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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
42/78

奉納祭【2】~儀式前、朝/眠気覚まし

【18】




ーー奉納祭(ほうのうさい)当日(とうじつ)(あさ)。 朝食(ちょうしょく)(せき)血色(けっしょく)()いすっきりとした表情(ひょうじょう)のアニエス一人(ひとり)(のぞ)いて、私達(わたしたち)聖乙女(せいおとめ)5(にん)(そろ)って()(した)(おな)(くま)(つく)(ねむ)そうな目を(こす)りながら何度(なんど)(おお)欠伸(あくび)()(かえ)していると、そんな私達を()て、アニエスが(あき)れたように(わら)う。



「クスッ、いやですわ。揃いも揃って(ひど)いお(かお)でしてよ? どこぞの亡霊(ぼうれい)(あらわ)れたのかと(おどろ)いてしまうではありませんの。昨日(さくじつ)(はや)くお(やす)みになるはずではありませんでしたの? 本日(ほんじつ)大事(だいじ)儀式(ぎしき)があるというのに自己管理(じこかんり)(おろそ)かですわね。


(わたくし)なんて(さき)ほどゆっくりと()()かって全身(ぜんしん)()()れも()ませて余裕(よゆう)万全(ばんぜん)状態(じょうたい)ですのに、これではあなた達が儀式の(さい)(わたくし)(あし)()()ってしまうのではないかと心配(しんぱい)になってしまいますわ」



………昨晩(さくばん)散々(さんざん)(さわ)いでいたその(くち)()うかな、それをーーー



私が目を(ほそ)めてアニエスを見ていると、ローズロッテがそんなアニエスにニッコリと微笑(ほほえ)みながら口を(ひら)く。



「まあ! それにはご心配には(およ)びませんわ? 私達(わたくしたち)、聖乙女“5人”は昨晩それはもう(かた)結束(けっそく)して儀式の練習(れんしゅう)を何度も繰り返し(いた)しましたもの。(いま)では私達(わたくしたち)“5人”は“一心同体(いっしんどうたい)”儀式では心配ご無用(むよう)出来(でき)でしてよ?


ーー(ぎゃく)に昨晩、私達とお部屋(へや)(べつ)にされていたアニエス(さま)の方がご心配なのですけれど、ですがアニエス様であればそれこそご心配には及びませんわね? 何といわれましてもアニエス様は『完璧(かんぺき)』な第三(だいさん)王女(おうじょ)(さま)ですもの! 私達(わたくしたち)とは違って、お一人ででも、さぞ『完璧』な舞踊(ぶよう)をなされるのでしょうね。


そんな『完璧』なアニエス様のおみ(あし)を引っ張らぬ(よう)、私達“5人”は“一心同体”で(こころ)(ひと)つに()()()って頑張(がんば)りますわ! ーーフフッ」



ローズロッテは『5人』と『完璧』という言葉(ことば)殊更(ことさら)、はっきりと強調(きょうちょう)して口に出し、私達5人の結束の(つよ)さをわざとらしくアピールして、(あき)らかにアニエスと線引(せんび)きしているのが(わか)かる。


そんな不敵(ふてき)にニコニコと(わら)うローズロッテと眉間(みけん)(ふか)(しわ)()せて口許(くちもと)を引きつらせているアニエスの(あいだ)には、今にも一触即発(いっしょくそくはつ)しそうな、(なん)とも言えない()めざめとした不穏(ふおん)空気(くうき)(なが)れたが意外(いがい)にもアニエスは「ふん、」と(はな)()らした。



「まあ、()(もの)同士(どうし)(あつ)まってよろしかった(こと)ですわね? 揃いも揃ってそんな寝不足な酷い状態で、しかもその()即席(そくせき)の聖乙女に(くわ)えて本当(ほんとう)に儀式が大丈夫(だいじょうぶ)であるのか(うたが)わしいところではありますけれど。精々(せいぜい)、王女である(わたくし)(はじ)をかかせぬ様、心して頑張りなさいな」



アニエスはそう言うと、今度(こんど)は私に(むか)かって侮蔑(ぶべつ)(ふく)視線(しせん)見据(みす)えてくる。



「ーーあなたもあまり調子(ちょうし)()らない事ですわ? 特別(とくべつ)に聖乙女に(えら)ばれて独唱(どくしょう)ですとか世間(せけん)注目(ちゅうもく)()びる事になってさぞ気分(きぶん)()いのでしょうけれど、いくら父親(ちちおや)が同じであっても所詮(しょせん)(めかけ)()んだ血統(けっとう)(わる)中途半端(ちゅうとはんぱ)な王女である事には()わらないのだから、王家(おうけ)純血(じゅんけつ)である(わたくし)とあなたとでは(かく)(ちが)うのですわ。


それこそあなたはそこにいる市井(いちい)(むすめ)(たち)()()っているのがずっとお似合(にあ)いでしてよ? (たが)いに同じ()が流れている者同士ですものね。仲良(なかよ)くなって当然(とうぜん)ですわ。


これで儀式に失態(しったい)などを見せて父上(ちちうえ)やユーリウス王子(おうじ)幻滅(げんめつ)されなければよろしいこと。とにかく本日(ほんじつ)はくれぐれも(わたくし)の足を引っ張らないで(くだ)さるかしら? あなたと同等(どうとう)だとは(おも)われたくはないのですもの」



アニエスは一方的(いっぽうてき)に、またいつもの嫌味(いやみ)文句(もんく)で血統の良し悪し云々(うんぬん)を私に言い()てると、そのまま(せき)()ち、さっさと部屋に(もど)ってしまった。そして昨晩と同様(どうよう)、その()(のこ)っている私達はそんな彼女(かのじょ)(うし)姿(すがた)(ふたた)見送(みおく)る。



「………本当に(あらし)のような(さわ)がしい御方(おかた)ですわね。毎回(まいかい)何か嫌味の一つでも(おっしゃ)らなければお()()まないのかしら? リルディア様、あんな失礼(しつれい)な言い()かりなど、お気になさらない(ほう)がよろしいですわよ?」



そんな私を気遣(きづか)うローズロッテに片手(かたて)をヒラヒラと()る。



「ああ、大丈夫よ、もう慣れているもの。ほんっと、うざったいほどプライドが(たか)くて()いている方が(つか)れるわ。あんなのと一緒(いっしょ)だなんて金輪際(こんりんざい)、こっちの方から(ねが)()げよ。


私が聖乙女に選ばれて注目を浴びて気分がよろしいでしょう? ですって? はあ? 何言ってんの? 私、もう絶対(ぜったい)に『聖乙女』なんてやらないわ!『独唱』だって()(この)んで(うた)うわけじゃない。今回が最初(さいしょ)最後(さいご)よ! 私にしてみれば面倒(めんどう)くさい事この(うえ)()いわ」



昨晩から市井の彼女達と(せっ)している(うち)に、言葉使いもすっかり市井言葉になっていて王女としての気品(きひん)何処(どこ)へやらである。けれど(もと)よりこちらの言葉の方が使いやすいという事もあり相手(あいて)にもよるが、今ここにいるのはローズロッテを(ふく)めて気を遣う必要(ひつよう)がない者達ばかりだから平気(へいき)だ。



「ええっ!! リルディア様、そんな事言わないで下さい!! 私はリルディア様の聖乙女姿も独唱も絶対に見たいですっ!」



「そうですよ!! 姉上(あねうえ)(さま)の言う事など気にする事はありませんよ。そして出来る事ならまたご一緒に(おど)りたいです」



「本当にリルディア様が『祝福の聖乙女』であるのは大変(たいへん)素晴(すば)らしい事です。何と言ってもこの(くに)の『至宝(しほう)』とも()ばれている()が国が(ほこ)自慢(じまん)の王女様なのですから。


それに今年(ことし)の奉納祭ではリルディア王女様がお歌いになられると言うので、それはもう沢山(たくさん)人々(ひとびと)がリルディア様のお姿や歌声(うたごえ)(たの)しみに(かく)諸国(しょこく)からも()ているんですよ? ご存知(ぞんじ)ですか?」



「そうです!! それに今回の奉納(ほうのう)試合(じあい)ではリルディア様の母上(ははうえ)(さま)、あの『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』も歌われるとの事で、今回の奉納祭は例年(れいねん)にない(ほど)のすごい大盛況(だいせいきょう)ぶりなんです!! どうせならいっその事、リルディア様が毎年(まいとし)祝福(しゅくふく)の聖乙女』をなさればいいのに。その方が(みな)もすごく(よろこ)ばれると思いますよ?」



市井の3人の聖乙女達は口々に私に『聖乙女』の続行(ぞっこう)(すす)めてくる。そんな彼女達の協力(きょうりょく)のおかげで、昨晩は寝不足を回避(かいひ)出来る時間(じかん)までに何とか踊りを(おぼ)える事が出来た。


それなのにどうして私達が今こうして寝不足状態なのかというと、その(あと)(おんな)同士が集まると(はじ)まる“アレ”つまり“恋愛(れんあい)(ばなし)”が始まってしまったからである。


そしてこの市井の3人も恋バナが大好きらしく、話題(わだい)豊富(ほうふ)なローズロッテと(とも)異性(いせい)の話に()り上がる事(とど)まらず、気付(きづ)いた(ころ)には(すで)(そら)()(のぼ)(はじ)めていたという次第(しだい)だ。


そんなこんなで私達は意気投合(いきとうごう)し、今ではすっかり仲良し関係(かんけい)というわけである。



貴女(あなた)(たち)簡単(かんたん)に言ってくれるわね? しかもそれって“職権濫用(しょっけんらんよう)”じゃない。今回だって15(さい)からのところを12歳の私が『聖乙女』をやるのは、はっきり言って規定違反(きていいはん)なのよ?


()()えず私が『王女』だから周囲(しゅうい)からの文句(もんく)は出てはいないようだけれど、事情(じじょう)()らない人間(にんげん)には、また私が我儘(わがまま)(とお)して『祝福の聖乙女』を男爵(だんしゃく)令嬢(れいじょう)から(うば)ったと思われているに違いないわよ。

自分(じぶん)(のぞ)んだ“職権乱用”ならいざ知らず、望んでもいない事で勝手(かって)にそう思われるのは(しゃく)(さわ)るわ」



そんな私が心底(しんそこ)不満(ふまん)げな(かお)をしていると、それを見てローズロッテがクスクスと笑っている。



「ふふっ、リルディア様はそのご存在(そんざい)自体(じたい)が注目を集めておしまいになる御方ですから、それはもう有名税(ゆうめいぜい)のようなものですわ。それに多分(たぶん)『祝福の聖乙女』はこれを皮切(かわき)りに、毎年リルディア様にお話が振られると思いますわよ?」



「ローズ、貴女まで何を言い出すのよ? 今回は『特例(とくれい)』だから仕方(しかた)ないにしても、来年(らいねん)も私はまだ13歳よ? 15歳になるまではまだずっと先の話じゃない」



するとローズロッテは(くび)とひと()(ゆび)左右(さゆう)に振る。



「リルディア様? これは“大人(おとな)の事情”というものでしてよ? 此度(こたび)の盛況ぶりを見ても、リルディア様効果(こうか)は我が国にとっても経済(けいざい)効果絶大ですもの。そんな美味(おい)しいお話を『枢機院(すうきいん)』や『大神殿(だいしんでん)(がわ)(だま)っているわけがありませんわ。それこそ『祝福の聖乙女』の規定など、いくらでも変えられますとも。


ですからきっとこの先、王家の必須(ひっす)公務(こうむ)として、奉納祭の『祝福の聖乙女』というよりは別枠(べつわく)(かたち)で今回のように()()まれるのではないかしら? 勿論(もちろん)、私もそれには大賛成(だいさんせい)ですわ。毎年、リルディア様の素晴らしいお姿を拝見(はいけん)出来る上に、我が侯爵(こうしゃく)()家業安泰(かぎょうあんたい)で、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)ありがたいというもの。


それにリルディア様は16歳におなりになれば、セルリア王家に(とつ)がれてしまうのですもの。(なお)の事、賛成()(まわ)らせて(いただ)きますわ。皆様もそう思われますわよね?」



ローズロッテに話を振られた市井の少女達はその言葉を肯定(こうてい)するように何度も(うなず)く。



「ええ、勿論です! リルディア様には是非(ぜひ)とも毎年『聖乙女』をやって頂きたいです!」



正直(しょうじき)、我が家も今回の奉納祭では今までに無いくらいに商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)父母(ふぼ)がすごく喜んでいました。リルディア様にはとても感謝(かんしゃ)しています!」



「リルディア様、安心(あんしん)して下さい。リルディア様が我儘で聖乙女を奪ったなどと、そんなでまかせは私達が(だれ)にも言わせませんから。逆に神殿側にリルディア様を毎年『祝福の聖乙女』にしてもらえるように嘆願書(たんがんしょ)(つの)って提出(ていしゅつ)するわ!」



「ち、ちょっと、そんなの(こま)るわ! 私はもう『聖乙女』なんてやりたくないって言ったでしょう? 私は観客(かんきゃく)(がわ)でいたいのよ」



そんな市井の彼女達に反論(はんろん)する私の(かた)をローズロッテがトンと(たた)く。



「リルディア様? ここはもうお(あきら)めになられた方がよろしいですわよ? ここにいる者達は皆、(わたくし)を含めて賛成派しかおりませんし、きっと外部(がいぶ)貴族(きぞく)側も市井側も同じ(かんが)えですわ。ーーふふっ、それもリルディア様が我が国の『至宝』と呼ばれる所以(ゆえん)ですものね。そのように(うつく)()ぎるご容姿(ようし)と歌声を()(そな)えてお()まれになった王女様なのですから仕方がないのですわ。


いずれにしてもそれはブランノアの民達(たみたち)(ため)にもなるのですから、一国(いっこく)の王女様のご公務として頑張って下さいませ」



ひとの気を知っていて敢えて知りませんと言うような、とぼけた笑顔(えがお)を私に向ける『悪友(あくゆう)』の肩を今度は私がガシッと(つか)む。



「………ローズ、貴女は私の『味方(みかた)』だと言ったわよね? それに王女の“公務”だと言うのなら、ブランノアの王女は私だけではないわよ? そうよ! それこそアニエス姉様(ねえさま)にでもやってもらえば良いのよ。あの人はそういう派手(はで)で目立つ事が大好きですもの。きっと、お話があれば喜んでお引き()けになると思うわ!」



するとローズロッテはゆっくりと首を横に振る。



「リルディア様、それは“責任転嫁(せきにんてんか)”でしてよ? 皆はリルディア様だからこそ望んでいるのですわ。どなたでも良いわけではありませんのよ?


それにご婚約者(こんやくしゃ)のユーリウス王太子(おうたいし)(さま)に、リルディア様の美しい聖乙女のお姿をご(らん)頂く絶好(ぜっこう)機会(きかい)ではありませんの。それこそ歳を(かさ)ねる度にお美しくなられるリルディア様のお姿をご覧になれば、ユーリウス王太子様にしてもますますリルディア様に()(なお)しておしまいになりますわ!」



「ーーっ、だからそれは違うってば! そもそも貴族(かん)政略(せいりゃく)結婚(けっこん)に“恋愛感情(れんあいかんじょう)”なんて必要ないじゃない。


だからユーリウス王子と私はそんな関係じゃないって何度も言っているでしょう? それに民達の為だなんて、そんなもの私の知った事じゃないわ! “責任転嫁”? それこそ私に何かを期待(きたい)して勝手に望むのは個人(こじん)の勝手だけれど、私がそれに(こた)えてやる義理(ぎり)はないわよ!


私は『神様(かみさま)』じゃないのよ? まして世継(よつ)ぎの王女でもないのに民がどうのこうの言われてもそんな事知らないわよ。一国の王女と言ったって、万人(ばんにん)人生(じんせい)(かか)えられるほどお(えら)くもないし、私にそんな(うつわ)度量(どりょう)も無いしね。


そんな私に便乗(びんじょう)して商売繁盛になるのなら、別に「まあ、よかったんじゃない?」としか思わないけど、私本人(ほんにん)に何かをさせようとするのは無駄(むだ)よ? 私は自分の意思でしか(うご)かない人間だから」



その言葉を聞いた市井の3人の彼女達は呆気(あっけ)に取られた表情で私を見つめ、一方(いっぽう)ではローズロッテが口許を(かく)しながらも(ちい)さく声を上げて笑い出す。



「クスクス、やはりそれでこそリルディア様ですわよね。その素直(すなお)唯我独尊(ゆいがどくそん)(てき)なところも格好(かっこう)()いですわ~。しかも(いさぎよ)くもバッサリと他人(たにん)()り捨てる事にも躊躇(ちゅうちょ)のないその物言(ものい)いといい、(わたくし)の方が惚れ直してしまいそうーーー」



「………やめてよ。本気で(こわ)いから」



そんな私とローズロッテを見ていた市井の彼女達は戸惑(とまど)いながらも口を開く。



「え、ええっと、リルディア様はその、何と言うか、はっきりとしたご性格(せいかく)なんですね? ーーああ、いえ、勿論、王女様らしいのですが、それでもアニエス様とはまた違った(かん)じの………」



「ほ、本当に、あの美しいユーリウス王子様の事も意外にもあっさりというかバッサリというか…………なんか本当にすごいです。王女様」



「え、ええ、そのように我が(みち)()(すす)まれるリルディア様は、えっと、その、格好良いです。あ、お世辞(せじ)()きでですよ? そこまではっきり言われてしまうと、かえって納得(なっとく)するというか、しかも本音(ほんね)にしても(いや)な感じも受けないですし、逆にこちらの言動(げんどう)の方を考えさせられると言いますかーーー」



何とも言いにくそうにしなからも言葉を選んで話す彼女達に私は小さく肩を(すく)める。



「ああ、別に貴女達が私の事をどう思うかなんて全く気にしてなどいないから大丈夫よ? 他人からの評価(ひょうか)が悪い事なんて分かりきっている事だし今更、取り(つくろ)うものでも無いしね。私はこういう性格なのよ。だから私に何かを期待するのは失望(しつぼう)するだけだからやめた方が良いわね。私は自分の事しか考えられないの」



私がそう言うと、市井の彼女達はそれぞれ顔を見合わせ、今度はローズロッテの方に話しかける。



「ローズロッテ様? リルディア様はいつもこういう感じなのですか?」



「ええ、そうですのよ。とても素直でお可愛(かわい)らしい御方でしょう? それにご自分にも正直でいらっしゃって、何より王家の“純粋培養(じゅんすいばいよう)”でお(そだ)ちですから、失礼ながら個人的には少々(しょうしょう)心配ではありますけれど」



それを聞いた市井の3人は(みょう)に納得するように頷く。



「“純粋培養”…………そうですか。納得致しました。そんなリルディア様にこそ『聖乙女』の()相応(ふさわ)しい御方なのかもしれませんね。 ーーリルディア様? 私達と一緒にいる間は何があっても王女様を全力(ぜんりょく)でお(まも)りするので安心して下さいね?」



ーーえ?



「リルディア様、何か困った事があれば()ぐに言って下さい。特に今日(きょう)は知らない人に声を掛けられても絶対について行っては駄目ですよ? (あぶな)ないですからね」



ーーんん?



「そうですよ。今日は私達から絶対に一人で(はな)れないで下さい。いくら護衛(ごえい)が付いているにしても、私達『聖乙女』への異性の接触(せっしょく)禁止令(きんしれい)がある以上(いじょう)、私達の(そば)にいる騎士団(きしだん)の護衛は(わず)かの女性(じょせい)騎士だけで、(ほか)男性(だんせい)騎士などは(ほとん)近寄(ちかよ)れないのですから」



ーー何だろう?? 彼女達が(きゅう)に私に(たい)して過保護(かほご)になった気がーーー



そう思っていた矢先(やさき)(とびら)が叩かれる(おと)で開かれ、神女(しんにょ)の一人がワゴンを()しながら(はい)って来る。その上に乗せてあった“モノ”を視界(しかい)確認(かくにん)した途端(とたん)、思わず私の思考(しこう)停止(ていし)した。


そんな中、ローズロッテだけがにこやかな表情で口を開く。



「さあ、皆様。本日の眠気(ねむけ)()ましの『良薬(りょうやく)』をご用意(ようい)致しました。これを()めば、どんな眠気も()()ぶこと()け合いですわ! それも美容(びよう)健康(けんこう)にも大変良いですから、まさに一石二鳥(いっせきにちょう)ですわね」



「………ロ、ローズ? この異様(いよう)なくらいどろっどろの黄土色(おうどいろ)(みどり)泥水(どろみず)のようなモノはな、何かしら? ………しかも(くさ)った植物(しょくぶつ)のような(にお)いもするのだけれど………」



見るからに動揺(どうよう)(あらわ)にした私は思わず席を立って後ずさる。そんなワゴンの上には五つのグラスがあり、その中には今まで見たこともないくらいどろどろとした黄土色と緑色の液体(えきたい)二層(にそう)に分かれて入っていた。


そしてそこからは(あま)ったるいような匂いの(なか)に腐った植物の(しず)んでいる沼地(ぬまち)のような匂いも(まじ)じっていて、その異様な匂いに()()すら覚えてならない。見ると他の市井の彼女達も各自(かくじ)口許を押さえてそのどろどろの液体を(まゆ)をしかめながら凝視(ぎょうし)していた。



「あら? これはリルディア様が昨日(さくじつ)仰っていらした『野菜汁(やさいじる)』でしてよ? 今朝(けさ)(はや)くにここの料理番(りょうりばん)に特別に(つく)ってもらったのですわ。リルディア様、仰っしゃられましたでしょう?「強力(きょうりょく)(にが)い野菜汁を飲めば一気(いっき)に目も覚める」と」



………確かに昨晩、そのような事を何気(なにげ)(くち)(ばし)ってしまったような心当(こころあた)たりはあるにはあるが、しかしこれは()たして“飲み物”だと言えるのだろうか??



「そ、そうだったかもしれないけれど、でもこれって人間の飲み物なの?? 泥沼(どろぬま)から()んできた腐った植物の泥水にしか見えないんだけれど………」



私は見たままの思った事を口にすると、ローズロッテは大きく肩を竦める。



「まさか! そんなものをご用意するわけがありませんでしょう? これは(わたくし)がきちんと監修(かんしゅう)して、ここの料理番(りょうりばん)に作らせたものですのよ。確かに見た目や匂いなどは悪くはありますけれど、この中に入っている食材(しょくざい)はどれも私達が日常(にちじょう)(しょく)しているものばかりですので、ご安心なさって?


それにあまりに苦すぎるのも飲みづらいと思いまして野菜の他に果物(くだもの)()()ろして入れてありますのよ? 私も先に少しだけ試飲(しいん)を致しましたが、確かに多少(たしょう)は苦いかもしれませんけれど(まった)く飲めないものではありませんでしたわ。


ですからこれを飲んで本日の儀式の成功(せいこう)確実(かくじつ)のものとし、皆であのアニエス様を見返(みかえ)して()し上げませんこと?」



そんなローズロッテの言葉に背中(せなか)を押されるようにして、市井の3人の彼女達はテーブルに(なら)べられたその異様な野菜汁の入ったグラスを(おそ)る恐る手に取っていた。



「………確かに見た目は悪くとも栄養(えいよう)だけは抜群(ばつぐん)にありそうですね。それにローズロッテ様が既に(ため)されていらっしゃるのならきっと大丈夫なのでしょう?」



「そ、そうよね。それに美容にもすごく良いのですって。それなら王女様方のように、お(はだ)綺麗(きれい)(かみ)艶々(つやつや)になりそうだし、しかもこれなら眠気も一気に覚めそう………」



「そ、それに、“良薬は口に苦し”と言うくらいだから、きっと()()もすごいのよ。匂いなんて(はな)をつまんでしまえばどうにか飲めるんじゃない?」



どうやら市井の彼女達は飲む事を決意(けつい)したらしく、それでもまだ口をつける事に()ん切りがつかずにグラスから顔を(そむ)けたまま、なにやら天井(てんじょう)(あお)いで、お祈りらしき言葉を(つぶや)いている。



ーーー確かに、神様にお祈りしたいというその気持ちはすごくよく分かる。………正直、私も一緒にお祈りしたい。


それでなくとも私は、野菜は大の苦味(にがて)なのだ。ーー苦味(にがみ)のあるものは特に。だからどんなに(こま)かく切ったものや汁状(しるじょう)にしてあるものが食事(しょくじ)混入(こんにゅう)されていても苦手なだけにすぐに分かってしまう。


それで以前(いぜん)はそれらが入ったものは絶対に食さなかったものだが、さすがに今では少量(しょうりょう)ではあるけれど、細かく切って現物(げんぶつ)が分からなくなったものなら何とか食べられるようにはなった。ーー私も大人になったものだ。



私は自分の目の前に置かれたそんな野菜汁を見て思う。切羽(せっぱ)()まっていたとはいえ野菜(ぎら)いであるくせに、よりにもよって、どうして「苦い野菜汁を飲めば」などと口走ってしまったのだろうか?


そして現実(げんじつ)に私に用意された、この異様な空気(くうき)(ただよ)う野菜汁を(まえ)にして、これが自分が用意したものでは無いにしろ(もと)はと言えば自分が言い出したモノなのに、それを飲まないわけにはいかないではないか!



その(うち)()(けっ)した市井の3人がようやくグラスに少しだけ口を付ける。



「………あれ? 意外に飲めるかも」



「………本当だ。こんな色なのに果物の(あじ)がすごく()くて苦いどころか甘い?」



「それに冷えているからかな? 匂いは確かに酷いけれど、それさえ(のぞ)けばデザート感覚(かんかく)でいけるかも」



ーーえ? そうなの?



思いもよらぬ意外な高評価(こうひょうか)が聞こえてきて、私は拍子(ひょうし)()けしたようにグラスを見つめる。そしてそれを手に取ると、勿論、鼻をつまむのを(わす)れずにグラスに一口(ひとくち)だけ口を付ける。



「………んん? 本当だ。意外に大丈夫かも………?」



確かに見た目も匂いも酷いが思いの(ほか)、果物の味が強くて、よく冷えている分、口当たりは飲むというよりは食べるデザート感覚の方が強い。



「これなら私でもなんとか飲めるわ。でも不思議………見た目も匂いも本当に酷いのに味の方は果物の味だなんて。それにただ甘いだけで全然(ぜんぜん)苦くなんてないじゃない。こんなので本当に眠気なんて覚めるの?」



そう言いながら味を確認した安心感(あんしんかん)もあり、グラスの中身をグッと飲み()そうと口の中に流し込んだ瞬間(しゅんかん)



「あっ、リルディア様!? (そこ)の方はよくかき()ぜませんと!!」



ーーと、(あわ)てたローズロッテの声が聞こえた途端、私よりも先に同じようにしてグラスの中身を一気に飲み干そうとしていた市井の彼女達が、3人同時に(くる)しそうに、それを吐き戻している姿が目に入った。そして当然、彼女達と同じ行動(こうどう)を取っていた私の方もーーー



「うっ!? ××××××ーーー(注:自己(じこ)規制(きせい))」



「リ、リルディア様っっ!!」



私は他の3人と同じ状態で、先ほど食した朝食(ちょうしょく)も体の養分(ようぶん)になる前に野菜汁と一緒に全て吐き戻してしまった。


そんな私達の異変(いへん)に気付いた神女達が何事(なにごと)かと部屋に入ってきて慌てふためいている中、私はあまりの強烈(きょうれつ)な野菜汁の衝撃的(しょうげきてき)な味と匂いの奇襲(きしゅう)()い、頭が()(しろ)になると、そのまま見えている視界(しかい)さえも一面(いちめん)真っ白に飲み込まれていった。




*****




「………本当に(もう)(わけ)ありません。リルディア様、まだご気分は(すぐ)れませんか?」



非常に心配そうな表情でソファに(よこ)たわっている私の顔を(のぞ)き込むローズロッテに私はヒラヒラと片手(かたて)を振る。



「ーーああ、もう大丈夫よ。口直しもした事だし、体の方も全く問題(もんだい)ないわ。それにしてもアレが『二層』になっていたのはそういう事だったのね? それならそうと、もっと早くに言って欲しかったわ。(はじ)めに口を付けたのが甘かっただけに、すっかり(だまさ)された気分よ」



「本当に重ねてお(わび)び申し上げます。でもまさか、あのような飲みづらいものを皆様が一気に飲み干すなどと思い()かびもしなかったものですから」



「………まあ、そうよね。貴女の感覚では分からなくても無理はないわ。貴族の淑女(しゅくじょ)であればあんな飲み方はまずしないもの」



侯爵令嬢であるローズロッテが思い浮かばないのも無理はない。貴族の淑女教育(きょういく)を受けている貴婦人(きふじん)人前(ひとまえ)であのような飲み物を一気に飲み干す行為(こうい)など、マナー違反であり、非常に下品(げひん)な行為になるのだ。だから飲み物は勿論のこと、食事に(いた)っても一口一口小さくして口許に()っていくのが貴族社会(しゃかい)常識(じょうしき)である。


しかし私の場合は、生まれながらに王女であり当然、淑女教育は受けてはいるものの、国王である父は、私を貴族の慣習(かんしゅう)などに(しば)る事もなく、自由奔放(じゆうほんぽう)にさせてくれているし、母が市井の出身だけに私の感覚は貴族と市井の感覚が入り混じっていて私の性分(しょうぶん)的にも市井の感覚の方が強い為、こうして身近(みぢか)で市井の彼女達の中で接していると自分が王女である事すらも忘れ、行動してしまった結果がこれである。


でもまさかあの野菜汁にそんな仕掛(しか)けがあったとはーーー



しかしローズロッテと料理番は意図(いと)して仕掛けたわけではなく、ただ単純(たんじゅん)に最初にグラスに入れたのが苦い野菜だけを擦りおろした汁で、それだけだと飲みづらいので、その後に甘い果物を擦りおろした汁を入れたのだという。


そして中身をかき混ぜてしまうと色合いが見た目にもよろしくないので敢えて『二層』にしておいて、上層の果物の甘い味で口の中を先に慣らしおいてから下層の野菜汁と混ぜ合わせて飲むというのが本来(ほんらい)(ただ)しい飲み方だったらしい。


ーーそれならそうと、本当に「早く言え!!」である。そうとも知らずにあんな匂いも酷い上に甘い果物層から突然、この()のものとも思えぬ滅茶苦茶(めちゃくちゃ)苦いどろっどろに()けた野菜が口の(おく)に流れてきた瞬間、その強烈な酷い匂いも(あい)まって、不覚(ふかく)にも人前で吐き戻すという王女の立場としては大変不適切(ふてきせつ)な行為を取ってしまった。



ーーだがこれは不可抗力(ふかこうりょく)であるから致し方ないと思う。それでなくとも野菜自体が大の苦手な私が受けた衝撃は(はか)り知れなく、あまりの気持ち悪さに、一時いっとき意識が()んで気絶(きぜつ)してしまったくらいだ。



「だけどこれも物は考えようで良い教訓(きょうくん)にはなったわ。これからは口に入れるモノは、きちんと淑女らしく少しずつ口をつける事にする。下手(へた)をすれば(いのち)に関わりかねないもの。それにしても食材を口にして気を(うしな)うなんて普通(ふつう)ではあり()ないでしょ? しかも王女の私があのような醜態(しゅうたい)を人前で晒すだなんて。ーーああ、一生(いっしょう)の不覚だわ」



彼女を故意(こい)(てき)()める意図は無いものの、率直(そっちょく)に今の気分を()べると、ローズロッテは(めず)しく項垂(うなだ)れて()ち込むように(ちから)無く肩を落としている。



「何と申し上げたらよいのか、まことにお詫びの言葉も見つかりません。本当にお(ゆる)し下さい。(わたくし)軽率(けいそつ)でしたわ。今では言い訳でしかありませんが、あの野菜汁に関しましては時間もあまりありませんでしたので、(わたくし)が試飲いたしましたのは既に二層の野菜汁を混ぜ合わせたものでした。ですからまさかあの野菜汁が気絶されておしまいになるほどに酷いものだったとは思いもよらなかったのです。


ーーリルディア様。私をお(ばっ)しになりますか? 私はリルディア様に危害(きがい)を加える()しき気持ちなど微塵(みじん)にもございません。(むし)ろ我が忠誠(ちゅうせい)天命(てんめい)にかけてお(ちか)い致します。この度の事は決して意図的では無いにしろ、我が国の第四(だいよん)王女(おうじょ)(さま)をそのような目に合わせてしまったのは(わたくし)不徳(ふとく)の致すところ。私はどのような罰を(しょ)されたとしても厳粛(げんしゅく)にお受け致します」



そんな普段の彼女とは全く想像(そうぞう)もつかないくらいにまるで別人(べつじん)のような真摯(しんし)様子(ようす)に、あまりにも自分が知っている彼女らしくなくて思わず笑いを(こら)えきれずに吹き出してしまう。



「あはは、やだ、何言ってるの? 貴女の真面目(まじめ)な姿なんて逆にらしくなくて笑えるわ。しかもそんな想定外(そうていがい)な事くらいでいちいち罰するわけが無いでしょ? だからそんな騎士や臣下(しんか)みたいな(かた)(くる)しい真似事(まねごと)なんかしないでよ。


私達は持ちつ持たれつで繋がる『悪友』関係。それ以上でもそれ以下(いか)でも無い。そんな『忠誠』なんて誓われても私からは何も得られないわよ? 私は向けられる無償(むしょう)の『信頼(しんらい)』に素直に応えられるほど人間が出来てはいないの。貴女なら分かるでしょう?


しかも今回は私が野菜汁なんて言葉に出したからよかれと思って用意してくれたのよね? 逆に感謝しなきゃだわ。そんな貴女の気遣いが(こう)(そう)して野菜汁の効果はてきめんよ。こうして味覚(みかく)にも衝撃を受けた事で頭も眠気もすっかり覚めたみたいだし、もうこの先何があっても大丈夫な気さえしてくるもの。


まあ、そんな事だからーーローズ。貴女の方こそ今回の事を変に気にし過ぎて、本日の儀式では私を差し置いて失敗なんかしないでよ? いくら私が守備(しゅび)よく出来たところで肝心(かんじん)の貴女達の方が失敗なんかしたら、それこそ本末転倒(ほんまつてんとう)なんですからね?」



そんな私の言葉を聞いたローズロッテの顔にようやくいつもの笑顔が戻る。



「………リルディア様は仰る言葉と取られる態度(たいど)往々(おうおう)にして(たが)われる事が(おお)いので反応(はんのう)に困りますわ。ですが………ありがとうございます。リルディア様。


そうですわね。本日は絶対に失敗出来ませんものね。(わたくし)も第四王女様の名に恥をかかせぬ様、心して全力(ぜんりょく)で頑張りますわ!」



「うふふーーそれでこそデコルデ侯爵令嬢よ。私達の究極(きゅうきょく)の野菜汁効果を皆に見せ付けてやりましょう? しかもあんな気絶までしたのに飲み(ぞん)なんて絶対にしないわよ?」



私が決意表明(けついひょうめい)(あらた)たに左手の拳を突き出すと、ローズロッテもそれに応えるように笑顔で同じ様に自分の右手(みぎて)(こぶし)を私のその左手の拳にコツンと小さくぶつけた。





【18ー終】





























































































































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