ながら控えている事が多い。しかし王族であるので本来ならば王族専用の貴賓席にあるべきはずの姿が何故か舞台前の楽隊の中にあった。



「あのクラウスが楽隊?……そういうえば手習い事の一環で昔、楽器を習っていた事があるって聞いた事があったけれど、実際に楽器を奏でている姿なんて見た事がない。それに本人自体あまり目立つ事を好まないのに一体どうしてーー」



そんな私達の会話に椅子に腰掛けて自分の爪を磨いているアニエスが「ふん、」と鼻を鳴らして口を開く。



「ふん、そんな事、今更分かりきっておりますでしょう? またいつもの父上のきまぐれな思い付きに決まっておりますわ。奇をてらった事を好まれる御方ですもの。何をなされても不思議な事などありませんことよ」



そんなアニエスの言葉をかき消すように来賓客達の中から女性達の色めきたった声が上がる。



「きゃあぁぁーーユーリウス王太子様!!ユーリウス様あぁぁ!素敵いぃぃ!こちらをお向きになってぇぇ!」



どうやらこの世で一番美しい王子と称されているセルリアのユーリウス王太子の姿を見て興奮した若い娘達が各々声を上げているようだ。


するとアニエスが急に椅子から立ち上がり、つかつかと私達の方に歩いてくるので、私達は全身花人間と化したアニエスから襲ってくる強烈な花の香りから避難するようにドレスの袖で鼻を押さえながら奥の方に移動する。そんなアニエスは私達などお構い無しでカーテンの隙間から外の広間の様子を伺っている。



「んまあ!あの様な下品ではしたない声を上げて騒ぎ立てるとは、なんと不作法で恥知らずな女達なのでしょう!しかも貴族の令嬢ともあろう者達までが一緒になって他国の王族の名を叫ぶとは大変無礼極まりない上、淑女としての品格すらも疑ってしまいますわね!そんな己の分相応という事すらも理解出来ないだなんて、なんと愚かで無知な女達ですの!」



アニエスはその表情や態度に激しく不快感を滲ませながらカーテンをぎりぎりと強く握っている。私はそんなアニエスを見つめ口許は覆いながらも、ため息混じりの小声で呟く。



「……はぁ、ユーリウス王子の人気は今更な事なのに、あの程度の「きゃあきゃあ」声にいちいち文句をつけるあたり姉様らしいわね」



あくまで本人には聞こえないように言うと、そんな私の様子にローズロッテも小声で話す。



「ええ、本当に。ですがアニエス様がお怒りになる事でもありませんわよね? 本来ならばそれはご婚約者であるリルディア様が怒って良いところですわ。あのように麗しい王太子様ですので女性達のからの声が上がるのは仕方のない事ですけれど、リルディア様にしてみれば不愉快極まりない事ですもの。心中お察し申し上げます」



ローズロッテは気遣うような|視線を向けるも、私の方はさほど気にしていない事もあって小さく肩を竦める。



「ローズ、そこまで私に気を遣わなくても大丈夫よ。セルリアの王太子はこの世で一番美しい王子ですもの。女性達からの絶大な人気があって当然だわ。しかもそんな誰もが羨む美しい王子の婚約者であって不愉快どころか、逆に自慢に思っているくらいよ。だからあの程度の歓声くらい大した事ないーー」



ーーなどと余裕を見せていた私の耳に飛び込んできたのは……



「きゃああっ!!クラウス殿下よ!クラウス殿下が楽隊にいらっしゃるわ!!」


「うそ!? あのクラウス殿下が!? 信じられない!!きゃあぁぁ~クラウス様!!素敵ですわあ!!」


「きゃああ!!クラウス殿下がこちらを見たわ!!クラウス様ああぁ!!」



「………」


「リルディア様?」



そんな広間の方から聞こえてくる女性達の声に私は無言のまま、しかし手前にいたローズロッテを押し退け、アニエスがいるカーテンの方へと向かう。



「ーーアニエス姉様、失礼するわ」


「ちょっと!なんですの!?」



あからさまに嫌そうな表情のアニエスのいる場所を奪うようにして|割り込むと、そのカーテンの隙間から場内を覗く。そんなアニエスの強烈な花の香りなどもはや意識にもなく、ユーリウス王子やクラウスの名を呼ぶ女達の浮かれたはしゃぎ声に益々苛立ちと不愉快さが募る一方だ。



「なんなの!あれは!? 馬鹿の一つ覚えみたいに名前を叫べばいいってものじゃないわ! しかもどうしてクラウスなのよ!? 本来であれば君主である国王に敬意の声を上げるべきでしょう? それでなくても王族に対してあんな軽薄な声を上げるなんて、あの女達は一体どういう教育を受けているのよ。親の顔が見てみたいわ!!」



私は場内の様子を不愉快極まりない表情で先ほどのアニエスのようにカーテンをぎりぎりと握る。すると側にいたアニエスも自分のドレスの花を引き千切って足で踏みつけている。



「本当にそうですわ!国王の御前で不敬にもほどがありますわよ!そもそも王族に対しての敬意もなっていませんわ!あのようなはしたない声を上げて王族の名を気安く口にする事自体、己の身分違いも甚だしく無礼で恥知らずだという事に自覚が無いとは、あの女達は我が国の恥ですわ!!


あの様に子が愚か者であれば親も愚か者ですわね。きっとユーリウス王太子様もご気分を害されたに違いないですわ!後ほど母上にご報告申し上げて、それなりの処分をして頂かなくてはーーー」


「ユーリウス王子はあんなの日常茶飯事で慣れているし、しかも温厚で器の大きい御方だから、あの程度の事で気分を害されたりなどなさらないわ。


そんな事よりもクラウスの名前が上がる事自体がおかしいわよ!クラウスなんて愛想もないし、笑わないし、口煩いし、女にだって優しくないし、真面目過ぎて冗談も通じない面白みに欠ける堅物鉄仮面王子じゃない。それなのにクラウスが女達から「きゃあきゃあ」騒がれる意味が分からないわ。


そもそも容姿端麗で性格も良い女性の憧れのユーリウス王太子がいるのに、騒ぐなら絶対にユーリウス王子の方でしょう? しかもクラウスは容姿だっていたって普通だし、そんな女達が色めき立つような男じゃないのに」



するとアニエスが私の発言に苛立ちを見せる。



「あなた!ご自分の言っている事の方がおかしいですわよ!? しかも婚約者が女性に騒がれているのを“そんな事よりも”ですって? それにいくら姪だとはいえ、クラウス叔父上に対する発言も失礼にもほどがありますわ! 


確かにユーリウス王太子に比べれば、どのような殿方でも見劣りしてしまうのは仕方の無い事にしろ、クラウス叔父上にしても女性から見れば大変魅力的な御方でしてよ。まして二つの王家の血統である純血の王子ですもの。そんな叔父上の寵愛を得たい女性は沢山おりますのよ? それをいまだ妻帯していない事の方がおかしいのですわよ。


まあ、あなたの殿方の基準がセルリアの王太子だからなのでしょうけれど、それでもクラウス叔父上は私にとって従兄でもある近しい血縁者。半分しか血の繋がりのない、しかも市井の血統でもあるあなたに叔父上に対する侮辱はフォルセナ王家の人間としても許せませんわ!我が母上にしても黙ってはおりませんことよ!」



それを聞いた私はわざとらしく大きく肩を竦めて深い息をつく。



「はあ……しかもまた『母上』なの? アニエス姉様。ローズ同様に私にもその言葉は通用しないわ。この際だからはっきり申し上げるけれど、姉様の盾が『母上』ならば私には『お父様』という盾があるわ。だからこの国において私には怖いものなんて何もないのよ。そしてお父様がこの世の覇者である限り、それは国外であっても同じ事。だから例えフォルセナを敵に回したところで怖くはないわ。姉上達に『父上』の盾は使えない。だって『お父様』は私のものだから」



そんな私が不敵に微笑むと、アニエスは唇を噛み締めるようにひき結び、苦虫を潰したような険しい表情でこちらを激しく睨む。



「……母上の仰る通り、本当に忌々しいくらいに母娘そろって『悪魔』ですわね。美しい容姿を武器に人心をたぶらかして手玉に取り思い通りに操る事の出来る『魔性の女』ある意味、娼婦などよりもずっと質が悪いのですって。父上はともかくクラウス叔父上やユーリウス王太子を毒牙に掛けて、さぞやご満足かしら?」



敗北の悔し紛れだろう恨み言を吐くアニエスに私は優越感を含んだ悪役結構な笑みを向ける。



「まあ、アニエス姉様、毒牙なんて人聞きの悪い事を仰らないで? しかもそんな簡単に人心など操れるものではなくてよ? それに容姿にしても、それは天より授けられしものですもの。己でどうこう出来るものではありませんのに『悪魔』とか『魔性の女』ですとか大変心外ですわ。


勿論クラウスやユーリウス王太子の事も本心より敬愛しておりますし、たぶらかすとか侮辱などと、そのような事は全く考えた事もございませんので誤解なさらないで? それに私は自分や母様に危害が加えられない限り『お父様』は使いませんわ。これでも一応分別はありますの。そして王妃様や姉様方が今までと同様に私達母娘に構わないで下されば何も変わりませんわ。私としてもむやみに敵を増やしたくはありませんもの」



私はあからさまな淑女言葉で、伝わるかどうかは分からないが『牽制』の意味合いも含めて言うと、アニエスが何を思ったかはさだかではないが、こちらを睨み付けていた顔を背けたかと思うと、無言のまま鼻を鳴らすとそのまま奥の方に引っ込んだ。そして入れ違いでローズロッテが私の隣に来て小声で話し掛けてくる。



「リルディア様、大丈夫ですか?」


「なにが?」



ローズロッテが私の様子を伺いながら問いかけてくるも、私は先ほどから気分が悪くムカムカしていたので返事もつっけんどんに答えると、ローズロッテの顔に僅かに動揺が浮かぶ。



「あ、あの、アニエス様の言葉など悔し紛れの戯言ですわ。全てにおいて優れていらっしゃるリルディア様を妬んであの様な事を仰っているのです。ですからお気になさらず放っておけばよろしいのですわ。あの御方は王族の立場を利用して虚勢を張っていらっしゃるだけで実際には何もお出来にはなりませんもの」



私はそれを聞いてフッと笑う。



「ーーローズ、私があんな言葉を真に受けるほど子供だと思ってる? まあ、実年齢はまだ子供だけれど、私はそこまで単純じゃないわ。姉様が何を言ったところで私には無意味だもの。ただあまりに気分が悪かったから姉様の売り言葉を買っただけよ


ーーふふっ、ねえ見た? 姉様のあの顔。私がお父様の話をした時、すきごくひきっつた顔をして面白かったわ。この間も姉様には気分を害されたことだし、いつまでも現状から目を背けている様だから、この辺りで一度自覚させて差し上げようと思って。私には喧嘩を売るつもりなら、まずは私から『お父様』を奪ってからになさいな。ってね」



するとローズロッテはクスクスと笑いながら私の腕に自分の腕を絡めてくる。



「うふふ、アニエス様も本当に子供ですわね。喧嘩を売る相手をお間違えになるなんて。ですが、今日は少々驚きましてよ? いつものリルディア様はアニエス様とは会話も最小限で後は構わず放っておきますのに、今日はアニエス様とお言葉を交わされるだけではなく同感までされていらして、もしや少し仲がよろしくなったのかと一瞬思ったくらいですわ。まあ、それは杞憂でしたのですけれど」


「は? 私が姉様と仲良く?? やめてよ。あんな我儘な高慢ちきと相容れるはずがないでしょう? それを言うならローズの方が姉様と仲が良いじゃないの。趣向だって同じだし」


「まあ!それは違いましてよ? わたくしもあの御方の我儘な高慢さにはいい加減、辟易しているのです。わたくしがアニエス様の喧嘩を買うのは利用価値が多少なりともあるからですわ。それに確かに趣向が似ているとはいえ、わたくしの方がずっと質は高いですわよ。あの御方は単に派手好きというだけですもの」


 

そう言って頬を膨らませているローズロッテの肩を自分の体に密着させるように引き寄せる。



「ーーまあ、それはそれでいいわ。それよりもローズ。場内で軽薄なはしたない声でクラウスの名を呼ぶあの女達が誰だか分かる?」



そんなローズロッテは私に促されるようにカーテンの隙間から覗き込む。



「……そうですわね。ここからでは少しばかり遠目ですし、人が多すぎて特定するには、はっきりとはしませんが、この場内に入れるのは貴族や諸外国の賓客といった正式に招待された者しか入れぬ場所ですから、人伝に調べれば分かるとは思いますけれどーー」


「それじゃあ、直ぐに手配してくれる? 私はあまり社交界の参加には|積極的ではないから国中の貴族全てを把握してはいないのよ。でも貴女なら商売柄もあるから大体は把握しているでしょう?」


「ええ、それは勿論ですわ。ですが調べてどうなされるおつもりですの? どうやらアニエス様もあの様に憤慨されていらっしゃる様ですし、アニエス様側にしても動き出しそうですが、人物の特定が出来たとして、その者達を王族の不敬罪でお罰しになりますか?」


「そこまでする必要はないわ。ただ家の主に国の品位を辱しめる行為だと注意勧告するだけよ。ただしアニエス姉様よりも、いえ、誰より先に動きたいの。ユーリウス王太子は他国の王子だからある程度は看過されるけれど、クラウスはこの国の王弟であり王妃側のフォルセナの血縁者よ。


王妃が姉様の言葉をまともに取り上げるほど思慮が浅いとも思わないけれど、もしあの者達の中に王妃側のフォルセナ支持派ではない、それこそデコルデ侯爵家のようなブランノア派の貴族がいたら、今回の件を|理由に王妃側に利用されて陥れられるかもしれないわ。そうなると私も困るし、デコルデ侯爵家にしても勢力を削がれる大きな痛手になるのではない?」



するとローズロッテは大きく目を見開き、私の腕を離すとアニエスのいる方を見つめる。



「お、仰る通りですわ。直ぐに、今直ぐに手配致します。わたくし、てっきりリルディア様はあの者達のクラウス殿下への不敬に対して気分を害されているとばかり思っておりましたが、わたくしの思慮が浅はかでしたわ。さすがはリルディア様ですわね。その聡明にして優れた慧眼には本当に敬服致します。ーー少し失礼致しますわね。直ぐに父上に使いをやらないと」



そう言ってローズロッテは慌ただしく奥の通路側に向かうと、控えている護衛の女騎士に手短に話掛けている。どうやらあの女はデコルデ侯爵家の息のかかった者らしい。



ーー本当にデコルデ侯爵の目と耳と口の手回しは侮れないわね。きっと『神女の館』の神女達の中にも息のかかった者がいたに違いない。


でもローズの見立てもあながち間違ってはいないわよ? 私の気分を害しているのは確かにあの「クラウス様あぁぁ~」に他ならないのだから!



ーーああ!腹が立つ!!





【23ー終】


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