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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
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奉納祭【4】~仕返し計画

【20】





「アニエス(さま)! いくら(なん)でもそれはあまりにもご勝手(かって)()ぎですわ!!」



ローズロッテがアニエスに(むか)かって(いか)りの(こえ)()げる。しかしアニエスは()()ました表情(ひょうじょう)で、ふん、とそっぽを向く。



ーー(こと)次第(しだい)は、儀式(ぎしき)(はじ)まろうとしている矢先(やさき)にまた、お(さわ)がせの第三(だいさん)王女(おうじょ)アニエスが突如(とつじょ)として(あらし)()こす。



「アニエス様、それは(みと)められません。時間(じかん)()(せま)っているのです。当初(とうしょ)予定(よてい)(とお)り、ご自分(じぶん)武具(ぶぐ)担当(たんとう)なさって(くだ)さい」



さすがは神女長(しんにょちょう)だけあって()()いてはいるものの、その口調(くちょう)(いま)まで以上(いじょう)(きび)しい。しかしアニエスはそんな(こえ)無視(むし)して姿鏡(すがたかがみ)(うつ)る自分の姿の出来映(できば)えに余念(よねん)がない。



「あら? 武具の変更(へんこう)は『規定違反(きていいはん)』ではありませんでしょう? それに“主役(しゅやく)()”を(ゆず)って差し上げるのですからよろしいではありませんの」



そういうアニエスは私達(わたしたち)には視線(しせん)すらも向けずにひたすら鏡を見ながら(べに)()(なお)し始める。



「よろしいわけがありませんでしょう!? しかも突然(とつぜん)何を(おっしゃ)るかと思えば、『(つるぎ)(おも)くて手首(てくび)(いた)いから(ほこ)と担当を()えろ』ですって!? そもそも『(つるぎ)聖乙女(せいおとめ)』を(だれ)よりも一番(いちばん)(はじ)めにお(えら)びになったのはアニエス様ご自身(じしん)ではありませんの!! 王女である高貴(こうき)血統(けっとう)のご自身に相応(ふさわ)しいからと仰っておられたのは(わたくし)(わす)れてはおりませんわよ?」



ローズロッテが(まく)()てるもアニエスは飄々(ひょうひょう)とした口調(くちょう)(こた)える。



「ですから譲って差し上げるのですわ。その子もこの国の第四(だいよん)王女でしてよ? ならば武具を交換(こうかん)したところで王女が『剣の聖乙女』であるのになんら変わらりませんでしょう?」



「申し上げますけれどそれは“屁理屈(へりくつ)”と言うのですわ! しかもリルディア様のご事情(じじょう)を知っての(いや)がらせとしか取れませんわよ!! いくら第三王女であろうとそんな我儘は通りませんわ。自分で選択された武具を担当なさいませ」



するとアニエスはその言葉が面白(おもしろ)くないのかローズロッテに向き直ると、またいつもの口喧嘩が始まる。



「王女である(わたくし)にそのような無礼(ぶれい)物言(ものい)いをするなどと、本当にどこまでも失礼(しつれい)生意気(なまいき)(おんな)ですわね!! 私はブランノアの正統(せいとう)な血統の王女であり、しかもフォルセナ王家(おうけ)血族(けつぞく)でもありますのよ?


それをたかが一貴族の令嬢(ごと)きが二つの国の王族の私にそのような口をきいて、自身の身分もわきまえず、不敬(ふけい)にもほどがありますわ!! 貴女から受けた今までの無礼(ぶれい)母上(ははうえ)に申し上げて王女である私への不敬罪(ふけいざい)で罰して頂いても良いのよ!?」



しかしそんなアニエスの(おど)しを(ふく)む言葉にもローズロッテの方は全く(どう)じる様子(ようす)もなく、(むし)(あき)れた表情をしている。



ーーまあ、当然(とうぜん)だろう。そんな二人の喧嘩は毎度(まいど)の事ではあるが、アニエスの幼稚(ようち)さには、年下(としした)(わたし)から見ても「いい加減(かげん)学習(がくしゅう)しろ」と言いたい。


ローズロッテの生家(せいか)であるデコルデ侯爵家(こうしゃくけ)普通(ふつう)の一貴族ではない事は誰しもが周知(しゅうち)されしている常識(じょうしき)でもあるのに、そんなアニエスには一国(いっこく)の王女でありながら政治的(せいじてき)な事など一切(いっさい)無関心(むかんしん)彼女(かのじょ)(あたま)(なか)にあるのは自分の美容(びよう)とお洒落(しゃれ)の事だけだ。


ーーまあ、言うなれば、これも典型的(てんけいてき)な貴族のご令嬢の姿ではあるが、いくら男社会(しゃかい)の政治には関われない立場(たちば)にある女であるとはいえ、あまりにも無知(むち)であるのもどうかとも思うし、そんな彼女はある意味私よりもずっと子供である。



「…………はあ、またですの? そして二言目(ふたことめ)には()ぐに“母上に”? もうそれは()()きましてよ? どうぞ不敬罪でも何でも結構(けっこう)ですわよ? (わたくし)、アニエス様のように(すじ)(とお)らないお話は一切申してはおりませんもの。それに我がデコルデ侯爵家はアニエス様が見下(みくだ)されている一貴族とはいえ、(ほか)の貴族の皆様方とは全く違いますわよ?


()がデコルデ家はブランノアの王家と(なら)古来(こらい)から(つづ)代々(だいだい)の侯爵家であり、かつて祖先(そせん)にはブランノア王家の血統者もおりました。そして(さら)には世界(せかい)各国(かくこく)陸海(りくかい)幅広(はばひろ)商業(しょうぎょう)ルートを持つ『大豪商(だいごうしょう)』でもありますわ。本来(ほんらい)であればこういう事はあまり口には出したくはないのですけれど、そんな我が一族の各国での影響力(えいきょうりょく)はアニエス様には想像(そうぞう)すらつかないほどに、とてつもなく大きな規模(きぼ)展開(てんかい)しておりましてよ?


そのデコルデ家一族(いちぞく)(てき)(まわ)すという事は、(くに)経済(けいざい)(もと)より破綻(はたん)すると言っても過言(かごん)ではありませんわ? ですからブランノアのみならず、他の諸国(しょこく)でも我が家の顔利(かおき)きは大変(たいへん)(ひろ)いですのよ? 勿論(もちろん)王妃(おうひ)様の母国(ぼこく)であるフォルセナ王家とも(ふる)いお付き合いで、現在(げんざい)(いた)っても()わらぬご愛顧(あいこ)を頂いておりますわ?


そういう事ですからアニエス様が何を仰られようとも私に致しましては“(おど)しにすらならない”と幾度(いくど)も申し上げているはずなのですけれど、アニエス様には中々(なかなか)理解(りかい)下さらないので私、これ以上どうご説明申し上げれば良いのか分かりませんわ? それにリルディア様への()(あま)(いや)がらせは国王陛下が(だま)っているとも思いませんけれどーーー」



「うぐっ…………」



こうしていつもアニエスは何も言えなくなり、結局(けっきょく)最後(さいご)にはローズロッテに言い()かされてしまう。そんな毎度(まいど)馴染(なじ)みの光景(こうけい)ながら(かしこ)口達者(くちたっしゃ)なローズロッテに対して正直(しょうじき)、頭の(よわ)いアニエスが口で(かな)うはずもないのに、それでもアニエスは()(まえ)のそのプライドの(たか)(ゆえ)性懲(しょうこ)りもなく事あるごとにローズロッテに喧嘩(けんか)()っかける。


ーーそこで私が思うに、こうして結果が見えているのに同じ事を()(かえ)すのは、彼女にとって唯一正面(しょうめん)をきって喧嘩を出来る相手がローズロッテだからこそアニエスは毎回絡んでいるのかもしれない。


何だかんだ言っても二人は年齢も一つしか違わず、(アニエスの方が年上である)服装などの趣向もほぼ同じで、きっとアニエスの高慢(こうまん)で傲慢な態度さえなければ二人はきっと良好(りょうこう)な友人関係を(きず)けたであろうにとは思う。


まあ、それはともかくとしてーー今はこの状況(じょうきょう)収拾(しゅうしゅう)しなくては。儀式までもう時間がない。


バチバチと火花(ひばな)が見えるかのように睨み合う二人に、私は大きなため息をつくと、二人の口喧嘩の勝敗(しょうはい)がついたところで口を(はさ)む。



「ーーいいわよ?『剣の聖乙女』は私が()()うわ」



「えっ??」



「リルディア様??」



そんな私の言葉にローズロッテとアニエスが驚いたように同時(どうじ)に私を見つめる。



「あ、あなた、本気(ほんき)で言っていますの? 剣の舞踊(ぶよう)は他のに(くら)べて複雑(ふくざつ)な上、しかもあなたの担当武具ですらありませんのに、ましてあなたには(おぼ)える時間など(まった)く無かったはずですわ?」



アニエスは自分が交換を言い出した事も失念(しつねん)しているのか、私の反応(はんのう)が自分の想像とは全く違っていたのだろう。さしずめ(こま)()てて(なさ)けなく()きつく姿を(たん)に見たかっただけなのだろうが、彼女の驚きを(かく)せないその表情から私は(さと)る。



ーーああ、やっぱりね。『確信犯(かくしんはん)』かーーー



「リ、リルディア様!? 何もリルディア様がアニエス様の我儘(わがまま)をお聞きなさる事などありませんのよ? アニエス様の我儘はいつもの事ですもの。ご勝手(かって)一人(ひとり)(さわ)いでいらっしゃればよろしいのですわ? そうやってご自身の評価(ひょうか)(みずか)らお下げになっていらしても私共(わたくしども)にはなんら関係などございませんもの」



「なっ、なんですって!?」



ローズロッテの今までよりも幾分(いくぶん)はっきりとした辛辣(しんらつ)な言葉に再びアニエスの(いか)りに()(とも)りそうではあったが、私はすかさずローズロッテの腕を引っ張る。



「ローズ、いいのよ。(わたし)が『剣』を担当するわ。それにほら、もう時間が無いのよ? 喧嘩なんてしている場合? 私達がいつまでもこうしていると、他の人達が困ってしまうわ?」



「で、ですがリルディア様ーーー」



私を心配するローズロッテの腕を安心させる為にポンポンと軽く叩くと、そんな私は(いぶ)しげに見つめるアニエスの前で私はニッコリと微笑んで口を開く。



「アニエス姉様(ねえさま)。本日は儀式の“主役の座”を(わたくし)に譲って下さり大変光栄(こうえい)ですわ。それでなくとも年端(としは)もいかぬ(わたくし)異例(いれい)でもある特別な『聖乙女』として多くの皆様方から(のぞ)まれ、更には正規(せいき)の聖乙女である皆様方を差し置いて儀式の『独唱(どくしょう)』まで懇願(こんがん)され、正直なところ困惑(こんわく)しておりましたの。


しかも高貴(こうき)な血統の王女であられるアニエス姉様がいらっしゃるというのに、その姉様を差し置いて市井(いちい)(はは)を持つ(わたくし)だけがご来賓(らいひん)の方々から注目(ちゅうもく)()びてしまいますでしょう? (わたくし)、それが一番心苦(こころぐる)しくてずっと(むね)(いた)めていたのです。


ですから姉様が『剣の聖乙女』で(わたくし)はようやくその(かげ)(ひか)えられると内心(ないしん)(あま)えて安堵(あんど)しておりましたが、アニエス姉様はそんな(わたくし)の“甘え”を見抜(みぬ)いておられたのですね? それで儀式では最後(さいご)まで私に王女としての責任(せきにん)を持たせる為に儀式の『主役』でもある『剣の聖乙女』を()えて(わたくし)(まか)せようとなさったのでしょう?


ーーふふっ、なんてお(やさ)しい姉様。不甲斐(ふがい)ない(わたくし)の為を思って(みずか)ら“日蔭(ひかげ)()”になって(くだ)さるなんて。(わたくし)、そんな姉様のお気持ちに(こた)えるべく一生懸命(いっしょうけんめい)、『主役』を(つと)めますわね?


ーーああ、ですがアニエス姉様は『(ほこ)』の舞踊がお出来になられるのかしら? (わたくし)はたとえ(おど)れなくとも母が市井出の愛妾(あいしょう)ですし、まだ12(さい)子供(こども)ですもの。皆様、寛大(かんだい)な目で見守(みまも)って下さるでしょうけれど、アニエス姉様はブランノアとフォルセナ王家の『(かお)』ですものね。(わたくし)とは違って絶対に失態など出来ないでしょう? (とく)王妃(おうひ)(さま)の前ではーーー


もしよろしければ時間はあまりありませんが、この(たび)(わたくし)の為に用意(ようい)された特別(とくべつ)簡易化(かんいか)された『矛』の舞踊書がありますからお持ち致しましょうか? 子供でも直ぐに覚えられる簡単(かんたん)な踊りですからアニエス姉様であっても初見(しょけん)で大丈夫でしてよ?」



(わたし)故意(こい)(てき)にアニエスのプライドを逆撫(さかな)でするであろう言葉を逐一(ちくいち)(えら)んで口に出していると、(あん)(じょう)、アニエスの表情は不機嫌(ふきげん)(きわ)まりなく眉間(みけん)(ゆが)め口許を引きつらせて両手(りょうて)(こぶし)を固く(にぎ)りしめたまま、その肩が小刻(こきざ)みに(ふる)えている。



「け、結構(けっこう)ですわ!! そんな事よりもご自分の心配をされた方がよろしいのではなくて? その生意気(なまいき)(つよ)がりがどこまで通用(つうよう)するのかが見物(みもの)ですわね。


父上(ちちうえ)味方(みかた)につけて調子(ちょうし)()っている(よう)だけれど、あなたとて失態すれば、それが子供であろうと大衆(たいしゅう)面前(めんぜん)で国王である父上の顔に(どろ)()る事になりますのよ? ーーふん、せいぜい足掻(あが)いて皆の前で恥をかいてその厚顔無恥(こうがんむち)傲慢(ごうまん)さを思い知ると良いですわ!」



アニエスは(くや)(まぎ)れに言い()てると、(ゆか)()()らしながら周囲(しゅうい)()()たりの言葉を()びせて一人で向こうの方へ行ってしまった。私がその後ろ姿に(した)を出して(はた)迷惑(めいわく)な『嵐』を見送る。



「アニエス様! お待ち下さい。お話があります!」



神女長がそんなアニエスの後を追いかけて行く。するとローズロッテが私の(そで)をクイクイと引っ張る。



「リルディア様!! あんな事を仰ってどうなさるおつもりですの!? あれは明らかにリルディア様を困らせようとするアニエス様の陰湿(いんしつ)(いや)がらせですのよ? あの方の言う事など放っておけばよろしいのに、いくらアニエス様にお(はら)()ちであったとしても挑発(ちょうはつ)を受けて立つには時と場合がございますでしょう!?


それでなくとも矛の舞踊を覚えられたばかりなのに、いきなり『剣の』舞踊だなんて、今から覚えるには時間もありませんし無謀(むぼう)過ぎますわよ!


ーーああ、どうしましょう? そうですわ! ここはやはり皆で(たお)れてしまうしかありませんわ! 少々強引(ごういん)ではありますけれど舞台に上がった瞬間に皆で倒れてしまえば、全てはアニエス様のご責任にーーー」



そんな困惑(こんわく)するローズロッテを落ち着くように(うなが)す。



「ローズ、貴女(あなた)(あわ)ててどうするの? 少し落ち着いてよ」



「リルディア様!? そんな悠長(ゆうちょう)な事を仰っている場合ではありませんわ! このままアニエス様の思惑(おもわく)

まんまと()まっておしまいになるおつもりですの!?」



少し苛立(いらだ)ちを見せるローズロッテに私は問題(もんだい)ないと言うように左手(ひだりて)をひらひらと()る。



「そんなわけないでしょ? それも“想定内(そうていない)”よ。アニエス姉様の性格や言葉の(はし)から、多分(たぶん)「何かあるな?」とは薄々(うすうす)思っていたわ。一応(いちおう)あの人とは姉妹(しまい)だし同じ所で生活(せいかつ)している事もあって、何となくそういうのが()かるのよね」



「アニエス様のご性分(しょうぶん)がお悪いのは勿論(わたくし)(ぞん)じておりますわ。それでも“想定内”と仰られるからには何か『(さく)』でもおありですの? もう時間がありませんのよ?」



その()いに私は不敵(ふてき)()みを浮かべる。



「ふふっ、私がこの二日間、あの舞踊書と奮闘(ふんとう)していたのは覚えているでしょう?」



「え? ええ。お食事(しょくじ)もそこそこにずっとあの羊皮紙(ようひし)(こわ)いくらいに(にら)み付けておいででしたわ?」



「私があの時覚えていたのは『矛』の舞踊じゃないのよ。(はじ)めから『剣』の方の舞踊を覚えていたの」



「ええっ??」



私の言葉にローズロッテが驚いた声を上げる。



「だって、あのアニエス姉様なら私への嫌がらせで直前(ちょくぜん)で自分と私の武具(ぶぐ)()()えるとか、言い出しそうじゃない。ーーまあ、こちらの想定を裏切(うらぎ)らずに、それは実行(じっこう)してくれたのだけれど。だからアニエス姉様のやりそうな事は(あらかじ)予想(よそう)していたってわけ」



「で、ですが、実際(じっさい)にリルディア様が練習(れんしゅう)なさっていたのは『矛』の舞踊の方でしたわ?」



「ーーまあ、もしかしたら予想が(はず)れるかもしれないし、一応、覚えておくに()した事はないでしょ? それにアニエス姉様にも極力(かん)づかれない様にしないといけなかったし。


だけど実は大して『矛』の正式(せいしき)な踊りの方は何となく覚えていればよいかな?くらいで、いざとなれば簡易化の方を踊ろうと思っていたのよ。王女が簡易化された踊りなんて恥ずかしいとか、あの時は周りの目があったからああは言ったけど、そんな大層(たいそう)なプライドなんかよりも踊れなくて慌てて(あせ)っている姿を(さら)す方が確実に恥ずかしいじゃない。


だけど逆に想定外だった市井(いちい)彼女(かのじょ)(たち)が私の練習に付き合ってくれたお陰で中でも市井の『剣の聖乙女』には本当に(たす)けられたわ。やっぱり頭で覚えるよりも実際、体感(たいかん)して覚える方が早いものね」



「ああ、だからですのね? 皆で練習をしていた時にリルディア様は市井の『剣の聖乙女』に色々と聞いていらしたから」



「まあ、そういう事。それでも『剣』も『矛』も所詮(しょせん)()()()である事に変わりはないから完璧(かんぺき)に踊れるかと言えばあまり自信(じしん)はないのだけれど、それでも(おお)きな失敗(しっぱい)さえしなければ案外(あんがい)どうにかなるものよ」



「そ、それはそうですけれどーーー」



それでもまだ不安そうな顔をするローズロッテに私はそんな彼女の片袖(かたそで)を引いて自分の方へと引き寄せると、その耳元(みみもと)にこっそりと(ささや)く。



「ーーローズ、大丈夫よ? 心配しないで? それにこの私が(あま)んじて彼女の嫌がらせを受けていると思う? それなりに『報復(ほうふく)』はさせて貰うつもりよ? 実はねーーー」



「え? ええっ!? い、いつの間にーーー」



私の内緒(ないしょ)(ばなし)に驚くローズロッテに私は尚更不敵に微笑む。



「ふふっ、『()には(たて)』だなんて、冗談(じょうだん)じゃない。『刃には刃を』よ?

どうやら姉様はこの度の儀式で大勢(おおぜい)の人間の前で私に恥をかかせるおつもりなのでしょうけれど、それをそっくりお返し差し上げるわ。それでなくともご自分で『原因』をお作りなさっているのですもの“身から出たなんとやら”ってね?


ーーああ、でももしかしたら、“あれ”が苦手であれば、貴女達にも多少(たしょう)なりとも被害(ひがい)(およ)ぶかもしれないけれど、そこはまあ取り敢えず、自然界(しぜんかい)において(がい)の無い可愛(かわい)いものだから安心してもいいわよ?」



それを聞いたローズロッテの顔にはいかにも不快(ふかい)複雑(ふくざつ)そうな感情(かんじょう)が浮かんでいる。



「……………リルディア様。(わたくし)も…………“あれ”はかなり苦手な方ですわ。そして(わたくし)のみならずおそらく他の女性(じょせい)(たち)も……………


で、ですが、リルディア様? まさか“あれ”をご自分で捕まえられたーーと、いう事は勿論、ありませんわよね?」



(おそ)る恐る聞いてくるローズロッテに私はニッコリと笑いながら(うなず)く。



「勿論、自分で捕まえたに決まっているじゃない。ーーふふっ、ここの薬草園(やくそうえん)は特に(ひろ)くて大きいから、いくらでも捕まえ放題(ほうだい)ですごく(たの)しかったわ。(むかし)からお父様(とうさま)と一緒にそうやってよく(あそ)んでいたのよ。しかも“あれ”を見せると周りがキャーキャー(さけ)んで()げ回るのを見るのも楽しくて快感(かいかん)だったし。


ーーああ、そうね。今度またお父様に農園(のうえん)にでも()れて()って貰おうかしら? 久々にお父様と“あれ等”の捕獲(ほかく)(すう)(きそ)いたくなったわ。ローズロッテも一緒にどう? “あれ”も()れると意外に可愛いのよ?」



するとローズロッテが思いっきり身を引いて身震(みぶる)いする。



「い、いえ、ご遠慮(えんりょ)致しますわ。それにしてもさすがは野性(やせい)(もう)()ーーい、いえ、国王陛下の御子(おこ)(さま)ですわね。(さき)をも見通(みとお)(するど)洞察(どうさつ)(りょく)天真爛漫(てんしんらんまん)(こわ)いもの知らずーーリルディア様を拝見(はいけん)しているとまるで国王陛下を彷彿(ほうふつ)とさせるくらいによく()ておいでで、つくづく敬服(けいふく)致します」



「そう? でも大抵(たいてい)の皆は私は母様に似ていると言うわよ? ーーまあ、外見(がいけん)(うり)二つだからというのもあるけれど」



「ふふっ、それは皆様がリルディア様を表面(ひょうめん)(じょう)でしか見てはいないからですわ。リルディア様は外見はお母上似であっても、中身(なかみ)は陛下そのもの。ですから外見だけで(あなど)ると相手が(いた)い目を見ますわね。此度(こたび)のアニエス様がまさにその『例』でしてよ」



「アニエス姉様はさておき、私をそんな“(よう)注意(ちゅうい)人物(じんぶつ)”みたいな言い方しないでよ。確かに私の性分はお父様に似ているとは自分でも思っているけれど、私はお父様のように(いくさ)をしたいとも思わないし、どちらかと言えば基本(きほん)は『平和(へいわ)主義(しゅぎ)』よ?


勿論、退屈(たいくつ)なのは(だい)(きら)いだけど、それとは(べつ)にしても世の中皆が平和(へいわ)で楽しく過ごせるのなら、“事なかれ”が一番良いに決まっているじゃないの」



「……………国王陛下とそっくりなリルディア様の口からそれを聞くと、何だか複雑(ふくざつ)違和感(いわかん)すら覚えますわ………これでもし、リルディア様が世継(よつ)ぎの王子(おうじ)であられたならば、きっと我が国は安泰(あんたい)かつ平和で民達も安心して()らせるでしょうに」



「それはどうかしら? たとえ私が男だったとしても、アーノルト叔父上と同じよ。私の母様は市井の平民出なのよ。そんな私が国王になるなんて事は、余程(よほど)事態(じたい)が起こらない限り、まずあり得ないでしょ?


しかも現実(げんじつ)、私は女なのだもの。「あったならーーー」だなんて、非現実的で考えるだけ馬鹿馬鹿(ばかばか)しいと思わない? そんな事よりも、もっと現実的で生産(せいさん)(せい)のある事を考えた方が先々(さきざき)(あか)るいし楽しいじゃない?」



するとローズロッテは笑顔で私に拍手(はくしゅ)をする。



「ふふっ! 本当に仰られる通りですわ。(わたくし)、リルディア様のそういう所が大好きですのよ? そしてリルディア様の御前(おんまえ)には(つね)に真っ直ぐな(みち)しかございませんのね? どうぞリルディア様はこの先も後ろなど振り返らずに、そのまま真っ直ぐに()(すす)んで下さいませ。そんなリルディア様の後方(こうほう)(わたくし)が綺麗にして差し上げますのでご心配には(およ)びませんわ」



そして何の悪びれもなく無垢(むく)な子供のように屈託(くったく)のない笑顔で私の腕にするりと自分の腕を回してくるローズロッテを見つめ、私は小さくため息をつく。



「ーー“(るい)(とも)()ぶ”………か。結局こういう事なのよね。私も本当に良い『悪友(あくゆう)』を持って(しあわ)せだわ。でも、ローズ? 私はやはり母様にも似ているの。だから母様と同じ様に、自分で(よご)したものは自分で綺麗にするわ? (おさな)い頃は他人にやらせるのが当然にして当たり前だったけれど、今は違って、基本的には他人(まか)せにはしない主義なの」



「ええ、それは分かっておりますわ。ですから何にせよ全ては私の押し掛け苦労(くろう)ですの。勿論、リルディア様にはご迷惑(めいわく)はお掛け致しませんので、どうかお気になさらないで? ーーふふっ、それに致しましてもリルディア様も中々の『策士(さくし)』ですわね? (わたくし)次第(しだい)に儀式が楽しみになって(まい)りましたわ?」



「あら? だけど自分にも被害を被るかもしれないわよ? “あれ”苦手なんでしょ?」



「ええ、ですがそこはもう(わたくし)(はら)(くく)りましたわ。あのアニエス様の慌てふためくお姿が見られるのですもの。きっと後世(こうせい)(かた)()がれる話題(わだい)となる事でしょう。


ーーですけれど、リルディア様? お(ねが)いですから、どうか(わたくし)(そば)には、決して“あれ”を近付けないで下さいませ。気持ちと致しましては腹は括れども実際に()()たりにした時に正直に申しまして、あまり自信(じしん)がありませんの」



そんな心底(しんそこ)(いや)そうな表情でローズロッテが私の腕にしがみつく。



「ふうん。そんなに“あれ”が苦手なんだ? ローズなら結構そういうのも大丈夫かな?とは思っていたのだけれど、意外に普通のお嬢様だったのね?」



するとローズロッテは栗鼠(りす)のように(ほほ)を膨らませて()ねてみせる。



「まあ、“意外”とは心外(しんがい)ですわ? こう見えましても(わたくし)は“普通”どころか、一応“深窓(しんそう)”の貴族のご令嬢でしてよ? それに大抵(たいてい)の女性であれば、“あれ”は殆どの皆様が苦手なはずですわ。


リルディア様にしてみれば大袈裟(おおげさ)に思われるかもしれませんが、貴族のご婦人(ふじん)方の中には、“あれ”が(からだ)に付いただけでも卒倒(そっとう)される方もいらっしゃるとか。それを平気(へいき)だと仰られるリルディア様の方が“特別”なのですわ!」



「卒倒って、女が自分をか(よわ)く見せる為に使う常套手段(じょうとうしゅだん)でわざとじゃないの? あんな自然の一部(いちぶ)の小さな生き物なのに体についたくらいで気絶(きぜつ)するなんて、そちらの方が(しん)じられない。


確かに中には(どく)を持つものもいるかもしれないけれど、その他は殆んどが無害(むがい)で、(ぎゃく)に人の(やく)にたっているのだっているのに私なら素手(すで)でだって(さわ)れるわよ?」



それを聞いたローズロッテが小さく悲鳴(ひめい)を上げて私の腕を慌てて離すと、私から少し距離(きょり)を取った状態(じょうたい)で自分の体を小さく(ちぢ)こませる。



「触れるって、まさか今回の“あれ”も素手で?」



「ああ? 捕まえる時は(あみ)()(えだ)を使ったけれど、仕込(しこ)むのは素手でやったわよ?」



「ひっ! リ、リルディア様。もう結構ですわ! それ以上、何も仰らないで!!」



そんな(おび)えるように尚更私から距離を取るローズロッテの反応を見て、以前、私と父が“あれ”を捕獲(ほかく)して持ち帰り、(しろ)侍女(じじょ)達に見せた時の反応をふと思い出し、またあの時のような悪戯心(いたずらごころ)がムクムクと(よみがえ)る。


そして自然とにやけ顔を浮かべたまま、両手(りょうて)(ゆび)(あや)しげに()み揉みと動かしながら私から距離を取っているローズロッテとの間を縮めるようにゆっくりと近付く。



「うふふっ、ねえ? ローズ? やっぱり今度一緒に農園に行きましょうよ? ああ、(もり)の中でもいいわね。“あれ”の捕り方を教えてあげるわ。そしていつも、とりすました貴族の令嬢達に“あれ”を見せてみない? きっと普段とは違う姿が見られて、すごく楽しいわよ?」



「リ、リルディア様? お顔がすごく怖いですわ? しかも手の指の動きも不自然でいかがわし過ぎますわよ。あ、あの、折角(せっかく)のお(さそ)いなのですけれど、私は、け、結構ですわ。実のところ農園も森もあまり好きではありませんの」



「ふうん? でも貴女のお屋敷(やしき)では私へのサプライズのお茶会(ちゃかい)で森の中を演出(えんしゅつ)して作られていたじゃないの」



ジリジリと()()る私から逃げるように(おび)えた様子で後退(こうたい)するローズロッテが何とも面白(おもしろ)くて仕方(しかた)がない。



「それは、雰囲気(ふんいき)重視(じゅうし)しての演出ですから現実とは違いますわ」



「あら? それにドレスにも(ちょう)(はね)がついていたわ? そんな蝶だって“あれ”と同じ仲間(なかま)じゃないの。なのにどうして嫌がるの?」



「い、いくら同じ仲間でも蝶と“あれ”では全然違いますわ!? だからこそリルディア様もアニエス様の仕返しを思い付かれたのではありませんの?


とにかくですわ! 今はそれどころではありませんでしょう? 儀式が始まる本番(ほんばん)までに少しでも踊りの復習(ふくしゅう)を致しましょう? (わたくし)も一緒にお手伝い致しますわ」



「フッ、もう今更足掻(あが)いても仕方ないじゃない? それにいざとなったら貴女の提案(ていあん)通り気絶すれば良い事だし大丈夫よ。ふふっ、まさか自分から常套手段を使うなんて思わなかったけど。


ーーねえ、そんな事よりもローズ? 遠慮しなくてもいいのよ? “あれ”をどうやって捕まえたのか貴女に教えてあげる。このくらいの大きさの“あれ”を見つけたらまず木の枝でこうやってね? それからーーー」



「いやあぁぁーー聞きたくありませんわ!! リルディア様! それ自体(じたい)こそ“そんな事”ですわ!! 今、私達(わたくしたち)重要視(じゅうようし)しなければならないのは儀式の方ですわよ。


それに現実逃避(げんじつとうひ)などリルディア様らしくもありませんわ? しかも『相手』が違いますでしょう? リルディア様の標的(ひょうてき)は『アニエス様』であって、『私』ではありませんわよね?」



私は追い詰められて焦りながらも後ずさっていくローズロッテに一定(いってい)の距離を取って近付いていた私は、やはり指先を動かしながら端から見ても怪しいであろう笑顔で微笑む。



「うふふっ、そうなんだけれど、ローズ、貴女は忘れているわ。私は世間ではまだ『子供』なのよ? だから現実逃避だろうと何をしても(ゆる)される年齢(ねんれい)なの。尚更儀式なんてどうでもいいわ。しかも今はアニエス姉様の事よりもローズの反応の方が面白(おもしろ)いんだもの。


ーーふうん? でもそんなに怯えるほど“あれ”が苦手だとは知らなかったわ? それじゃあ、ローズがこんな状態になってしまうのだから、アニエス姉様の時は一体どんな風になるのかしらね? ねえ? ローズもそうは思わない?」



「リ、リルディア様! 都合の良し悪しで『子供』を使い分けるだなんてズルいですわよ!? しかもお願いですからそれ以上近付かないで下さいませ! その雰囲気が何故か怖いですわ。それに指の動きがいかがわしいと申し上げましたでしょう!? (たわむ)れにもほどがありましてよ? (わたくし)に何をなさるおつもりですの!?」



「何をってーーそれを私に言わせたいの? ーーフッ、私に何をして欲しい?」



その瞬間のローズロッテの表情は本当に面白かった。一瞬固まったかと思うと口をパクパクと開いて『こ、国王陛下のご降臨(こうりん)ですわ!!』ーーなどと意味(いみ)不明(ふめい)な事を(さけ)び、しかも脱兎(だっと)(ごと)く、それは素早い(いきお)いで逃げていった。


そんなローズロッテにも意外に可愛らしい一面もあるのだなと思いながら、慌てて逃げて行く彼女の後ろ姿を見てクスクスと笑う。そうして私は一人になり両腕を上げて体をひと()びさせてから一息(ひといき)つくと、この神女の館から見えるこの後、儀式の執り行われる大神殿を見つめながら、大きく深呼吸(しんこきゅう)をする。



「ーーさて、と。 ローズのお陰で姉様から()けた苛々(いらいら)解消(かいしょう)も出来た事だし、いざ出陣(しゅつじん)と致しますかーーー


………………アリシア、来ているのかな? ーー来なければいいのに」



今ここにローズロッテの姿がないからこそ(つぶや)けるもう一つの本音(ほんね)ーーー


心の底でアリシアが許せないという自分がいるのと同時に、ローズロッテ達と(とも)にアリシアに対して悪い事をしようと(たくら)んでいるのを戸惑(とまど)っている自分が存在(そんざい)する。


ここまできて後に退()けないことは分かっている。けれど私の中の(わず)かに(のこ)良心(りょうしん)とでもいうのだろうか? そんな決意(けつい)(にぶ)らせるかの(よう)に、心にチクチクと幾度(いくど)(とげ)()してくる。



ーーローズロッテ達はアリシアに分相応(ぶんそうおう)というものをわきまえさせて調子(ちょうし)()らせないように“一度(いちど)人前で恥をかかせる”ーーというのが今回の『計画(けいかく)』の主旨(しゅし)だった。


勿論、アリシアに暴力(ぼうりょく)をふるう事などは決して無く、ちょっとした悪戯で困らせて()らしめるだけなのだと言う。具体的(ぐたいてき)内容(ないよう)についてはローズロッテが私には知る必要(ひつよう)がないと言って教えてはくれない。全ては自分達が動くので私はローズロッテの指示(しじ)(どお)りにしていれば良いのだそうだ。


それならば私がいなくとも関係なしに事を()せるとも思うが、そこは私がいる事で動きやすくなり尚且(なおか)つアリシアに対して不快(ふかい)な思いを(いだ)く者同士(どうし)(たが)いにその不満(ふまん)を解消出来るとあって、私はローズロッテ達の『計画』に賛同(さんどう)した。


ローズロッテの言葉を信じるならば、アリシアはちょっとだけ私達に意地悪をされて恥ずかしい思いをするだけだ。それに貴族社会では苛めなどよくある事で、もっと悪質(あくしつ)な嫌がらせも(すく)なくはない。それに(くら)べれば、私達の報復(ほうふく)行動(こうどう)など(たん)なる可愛げのない意地悪にしか過ぎない。


だからアリシアへの仕打(しう)ちはいつもの令嬢達への意地悪の一環(いっかん)なのだーーまして子供の喧嘩(けんか)のようなものに心が(いた)むはずはないーーー



そう思うのに、考える度に胸の奥がモヤモヤとして、痛むはずがないのに小さな棘が幾つも刺さっている感じがするーーー


(…………もし、この事をクラウスが知ったら…………)


私はその度に頭に浮かぶ言葉を吹き消すように大きく首を振って、頭の中からかき出してしまうと再び深呼吸をしながら快晴(かいせい)青空(あおぞら)を見上げて呟いた。



「ーー長い一日になりそうね」






【20ー終】




















































































































































































































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