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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
43/78

奉納祭【3】~花迷惑/薬草園/リルディアの腕輪

【19】





ーーそして儀式(ぎしき)時間(じかん)刻々(こくこく)近付(ちかづ)(ころ)私達(わたしたち)は儀式の衣装(いしょう)着替(きが)えて(ひか)えの()(あつ)まっていた。


祝福(しゅくふく)聖乙女(せいおとめ)』の衣装(いしょう)は、(みな)(そろ)いの(しろ)薄地(うすじ)のふわりとしたシフォンドレスに、(あたま)には花冠(かかん)胸元(むなもと)手首(てくび)には花飾(はなかざ)りを()けるのが正装(せいそう)である。


しかしそんな(なか)でアニエスただ一人(ひとり)だけが協調性(きょうちょうせい)もどこへやら、(かみ)やドレスに薔薇(ばら)百合(ゆり)などの花を(あふ)れんばかりに沢山(たくさん)付けて(あらわ)れた。当然(とうぜん)神女長(しんにょちょう)がその姿(すがた)(とが)めるも、一方(いっぽう)のアニエスはーーー



「『祝福の聖乙女』の規定(きてい)には花飾りで使(つか)う花の種類(しゅるい)(かず)までは明記(めいき)されてはおりませんわ。ですからどのような花をどれだけ使おうとも“規定違反(いはん)”にはなりませんでしょう?」



ーーと反論(はんろん)し、(たし)かにアニエスの()(とお)り『聖乙女』の規定にはそのようなことは明記されてはいなかったので、そこを指摘(してき)されては、規則(きそく)(おも)んじる神女長には、さすがにそれ以上(いじょう)(つよ)くは言えず、結局(けっきょく)一人(ひとり)だけ全身(ぜんしん)を沢山の花で飾り付けた派手(はで)な『聖乙女』が6(にん)の中でおもいっきり()きまくっていた。


そんなアニエスは(わたし)とローズロッテを見て、()(ほこ)ったように(わら)う。



「クスクスッ、あなた(たち)随分(ずいぶん)と『地味(じみ)』な格好(かっこう)ですのね。市井(いちい)(むすめ)(たち)(おな)じ姿なのですもの。(だれ)が誰なのか(まった)()かりませんでしたわ?」



私達を()()ろすように嘲笑(ちょうしょう)するアニエスをローズロッテがじっと見つめる。



「アニエス(さま)?? その沢山のお花は一体(いったい)どうなされましたの?」



小首(こくび)(かし)げるローズロッテの()いに、アニエスは得意気(とくいげ)微笑(ほほえ)む。



「『祝福の乙女』のお(いわ)いで、わたくし(おく)られてきた(かず)(おお)くの花束(はなたば)の中から調達(ちょうたつ)(いた)しましたの。(かん)えてもご(らん)になって? (わたくし)のような高貴(こうき)血統(けっとう)王女(おうじょ)が、市井の娘達と同じ格好をしなければならないだなんて。(わたくし)本日(ほんじつ)奉納(ほうのう)試合(じあい)優勝者(ゆうしょうしゃ)宝剣(ほうけん)授与(じゅよ)するお役目(やくめ)(にな)っておりますのよ?


そんな沢山の貴族(きぞく)来賓客(らいひんきゃく)皆様(みなさま)(がた)()()れる()で、王女である(わたくし)がそのような格好など()ずかしいではありませんの。


しかも身に付けるのものが、そのような地味な衣装に地味な花飾りだけだなんて、市井の娘達にはお似合(にあ)いでも(わたくし)のような高貴な者には全く相応(ふさわ)しくはありませんわ! けれど『聖乙女』の衣装は規定であるので()えられないのですって。ですから花飾りの方は王女の(わたくし)の身を飾るに相応しい花を(えら)びましたのよ? ふふっ、どう? 綺麗(きれい)でしょう?」



そう言って、アニエスは上機嫌(じょうきげん)にくるりと優雅(ゆうが)にその場で(まわ)って見せる。するとアニエスの髪や体を飾っている沢山の薔薇や百合の(つよ)(かお)りが(あた)りに(ひろ)まって、その()()じった香りの強さに私達は思わず(かお)(しか)める。



「………アニエス様。(たし)かに綺麗ではありますけれど、でも花飾りにしては少々(しょうしょう)(おお)()ぎませんこと? しかもそのように沢山(からだ)にお飾りになるのは、おやめになられた方がよろしいですわ。ーー後々(のちのち)大変(たいへん)ですわよ?」



(めずら)しくローズロッテがアニエスに忠告(ちゅうこく)(うなが)すもアニエスはふふん、と自慢気(じまんげ)に笑うだけだ。



「あら? (うらや)ましくて? (なん)でしたらあなた達も(わたくし)真似(まね)をなさってもよろしくてよ? あなた達の(ところ)にも花束は贈られているのでしょう?」



それにはローズロッテが(くび)(よこ)()る。



「いいえ、私達(わたくしたち)はこのままで十分(じゅうぶん)ですわ。アニエス様がそれでよろしいのでしたら、(べつ)()いのですけれど……… ーーお体にはご自愛(じあい)あそばせ?」



「ご自愛? ーーまあ、よろしいわ。それにしても貴族のご令嬢(れいじょう)でありますのに、下々(しもじも)の者と同じ姿で良いだなんて、本当(ほんとう)()わっていらっしゃること。 これでは私だけが儀式で目立(めだ)ってしまうではありませんの。ーーほほほ」



ローズロッテの言葉にアニエスは一瞬(いっしゅん)首を(かし)げたが、()ぐに(たい)して気にする様子(ようす)もなく、ワザとらしく高笑(たかわら)いをしながら、(おお)きな姿鏡(すがたかがみ)(うつ)る自分の姿に、うっとりとした視線(しせん)()ける。



「んん、こうして見ると、まだ、()りない()もしますわね? やっぱり髪飾りの花がもう(すこ)しあった方が良いかしら? それに(かた)の方にも、もっと大きな花を付けた方がより(はな)やかですわよね」



アニエスの(つぶや)(ひと)(ごと)に私は思わずギョッとする。



ーーえっ?? まさか、あれ以上(いじょう)、まだ飾るつもりなの?? あんなに全身(ぜんしん)花だらけなのに、ドレスなんて花に(かく)れてしまって(ほとん)ど見えないじゃない!!


しかも何? この入り混じった強烈(きょうれつ)な花の香りは!? まるで舞踏会(ぶとうかい)(あつ)まる貴婦人(きふじん)達の付けている香水(こうすい)の入り混じった香りと同等(どうとう)か、それ以上のものよ? それにいくら何でもあれは花の付け過ぎよ! 綺麗だからって付ければ良いってものじゃないわ。限度(げんど)という言葉(ことば)を知らないのかしら?


ーーくっ、それよりも香りがキツ過ぎて、一緒にいると具合(ぐあい)が悪くなりそうだわ。



私は自分の(はな)を隠すように、肩に掛けたドレスのベールで口許(くちもと)(おお)っていると、周囲(しゅうい)の人達も私と同じ(よう)に口許を覆うかアニエスから大きく距離(きょり)をとって(はな)れている。


そんな状況(じょうきょう)にも(かか)わらずアニエス一人(ひとり)だけが周りの様子に気付く事もなく、やはり花飾りをつけ直しに行くと言って、神女長(しんにょちょう)()めるのも全く聞かずに自分の部屋(へや)にさっさと(もど)って()ってしまった。


そんな彼女(かのじょ)(ある)(うご)きに()わせて、その強烈な花の香りの(のこ)()が、視界(しかい)にも見えてしまうのではないかと言うくらいに(ただよ)い、周囲の神女達はアニエスの姿が見えない事を確認(かくにん)すると、(みな)一斉(いっせい)(まど)という窓を()(はな)つ。


私も開け放たれた窓の方に移動(いどう)すると、(そと)新鮮(しんせん)空気(くうき)を大きく深呼吸(しんこきゅう)をして木々(きぎ)から放たれる清涼(せいりょう)な香りでアニエスによって麻痺(まひ)してしまった鼻を(いや)していると、ローズロッテも私の(となり)に移動してきた。



「アニエス様にも(こま)ったものですわね。自己(じこ)顕示欲(けんじよく)もあそこまで強過ぎると、かえって周りに(あく)影響(えいきょう)(あた)えますわよ」



そんな(あき)(かえ)っている様子のローズロッテに、私も苦笑(にがわら)いを()かべる。



「でも、ローズ? 貴女(あなた)、珍しくアニエス姉様(ねえさま)に花の付け過ぎを忠告していたじゃない。いつもなら(ほう)っておくのに」



するとローズロッテは大きく肩を(すく)めながら声を(おと)としてこっそりと口を開く。



勿論(もちろん)、アニエス様の個人的(こじんてき)な事であれば、当然(とうぜん)、放っておきますわよ。ですがあの花飾りの付け過ぎに関しては一緒にいる私達にも被害(ひがい)(こうむ)るので、『やむを()ず』ですわ」



「確かにね。あれはいくら何でも付け過ぎだわ。しかもあんなに香りが強烈なのに、そんな強い香りの花ばかりを付けている本人(ほんにん)が全く平気(へいき)であるのが(しん)じられない。私はあの香りで何だか(むね)(あた)りがムカムカしてきて具合が悪くなりそうよ」



私は顔を(しか)めたまま、思い出したように胸を押さえていると、そんなローズロッテもハンカチを取り出して口許を押さえながら、私だけに聞こえるように(さら)小声(こごえ)(ささや)く。



「本当にそうですわ。あの方は儀式を失敗(しっぱい)させようとなさっているとしか思えませんわね。しかもあの薔薇と百合は最近(さいきん)品種(ひんしゅ)改良(かいりょう)された『女神(めがみ)芳香(ほうこう)』と呼ばれる幾多(いくた)ある花の中でも(もっと)も芳香の強い特別(とくべつ)品種ですわ。


まだ(つく)られている(かず)も少ないので貴族の(あいだ)ですらも非常(ひじょう)に手に入りにくいと言われている大変貴重(きちょう)希少(きしょう)品種でもあるのですけれど、その見た目も大変(うつく)しく一輪(いちりん)の花だけであってもその芳香は、さすがは『女神の芳香』という(かんむり)が付いているだけあって、(ほか)の品種と(くら)べて(ぐん)()いて素晴(すば)らしいのですが、


(ひと)つだけ厄介(やっかい)な事にあの品種の花の(みつ)(とく)に香りが強い事もあって、あのように髪や体に付けると、(しばら)くはあの強い香りがいくら(あら)っても取れないという唯一(ゆいいつ)難点(なんてん)がありますのに、きっと、アニエス様はその事をご存知(ぞんじ)ないのですわね。


それをあの(よう)に沢山身体中に付けておしまいになるなんて。それでなくとも香料(こうりょう)というものは、気温(きおん)体温(たいおん)反応(はんのう)して香るものですのに。今はまだ朝方(あさがた)ですから、この程度で()んでおりますけれど、気温が()がる日中(にっちゅう)はそれこそ大変ですわよ? まして本日(ほんじつ)はこの晴天(せいてん)の大変良いお天気(てんき)な上、儀式での舞踊(ぶよう)もありますでしょう?


いくら舞踏会やお茶会(ちゃかい)(せき)普段(ふだん)から香水の香りには()れていらっしゃるアニエス様と言えども、この(さき)、あの花の香りが更に強くなれば、さすがに()えられるとも思えませんわ。


しかもいくら洗っても落ちないのですもの。(だれ)もアニエス様には近付(ちかづ)けない上、そのご本人も少なくとも数日間(すうじつかん)は、ご自分から香る(にお)いに具合が悪くて(くる)しまれるのではないかしら? ですからわたくし一応(いちおう)ご忠告(もう)()げましたのに、ご本人が良いと(おっしゃ)るのですもの。仕方(しかた)ありませんわよね?」



飄々(ひょうひょう)確信犯(かくしんはん)(てき)に語るローズロッテに、私は呆れ顔で小さく首を竦める。



「それは“自分達に被害が被るから、やむを得ず”だからでしょう? それでも“その事”を知っていて本人に教えないのは貴女らしいわね。それを知っていたらいくら姉様だってあの沢山の花を直ぐにでも取り去るでしょうに。しかもそうすれば私達の方にも被害は被らないのではないの?」



私はローズロッテにそんな彼女の矛盾(むじゅん)態度(たいど)に対して()うと、ローズロッテが小さく(ふく)みのある笑みを浮かべる。



「それはそれ、これはこれ、ですわ? 普段から高慢(こうまん)我儘(わがまま)なあの方に知らしめる絶好(ぜっこう)機会(きかい)ですもの。しかもこれはご自分で()いた(たね)ですのよ? もしこれが大切なご友人であるリルディア様であれば絶対にお教え致しますけれど、わたくし、あの御方とはそのような(した)しい間柄(あいだがら)ではありませんし。それにあの方はご自分で恥ずかしい思いをなされば、少しはあのような我儘も(あらた)めるかもしれませんわ。それとも、リルディア様は姉上様に“花の事”をご親切(しんせつ)にも教えて()()げますの?」



ローズロッテのその言葉に私は尚更大きく手を広げて大きく肩を竦めて見せる。



「私が? まさか? 私が彼女にそんな親切心を持つだなんて、これっぽっちもあると思う? もし私がローズの立場でも同じよ。特に(きら)いな人間(にんげん)自業自得(じごうじとく)で失敗する姿を見られるのなら、たとえ自分に多少(たしょう)なりとも被害は被ったとしても絶対に教えたりなんかしないわ。


それでなくとも普段から嫌味ばかり言われて、気分を悪くさせられているのだもの、だからこそ、そんな彼女の(なさ)けない姿を見られたら、気分がスッとするじゃない」



そう言う私の意地(いじ)の悪さも相当(そうとう)だーーー

これがあの善人(ぜんにん)(かたまり)のアリシアならば、相手(あいて)()る事を()かっていて(だま)っている事など絶対にしない。それがたとえ自分にどんなに意地悪な人間であったとしてもーーー



するとローズロッテはクスッと笑いながら、またいつものように私の左腕(ひだりうで)に自分の腕を(から)めてくる。



「ふふっ、ですわよねぇ~? ーー大きな声では申せませんけれど、(じつ)(わたくし)もあの御方のいつも高慢で得意気なあのお顔が(くず)れるのかと思うと、今から(たの)しみなのですわ。


けれど見返(みかえ)りとして、私達は儀式の最中(さいちゅう)ではあの香りに耐え(しの)ばなければならないのですから大手(おおで)(たた)いて(よろこ)ぶ事は出来ないですわね。何しろあれだけの強い香りなのですもの。大神殿(だいしんでん)大広間(おおひろま)は広いのですけれど、私達は舞台(ぶたい)の上ですからアニエス様からは中々距離(きょり)は取れませんし。


………そうですわね。それでも極力(きょくりょく)アニエス様とは距離を取り、どうしても(そば)にいなければならない時は鼻からの呼吸(こきゅう)を止めて口で呼吸するしか方法(ほうほう)がありませんわ。少々、面倒(めんどう)ではありますけれど、ずっと(つづ)くわけではありませんもの。


それでも駄目(だめ)であれば最終的には具合が悪くなったという事で、(みな)(たお)れてしまいましょう? 事実、あの香りはそれだけの効力(こうりょく)があり過ぎるほどにありますもの。誰もが皆、納得(なっとく)する理由(りゆう)には十分ですわよ。そうすれば儀式の不名誉(ふめいよ)失態(しったい)にもなりませんわ。そこは市井の彼女達にもお話して協力して貰いましょう? ーーでは早速(さっそく)()()わせを」



ローズロッテは言うなり、私達から離れた所にいる市井の彼女達を呼び寄せる手招(てまね)きをするも私はそんなローズロッテの腕を逆に引っ張る。



「リルディア様?」



「ローズ、大丈夫よ。あの香りをどうにかする秘策(ひさく)はあるのよ。だからあくまで倒れるのは“最終(さいしゅう)手段(しゅだん)”ね?」



そんな私の言葉にローズロッテは不思議(ふしぎ)そうに首を傾げている。



「秘策? ですの??」



「ええ、そうよ。『香りに対抗(たいこう)するには香りで』と言う事よ。そして丁度(ちょうど)美味(おい)しい具合(ぐあい)にここは大神殿であり、ここの薬草園(やくそうえん)には沢山の薬草が栽培(さいばい)されている事は貴女も知っているでしょう?


そこで安息(あんそく)効果(こうか)のある薬草ハーブ(しゅ)と強い香りのミントの()()(つぶ)してそれを鼻の中に()ると、持続性(じぞくせい)(みじか)いけれど、鼻に塗ったそれが(ほか)から入ってくる匂いを打ち()してくれるのよ。



【注:あくまで作者の想像による方法なので絶対に真似しないで下さいね。現実では間違いなく害があると思います】



勿論(もちろん)、鼻に塗ったものは薬草だから体に(がい)も全く無いし、香りも空気空気(くうき)が通るような清涼感(せいりょうかん)があるから、ちょっとだけ(つめ)たい感覚(かんかく)はあるけれど特に(いや)な感じはしないと思うわ? まあ、感じ方には個人差(こじんさ)もあるから、これはあくまで私の感覚で言うのだけれどね? でも、安心しても良いと思う。それは私も普段から使っている方法だから、(すで)実証(じっしょう)()みではあるのよ?」



するとローズロッテの目がキラキラと(かがや)いて私を尊敬(そんけい)するような眼差(まなざ)しで見つめてくる。



「まあ! さすがはリルディア様! 大変な物知(ものし)りでいらっしゃいますのね? わたくし ますますリルディア様を尊敬いたしますわ! けれどそのような方法があるのでしたら、もっと早くに(わたくし)にもご伝授(でんじゅ)して(いただ)きたかったですわ? 私も毎回(まいかい)、貴族の皆様方の様々(さまざま)な香水の混じったあの香りには、慣れているとはいえ、不快(ふかい)(ともな)うのは仕方がないと思っておりましたのに。


ですがその方法さえ知っていれば、もうこの先どんな行事(ぎょうじ)があろうとも不快な思いをしなくても済みそうですわね。教えて下さりありがとうございます。リルディア様」



まるで子供のような笑顔で嬉しそうにニコニコと微笑(ほほえ)むローズロッテに、何となしに複雑(ふくざつ)な気分を覚える。これは私も()()りで教えてもらった事なので、決して私の知恵(ちえ)ではないからだ。



「そ、そう。それはよかったわ? けれど私は物知りとか、そんな大層(たいそう)な事ではないわよ? 私も人から教えて貰っただけで、そんな何でも知っているわけではないの。だから過剰(かじょう)期待(きたい)しないで?」



ーーそう、これは、私が今よりもう少し(おさな)(ころ)難産(なんざん)()まれたという事もあって、私は生まれつき体が(よわ)く何かがあると()ぐに体調(たいちょう)(くず)して具合が悪くなる体質(たいしつ)だった。


なので貴族の(あつ)まる(もよお)しがある(たび)に様々な香水の入り混じった香りに()って、度々(たびたび)具合が悪くなる私を見かねたクラウスが自分が薬学(やくがく)(たずさ)わっている事もあり、この方法を私に処方(しょほう)してくれたのだ。


それでも今ではあの頃とは(ちが)い、私の体も成長(せいちょう)した事に伴い(ちち)が少しでも私の体を丈夫(じょうぶ)にする(ため)(つね)(そと)に私を()れ出して自然(しぜん)(つち)植物(しょくぶつ)そして()(もの)などに(じか)接触(せっしょく)させていた事もあり、


そんな父の献身的(けんしんてき)努力(どりょく)のお(かげ)もあって、私の体はある程度抵抗力(ていこうりょく)もつき丈夫にはなったので今では特に体が弱いという事はないが、それでもやはり一般(いっぱん)の人達から比べると体調は崩しやすい方なので医者(いしゃ)からは日頃(ひごろ)の体調管理(かんり)には特に気を付けるように言われてはいるーーー


けれど自分的には周りが心配するほどか弱くもないとは思うのだが、私の周りが心配性や過保護(かほご)な人間が多いので取り()えず体調には気を付けてはいる。



私は否定(ひてい)の意味も込めて左手(ひだりて)左右(さゆう)に振っていると、ふいにその手をローズロッテに(つか)まれる。



「ーーリルディア様? 腕輪(うでわ)を付けたままでしてよ? こうしてよく見ると()わった装飾(そうしょく)ですのね? そういえばリルディア様はいつもこの腕輪を付けていらっしゃいますけれど、そんなにお気に入りですの?」



ローズロッテに指摘(してき)され、私は意図(いと)(てき)に花飾りで隠していた自分の左腕の腕輪を見つめる。



「ーーああ、花飾りで隠していたのだけれど、やっぱり目立つかしら?」



「いえ、目立つというほどではありませんけれど、ここのところ、ずっとそれしか身に付けておられないから、いつか(うかが)ってみようとは思っていましたわ? しかも腕輪にしては私達(わたくしたち)が使っているものとは少し違いますでしょう? ですから興味(きょうみ)がありますの」



「………これはお気に入りというよりも私の大切(たいせつ)なものなの。一応、どんな衣装(いしょう)に合わせても違和感(いわかん)がないように特注(とくちゅう)で作らせたから、華美(かび)な装飾は(ほどこ)さず付けていても自然な感じに見えるようにはしてあったのだけれどーーー」



ローズロッテは私の腕輪を見つめながらも小首を傾げている。



「まあ? (おく)られた(しな)とかではなく、リルディア様ご自身(じしん)がお作りになられた物でしたの? …………確かに、大変(しつ)の良い出来ではありますけれど、失礼(しつれい)承知(しょうち)で申し上げてしまいますが、リルディア様のような御方(おかた)がその身にお付けになられるには少々質素(しっそ)な装飾の腕輪ではありませんこと?


それに以前までは、もっと王女様の身を飾るに相応(ふさわ)しい美しく可憐(かれん)な装飾の物を(この)まれて、身に付けられておられたではありませんの。率直(そっちょく)に申しませば、そちらの方がリルディア様のお美しいご容姿(ようし)には相応しいと思いますわ? それとも趣向(しゅこう)がお変わりになられましたの?」



そんな彼女の疑問(ぎもん)に私は小さく笑う。



「そういうわけではないのよ。勿論私だって綺麗で可愛い装飾品は今でも変わらす大好きだわ。だけどこれはとても大切な物だから、絶対に()くさないように(つね)に身に付けておきたいの。それで着ているドレスを選ばない、しかも他人の興味も()かないような装飾にしたのよ。だから貴女だって、私がこれを身に付けるようになってから結構(けっこう)()()っているけれど、今までは指摘などしてはこなかったでしょう?」



「ええ、お気に入りの装飾品を常に身に付けておられる方は、そう(めずら)しくはありませんもの。ーーですが、リルディア様が常に身に付けておかなくてはならないほど大切な物だなんて。形見(かたみ)………というわけでもありませんわよね? リルディア様のお身内(みうち)最近(さいきん)()くなりになられたという方は聞いた事もございませんし、しかもそれはリルディア様がお作りになられたのでしょう? 一体どういった物なのか、お聞きしてもよろしくて?」



「………これはある意味“願掛(がんか)け”でもあるから(くわ)しくは言えないわ。けれどこれはある約束(やくそく)の大切な『(あず)かりもの』なの。だからその約束が()たされた時に、これを返す事になっているのよ。だからそれまでは絶対に失くせない。ーー失くさないと約束したのよ」



私は自分の左腕の腕輪を見つめながら、その(こぶし)をギュッと(にぎ)る。そんな私の様子にローズロッテは戸惑(とまど)いつつも、そっと私の腕から手を(はず)す。



「………そのような事情(じじょう)がおありでしたのね。ですが、リルディア様?『祝福(しゅくふく)聖乙女(せいおとめ)』の規定(きてい)では規定以外の装飾品を身に付ける事は禁止(きんし)されておりますのよ? これが神女長(しんにょちょう)に見つかってしまえば、(かなら)ず指摘されてしまいますわ。ですから本日(ほんじつ)だけでも、それを外された方がーーー」



「ーーその(とお)りです。リルディア様」



(りん)とした真っ直ぐなその声に、心臓(しんぞう)が大きく鼓動(こどう)()ち振り返ると、いつからそこにいたのか、神女長と市井の3人の少女(しょうじょ)達が()っていた。



「リルディア様。大変申し訳ありませんが、『祝福の聖乙女』の規定では、規定以外の装飾品を身に付ける事は一切(いっさい)禁止されております。たとえそれが王女様であってもです。ですから本日はその腕輪はお外し下さい」



ーーああ、やっぱり見つかってしまうわよねーーー


やはりそうなるとは思ってはいても、私もこればっかりは絶対に(ゆず)れない。




「………神女長。貴女の言う事も分かってはいるわ。けれどそれだけは絶対に聞けないわ。これは私にとってとても大切な物なのよ。だから誰が何と言おうと絶対に外さない…………」



それでも神女長はアニエスの時と同じように、私にも毅然(きぜん)な態度で首を小さく(よこ)に振る。



「リルディア様。これは『規定』なのです。いくら大切な物であるとしても(したが)って(いただ)かなくては、規定をきちんと(まも)っている他の方々への(しめ)しがつきません。そして一国(いっこく)の王女としてのお立場(たちば)にある聡明(そうめい)な貴女様であれば、それはご理解(りかい)下さると思っています。ですからその腕輪は私共(わたしども)責任(せきにん)()って大切にお預かり致しますので、せめて儀式が()えるまでは、どうかお外しになって頂けませんか?」



アニエスの時と同じだと思っていたが、何故(なぜ)か神女長は態度は変わらず毅然とはしているものの、そんな私に対しては幾分(いくぶん)(やわ)らかい話し方をし、しかも気を(つか)っているかのような感じさえもする。けれどここはいくら私に緩和(かんわ)した“お(ねが)い”とも取れる話し方であったにしろ、勿論、絶対に退()くわけにはいかない。



「ーー駄目(だめ)よ。言ったでしょう? 誰がなんと言おうと絶対に外さないって! 神女長、貴女は私を()(かぶ)っているわ? 私は聡明でも何でもなく、王女であるとは言っても、アニエス姉様のような高いプライドなんてさほど持ち合わせてはいないのよ。だから『規定』を(やぶ)ったところで、私が周りから何を言われようが(まった)(かま)わないわ。


それに貴女はそのように『規定』を守るよう言うけれど、私から言わせて(もら)えば、この私が『祝福の聖乙女』になっている事自体が、もう(すで)に“規定違反”じゃないの!


私は元より『祝福の聖乙女』なんて全く興味もないし、当然なるつもりも無かったからずっと(ことわ)(つづ)けていたでしょう? それなのに大神殿側が、国王(こくおう)であるお父様(とうさま)に手を回してまで私に承諾(しょうだく)させざるを()なくしたんじゃない! そういう自分達が既に『規定』を破っているのに私をどうこうとは言わせないわよ?


ーーああ、貴女を()めているわけではないのよ? 貴女も『神女長』という立場上、どうしても言わなければならないのは勿論、理解しているわ? けれど、私にも退けない“事情”があるのよ。だからこの腕輪は絶対に外さないし、私以外の他の誰にも預けられない。たとえそれがお父様であっても絶対に預ける事など出来ないわ。


それでも駄目だと言うのなら、私は今この()奉納祭(ほうのうさい)の儀式は勿論の事、全ての行事の参加(さんか)放棄(ほうき)するわ。そもそも儀式なんてものは私個人にとってはどうでも良い事なのよ。それが王族のくせに“責任放棄”だと言われようが、私は自分の意思を()げてまで嫌々(いやいや)従うつもりはないわ。


ーーご存知(ぞんじ)だとは思うけれど、お父様ーー国王様は私のお願いなら何でも聞いて下さるの。だから私が本気で嫌だと言えば周りの有無(うむ)など関係(かんけい)なしに私の意思を尊重(そんちょう)して下さるのよ? 


だから大神官長には、私がそう言っていたと(つた)えて下さる? そうすれば貴女は職務(しょくむ)(まっと)うしているのだもの。また第四(だいよん)王女(おうじょ)我儘(わがまま)が出たかと言って、貴女自体が(とが)められる事はないはずよ?」



私は神女長を真っ直ぐに見据(みす)えながらも、殆ど(おど)しとも取れる発言(はつげん)で自分の権力(けんりょく)最大限(さいだいげん)行使(こうし)する言葉を使う。いくら規律(きりつ)厳格(げんかく)な神女長とは言えど、私にそれを言われてしまっては彼女の立場上、もう何も言う事は出来ないだろう。


ーーなどと思っていると、私のその発言に対して、何故か隣にいるローズロッテの方が急に慌てふためいた様子で私を(なだ)めにかかる。



「リルディア様!! どうか落ち着いて下さいませ。腕輪の事は大丈夫ですわ。(わたくし)が大神官長に(じか)に掛け合いますから! ですから奉納祭の行事を全て放棄するなどとはお考えにはならないで下さい。


この奉納祭では皆様が、リルディア様のその(うるわ)しいお姿を拝見(はいけん)できる事を何よりも楽しみにされておりますのよ? それにどうでも良いだなんて仰らないで? リルディア様ほど歴代(れきだい)の聖乙女達の中でも、他に(なら)ぶ者が誰一人としていないくらい『祝福の聖乙女』の名に最も相応しい御方はおりませんわ!


いえ、『聖乙女』などと言う言葉ではリルディア様には相応しいとは申せませんわね。リルディア様には『祝福の女神(めがみ)』と申し上げた方が皆も納得致しましてよ。しかも(ちまた)では既にリルディア様の事を『女神』と(しょう)している者もいると聞き(およ)んでおりますわ。ですからそんなリルディア様を一目(ひとめ)拝見しようと楽しみにされている皆様方の為にも、せめて儀式だけでもご参加下さい。


それに何より、リルディア様の聖乙女姿を一番(いちばん)に楽しみにされている国王陛下(こくおうへいか)やご婚約者(こんやくしゃ)王太子(おうたいし)(さま)がいらっしゃるではありませんの。 ーーああ、そういえば、リルディア様の叔父上(おじうえ)であられるクラウス様もこの奉納祭にご出席(しゅっせき)されていらっしゃるとかーーきっとクラウス様もリルディア様のそのお姿をご覧になれば、それはもう大変喜ばれますわね?」



ローズロッテの口から突然、クラウスの名前が()び出し、それを聞いた瞬間、私の心臓はビクッと反応し、急にざわざわと落ち着かなくなる。



「お、大袈裟(おおげさ)()ぎるわ?『聖乙女』とか『女神』とか、私はそんな(ふう)に呼ばれるほど大層(たいそう)(がら)じゃないわよ!? 性格(せいかく)だって大して良くもないし、口だって悪いし、それに確かにお父様やユーリウス王子は喜んで下さるかもしれないけれど、ク、ク、クラウスはそんな………わ、わわ、私を見たくらいで喜んだりなんて、し、しないわ? か、(かれ)もそんな柄の性格じゃな、ないし………」



クラウスの事を口にした途端、心臓がざわざわと(なみ)打ち思うように言葉がすんなりとは出てこない。それでなくともクラウスとは“アリシアの一件(いっけん)”で、現在(げんざい)、気まずい雰囲気(ふんいき)になっているというのに。しかもそれらの話題(わだい)は、私の中では“禁句(きんく)”ですらある。


それなのに人の気も知らずに、そんな簡単(かんたん)に彼の名前を口に出してくれるな!! ーーと、ローズロッテには(つみ)はないものの思わず(にら)み付けてしまいそうな心境(しんきょう)だ。そんな彼女は呑気(のんき)にも、私の心境を無視(むし)するようにまるでお構い無しとばかりに平然(へいぜん)と彼の話題を口にする。



「まあ? そんな事はございませんわ? リルディア様はお母上(ははうえ)同様(どうよう)二人目(ふたりめ)の『傾国(けいこく)美女(びじょ)』と呼ばれている御方でしてよ? そんな『傾国の美女』を(まえ)にして、どれほどの堅物(かたぶつ)殿方(とのがた)であろうと、(こころ)(うご)かぬ『(おとこ)』はおりませんわ。


当然、クラウス様とてご成人(せいじん)されている立派(りっぱ)な『(おとこ)』ですもの。普段ともまた雰囲気の違うリルディア様のそのお姿をご覧になれば同姓(どうせい)である(わたくし)でさえ思わず見惚(みほ)れてしまうのですもの、クラウス様に(いた)っては間違いなく見惚れてしまわれますわね」



「ぅぐっ………」



自分の意思とは裏腹(うらはら)に何とも表現(ひょうげん)のしづらい(へん)な表情が(かお)に出そうになり、(あわ)てて口許(くちもと)全体(ぜんたい)を隠すように手の平で(おお)う。


本当にローズロッテの言葉の言い回しには、いかにも相手を持ち上げるような大袈裟過ぎる()め言葉も勿論だが、時々(ときどき)恋愛話(れんあいばなし)で話すような色恋(いろこい)(にじ)ませた言葉を使ったりもするので、恋愛適齢期(てきれいき)のご令嬢(れいじょう)(がた)には大変好評(こうひょう)ではあるものの、まだその適齢期にも(たっ)してはいないお子様の私にはどう反応してよいか分からず、思わず変な表情になってしまう。皆はそんな私を見て「可愛い」とか言うけれど、言われた方にしてみれば恥ずかし過ぎて屈辱感(くつじょくかん)すら覚えてならない。



「うぅ………ローズ。からかうのはよして? ここは貴族のサロンではないのよ? そんな事を言われても反応に困るじゃない。しかも話の主旨(しゅし)が変わっていてよ?」



私が目を細めてそれを指摘すると、ローズロッテは微笑みながら「申し訳ありません」と謝罪(しゃざい)の言葉と(とも)におどけた表情を見せる。私はそれを見て大きな長いため息を吐きながらそんな(おもて)()きはローズロッテに呆れているように見せかけてはいるものの、その実のところはーーー


彼女の言葉を聞いて先ほどから(うるさ)いほどに(さわ)いで動揺(どうよう)している心臓の動悸(どうき)(しず)める為の長いため息であった事は、私だけの秘密(ひみつ)だーーー



「とにかくですわ! リルディア様に致しましても本日の儀式に(のぞ)まれる為にあんなに一生懸命(いっしょうけんめい)舞踊(ぶよう)練習(れんしゅう)を頑張っていらしたのに、その努力(どりょく)を全て無かった事にされますのは本望(ほんもう)ではごさいませんでしょう?」



そんなローズロッテの言葉に賛同(さんどう)するように、市井の3人の少女達も(そろ)って口を開く。



「その通りです! リルディア様! 王女様が()()(おし)しんで、あんなに一生懸命頑張っておられたこの2日間の努力を無駄(むだ)にしてはなりません!」



「ええ、本当に!! ーーー神女長様!! リルディア王女様はそれはもう本当に一生懸命頑張っておられたのですよ!? しかも王女様はご自分用に用意された踊りではなく私達がふた月かけて覚えた正式(せいしき)な舞踊をこのたった二日間で覚えられたのですから」



「それにリルディア王女様は姉王女様とは違って、ご自身も不自由(ふじゆう)であったと思うのに我儘一つ仰らず、それどころか私達の生活(せいかつ)環境(かんきょう)に合わせて下さいました。そして私達のような市井の者にもお気遣い下さるお(やさ)しい御方なのです。ですからその努力に(めん)じて今回だけはリルディア様の腕輪を許可(きょか)して下さるよう、私達からもお願い致します!」



「神女長様! お願いします! 王女様がここまで仰るからにはきっと本当にすごく大切な腕輪なんですよ! それなのに色々我慢されて頑張ってこられた王女様に、こうして肌身(はだみ)(はな)さず大切にされている腕輪を問答無用(もんどうむよう)に外せと()いるのはあまりにもお可哀想(かわいそう)です!」



「ええ、私達はリルディア様が腕輪をされていても全く構いませんわ。それに殆ど目立たない小さな腕輪ではありませんか。それに比べれば、第三王女様のあのお姿の方が大いに問題があると思います。いくら規定違反ではないにしろ、あのような姿は(わる)目立(めだ)ちし過ぎる上にしかも花の香りが強過ぎて、周囲にも悪影響を(あた)えています」



「そうですよ! あれに比べたら、リルディア様の腕輪など全く問題になどなりませんよ! それよりも第三王女様の事を正直(しょうじき)、何とかして欲しいです!」



神女長に口々に私の腕輪を擁護(ようご)してくれる市井の3人の少女達の言葉もあってか、神女長はそんな彼女達の話に(だま)って(みみ)(かたむ)けていたが、その(うち)(しず)かに目を()じると小さく(かた)を落として息をつき、そしてゆっくりと目を開けると、再び私の方に視線を向ける。



「…………リルディア様のお言葉は『正論(せいろん)』です。そもそも私共の方が先に『規定』を破り、こちらの都合(つごう)を押し付けるようにリルディア王女様を『祝福の聖乙女』に選出(せんしゅつ)してしまったというのに、それに対してリルディア様には『規定』を守るように申し上げるなどと、大変(むし)がよすぎる上にどの口が申せるのかと実に反省(はんせい)致しております。リルディア王女様、本当に申し訳ありません」



そんな厳格な神女長が深々(ふかぶか)と頭を下げて私に謝罪をするので、それには思わず面(めん)()らってしまい、何となしに慌ててしてしまう。



「べ、別に、貴女が悪いわけではないでしょう? 私を選出したのは上層部(じょうそうぶ)の神官達なのだし貴女は自分の役目を果していただけなのだもの。先ほどはつい貴女を責めるような言い方になってしまったけれど、私が本当に物申したいのは大神官長の方だから。貴女にあんな言い方をしてしまった後でこんな事を言うのもなんだけれど、貴女の事は嫌いじゃないわ? だからあまり気にしないで?」



すると神女長がその時(はじ)めて私に優しげな表情を向けて微笑んだので、私は勿論、ローズロッテや市井の少女達も目を大きく見開いてすごく(おど)いている。


それもそのはず、神女長はいつもその厳格さが顔や態度に出ていて、殆ど無表情とも言える表情しか見てこなかっただけに、このような表情も出来るのかと、ここにいる皆が同じ事を思ったに違いない。



「………ありがとうございます。リルディア様は皆様が仰る通り、本当にお優しい御方なのですね。国王様が溺愛(できあい)されているのも分かる気が致します」



「え? 私が優しい? どこが??」



思いもよらない意表(いひょう)()かれた言葉に一人ポカンとしている私を見て、皆がクスクスと笑っている。



「ーー分かりました。リルディア様の腕輪に関しては私は何も申しません。おそらく大神官長様も何も仰られないでしょう。私共がリルディア様に対して、こちらの言い分を要求(ようきゅう)するのは常識(じょうしき)(てき)にもおかしい話ですから。


ですが出来ればその腕輪は、花飾りで隠しては頂けませんでしょうか? 世間(せけん)には色々な人間がおりますので、リルディア様が王女である立場を利用(りよう)したなどと嫉妬(しっと)(ひが)みなどで口走(くちばし)る心無い(あさ)はかな人間がいる事も少なくはありません。私が隠すよう申しました事は、リルディア様のご心象(しんしょう)を少しでも世間から悪く思わせない為なのだと、どうかお(さっ)し下さい」



神女長の気遣いの言葉に私は自分の長い(かみ)(ゆび)()き付ける様にして(いじ)りながらも、視線が合うと何となく(ばつ)が悪いので(うつむ)加減(かげん)(こた)える。



「ええっと、そのーーありがとう? でもやっぱり買い被りだわ? 事実、王女としての自分の権力を使っているのは本当の事だし『規定』という決まりを破ってでも自分の意思を通しているのだから、それに対して何を言われても私は平気よ? しかも嫉妬(しっと)(ひが)みで色々言われる事なんてもう日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)だし、そんな事いちいち気にしていても仕方(しかた)ないでしょ? それにこの国の人間は(かげ)で私の事を色々(うわさ)したところで、所詮(しょせん)、王女であるこの私には誰も(さか)らう事が出来ないのよ?


神女長も言っていたわよね? この大神殿が“治外法権(ちがいほうけん)”だと言うように、この国では『私』も“治外法権”のようなものよ。だから言いたい(やつ)にはいくらでも言わせておけばいいわ。そんな奴、私が気に入らなければ、いつでも国外(こくがい)追放(ついほう)処分(しょぶん)に出来るんだから」



そんな私の発言を聞いて周りの人間が言葉を失う中、ローズロッテただ一人だけが私に拍手(はくしゅ)喝采(かっさい)(おく)りながら()めちぎる。



「ああ、リルディア様。なんて素晴らしいお発言なのでしょう? その独裁的(どくさいてき)()()けな素直(すなお)過ぎる物言いといい、ご自分の意思はどこまでも(つらぬ)き通す自己(じこ)至上(しじょう)主義(しゅぎ)であられるとか、(おのれ)(かたよ)らないところが()()れするほどに大変魅力的(みりょくてき)ですわ~!! リルディア様は国王陛下同様、まさに『無敵(むてき)』ですわね」



「………無敵かどうかはさておき、ーーそんなことよりも、ローズ? 今の言葉は()めているようで、誉めてはいないわよね?」



「あら、そんな事はありませんわ? (わたくし)、本当にリルディア様の事を大変尊敬(そんけい)しておりますのよ? 勿論、最上級(さいじょうきゅう)賛美(さんび)で誉めておりますわ?」



「………なんか、(うれ)しくない」



そんな私達の様子を唖然(あぜん)としながら見ていた神女長と市井の少女達がぽそりと(つぶや)く。



「ーーリルディア様は国王陛下の血を()()がれている御子(おこ)(さま)なのだと、今更(いまさら)ながらに実感(じっかん)致しました………」


ーーと神女長。



「………王女様って優しいのか(こわ)いのか分からなくなってきたわ?」



「リルディア様が王女様で本当によかったわよね? これがもし王子様だったら…………」



「やめてよ。リルディア様は王女様なんだから! ………“もし”、なんて想像(そうぞう)する方が怖いじゃない………」



ーーと、市井の少女達の声はローズロッテとの会話(かいわ)意識(いしき)が向いていた私の(みみ)には全く(とど)いてはいなかった。




*****




「腕輪が(みと)められて本当によかったですわね。まあ、どのみち、アニエス様のあのお姿の方が観衆(かんしゅう)の皆様方には衝撃(しょうげき)(てき)過ぎて、どなたもリルディア様の腕輪の事は関心(かんしん)(しめ)されないとは思いますわ」



「ええ、本当によかったわ。そこはアニエス姉様に感謝(かんしゃ)するところね。まあ、あの“香り”だけは全く感謝は出来ないのだけれど」



私とローズロッテとは別に市井の少女達は神女長の手伝(てつだ)いを申し出て一緒に行ってしまったので、今はローズロッテと二人だけで神女長からも許可(きょか)()てアニエスの香り対策(たいさく)の為の薬草を取りに神殿の薬草園に来ていた。私が薬草を採取(さいしゅ)している(あいだ)、ローズロッテはそんな私に日傘(ひがさ)日光(にっこう)(さえぎ)ってくれている。



「リルディア様が“奉納祭の行事を一切放棄する”と仰られた時は、どうなる事かと思いましたわ? 私、あの時は、大神官長に掛け合うと申しましたが、実のところ国王陛下にお願いしようと本気で考えておりましたのよ? 事実、リルディア様の説得(せっとく)がお出来になるのは国王陛下くらいなのですもの」



それを聞いて思わず苦笑(にがわら)いをする。



「いやだ、貴女もなの? それって大神殿の神官達と思惑(おもわく)が同じじゃないの」



「思惑だなんて。目の付け所と仰って下さいませ。それに(ただ)しい選択(せんたく)ですわ? 国王陛下がリルディア様に(よわ)いように、その逆も(しか)りなのですもの。どう考えましても大神官長にリルディア様をご説得だなんて()(おも)いですわよ」



「荷が重いってーー私ってそんなに聞き分けがないかしら? ………まあ、そこは『否定(ひてい)』もしないけど。ーーでもローズ。貴女、あの時は結構(けっこう)本気で慌てていたでしょ? ちょっと面白(おもしろ)かったわ?」



私が意地(いじ)(わる)っぽく(ふく)み笑いを浮かべると、ローズロッテが(ほほ)(ふくら)らませて()ねた表情を見せる。



「ああ、やはり『確信犯(かくしんはん)』でしたのね? ですがリルディア様の事ですもの。(わたくし)、本気で心配しましたのよ? リルディア様は奉納祭の行事を全て放棄すると仰いましたが、あれだけご苦労(くろう)されて練習を続けてこられた儀式まで放棄するとは到底(とうてい)、思えない反面(はんめん)


リルディア様はご自分に素直な御方だけに、やりたくない事はご納得がいかなければ、絶対になさらないでしょう? しかもリルディア様のお言葉はその(ほとん)どが本音(ほんね)なのですもの。受け取る(がわ)にしてみれば、内心(ないしん)ドキドキものですのよ?」



そういうローズロッテが自分の胸元(むなもと)を押さえているのを見て私は(くちびる)()()めたまま笑う。



「あんなに頭を使った上に、真夜中(まよなか)過ぎまで猛練習して寝不足(ねぶそく)にもなって、気絶(きぜつ)するほどに不味(まず)野菜汁(やさいじる)まで()んだのに、それなのに儀式を放棄するなんて余程(よほど)の事が無い(かぎ)りしないわよ。


確かに腕輪を外すくらいなら儀式だって躊躇(ちゅうちょ)なく放棄するところだけれど、神女長にはああは言ったけれど、そもそも私の主張(しゅちょう)が通らない事なんて、この国ではまず考えられないでしょう? まして神殿側の大神官長を筆頭(ひっとう)に『祝福の聖乙女』の規定である年齢に全く達していない私をお父様を丸め込んでまで『聖乙女』に(かつ)ぎ上げたのよ? 何が「大人びているから問題ない」なのよ? そんな馬鹿げた理由が常識的にあるわけないじゃない。ただの勝手な言い訳にしか過ぎないわ。


そんな自分達の都合だけで堂々(どうどう)と“規定違反”をしている神殿側が私の“規定違反”をどうこう言えるわけがないのよ。あの神女長はその(へん)の事情を上層部(じょうそうぶ)から(くわ)しくは知らされてはいないだろうから、しかも元々規律を厳守(げんしゅ)する様教育(きょういく)されているので、あの様な言い方しか出来ないのだし、


なにより『大神殿』も『枢機院』も貴女達『貴族』も、この奉納祭で『私』を利用して『利』を得ようとしているのは薄々(うすうす)分かっているから、(なお)の事、私の我儘なんて何を言っても通るでしょう? 貴女が慌てた理由も実はそこにあるのよね?」



私が真っ直ぐに問うと、ローズロッテはクスリと小さく笑う。



「ふふっ、さすがは聡明なリルディア様。やはりお(さっ)しでいらっしゃいましたか。リルディア様のその(するど)洞察力(どうさつりょく)は本当に(あなど)れませんわね?


ーー仰る通り、此度(こたび)の奉納祭ではリルディア様の(うわさ)を聞きつけて我が国には各地(かくち)から沢山の人間が集まって来ているのですわ。しかもリルディア様のお母上殿も奉納祭で歌われるというので、それはもう過去の奉納祭の中でも(るい)を見ないくらいに『利』を得るには絶好の機会でもあるのです。そして(さら)には世の女性達が()がれてやまない、この世で(もっと)(うるわ)しいセルリアの王太子様もお()しになりますでしょう?


ーーうふふ、その相乗(そうじょう)効果(こうか)を考えるだけでも笑いが止まりませんわ? ですからリルディア様に奉納祭の行事を放棄されてはブランノアの国全体(ぜんたい)が困ってしまいますのよ? ーーとまあ、こういった『(うら)事情(じじょう)』があるのですわ? お気を悪くなされました?」



()ともあっさり白状(はくじょう)するのね? 別に悪いなんて思っていないわ。今のところ私に(がい)があるわけでもないし、そもそも『利』がなければ、商売(しょうばい)をする意味がないでしょう? それに国民(こくみん)(うるお)えば、それは王家の『利』にも(つな)がるのだもの。国が(さか)えて皆も(しあわ)せなら、(たが)いの『利』に(かな)っていてまあ、良いんじゃない?


それでも利用(りよう)されている側にしてみれば、あまり気分が良いとは言えないから、私はそれに対して否定(ひてい)肯定(こうてい)もしないけど」




「ふふっ、リルディア様はそのようにお話がお分かりになる方だから、私も素直に申せますのよ? これが他の王族や特にアニエス様であったなら絶対に申せませんでしょう? たちどころに不敬罪(ふけいざい)処罰(しょばつ)されてしまいますわ。それに(くら)べてリルディア様は(うつわ)が広くて寛大(かんだい)でいらっしゃいますから、こちらとしても安心してお付き合い出来ますのよ?」



私はそれを聞いて目を細めて小さくため息をつく。



「ーーローズ。私が寛大なのは、私自身に実害(じつがい)が無いからなのよ? だから別に器が広いわけでもなくて、これが私に実害のある事なら容赦(ようしゃ)なく排除(はいじょ)するわ。ーーそれを(おぼ)えていてね?」



そんなローズロッテに暴走(ぼうそう)する事のないように(くぎ)()すと彼女はひたすら面白(おもしろ)そうに笑うだけだ。



「リルディア様が国王陛下にそっくりであると言われているのも(うなず)けますわ。しかも外見(がいけん)中身(なかみ)がお違いになられるので、侮ると(いた)い目を見ますわね。ーーふふっ、(きも)(めい)じますわ」



会話の内容(ないよう)(はん)して緊張感(きんちょうかん)のまるで無い笑顔のローズロッテに私は再びため息をついていると、ローズロッテがふいに私の左腕をつつく。



「それにしても、リルディア様は本当にその腕輪を大切(たいせつ)になさっておられますのね? しかも肌身(はだみ)(はな)さずーーだなんて。


確か“預かりもの”だと仰られましたがその“お約束”というのも気になりますわ? それにリルディア様が

そのように(した)しくされているご友人(ゆうじん)(わたくし)(ほか)にもいらっしゃるだなんて。(わたくし)(おお)いに嫉妬(しっと)してしまいましてよ? もしかしてそのお相手(あいて)の方というのは(わたくし)(ぞん)じ上げている御方ですの?」



ローズロッテが()()るように私の顔を(のぞ)き込むので条件反射(じょうけんはんしゃ)でたじろぎながら(からだ)(よこ)退()く。



「ゆ、友人というわけでもないわ。それに“約束”とは言っても、他の人から見れば大した事はない些細(ささい)な事なの。だからそれは私にしか意味の()さない事なのよ。


………もしかしたら本人(ほんにん)もその()(かぎ)りで、たまたま出ただけの些細な(くち)約束(やくそく)なんて、もう覚えていないのかもしれないけれど………それでも私にとっては大事な“約束”だから、いつか“これ”を返す為に、いわば“願掛け”をしているのよ」



(………当の本人は全く気付いてはいないんだけどね)



私が物思いに(ふけ)りながら腕輪をさすっていると、そんな私の腕をローズロッテが(つよ)く引っ張る。



「ズルいですわ!! その方はご友人でもないのにリルディア様とそのような親しい“お約束”をなさるなんて! それでしたら(わたくし)とも何か“お約束”を作りましょう? そしてお互いにお(そろ)いの腕輪を付けるのですわ! 何処(どこ)のどなたかは存じ上げませんがリルディア様の一番(いちばん)のご友人の()はその方には絶対に(わた)しませんわよ?」



そんな冗談(じょうだん)にも聞こえない真顔(まがお)必死(ひっし)(うった)えるローズロッテの(ひたい)を呆れるように(かる)小突(こづ)く。



「あのねぇ、何を()()っているのよ? そんな友人の座を(あらそ)うような相手じゃないのよ。しかも両腕(りょううで)に腕輪なんて見た目にも格好(かっこう)悪いじゃない」



しかしローズロッテは(あきら)めずに(なお)提案(ていあん)をしてくる。



「それでしたら『(くび)(かざ)り』に致しましょう? お揃いの首飾りだなんてすごく素敵(すてき)ですわ! ああ、その前に“お約束”を(かんが)えなくてはーーー」



「ーーー却下(きゃっか)。誰でもかれにでも“約束”なんて簡単(かんたん)に出来るわけがないでしょう? しかもお揃いの装飾品を作る為だけの“約束”なんて、もう約束でも何でもないじゃないの。


それに貴女と私ではドレスや装飾品の趣向(しゅこう)も全く違うのに、それを日常(にちじょう)身に付けるなんて無理(むり)()まっているわ。そんな心配をせずとも貴女は私にとって、()っても切れない『特別(とくべつ)な友人』なのだからそれで良いじゃない」



「それでもやっぱりズルいですわ! リルディア様、(わたくし)とお揃いの装飾品を作りましょうよーーね?」



「ーー(いや)よ。それ『女』が身に飾る特別な装飾品は本来(ほんらい)『男』に(おく)って貰うのが『女』の常識(じょうしき)なのでしょう? 世間一般でよく言われているじゃないの」



「それはそうですけれど、でもリルディア様もその特別な装飾品を付けておられるではありませんの。そして腕輪をお返しするのは『女性(じょせい)』なのでしょう?」



その言葉に思わずギクリとしたが、極力(きょくりょく)表情には出ないように笑って誤魔化(ごまか)す事にする。



「あははーーまあ、とにかく私達にはお揃いの装飾品も約束も()らないわよ。私達は“持ちつ持たれつ”なのだから上手(うま)く付き合えればそれで良いじゃない。 ーーああ、いけない! (はや)くこの薬草で()(ぐすり)を作らないと、もう時間(じかん)が無いわ。ローズ、早く(もど)りましょう?」



そう言って話を()らし足早(あしばや)()げるように神殿内に戻ろうとするも、その(うし)ろに付いて尚もローズロッテが「それなら他のものでお揃いを作りましょうよ?」ーーと、腕輪に対抗(たいこう)するように提案をし(つづ)けてくる。


いちいち(かわ)すのも面倒(めんどう)なので他の人間には大した事ではないのだし、いっその事、教えてしまった方が面倒くさくないかな? ーーとも思ったが、それでも自分にとっては大した事であるので、やはりここは秘密(ひみつ)にしておいた方が良いだろう。(まん)(いち)、これが(ちち)の耳に入ったら絶対に反対(はんたい)されるし、“(かぜ)(うわさ)”になるような原因(げんいん)は何も自分から作る事はない。



ーーー腕輪には(かく)細工(ざいく)(ほどこ)していて一見(いっけん)は分からないものの、これにはあの時の『約束の(あかし)』が()め込んである。


あの時、預かった『それ』はとても小さいものなので失くさないとは『約束』したものの、このままでは万が一、失くしてしまうかもしれないと色々と試行錯誤(しこうさくご)した結果(けっか)、この様な『(かたち)』になった。それにこうして(つね)に身に付けてさえいれば、外したりしない限りは絶対に失くす事もない。


無論(むろん)、その『約束』をした本人の前でも堂々(どうどう)とこれを見せてはいるのだが、そこは女性とは違うからなのか、装飾品などには関心も無いらしく全くもって全然(ぜんぜん)気付かない。


だからローズロッテのように、彼から腕輪の事を聞かれたらその時にはあの時の約束の話の口火(くちび)を切ろうと自然と自分の中で“願掛け”のような事をしてしまったので、今まで本人には自分から『約束』の要求(ようきゅう)はしてはいない。その『約束』すらもあの日以来、()()えてしまったように話にも(のぼ)らない。



ーー彼はあの時の『約束』を覚えていてくれているだろうか? もしかしたらあの時は、我儘な子供(こども)相手に合わせたその場だけの何気(なにげ)の無い口約束だったのかもしれない。


今になって考えれば分かる事だが、いくら身内(みうち)とはいえど、父がそんな事を(ゆる)すはずもないし、公務(こうむ)でもないのに王族が気軽(きがる)に国を出る事は出来ない。



ーーけれど、彼は私に『約束』してくれた。彼は今まで一度だって私に“(うそ)”をついた事がない。だからこそ彼の言葉は安心して信用(しんよう)出来る。


だから私も“嘘”はつかない。自分も信用に(あたい)する者でありたいと思うからーーー



私は自分の左腕の腕輪を見つめながら、今はあの“一件(いっけん)”でギクシャクしていて顔を合わせる事もままならない相手に心の中で呟く。



ーー私にちゃんと“これ”を返させてよね。私には16(さい)になるまでの期限(きげん)があるのよ? 貴方は『約束』をした事自体(じたい)もう(わす)れているかもしれないけれど、私の方はしっかりと覚えているんだからね?



ーーークラウスの…………馬鹿(ばか)






【19ー終】


















































































































































































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